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エーテルリウムの黄昏  作者: お茶どうぞ
103/103

103、野戦病院


アシュリーとリシェルは、まずパープルヘイズ中隊の中でも治癒魔法を扱える者たちを優先して救出した。


瓦礫に埋もれ、血に濡れ、かろうじて息をつないでいる者たち。

その中から「治せる者」を選び出すという判断は、あまりにも酷で、それでも必要な決断だった。


「……この人を運べ。早く!」


アシュリーの声が、かすれながらも鋭く飛ぶ。


それに呼応するように、アイアンゲートから来た冒険者たちが即座に動いた。


瓦礫の除去班、搬送班、治癒班、延命班――

短時間で編成されたそれぞれの役割が、戦場の混乱の中で機能し始める。


広場の一角には帆布が張られ、即席のターフが設けられた。

そこはもはや野戦病院そのものだった。


呻き声、泣き声、指示の怒号。

血と焦げた匂いが、熱を帯びた空気の中に混ざり合う。


リシェルは、その中心でトリアージを行っていた。


膝をつき、一人ひとりの顔を見て、触れて、判断する。


「軽傷……あちらへ」

「この人は重症、すぐに治癒班へ!」

「……この方は……」


言葉が、喉に詰まる。


死亡。


その二文字を口にするたび、胸の奥が削られていく。


それでも、止まるわけにはいかなかった。


(……多い……想定より、ずっと……)


運び込まれてくる負傷者の数は、彼女の予想を遥かに上回っていた。

ターフの下はすぐに埋まり、寝かせる場所すら足りなくなる。


「……場所が、足りない……」


声には出さず、唇だけがそう動いた。


焦燥が胸を締め付ける。

けれど、その焦りを表に出した瞬間、現場は崩れる。


だから彼女は、ただ次の負傷者へと手を伸ばした。


その時だった。


「リシェル」


静かな声が、喧騒の中に差し込む。


振り返ると、そこには――エルドリンの姿があった。

その後ろに、ガルムとソレンディル。


煤と血にまみれた戦場の中で、彼らだけが妙に静かな気配をまとっている。


「大丈夫か?問題があるなら、何でも言ってくれ」


穏やかな問いかけ。


その一言で、張り詰めていた何かが、ふっと緩んだ。


「……ば、場所が……足りません……」


かろうじて絞り出した声は、自分でも驚くほど弱々しかった。


エルドリンは、ただ一度、頷いた。


「分かった」


次の瞬間――空間が歪んだ。


空気が震え、何もなかった場所に、広大な空間が開かれる。

まるで見えない壁が押し広げられたかのように、治療スペースが一気に拡張された。


さらにエルドリンは、アイテムボックスから次々と寝袋を取り出す。


「ガルム、手伝ってくれ」


「ああ」


二人は無言で並び、寝袋を整然と敷き詰めていく。

その動きには迷いがなく、まるで戦場を知り尽くした者の手際だった。


その様子を横目に、ソレンディルはリシェルの前にしゃがみ込んだ。


「……リシェル、少し休んで。」


「でも……」


反射的に言い返そうとしたその瞬間。


「口答え無し。」


やわらかな声なのに、拒めない強さがあった。


差し出されたのは、ふわりと甘い香りのする白パン。


「ほら、食べて」


その一言に、張り詰めていた心がほどける。


リシェルは無言でそれを受け取り、促されるままエルドリンたちの方へと歩いた。


足取りは、思った以上に重かった。


「ここに横になれ。」


ガルムの低い声。


リシェルは言われるまま寝袋に身を預けた。


地面の硬さとは違う、柔らかな感触。

その瞬間、どっと疲労が押し寄せる。


「……ひどい有様だな。」


ガルムが周囲を見渡し、呟いた。


「本部が無事なら、立て直せます。」


エルドリンは淡々と答える。


その言葉には、不思議な説得力があった。


やがて、非番の騎士団が続々と駆けつける。


統制の取れた動きで現場に入り、トリアージや搬送を引き継いでいく。

混乱していた空気が、徐々に秩序を取り戻し始めた。


ソレンディルは再び立ち上がり、重症者のもとへ向かう。

緑の光が、次々と命を繋ぎ止めていく。


ガルムは瓦礫の撤去へ。

エルドリンはトリアージへと加わった。


それぞれが、それぞれの役割へと戻っていく。


そこへ、本部棟からアレクセイとレニオスが現れた。


二人はエルドリンの姿を見つけると、明らかに安堵の表情を浮かべる。


「エルドリン、厄災の石はどうなった。」


「二つは破壊されました。一つは私が保管しています。」


簡潔な報告。


「被害は?」


「港の方はわかりません。レギオン区では、負傷者がおよそ二百。死亡は二十四名です」


その数字に、レニオスの表情が強張る。


「……竜は?」


「結界で被害は抑えました。現在は捕縛済みです。情報を引き出せるでしょう」


一拍の沈黙。


「……そうか。よくやった」


アレクセイの言葉には、重みがあった。


隣で聞いていたレニオスが、小さく息を呑む。


「……黒竜を倒したのは、誰だ?」


アレクセイは肩をすくめた。


「チーム“アンブレイク・ハート”だ。いちいち驚いていたら身が持たないぞ」


「……あれが噂の“アンブレイカー”か。」


「そうだ。信用できる連中だ。」


その会話に、エルドリンが静かに割り込む。


「偽アレクセイによる工作の痕跡は?」


「王国側には無し。俺はすでに退役しているからな。」


「連合本部も問題ない。指揮系統は王都にある。」


「……戦火は?」


「各地で上がっている。」


その一言で、場の空気がわずかに重くなる。


エルドリンは目を伏せ、かすかに呟いた。


「……イリス……」


遠く離れた場所にいる、もう一人の仲間の名。


戦いは、まだ終わっていない。


むしろ――ここからが本番だった。


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