episode25
退院の許可が下り、私が合宿所のメインスタジオに戻った時、そこにはすでに異様な緊張感が張り詰めていた。
最終ステージへと駒を進めたのは、わずか20名。
そして、鮫島プロデューサーの口から告げられた最終課題は、これまでのサバイバルを根本から覆すような内容だった。
「最終回は生放送。メインイベントは、現在のトップ7名による特別編成チームのパフォーマンスだ。そして、このステージのコンセプト、振付、ステージングのすべてを……お前たち自身で完全プロデュースしてもらう」
どよめきが起こる中、私は静かに息を吐いた。
1位の私。2位のラン。3位のアカリ。そして、サエ、レイカ、マコを含む上位7名。
この最強で最悪の猛獣たちを一つの檻に入れ、さらに「自分たちで手綱を握れ」というのだ。運営の悪趣味にも拍車がかかっている。
指定された第一会議室にトップ7名が集められると、案の定、空気は氷点下まで冷え込んでいた。
「完全プロデュースと言っても、私がセンターのフォーメーションを組むのが一番合理的よね。振付のベースも私が作るわ」
円卓の席につくなり、ランが当然の権利のように言い放った。圧倒的な技術を持つ彼女が主導権を握るのは、正統派グループであれば大正解だ。
「ええーっ、ランちゃんだけのステージになっちゃうじゃないですかぁ。私、もっと自分の魅せ場が欲しいですっ」
アカリが頬を膨らませて抗議するが、その目はすでに「どうやってランの振付を自分流に崩してカメラを奪うか」を計算し尽くしている。
レイカは「衣装は絶対に一流のデザイナーに頼むべきよ」と見当違いな主張をし、マコは怯えた小動物のように縮こまり、サエは机に突っ伏して寝る準備を始めていた。
相変わらず、誰一人として他人に譲る気がない。
私は黙って自分のカバンから、使い込まれたタブレット端末を取り出した。
「ラン、あなたの技術をベースにするのは賛成よ。でも、ただの綺麗なダンスを見せるだけなら、今までと同じ。視聴者はもう、そんな予定調和には熱狂しないわ」
私がそう言うと、ランが不機嫌そうに眉をひそめた。
「じゃあ、あなたに何ができるっていうの?」
「これを見て」
私はタブレットの画面を全員の中央に滑らせ、再生ボタンを押した。
昨日、医務室のベッドで痛みに耐えながら、徹夜で作った映像資料だ。
画面に映し出されたのは、フリー音源の重厚なベースラインに合わせて、映画のワンシーンや既存のミュージックビデオの断片が、目まぐるしく切り替わる映像だった。
動画編集アプリのタイムラインに複数のトラックを重ね、トランジションのタイミングをコンマ一秒単位で調整して、視覚的なノイズを意図的に作り出している。さらに、映像の合間には、私がスタイラスペンで描き殴ったステージ衣装のラフスケッチや、細かいフォーメーションの動きを指示する絵コンテが挟み込まれていた。
「……何これ」
ランが画面を見つめたまま、小さく呟いた。
「私たちの最終ステージの設計図よ」
私はタブレットの画面を指でタップし、動画を一時停止させた。
「テーマは『光の侵食』。ラン、あなたと私でダブルセンターを張るわ」
「私とあなたが……ダブルセンター?」
「そう。前半はランの圧倒的な光。完璧なステップとハイトーンで、観客の目を完全に釘付けにする。でも、サビの転調で映像のフレームレートを意図的に落とすような、わずかな『ズレ』を振付に組み込むの。……つまり、ノイズよ」
タブレットの画面には、私が描いた衣装のスケッチが映し出されていた。ランの純白の衣装の裾が、少しずつ黒いインクで染められていくような退廃的なデザイン。
「ランが作り上げた完璧な世界に、アカリの狂気やサエの不協和音が混じり、最後に私が完全に『バグ』らせる。全員が完璧に揃う必要はない。一人一人が、自分のエゴを極限まで押し出して、相手のパートを食い殺しに行く。そのギリギリの緊張感そのものを、一つの作品にするの」
動画の編集から衣装のスケッチ、コンセプトの立案まで、すべてを一人で形にして叩きつけた私のプレゼンに、会議室は水を打ったように静まり返った。
三十年間、日陰でひたすら培ってきたクリエイティビティ。
ただのアイドル志望の17歳には絶対に持ち得ない、動画の尺合わせや視線誘導のロジック、そして何より、人間の奥底にある『昏い感情』をエンターテインメントに昇華させる手腕。
「……ミオちゃんって、本当に性格が悪いですよね」
沈黙を破ったのは、アカリだった。
彼女はタブレットの画面に映る自分のポジションの絵コンテを指先でなぞりながら、ゾクゾクするような笑みを浮かべた。
「これ、私が一番目立つところで、わざと照明を落とす指示になってる。……ここで私が一番ヤバい顔で笑えば、視聴者の記憶に一生こびりつくって、わかってて設計しましたよね?」
「ええ。あなたのその『計算された狂気』を、一番高く売り捌けるタイミングよ」
私が答えると、アカリは満足げに舌なめずりをした。
「……振付のタイミングを意図的にズラすなんて、私の美学に反するわ」
ランが腕を組み、冷ややかな視線を私に向けた。
しかし、その瞳の奥には、今まで見たこともないような強い好奇心と闘志が燃え上がっていた。
「でも、あなたがそこまで自分の『バグ』に自信があるなら、受けて立ってあげる。私の完璧な光で、あなたのその小賢しい演出ごと、完全に焼き尽くしてセンターの座を奪い返せばいいだけのことだもの」
「上等よ。やってみなさいな」
私が不敵に笑い返すと、サエがむくりと顔を上げ、「……お姉さんの作った動画の音、重くて好き。私、もっと声でノイズ入れてあげる」と呟いた。
レイカは「衣装のデザイン、少し庶民的だけど……私が着こなしてあげるわ!」と息巻き、マコは必死に私の絵コンテを自分のノートに書き写している。
「よし。方向性は決まったわね」
私はタブレットの電源を落とし、立ち上がった。
「システムが用意したお遊戯会はもう終わり。ここからは、私たち自身でこの狂った世界を支配するのよ」
本番まで残り一週間。
光と闇、正統と異端が正面衝突する、文字通り血を吐くような地獄のレッスンの幕が、今、切って落とされた。




