episode18
第1回順位発表式の熱狂が冷めやらぬまま、合宿所には新たな課題が投下された。
番組の最大の山場とも言える『コンセプト評価』。
用意された5つのオリジナル楽曲の中から、視聴者のネット投票によって「誰がどの曲を歌うか」が強制的に決められる、完全他力本願の残酷なミッションだ。
「……最悪の予感しかしない」
指定された練習室の前に立ち、私は重いため息をついた。
ドアノブに手をかけた瞬間、視界のシステム画面が真っ赤に点滅し、けたたましい警告音を鳴らし始めたのだ。
> [ 警告:室内における『エゴ(自己顕示欲)』の濃度が致死量に達しています ]
> [ スキャン完了:内部に『頂点の捕食者』2名を検知 ]
>
覚悟を決めて扉を開ける。
そこには、氷点下のような冷たい空気が充満していた。
壁際のパイプ椅子に脚を組んで座り、イヤホンで音楽を聴いている第1位のラン。
そして、鏡の前で入念に自分の前髪の角度をチェックしている、第3位のアカリ。
「……あ、ミオちゃん。やっぱりミオちゃんもこの曲だったんですね。ふふっ、よろしくお願いしまーす」
アカリが鏡越しに私を見て、完璧な、けれど全く目の笑っていない作り笑いを向けた。
「ええ、よろしく。……まさか、トップ3が見事に同じ部屋に放り込まれるなんてね」
私が部屋に入ると、ランがゆっくりと目を開け、イヤホンを外した。
「視聴者も悪趣味ね。私とあなたたちを同じケージに入れて、殺し合いでもさせたいのかしら」
ランの言葉に、アカリが「そんな物騒なー!」と笑うが、その実、部屋の空気は一触即発だった。
視聴者が私たち3人を放り込んだオリジナル楽曲。それは『ディストピア・ロマンス』という、重厚なベースラインに不規則な電子ノイズが混じる、極めて難解でダークなダンスナンバーだった。
ランの圧倒的な「技術」、アカリの「表情管理」、そして私の「退廃的な異物感」。
視聴者は、この3つの毒を混ぜ合わせたらどんな化学反応が起きるのか、見たくてたまらなかったのだろう。
しかし、作る側からすれば地獄でしかない。
> [ ターゲット:ラン ]
> [ 現在の思考:「私がセンター以外あり得ない。他の有象無象は私の引き立て役」 ]
> [ ターゲット:アカリ ]
> [ 現在の思考:「絶対に一番目立つパートを奪う。ランもミオも出し抜いてやる」 ]
>
(……完全に『船頭多くして船山に登る』状態ね。このままじゃ自滅するわ)
私は30歳の中間管理職としての胃の痛みを覚えながら、ホワイトボードの前に立った。
「とりあえず、パート分けから決めましょうか。サビのメインボーカルと、センターポジション。……誰がやる?」
「私に決まってるでしょ」
即座にランが立ち上がった。
「この曲のBPMと変則的なリズム、完璧に踊りこなしながら高音を出せるのは私しかいない。あなたたちにセンターが務まると本気で思ってるの?」
正論という名の暴力。ランの圧倒的な実力(ステータス:オールSクラス)を前にしては、ぐうの音も出ない。
しかし、アカリも負けてはいなかった。
「でもぉ、ランちゃんのダンスは『綺麗すぎる』んじゃないですか? この曲、もっとこう……狂ったような愛憎とか、そういうドロドロした表情が必要だと思うんです。技術だけじゃ、視聴者は退屈しちゃいますよ?」
アカリが首を傾げながら、ランの最大の弱点である『感情表現の薄さ』を的確に刺した。
「……何ですって?」
ランの目がスッと細くなり、室内の温度がさらに5度下がった。
「事実を言っただけですぅ。私なら、サビで一番カメラに抜かれるところで、最高に『病んだ顔』を作れますから。ね、ミオちゃんもそう思いません?」
アカリが同意を求めてこちらに話を振ってくる。私をダシにしてランを牽制する腹積もりだ。
> [ 緊急クエスト発生:『怪獣大決戦の調停者』 ]
> 達成条件:エゴのぶつかり合いを制し、3人が納得する(あるいは強制的に機能する)フォーメーションを構築せよ。
>
「……二人とも、座りなさい」
私は、あえて『お局様』全開の、低く冷ややかな声で二人の言葉を遮った。
ランとアカリが、少しだけたじろいで私を見る。
「ラン。あなたの技術が一番なのは誰だって認めてる。でも、アカリの言う通り、この曲に『優等生のダンス』は似合わない」
「ミオ、あなたまで……」
「最後まで聞きなさい。……そしてアカリ。あなたの表情管理は確かに武器だけど、この曲のサビの激しいステップを踏みながらあの高音を持続するスタミナ、あなたには無いでしょ。途中で息が上がって放送事故になるわよ」
「っ……」
二人の急所を容赦なく抉り出し、沈黙させる。
私はホワイトボードに、ペンで大きく『三角形』を描いた。
「センターなんて、誰か一人に固定しなくていいのよ」
「固定しない……?」ランが怪訝な顔をする。
「そう。曲を3つのセクションに分ける。
1番のAメロからBメロ。ここはアカリ、あなたがセンター。あなたの計算し尽くされた『あざとさ』から徐々に『狂気』に変わっていく表情で、視聴者を一気に引き込む。
そしてサビ。ここでランがセンターに出る。誰にも真似できない圧倒的な技術と暴力的なまでのステップで、曲のボルテージを最高潮に持っていく」
「……じゃあ、あなたは?」
アカリが探るような目で私を見た。
私はホワイトボードの三角形の頂点(大サビの部分)をペンで強く叩いた。
「落ちサビからラスト。曲のテンポが落ちて、一番重苦しいノイズ(グリッチ)が入る部分。……ここは、私がもらうわ」
「はぁ!? 一番おいしい、曲の『オチ』を持っていく気!?」
アカリが声を荒げた。
「ええ。だって、この中で一番『人生に絶望した顔』ができるのは私だもの。……それに」
私はペンを置き、二人に向き直った。
「ランの完璧な技術と、アカリの完璧な嘘。その二つが極限まで高まった直後に、私が全部を『バグ』らせて、泥沼に引き摺り下ろす。……そういうフォーメーションよ。仲良く手をつなぐ必要なんてない。お互いを本気で食い殺すつもりで、自分のパートだけを完璧にやりなさい」
協調性ゼロ。
だが、全員の「自分が一番目立ちたい」「相手を蹴落としたい」という強烈なエゴを、一つの作品の『演出』として組み込む、極めて異常で合理的な提案。
> [ システム通知 ]
> [ ランの『闘争心』が限界突破しました ]
> [ アカリの『承認欲求』が最適化されました ]
> [ フォーメーション『相互破壊』が成立しました ]
>
「……悪くないわね。あなたが私の後に失速して、大恥をかくのを見るのも面白そう」
ランが、初めて好戦的な笑みを浮かべた。
「ふふっ、ミオちゃんって本当に性格悪いですよねぇ。……いいですよ、私が一番完璧な表情で、お二人を脇役にしてあげますから」
アカリも、もう猫を被るのをやめ、ギラギラとした目を隠そうともしなかった。
「上等よ。地獄の練習を始めるわよ」
私の中の30歳が、かつてないほどのヒリヒリとした興奮に包まれていた。
最強の敵たちと組む、最強で最悪のチーム。このステージは、伝説になる。




