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長編お仕事小説 『それでも、火葬場は廻っている』  作者: くさなぎそうし
第二章 一蓮託唱(いちれんたくしょう 住職 夏川 菜月(なつかわ なつき)編
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第二章 一蓮託唱 PART8

  8.


「夏川さん、顔色が悪く見えますが、大丈夫ですか?」


「ええ、大丈夫です」


 春田さんの手にはお盆があり、そこには湯気が立つお茶があった。


「早速淹れてきたのですが、飲んで頂けますか」


「ええ、もちろん。頂きます」


 熱いお茶が喉を通ると、息が漏れていく。緊張していた体がゆっくりとほぐれていく。


「どう……ですか?」


「うん、美味しいです」


「本当、ですか?」


「ええ、本当ですよ」


小さく頷き春田さんの顔を見る。



「ほっとしますね、人が淹れてくれたものは……」


 やっと息ができそうだ。心を落ち着かせて目を閉じる。


「いつもと違うので新鮮味があるというか、あなたの気持ちを……感じることができます。本当に美味しいです」


「そうですか、それはよかったっ!」


春田さんはそういって胸をなでおろした。


「あの時に飲んだお茶を思い出しながら、試行錯誤したんです。僕はあの一杯に救われましたから。お茶の淹れ方もですね、たくさん種類があって迷ったんですよ。今回は……」


彼はそういいながら、私に熱意を持って話していく。その姿にまた硬くなった心が研ぎ解されていく。



……生きている人はこんなにも眩しいんだな。



彼の真摯な姿に胸をうたれる。時間を止めていたといっていたが、今のその姿からは想像もできない。



「……春田さん、また少しだけお話しても?」



「もちろんです。あなたの話ならいくらでも」



息を吸い込みながら春田さんにまっすぐ体を向ける。


「私は……お坊さんになったことが今でも、決め切れてないんです。自分で選んだことなのに、恥ずかしいです」


祖母を追い掛けることにしたのは、情けない自分から逃れるためだった。彼女の死に目にあえず、懺悔するために始めた道だった。


「私がこの道を選んだのは、おばあちゃんがいたからです。おばあちゃんのようにならなければ、いなくなった人の穴埋めを私がしないといけないと思っていたんです」


祖母が倒れた時、私にできることがあったかもしれない。あの時の後悔が残っているからこそ、私は常に囚われていた。



でも死者は蘇らない。故人の働きは誰にも真似できないのだ。



「この数ヶ月、春田さんはきっと色んな経験をされたんでしょうね。だから、あなたからは生きているエネルギーを感じとれるのです。社会人としても、人としても……」


きっと楽しいことばかりではないだろう。死者を見送ることは簡単なことではないからだ。でも彼は私のために思考錯誤してくれている。仕事の一部分でしかない細かな部分にまで情熱を注いでくれているのだ。


「春田さんの姿を見て……再び気づきました」


「え、何をですか?」


「私も《《今の仕事が好きだ》》ということをです」


 はっきりと春田さんに向かっていう。


「怖い部分はたくさんありますが、それでもこの仕事に感謝しています。こんなにも多くの人と出会える機会を作ってくれているのですから。ですから私はもっと強くありたいです。あなたのように、自分が自分で認められる姿になりたいです」


「僕はそんな大層な人間じゃないですけど、いいと思います。夏川さんなら絶対に大丈夫ですよ」


春田さんはゆっくりと頷きながらいう。


「ただ一言だけいわせて貰うと、あんまり気負い過ぎないで下さいね。夏川さんは真面目ですから、何でもやろうとし過ぎると思います」


「そうでしょうか?」


「ええ、そう見えます」


春田さんは拳を握りながら続ける。


「きっと悩まないお坊さんなんて、いないと思います。正解がない道にはきっと色んな苦労があるんですよ。だから……《《その日のベストを尽くせばいいんです》》」


「……なるほど」


その日のベストを尽くす、今だけを見ることに集中することは必要だ。今の私がやらなければならないのは、源のおばあちゃんに供養の言葉を届けること。


「ありがとうございます、そうですね。確かにその通りです」


 色々と考え過ぎていた。必要でないことまで頭を巡らせて、自分をコントロールすることすらできていなかった。 


「春田さんは本当に凄いですね……今、できることをする、それだけに徹してみます」


「いえいえ、僕の言葉ではないんです。社長の受け売りなんですよ」


春田さんは朗らかに笑みを見せながらいう。


「過去は変えられない、未来も大きくは変えられない、変えられるのは《《今だけ》》です。だから、今を精一杯やればいいとおっしゃってくれました」


「確かにそうですね……」


未来を変える、そのために頑張ってきたつもりだ。おばあちゃんがいた未来を想像して、私は走ってきた。


 でもそれは独りよがりだったのかもしれない、今できることから逃げるための口実にしてきたのかもしれない。


「ありがとうございます、おかげで切り換えることができそうです」


 ほっと胸を撫でおろし、彼を見る。情熱に満ちた瞳を見つめると、体が焦がれるように熱くなっていく。



「……確かに男の人との交際も大事かもね、おばあちゃん」



「え? 何か仰いました?」


「いえ、何でもありません。また機会があれば、お食事、誘って下さいね」


「え? あ、ああ、はい。って、え?」


 こほんと空咳を一つして、改めて礼をいう。


「ありがとうございます、春田さん。今できることにベストを尽くしてみますねっ!」


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