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【完結】悪役毒妃の後宮心理術  作者: ともボン


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第21話   白き禁制品の贈り手

「…………」


 私は無意識に立ち上がり、柔和な笑顔を浮かべている倭魅美を見つめた。


 目を離そうとしても離れない。


 もちろん、それは私だけではなかった。


 この場にいる誰もが倭魅美の顔に釘付けになっている。


 不純物のない白雪のようであり、高価な白磁のようであり……とにかく、特設舞台上にいる倭魅美の顔は真っ白だったのだ。


 このとき、私の半ば停止しかけていた脳内にあることが浮かんだ。


 先帝時代に中毒死する妃が続出したことで後宮内での所持や使用、そして贈与を禁止された毒性の強いおしろいのことを。


 もしもこの禁忌を破った場合、どんな身分の者であろうとも処罰される。


 特に被害を広げるという観点から誰かに贈与した場合、それが四夫人だったとしても情状酌量の余地なしに死罪になるという。


 要するに皇帝に何かあったら国が亡びるからだ。


 そんなご禁制のおしろいを倭魅美は顔に塗っていた。


 しかも自分に新たな妃位を与えられる式典のときにである。


(な、何かの間違いよね?)


 私は遠くにいる倭魅美にそう問いかけるも、脳内での質問なので当然ながら答えなど返ってこない。


 ざわざわざわざわ……。


 ほんの数分前までは和やかな雰囲気に包まれていた安政園が、今では血生臭い戦場の只中にいるような緊迫感が流れている。


 一方の倭魅美も状況を察したのか、戸惑った顔で周囲を見回している。


 それは侍女たちも同じで、自分たち以外の者たちが何に動揺しているのか理解できずにいるようだった。


 まさか、と私は大きく目を開いた。 


 倭魅美や侍女たちは、あの真っ白なおしろいが後宮で禁止されている禁制品だと知らなかったのだろうか。


 だとすると、あの戸惑っている反応にも納得できる。


 しかし、そうだとすると気になる点があった。


 真っ白なおしろいは禁制品になっているため、異国から来たばかりの倭魅美が入手するのは不可能だ。


 では、あれは倭国から持参してきた無害のおしろいなのだろうか?


 いや、それは考えられない。


 倭魅美は今まさに四夫人に相当する妃位を与えられようとしている妃であり、その前は九嬪クラスからスタートするはずだった妃である。


 後宮入りする前には入念なチェックがあったはずで、そのときに倭国から持参してきた化粧品の中に禁制品に似たおしろいがあったら必ず注意されていたはず。


 それがなかったとしたら、倭魅美の持参してきた品物の中に禁制品に似たおしろいはなかったということだ。


 となると話はかなり違ってくる。


 倭国から持参してきた中に禁制品に似たおしろいがなかったのなら、倭魅美は後宮入りしたあとで本物の禁制品のおしろいを入手したということになってしまう。


 私は倭魅美から視線を外すと、遠くの宴席にいる九嬪や二十七世夫人と呼ばれていた中級妃や下級妃たちに顔を向けた。


 後宮は外と隔絶された鳥籠の世界であり、市井で手に入る代物でも朝廷を通じなければ基本的に入手は困難というのは聞いている。


 それでも妃たちの化粧品や装飾品の類は手に入りやすく、理由は美を磨くことは次代の皇帝を身籠る可能性を高めるからだ。


 とはいえ、いくら何でも禁制品のおしろいまでは簡単に入手できない。


 実家が裕福ではない者が多いという下級妃クラスならまず不可能だろう。


 市井の妓楼には出回っているものの、それを賄賂などを使った裏ルートで後宮に持ち込むとなると多額のお金が必要になる。


 中級妃クラスである九嬪の上位――昭儀しょうぎ昭容しょうようたちならば裏ルートを使って入手することは何とか可能かもしれない。


 でも、九嬪たちがそんなことをする理由が思いつかなかった。


 聞くところによると、九嬪の妃たちは皇帝の愛人的な立場の妃たちだったが、今の皇帝である華龍瑛は愛人どころか正妻もいないありさまだ。


 好色家の先帝の時分は違ったらしいが、今の後宮では九嬪の妃たちも下級妃たちと大して立場は変わらないという。


 つまり、そんな妃たちには裏ルートを使って禁制品のおしろいを入手する力がないということになる。


 仮に禁制品のおしろいを入手したとして、発見されたときのリスクも大きすぎるそれを後宮に来たばかりの倭魅美に渡そうとするだろうか?


 逆に倭魅美のほうも「わあ、ありがとうございます」と受け取るだろうか?


 絶対にない、と私は思った。


 少なくとも九嬪や二十七世夫人たちの仕業でないことは確かだろう。


 などと考えたとき、私はおそるおそる他の三夫人たちの顔を見る。


(そうよ。九嬪や二十七世夫人たちじゃないのなら、犯人はもっと上の立場の妃たちってことになる)


 私が見たところ、三夫人たちも倭魅美を見て激しく狼狽していた。


 恐ろしい魔物でも見ているような顔つきである。


 とはいえ、私の臨床心理士としての観察眼は騙せない。


 きっと三夫人の中に犯人がいるはず。


 そう思いながらも三夫人たちの一挙手一投足を見逃さずに観察する。


(…………あれ?)


 おかしい。


 私が入念に観察したところ、三夫人たちは動揺している演技をしていなかった。


 本当に倭魅美を見て心の底から恐怖している。


(そ、そんなのあり得ない……)


 などと否定しても無駄だった。


 どれだけ三夫人たちを疑っても、臨床心理士としてもう一人の自分が告げてくる。


 あの三人は本当に驚いている、と。


 私は状況が飲み込めず呆然としていると、空気がピリッと変わった。


 他の人たちの視線が現皇帝に集中したのだ。


 華龍瑛は勢いよく立ち上がると、若手の武官たちに向かって右手を薙ぎ払うような動作をする。


 私には意味がわからなかったが、それは皇帝からの勅命の動作だったのだろう。


 若手の武官たちは一斉に動き出す。


 中でも虎月さんの行動は迅速だった。


 獲物に襲い掛かる虎のような脚力を以て、他の武官たちよりも早く倭魅美の元へ駆けていく。


 その速度は文字通り疾風であり、あっという間に特設舞台の壇上に上がった虎月さんは倭魅美に向かって長剣の切っ先を突きつけた。


 私は虎月さんの無駄のない動きに驚愕する。


 いつの間に腰の剣を抜いたのか見えなかった。


「魅美妃、お願いですから動かないでいただきたい」


 しんと静まり返った安政園の中、虎月さんの獰猛さが感じられる声が響く。


「動くと……斬る」


「――――ッ」


 私は思わず息を呑み、心臓が止まりそうになった。


 虎月さんから放たれた殺気は、それこそ突風のように肌に突き刺さってくる。


 倭魅美はあまりの恐怖にペタンと尻もちをついた。


 他の侍女たちも隣同士の者と抱き合い、腰が抜けたように床へとへたり込む。


 無理もない。


 虎月さんの殺気は野生で生きる本物の虎のように強くて怖い。


 至近距離にいる倭魅美たちには虎月さんが剣を持った虎に見えているかもしれない。


 むしろ意識を保っているのが驚きである。


 私なら絶対に気絶しているだろう。


 そして虎月さんが倭魅美たちを殺気で拘束している中、他の武官たちが特設舞台を完全に囲った。


 特設舞台にいる者を、虎月さん以外は誰一人として外へ逃がさないためだ。


 直後、若手の宴席から動き出す人がいた。


 鳳瞬さんである。


 そんな鳳瞬さんは宴席から離れて華龍瑛の近くまでやってきた。


 華龍瑛も鳳瞬さんを目で追っていき、立ち止まった鳳瞬さんと視線を交錯させる。


 互いに何も話さなかったが、どうやら目で会話しているようだった。


 数秒後、華龍瑛は無言のまま小さくうなずく。


「御意」


 鳳瞬さんは短くそう答えるなり、機敏な動きで振り返って特設舞台へと歩を進めていく。


 その様子を私を含めた全員が息を呑んで見守った。


 やがて壇上に上がった鳳瞬さんは、倭魅美に剣を向けたままの虎月さんの隣に移動する。


「魅美妃、お初にお目にかかります。わたくしは養心殿の医官長を務めている蘭鳳瞬と申します」


 鳳瞬さんは礼儀として拱手しながら告げる。


「これよりいくつか質問させてください。まず一つは、あなたが今しているおしろいは後宮内で使用を禁止されている代物だと知っていましたか?」


「いえ……知りません」


 嘘は言っていない。


 少なくとも私の目には倭魅美が虚言を吐いているようには見えなかった。


「……わかりました。では、そのおしろいは倭国からあなたが持参した代物ですか? ですが、それならばおかしなことになる。倭国の物とはいえ、この後宮内で禁止されているおしろいと酷似していた物を持ち込んでしまった場合、事前に搜身そうしん盘查ばんさで発見され没収されたはずです」


 搜身や盘查という言葉は聞き慣れなかったが、ニュアンスから身体検査や荷物チェックを意味していることはわかった。


 鳳瞬さんは無表情のまま続ける。


「しかし、そのような報告は朝廷にされていない。つまり、あなたが顔にしているおしろいは倭国から持ち込んだ物ではないということ。それは言い換えればあなたが入宮してきたここ一週間の間で、この後宮内で誰かから手に入れたということになります」


 倭魅美の顔がみるみる青ざめていく。


「禁制品とおっしゃいましたが、その理由をお聞かせください」


 ようやく絞り出せたような声で倭魅美がたずねる。


「そのおしろいには人間を徐々に死に至らしめる微量の毒が含まれているのです。そのため現在の後宮では禁制品とされております。そして一番の理由はそのおしろいを使用した妃と帝が長く接すれば、その御身までも危うくしかねない。ゆえに後宮では入手、所持、使用、贈与などが厳しく禁じられているのです」


 ただし、と鳳瞬さんは悲しげな顔で二の句をつむぐ。


「わたくしが医官長を務める養心殿では別です。禁制品であるおしろいには重度の火傷や裂傷を一時的に抑える効果がある薬として保管されております。むろん、厳重に保管されていて使用は養心殿のみ。まあ、そのことはいずれあなたにもお伝えしようと思っていたのですが……」


 これには私も目が点になった。


 養心殿に禁制品のおしろいが医療薬として保管されていたとは驚きだ。


 そう言えば安仁さんや寧寧ちゃんと初めて養心殿を訪れたとき、鳳瞬さんに医官たちの働きぶりを見学させてもらう流れになったあと、養心殿の内部を案内されたおりに聞いたような気がする。


 そんなことを思い出した中、一方の倭魅美は無言になった。


 それだけではない。


 顔を下に向けて全身を小刻みに震わせる。


 誰から禁制品のおしろいを入手したのかは知らないが、自分が大変な禁忌を犯してしまったことをようやく自覚したのだろう。


「まあ、それはさておき……魅美妃、本当ならばあなたをここで捕らえてしかるべき場所で取り調べを行うところですが、この場にはこうして主だった方たちはすべて揃っています。帝の御前でもありますので、どうか嘘偽りなく真実を話していただきたい」


 鳳瞬さんは目つきを鋭くさせ、倭魅美に問いかける。


「そのおしろいは誰から手に入れました?」


 直後、倭魅美はゆっくりと顔を上げた。


 そして、震えながら人差し指をある人物に差し向ける。


「あそこにおられる風心妃さまです」

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