29話 束の間の休息と十の種祖
ヒカリたち一行がアーユグラから帰還した翌日。
今回の仕事が終わるまでの間にその様子を地球へ届ける配信において行われたギフチャットは誰もが予想もしていなかった金額となっており、それによって預言者から送られた金貨の量は格の高い傭兵として多少は裕福と言える生活を送っているアダムやアトリエルでさえ絶句してしまうほどだった。
落ち着いた後にその管理方法を話し合い、初めはヒカリに所有権があるだろうと周囲に言われるも、彼女が気を抜くとすぐに散財してしまう悪癖があることを告白したことで、これまでもアダム達の金庫番の役割も果たしていたアトリエルがまとめてそれらを管理することとなった。
※
《ブイリンカーはおもろい奴はめっちゃいるけど本配信とかは全く追えんから切り抜き倍速で見てなんとか気合いで消化してる》
《↑わかるわ、毎日忙しいから切り抜きでも供給が多すぎて困る》
《Vは男の方が色々と後腐れないから女よりスケベな目で見やすくなっちゃうんよな》
「ふーん。ずいぶん独特な文化なのね」
そんなヒカリは今昼過ぎのナツィラの一席に座って緩やかな調子で視聴者と談話をしている。
彼女はこういった配信を見ることやネットで不特定多数の人間と話すという経験がなく、電子世界を中心とした文化やイベントの存在を知らないがため、これはいい機会だとそういった知識を視聴者たちに伝授してもらっていたのだ。
「なんだか楽しそうだね、ヒカリちゃん」
「あらトリィ。あなたも休み?」
「そうだよ。昨日辺りから魔獣の出没も収まったようだから少しだけね」
そこへ二つの茶が入ったカップと茶菓子が詰められた器を持ってアトリエルが歩み寄ってきた。
「両方ボクが気に入っている店から買っているものなんだ。よければヒカリちゃんもどうだい?」
「食後の余韻には丁度いいわね……ありがとう。なら喜んで戴くわ」
二人は同じ食卓に座り、小さな酒場の雰囲気にそぐわない優雅なティータイムを始める。
その容姿端麗で気品のある二人の女性が卓を囲む様子はそれだけで芸術的な側面も持ち合わせており、偶然居合わせていた離れた席で食事をする旅の画家の脳裏にその光景が刻み込まれ、絵画として描き起こされたそれは後の世にひっそりと出回ることになるのだった。
「そうだ、ヒカリちゃん。改めてメリャンコラの歌をボクにも届けてくれてありがとう」
「いいのよそれくらい。結局あれを撮ってくれたのは私じゃなくてノアだったもの」
「おっと、そうだったね。君にも感謝を、ノア。彼女の歌を聴く時間はとても有意義なものだったよ」
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《ノア:どういたしまして。これ以上の礼がしたいなら代わりに御山さんにしてくれ》
《実際結構よかったわ》
《照れてて草》
《次回のライブはいつになりまツか?》
昨夜アトリエルはメリャンコラのステージを撮影したタブレットを借り受けて何度も繰り返し鑑賞していた。
そのせいでいつもよりだいぶ寝るのが遅くなり過ぎてしまい、朝の彼女が少々寝不足気味になっていたのは誰も知る由のないことだった。
彼女はそのタブレットを取り出してヒカリに差し出す。
「これ、返しておくよ。景色や音をこんなにも綺麗な形で記録できるなんて便利な道具だね」
「こっちの世界には同じような技術はないのかしら?」
「うーん、写真というのと同じものならあるにはあるんだけど……それは結局使う人の魔術の腕によって切り取れる景色の美しさが左右されるものだから、あまり好んで使われはしないんだ」
「こっちのだって似たようなものよ。ただ技術の発展でそういう問題点が解決されるにつれて、少しづつ万人と高度な技術との距離が縮まっていったのね」
「なるほど、それ自体を構築する理論は高度だけど、扱うための手順が誰でも手が出せるよう調整されてるわけか……魔力の存在しない世界の文明は本当に興味深いね」
アトリエルは地球側の文化に対して強い興味を示しているようだった。
ランドロックも同じように関心はあるようだが、彼はあくまでも地球側の機械や技術に限ったものだが、彼女の場合はもっと広義となる地球の文化に関する、ありとあらゆる情報を知りたいという純粋で深い知識欲によるもののようだとヒカリは気付いていた。
「配信、という文化についても非常におもしろいと思うな。家の中からでも世界中にいる人々とすぐに交流ができる……街や国家間の交流が簡単ではないこっちの世界にも必要な技術だと思うんだよね」
「魔獣の存在ね。ほんとアレどうにかならないのかしら」
「さすがに仕方ないことだよ。魔獣はどうしても自然発生してしまうものだからね」
「……預言者さんは何か知らないの? 魔獣がこの世界で生まれる仕組みとか」
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《預言者:知ってるよ》
《は?》
《ええええええ》
《もう頭の中全部教えんかい》
「……自分から聞いといてなんだけど、貴方って何者なの?」
※
《預言者:多少長生きしていると常人には知り得ない情報を手に入れる機会に恵まれるというだけさ。そして君たちが次に聞きたいのはそもそも魔獣を根絶することは可能なのかということなのだろうが、結論から言うとその方法は存在する》
預言者の言葉を聞いた二人はあまりの情報力の強さに驚愕以外の感情を持つ余裕を持てなかった。
そして次に強烈な好奇心が湧いてくる。
魔獣とは、陸海空、世界中のありとあらゆる場所に等しく存在する人類に絶対的な敵対性を持つ未知の生物だ。
まるで世界そのものが作り出しているかのようにどこからともなく現れ続けるそれは、国家間の交流や貿易、自然環境での資源収集、魔獣ではない動植物の致命的な衰退など、存在するだけで世界に害ばかりを与えるものだった。
なぜこんな生物が古来より世界に生まれ得るのか、その摂理を解き明かそうと今までに数多くの学者や冒険家が挑み、捕獲した魔獣の解析やそれが生まれる法則の特定などを試みたのだが、生物としての特徴も誕生の規則性も全く見つけることは叶わず、その謎を解明することができないまま今日に至っているのだ。
「もしその問題を解決できれば、人間の住める場所が増えるどころか、誰もが外壁も必要とせずどんな場所でも生きていけるようになる……はっきり言って魔獣なんて存在してもいいことなんてないし、どうなるかを選べるなら消えてしまうべきものなんだよね」
「ならやるしかないわね。それって私でも出来る方法なの?」
※
《預言者:今はまだ無理だろう。人間がどんなに大きな力を持っていてもただ強いだけでは届かない領域もある。少なくとも先日私が伝えた複数の進化の道、それらの内一つへ至るまでは難しいだろうな》
「なるほど、そしてその進化も直ぐに出来るようなことじゃないと……こっちに来てから遠い先の話ばかりで気が遠くなるわね」
「まあまあ、可能性があるって今から知れただけでも良いことだよ。といってもやっぱり将来どうなるかはヒカリちゃんの肩に委ねられているわけだけどね。何もかも任せっきりで悪いけど、どうか頼んだよ」
「ええいいわ! こうなったら背負うものがいくら増えたって何がなんでも世界中のみんなを最高で最強の結末に連れてってあげるから!」
※
《おおおお》
《つよい》
《いつなんだー》
《あっつい》
《全身でもたれかかるわ》
アトリエルは近い将来に魔獣という人々を悩ませる最大の災厄を取り払うことで、世界中の人類全てにとって飛躍的な文明の隆盛が叶うはずだと強い期待を示している。
ヒカリもまた自分の力で二つの世界に希望に満ち溢れた未来を迎えさせようと改めて気合いを入れ直した。
「ああそうだわ、話は変わるけど、ちょっとアーユグラに行ってからトリィに聞きたいことがあったのよ。この世界って私みたいな姿の人の他にどれだけ異種族がいるのかしら?」
「そういえば、地球には純人……大まかな骨格等がヒカリちゃんと同じような人間しかいないんだったね。そこのところもまだ教えていなかったか……それじゃあ、まずボクの種族である獣人族はわかるね?」
「ええ、下半身が動物の身体になってて触り心地がいいのよね! 羊っぽい人なんかがいたらとってもモコモコしてそうでそそられるわ!」
「再三の注意だけど、当人の許しなく触ったりしちゃダメだからね」
※
《わかる》
《マジですき》
《獣人はいいぞ》
《下の方どうなってるか気になる色んな意味で》
ふとアーユグラでの出来事を思い返していたヒカリだが、あることに思い至ったことでアトリエルに疑問を投げかけ始めた。
獣人とは下半身や耳、それ以外にも現れる場合はあるが、主にその二つが獣の肉体となって生まれてくる種族。
最も大きな特徴はやはりその下半身であり、多種多様な生物の姿を持って生まれる獣人だが、人間の上半身から繋がった獣の体は必ず四足の胴体が作られるものである。
現れる特徴が二足歩行が基本である鳥類であろうと、獣人側の法則が優先されるかのように四足と翼を持って生まれてくる。
「どんな生物の特徴を持っているかで百テール以上体格に開きが生まれる場合があるね。霊長類の獣人なんかは六つの手足がとても器用で便利だって聞いたことがあるよ。それと爬虫類の時はごく稀に蛇みたいに足がない獣人が生まれることもあるらしいね」
「ふぅん。みんなトリィとは全然違う姿をしてたりするわけか、確か白爪大陸のディルファンドってとこは獣人が中心の国だったわよね」
「あぁ、獣人族の”始祖”が生まれた場所とも言われる広大な密林や湿地が集まった土地に居を構える国だからね。環境面でも獣人にとって最も住み心地がいいから、あの大陸に住む人間は純人の次に獣人が多いよ」
「あら、それでも普通の人間の方が多いのね?」
「まあね。理由は後で話すけど、純人は他のどの種族よりもずっと数が多いんだ」
※
《はえー》
《猿もいるの!?》
《馬はいないのか》
《ラミアじゃん!!!》
《今すぐハクソー大陸行ってくれ》
獣人が皆単にアトリエルと似たような獣の姿をしていると大半が思っていた視聴者たちは、一人一人が様々な生物の身体に生まれ、それぞれが全く異なる特徴を持っていると知ってかなり想像を掻き立てられて興奮しているようだった。
「次は魚人族かな。水棲生物の器官が身体から生える水中での活動に適した種族で、獣人と対になるようなものとして語られることが多いね」
「魚人ってことね。やっぱり海とか水辺なんかに住んでるのかしら?」
「あくまでも人間だから水の中で暮らしてるわけではないけどね。でも大半が海などの近くに留まりたがる傾向にあるのは確かだね」
※
《きた》
《おおー!》
《人魚だー!!》
《マジで本物見れたら死んでもいいわ》
《なんかあんま差別とかなさげか?》
魚人は文字通り魚類をはじめとした海などで生きる生物の特徴を持つ人種である。
通常の魚類種であれば背中から腰までの場所から魚そのものの身体が生えており、手足に現れる水かきと合わせて非常に高い水泳能力を獲得している。
その恩恵は非常に大きく、特殊な訓練を全く積むことなく水中で魔獣との戦闘が可能になるのは魚人だけだとされるほどのものだ。
故に大陸間等を渡る船の護衛において最も重宝される人材は魚人の戦士である。
そしてそれからも多くの種族の説明が続いた。
それぞれ違う色の炎が体の各所から噴き出す種族、炎人族。
炎人と対になるように体から氷が生えた種族、氷人族。
自分の意思で肉体を岩石や鉄のように硬質化させることができる種族、鉱人族。
身体に虫の器官や特徴が現れる自然と共生する種族、蟲人族
平均的な身長が66エノムと10テールにまで届く巨大な体格を持つ屈強な種族、巨人族。
額のあたりから骨性の角が生えておりほとんどの個人がそれぞれ特殊な魔術を使うことが知られる種族、妖人族。
紫色の肌に突き出た耳、そして非常に長い寿命が特徴的な”カズガラ半島”を祖とする種族、仙人族。
「そして竜のような角と鱗を持ち、並外れた生命力と魔力を持って生まれるという竜人族……これが純人以外で世界に存在する種族だよ」
「アダムがそうよね! 思ったよりたくさんいるのねぇ。それぞれが全く違う特徴を持っててとてもおもしろいわね! 私が今まで出会ったのが……アダムの竜人族とトリィの獣人族にユリさんの仙人族。オウガはたしか鱗が生えてなかったからたぶん妖人族よね。あとメリィの炎人族とギルくんの氷人族! あと会ってないのは魚人族、鉱人族、蟲人族、巨人族の四つね!」
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《意外と会ってるなw》
《異世界きて一ヶ月も経ってないよな?》
《カズガラに三個も集中してんのなんで?》
《まあUMAじゃあるまいしそこらへんにいるでしょ》
ヒカリはこれから先出会うことになる人々が、どのような姿をしているかを目にするという楽しみができたことで機嫌がいい様子だった。
「ねぇトリィ。ちょっと気になったんだけど、仮に獣人とか魚人なんかの異種族同士が子供を作ったとして、その子供に両方の種族の特徴が現れるものなの?」
「うーん……一応そういった例自体は存在するね。けどそもそも異種族間の交わり自体がそこまで活発ではないしほとんどないことだと思うよ……ああそうだ、異種族のことを知るなら十祖神のことも教えておいた方がいいかな」
「メゴラック?」
「さっき出た純人は他の種族よりずっと数が多いって話とも関係あるんだ……元々世界には純人だけが存在していて、古代で一部の人々が十の神々の加護を授かった影響でこの十種族が生まれたと伝えられているんだよ」
「なるほどねぇ」
※
《ほーん》
《魚の神とか虫の神ってこと?》
《実際の物事から逆算して神話が作られてたりするのね》
“獣神”『アアナイヴァートラ』
“魚神”『ウウェルドウェルキル』
“炎神”『ヤナガヤグゥ』
“氷神”『アルルゼギトゥル』
“鉱神”『デゴノデルデン』
“蟲神”『ゲムゲリア』
“巨神”『ザィカルザザカィザル』
“妖神”『フォラヴォラス』
“仙神”『メルティオラトルメル』
“竜神”『レヴェール・デオエルシア』
「この十座の名前から取って種族名が付けられたんだ。この名前さえ覚えておけばある程度の教養は身に付けてると思われるよ。それぞれの種族の人の前で該当する始祖神の名前は間違えないようにね」
「はーい……いろいろ教えてくれてありがとねトリィ。授業料は私とのちゅーでいいかしら?」
「せっかくのお誘いだけど遠慮しておくよ。また今度地球のことを教えてくれると嬉しいな」
※
《ふむふむ》
《社交界の基本的な?》
《てぇてぇ》
《えっっっ!!!》
《パイセンにも同じくらい攻めろ》




