幕間2後編 『 の気配』
「さて、そろそろヤシキさんがわざわざここへお越しになった要件を伺っても?」
「あー、別に大したことじゃねぇよ。この件が警察が介入すべき案件になってるかどうかの確認をしに来ただけだ。万が一、いや億が一の可能性だろうとアタシは自分の目と耳で確かめたことしか信じねぇからな」
「なるほど、私たちの様子を観察し、そして最初の質問をした時点で既に確認は済んでいたというわけですか」
「確認が終わったかはこれからのてめぇら次第だろ」
マビワが頭を抱えている間、ヤシキとアカリたちは次の話題に移っている。
ヤシキは彼らに釘を刺しにきたかのような物言いではあるが、そんな彼女の胸中にほんの少しだけ、もし必要であれば自分が手を貸して助けになろうかという思いがあったことに、本人でさえ気付いていたかは定かではない。
「それはいいのですが、私からもヤシキさん、というより警察官としてのあなた方にお話ししておきたいことがあるんです」
「警察としてってことは、何か事件でしょうか?」
「ええ、似たようなものです。そして警察の中でも我々の事情を理解している貴女に伝えるべきだと」
「……聞くだけ聞いてやる」
ヤシキら二人はその口ぶりから、おそらく彼は自分たちの警察としての力を貸してほしいこと、そしてその話したいこととは異世界やそれに由来するものに関する内容なのだということが推察できた。
「私たちは異世界にいた間ある組織との戦いに身を投じたことがありまして……そこは”天上より降来した邪神”の加護を受けた人間が作った『廃王下邪教軍』と呼ばれていたものです」
「邪神、ですか……」
「向こうで伝承等を研究した結果、それは”太古の昔に世界へ降り立ち、大いなる神々との戦争の末に封印された闇の王”というものと同一の存在だろうと考えました。結論としてその邪神とは、おそらくつい先日異世界であの子たちの前に現れた侵略者と源流を同じくする存在ではないかと」
「侵略者……アレと同じ……」
マビワは先日後から確認した例の配信で状況が大きく動いた出来事の内容を思い起こす。
配信の中心人物となる目の前の男の娘、御山光纚が仕事でドゥナダスという街からアーユグラという街へ向かう。
街へ到着した直後に怪物に襲撃され後一歩のところで街そのものが一撃で消し飛ばされるところだったが、預言者という存在の助言によってミヤマヒカリが食い止めて怪物と戦い始める。
預言者によってその怪物が、そもそもミヤマヒカリが異世界へ行くことになったことや、この配信を始めることになった理由である世界の破滅をもたらす、とある神の意思の元にやって来た侵略者であることが告げられた。
侵略者と源流が同じ、つまり太古の邪神とはとある神によって世界を滅ぼすためにやってきた同じ侵略者であるということなのだろうか。
「結果として我々は邪教軍の首魁を討ち倒したのですが、問題はこちらへ帰ってきてからのことでして……一年ほど前のある日、突然我々はこの地球上のどこかである魔力が発生したのを感知できたのです」
「魔力、ですか……? そのー、ミヤマさんたちのクラスメイトの誰かが魔法を使ったからとかではなく?」
「ええ、我々の中にあんな魔力を持っている人間は決していませんでした。なぜかというと、その魔力にはあの世界で私たちが討ち倒した邪教軍の首魁と同じ魔力。つまりは、”その人間に加護を与えた邪神の気配”を感じられたからです」
邪神の気配……加護が含まれる魔力とは、言うなれば”侵略者の魔力”と一括りに形容していいものなのだろう。
しかしそれが今地球に存在するというのはおかしな話だ。
先日の配信の内容を考慮した場合、侵略者はまだ地球側の世界へ来る方法を見つけてはいないはずなのだが、この情報を踏まえると、現在の地球はその前提条件すら覆る緊急事態に陥っていると考えるべきなのではないだろうか。
「なんでそんなのが地球に?」
「考えられる経路は一つ、異世界側で闇の力と接触する機会を経てから地球側へとやってきた存在。つまり”当時の愛道寺学園2年A組の全員”が侵略者の魔力を持つ人間の暫定的な候補ということになります」
「マジかぁ……」
「はぁ、なんかめんどくせぇことになってんだな」
配信で見られるようなデタラメな戦いを演じることができる人間が、世界を滅ぼそうとする侵略者側に堕ちて敵対するかもしれない。
そんな可能性を示唆されたマビワは、ただでさえいつ滅びるかわからないと思っていた地球の状況が、今は楽観だとすら感じられるほど逼迫した危機を迎えているのではないかと考え始めていた。
疑問はいくつもいくつも湧いてくるが、とりあえずマビワにとって最も気になっていることは、なぜ彼らはこの話を部外者であるはずの自分たちにしたのかということだった。
「それで、結局なぜこんな話を自分たちに聞かせるのかと思ったでしょうが、今お話ししたことであなた方に手伝っていただきたいことがあるからです」
「それって……」
「容疑者の中から敵を見つけ出してほしいってことだろ。たしかにアタシらの得意分野だが、魔力っつうのは専門外だ。まさかこれ以外に手がかりもなくただ探せってんじゃねぇだろうな?」
「もちろんそのために用意したものがあります。まとめ」
「はいはーい! お二人さんとりあえずこちらをどうぞー!」
アカリが合図をすると、近くに座っていた白衣の女性がヤシキたち二人に懐から取り出したものを差し出してくる。
「チョーカー、ですか?」
「これを紹介するにあたって先ずは自己を紹介しときますかー! 私は津軽屋まとめ! ナイトウッドと同じ日鳥十和の子会社である舘畑工業の関連研究所で所長を務めてまーす! 普段は地球の技術と魔力に関する技術を組み合わせた新しい発明品を日々生み出しててねー。このチョーカーもその内の一つってわけ!」
「へぇー……じゃあこれはなんか魔法的なアレで力を使えたりするんですか?」
「いや? 魔術とかを使えるようになったりはしないねー。まあ実際に使ってみるのがなによりも一番わかりやすいから、とりあえず付けてみてよー!」
マトメは軽い調子で二人にチョーカーの着用を促す。
その様子は何らかの義務や使命感に突き動かされているような気配は薄く、どうも自分の発明品の効果を早く試したいといった好奇心や実験欲が大部分を占めているようだった。
開発者の言葉に従って同じチョーカーを首元に身につける二人。
着けた瞬間ほんの少しチョーカーが熱を帯びたような感覚がしたこと以外は、今のところ何も変化がないように思われた。
「で、これがなんだってんだ」
「それではお二人とも、少し私の姿をよく注視しておいてください」
言われた通り目の前に座るアカリの姿を視界に捉えてどんな変化も見逃さないようにしていると、おもむろに彼の体から炎が如く揺らめき、体の一部のようにその周囲に留まる紅色で半透明の煙らしきものが現れた。
「なっ!? なんだこれ……!?」
「……」
「先ずは見えているようですね。お二人が今見ているものは、今私が意識して少しだけ体外に放出した魔力です」
「こ……これが、魔力……!?」
マビワはついこの間まで非実在の概念だとすら思っていた魔法の力を知り、さらには間近でそれを目にすることが出来たことで内心で強い興奮を覚えていた。
そんな紅色の魔力はアカリが上に向けた手のひらへ集まっていき、やがてそれは何もない空間から花火のように炎を溢れさせ弾けるように消えていった。
「正確にはお二人が見ているものは魔力そのものではなく、あなた方の感覚が擬似的に同じ情報を認識しているが故の現象です」
「擬似的?」
「つまりそのチョーカーは魔力を捉えることが出来ない地球の人間にも魔力を感じさせるための装置なんだよ! チョーカー内部に組み込んだ魔術的な細工を施してあるマイクロコンピューターによって頸椎内の神経系から直接脳に情報信号を送ることでコンピューターが観測した魔力をその人に五感で識覚させることができるんだー! つまりテレビで見る光景は本物ではなくあくまでも液晶が映し出した光っていうのと似たような感じかな! 本当の魔力じゃなくてそれと全く同じ情報をチョーカーが脳に送ってるだけってこと! わかった?」
「う、うーん……なんとなく……?」
「バカ、真面目に聞くな。コイツを付けてりゃ魔力が見えるってことだけ知ってりゃ十分だろうが」
マトメの説明を聞き流しながらも、ヤシキは彼らが自分たちにさせたいことの詳細を察し始めていた。
まず侵略者に成り果てている人間の候補が自分たち2-A組の中にいるとすれば、内偵をするにしても自分たちの手が加われば互いをよく知るその人物には気付かれる可能性が高い。
かと言って部外者へ任せるには事情を理解させることの手間も惜しい上に万が一にも寝返るなどの行動を起こさない者でなければならず、さらに情報を収集する捜査能力も相応に備えている必要もある。
「(つまりある程度事前に異世界に触れていて自分たちの側に近い警官のアタシはうってつけってわけか。ビワはついでだろうが……どう考えてもこの役割はいつ消えても自分たちには支障がない人間であることを前提に選ばれている……タヌキ共が)」
*
そうしてヤシキとマビワの二人は警視庁に戻る道を歩いていた。
「いやぁ、なんかすごいことに巻き込まれちゃいましたねぇ……」
「……」
「とりあえずこのチョーカー貰ったまま出ちゃいましたけど、俺らさっきのに協力するってことでいいんですかね?」
「さぁな、てめぇがどうするかはてめぇで決めろよ」
掻きながら頭を悩ませるマビワは気分転換にスマートフォンを取り出してYouLinkを開く。
隣を歩くヤシキは彼の歩きスマホを見咎めることはなかった。
彼が見始めたものは言うまでもなく最近地球上で最も話題となっている例の配信。
タイトルは「異世界の記録」というシンプルすぎるそれは、平日の真っ昼間だというのに同時接続者数が数百万にも上るほど異常な注目がされていた。
配信画面ではカメラの向こうで馬車に乗った今時の人となっている御山光纚が、地球上に存在しない場所を移動しながら地球上に存在しない人々と楽しげに談笑している姿が映っている。
「アーク事件、結局警察は基本捜査しない方針になりましたけど……頼まれた形とはいえ、この件を上に報告しないってのもどうなんでしょう」
「仮にその敵ってやつを探すんならこの情報は漏らさない方が動きやすいだろうがな。アイツらも敵の鼻がどこまで利くかまだわからねぇからアタシらに頼んでんだろ。相手に自分の動きがまだ気付かれてないと思い込ませられれば後は簡単に罠に嵌められるからな」
「じゃあ、当面の間は俺らだけで愛道寺学園2-A組を探ることになりますか」
「期限は指定されてねぇんだしボチボチやってきゃいいだろ。されても守らねぇけど」
マビワはいつもと何も変わった様子がない気怠げなヤシキを横目に見て、先程まで変に危機感を覚えて気持ちが逸っていた自分がおかしいのかとすら思い始める。
実際ただの地球人である自分たちに出来ることがそこまで重要なのかと疑問に思う部分もあり、そこまで身を打ち込むに値する仕事なのか判断しかねているのも正直なところだった。
「(とりあえず該当者の身辺調査と軽く経歴を洗って……普段の仕事と両立するにはかなり長期的に計画立てないとな……明日やるか)」
一度に情報を頭に詰め込みすぎてもう少しでパンクしそうな予感がしたマビワは、続きの思考を翌日の自分に任せて今日は通常の業務に専念することにしたのだった。
「なんだこいつ! おいみんな! マビワのやつ警部殿と二人揃って出かけたと思ったらお揃いの首輪付けて帰ってきたぞ!!」
「なにぃ!? 警部とサボりデートだとぉ!?」
「同じチョーカーって……そういう、こと!?」
「オイオイいつの間にあの昼行灯を落としたんだね巡査!!」
「やっべぇ……」




