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魔王だって色々考えてるんですー!⑥

あわわわっ、貫通しちゃった。

 強い。強いというより厄介だ。相性が悪い。

 純魔とはいえ、これほどまでとは思ってもみなかった。少なくともおれが勇者だった頃に戦ってきた純魔種のどの固体よりも強い。

 むろん、純ではない魔種としてのシエルを除いてだ。


 だが、おれとて人類最強と呼ばれる勇者。すでに対処はしている。脇腹を押さえている間に回復魔法をかけておいた。

 ゆっくりと手を離すと、すでに傷口は塞がっていた。むろん流れた分の血液は失われたままだから、ダメージがないわけではない。


「あなたが悪いのよ、アルカン」

「いきなり攻撃を仕掛けてくるな! 話を聞いてからでもいいだろ!」

「だめよ。だってあたしは、もう取り返しのつかないことをしてしまったもの」


 またしても距離が縮んだと錯覚するほどの速度で迫り、リリンが爪を薙ぎ払った。


「暗殺に失敗した時点であたしはもう終わり。魔王シエルからは逃げられない。あなたはゆるされてもね」


 だが今度は反応できる。

 魔力を流した足で地面を蹴って側方へと回避する。飛翔するリリンはすぐさま方向を変えて、おれを追いかけてくる。

 なんだよ、その出鱈目な飛翔性能は――!


「けれど、シエルにあなたは渡さない。あなたはあたしとここで死ぬの」


 舌打ちをして、おれはリリンの爪を剣で受け止めた。

 いつの間にか額に浮いていた冷や汗が空間に飛び散る。


「シエルならおれがなんとかする! だからやめてくれ――!」

「あなたは何もわかっていない。魔王シエルの恐ろしさも、あたし自身のことも」


 もう片方の爪を屈んで躱し、身を寄せて肩でリリンの胸を打つ。しかし飛翔するリリンに当て身の効果はなく、わずかに後退させただけに過ぎない。


「シエルに殺されかけて立ち向かう勇気も失ったくせに、どうして彼女を守ったの? これが最初で最後のチャンスだったのに!」

「シエルの想いを知るためだ!」


 次々と繰り出される爪を弾き、受け止め、受け流す。おれたちの間で何度も火花が散り、剣戟の音が響き渡る。


「愚かね、アルカン!」

「自覚してるよ! もうずっと前からな!」


 強い、速い。何より、やりにくい。

 おれは縦横無尽に謁見の間を駆け回り、壁を蹴って天井を蹴ってどうにか距離を取ろうとするも、リリンは紐でもくくりつけられているかのようにおれから離れない。

 く、この……! 多少の火傷くらいで恨むなよ……!

 おれは左の掌をリリンに翳して詠唱する。


「――フレイムボルト!」


 爪を剣で受け止めると同時に至近距離から炎を放つが、炎はリリンに到達する前に掻き消されてしまった。

 な――ッ!?

 涼しい表情でリリンが囁く。


「無駄よ、アルカン。炎は風を突き破れない。あなたはあたしに勝てないの」


 隕石召喚魔法(メテオストライク)を使えば魔王城自体を破壊してしまいかねないし、他の魔物も無事には済まないだろう。それに何より、アシュはともかくヘタをすればリリンを殺してしまうことになる。


 冗談じゃねえ。おれは絶対に殺さねえぞ。

 オーバースカートと花びらのようなスカートが舞い上がる。次の瞬間、おれは繰り出されたブーツの回し蹴りを、魔力を宿した左の掌で受け止めた。

 肉の弾ける音が響き、衝撃だけで汗の玉が弾け飛んでゆく。


「この――!」


 そのままリリンの足をつかみ、壁へと叩きつけるつもりで強引に投げ飛ばす。しかしやはり飛翔し続けているリリンが相手では、叩きつけるどころか体勢を崩させることさえできない。

 リリンは石壁直前でふわりと舞い上がると、垂直の壁に両足をつけて立った。


「優しいのね、アルカン。足の一本くらい剣で斬ればよかったのに」

「それができねえってわかってて蹴ったんだろうがッ!」


 リリンが口元に笑みを浮かべて壁を蹴った。凄まじい速度で金髪碧眼の純魔が迫る。

 どれだけ爪と剣を合わせても鍔迫り合いにはならないし、隙を作ること自体ができない。こうなるともうマリカの剣技が児戯にすら思えてしまう。

 後退し続けるおれに追いすがり、リリンは次々と攻撃を繰り出す。


「――ッ!」


 リリンの爪に頬を抉られ、おれは牽制のために剣の腹を袈裟懸けに振り下ろす。

 もう片方の爪でそれを受けたリリンが空中で縦に一回転して剣の力を逃がしながら、ふわりと後退した。


 厄介だ。敵に回すとこれほどまでとは。

 シエルのように力で力を上回り、速度で速度を上回り、魔力で魔力を上回るという正面からの勝負にはならない。何をしてもすべて受け流されてしまう。捉えどころがない。水や空気と戦っているかのようだ。


 おれは壁を蹴って跳躍しながら、追いすがるリリンの攻撃を剣で受ける。

 火花が散って体勢を崩し、石床に片足で着地をすると同時にさらに後退する。


「くそ――ッ」


 引き剥がせねえ!

 すぐさま突き出された爪を頭を振って躱し、次の爪を受け流したところでブーツに腹部を蹴られ、おれはよろめきながら後退する。

 どれだけ高速で移動をしても、リリンはそれ以上の速度でついてくる。説得のための長い言葉を発する余裕がない。ヘタに呼吸を乱せば一瞬して解体されてしまう。

 しょうがねえ。あまりやりたくはねえ方法だが。


「恨むなよ、リリン!」

「もう恨んでいるわ。臓腑の底からね。そして愛してもいる」


 おれは口内で詠唱しながら壁を蹴ってリリンへと疾走する。リリンは何かを警戒してか、出鱈目な軌道で空を駆けながらおれの目前へと迫った。

 最初の攻撃は頭部から振り下ろされる左手の爪。剣を高く持ち上げて防ぐ。


「くぁ!?」


 受け止めた衝撃に剣を持つ右手が痺れたが、かまうことなく身体ごとぶつかってゆく。


「う、おおおぉぉッ!!」

「なんのつもり? そんな攻撃――!」


 当然のように右手の爪が繰り出される。

 おれはそれを左の掌で止めようとして、肉を裂かれ、骨を刻まれ、しかし貫通したリリンの爪がおれの脇腹から左胸へと侵入した。

 鈍い音とともに爪が心臓側面を貫く。なおも勢い止まらず、リリンの五本の爪は容赦なくおれの胸郭内部を進み、右の脇腹へと貫通した。


「一緒に逝きましょう、アルカン? シエルがすぐにあたしを追わせてくれるわ」

「……ッ!? あ……か……っ」


 激痛に視界が歪み、焦点が合わなくなる。がくがくと膝が震えて折れ曲がった。全身の毛穴が開き、体液が滲み出る。

 石床におれの剣が落ちて甲高い金属音を響かせた。


「あなたが悪いのよ、アルカン……。本当に……本当に残念だわ」


 リリンが大きく喉を動かして、おれの胸部から爪をゆっくりと引き抜く。

 爪が引き抜かれた直後、おれの脇腹から噴水のように血液が溢れ出した。

 しかし。

 それでもおれは傷口を右の掌で押さえながら、引き抜かれたばかりのリリンの爪を左手でつかんだ。


「――ッ!?」

「や、やっとつかまえたぜ……。痛……てて……。……覚悟……しろよ……」

「きゃあっ!?」


 おれはリリンの爪をつかんだまま力任せに彼女を地面へと押し倒し、豊かな胸の上に馬乗りとなって両足で彼女の最大の武器である両腕を踏みつけた。むろん、ありったけの魔力を彼女の体内へと流し込み、リリンの魔力を強引に飛散させてだ。

 両者から魔力の補助がなくなれば、純魔とはいえ男と女。体格からの力の差はやはり出る。


「リ、回復魔法(リカバリ)をあらかじめかけていたのねッ!?」

「心臓を囮に差し出すんだ、それくらいのことはするさ」


 もっとも、血液を流しすぎて視野は限界まで狭まり、今にも気絶しそうではあるが。


「前に言ったよな、リリン。もう少し強引でもいいって」

「そ、それは、こんなときのことじゃ――」


 おれはリリンの言葉を無理矢理止めるように、その首を右の掌でつかむ。

 炎には風を突き破ることはできないだろう。だが、零距離ならば話は別だ。ましてや首ともなれば、いくら純魔であっても即死は免れない。


「おれの勝ちだ」


 リリンの唇が強く引き結ばれる。


「殺せばいいじゃない。あなたを失ったのだから、もう生きていてもつまらないわ」

「そう言えばおれが殺せないと思っているんだろう?」


 初めてだ。初めて、リリンが凄まじい怒りに満ちた形相でおれを強く睨んだ。憎しみではない、悲しみでもない。純粋な怒りで。

 心臓が一度だけ大きく跳ね上がった。

 取り繕っていたこれまでの彼女ではない。

 そのあまりに魅力的な表情におれは昂揚して、思わず少し笑ってしまった。


「うるさい、笑わないで! さっさと殺しなさいよ! じゃなきゃ、あたしはあなたを殺すのだから!」

「はは。やっぱ似合わねえな。そんな表情。いつもみたいにすましてろよ」

「う、うるさい! もう喋らないでよ!」


 おれは彼女の両腕を踏みつけていた足をゆっくりとどけると、立ち上がるだけの力も残っていなくて、リリンの胸から倒れるようにして石床に転がった。

 リリンが上半身を起こし、眉をひそめておれを見つめてきた。


「ここから去ってくれ、リリン」

「バ、バカじゃないの? ほんとのほんとのほんとに、あなたバカなんじゃないの? 言っとくけど、あたしは本気で殺そうとしていたのよ!」

「知ってるよ。でも、おれの勝ちだったろ? だから生きてるうちに逃げろ。な?」


 とはいえ、今リリンがその気になれば、おれの首を掻き斬るくらいのことは簡単だろう。おれは満身創痍で、リリンはほとんど無傷なのだから。

 けれど、どうせあいつが、そうはさせないだろう。

 おれは胸一杯に空気を吸い込んで、弱々しい声で叫ぶ。


「それでいいよな、シエル!」


 王座に着座し、肘置きにもたれかかったまま、じっと一連の行動を見守っていた魔王に。

 おれの剣が皮膚を剥がしたんだ。あれで覚醒していないはずがない。

 そして覚醒した上で手を出さなかったのは、おそらくおれの意志を汲んでのことだろう。


「……ふむ。西の魔王リリエンヌ・アーディンイーリスの首は少々惜しいものではあるが、貴様が望むのであれば問題はないぞ、アルカン。私は貴様の恥知らずな欲を叶え――」

「――ちょちょちょちょちょい待て! なんて? 今おまえ、なんつった?」


 リリンが金髪を振って目をまん丸に見開き、王座のシエルに視線を向けた。


「そやつは西の魔王リリエンヌ・アーディンイーリスだ。アルカン、私は同じことを二度言わされるのは好きではない」


 リリンが西の魔王だって?

 凝視すると、リリンがあきらめたように小さなため息をついた。


「知っていたのね。その上でわたしを自軍の将軍にするだなんて、正気とは思えないわ」

「その気になればいつでも殺せると考えていた。それだけのことだ」


 なるほど。だからアシュはリリンとの接触を可能な限り避けようとしていて、リリンはシエルとの接触を避けようとしていたということか。

 リリンもまたシエル・アシュタロトの暗殺を狙って潜入していた一人だった。

 なんてやつらだ……これが魔王種というものか……おれも他人のことは言えんが……。


「ずいぶんと余裕じゃない。さっきは割と危なかったと思うけど?」

「ハッハッハ! 浅はかであったことは否めん。だが、結果はこの通りだ」


 シエルが両手をすっと広げて、殺気のこもった凄惨な笑みを浮かべた。


「惜しかったな、リリエンヌ。アルカンを完膚なきまでに愛欲に溺れさせておれば、私の首を獲ることができたやもしれんというのに。くく、なかなかに肝を冷やしたぞ」

「……どうでもいいわ、もう」


 リリンが金髪を掻き上げて、また小さなため息をつく。


「で、本気で逃がしてくれるわけではないのでしょう? 召喚契約でもするつもり?」

「冗談を言うな。私は貴様と違って女の唇になど興味はない。だが、そうだな」


 シエルが王座から滑り降り、裸足でペタペタと石床を歩いてリリンの前に立った。


「シエ――!」


 おれの言葉を片手で制してから、シエルが貧相な胸で両腕を組んだ。


「リリエンヌ。貴様がこれからもアルカンを殺すつもりであるならば、私はアルカンが何を言おうともここで貴様を殺す。だが、それ以外のことであれば大概はゆるしてやろう。この賢く愚かな参謀は、きっとそう願うであろうからな。ただし、アルカンは貴様には渡さん」


 リリンが少し考える素振りを見せて、右手の人差し指を艶やかな唇にあてて呟く。


「なら、殺すのはやめよ。ただし、生きている限り誘惑させてもらうわ。アルカンはあなたには渡さない」

「ハァーッハッハ!」


 シエルの全身に魔力が満ち溢れたと思った直後、シエルが片足を引いて右手を拳にした。


「おもしろい。おもしろいぞ、……この身の程知らずが……ッ」

「おい――」


 静止する暇もなくシエルから拳が放たれる。

 目にも止まらぬ速さでリリンの腹部を貫いた拳は、彼女の体躯を鋭角に折り曲げ、破裂した背中からは臓物や骨が飛び出した。


「リ――ッ?」


 次の瞬間にはおれはリリンの姿を見失い、気がついたときには魔王城謁見の間の石壁には大穴が空けられていた。

 強烈な衝撃波と雷轟のような音がおれたちを襲ったのは、そのあとのことだ。


「うおっ!?」


 凄まじい暴風が巻き起こり、鮮血色のマントが千切れそうなくらいになびく。背後で巨大な王座が暴風に煽られ、壁まで滑ってゆく音がした。


 拳をただ前に突き出しただけで、これだ。これこそがおれの知っている暴虐の魔王シエル・アシュタロトなのだ。

 暴風が弱まりどうにか瞳を開けられるようになった頃、もうどこにもリリンの姿はなかった。

 リリンのものと思しき無数の黒い羽根が、謁見の間の空間中を漂っている。


「ふん、不愉快な阿呆め」

「シエルッ!! てめえッ!!」


 おれはとっさに床に転がっていた剣を杖代わりにして、よろめきながら立ち上がる。

 シエルが掌を振ってリリンの血を飛ばし、おもしろくもなさそうにおれへと向き直った。


「勘違いするなよ、アルカン。殺してはいない。だが少々痛い目を見せてやりたかったゆえ、回復魔法(リカバリ)をかけた拳で殴り飛ばしてやった」

「生きて……いるのか……? 今ので……? 拳が腹を貫通してたぞ!?」

「魔王になるほどの純魔種は、あの程度では絶対に死なん。首でも落とさん限りはな。私のように半分人間の、か弱い半魔種ならばわからんがな」


 か弱いなどと、どの口が言うのか。

 今度はおれへと向かって歩いてきて、シエルがおれを悪戯な笑顔で見上げてきた。


「私の数少ない弱点だ。魔力がなくば魔王種ならずとも、ただの純魔以上に打たれ弱い。人間の娘と変わらんくらいにな。おぼえておくといいぞ、鎧の勇者アルカン・セラトニア」


ああん、バレて~ら。

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