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25話 双牙と終局の兆し

 

「う、うそ……」

「あんなに強かった傭兵たちが……!?」


 山の中にある街アーユグラの中央広場。

 そこで目の前の光景を信じ難いという驚愕の感情が多分に含まれた言葉を口にするのは、戦う力を持たないが故にそこで飛び出していったヒカリやアダムが、勝利を手に帰ってくることを待つばかりとなっていたイズナやエラヴロの二人だった。


 事の経緯は単純。

 しばらくの間は地下から溢れかえるように現れた魔獣を抑え込めているように見えていた傭兵たちの動きも、生半可な攻撃ではこたえる様子も見せない白い魔獣たちによって次第に気勢を少しづつ削られていった。


 そして魔獣が溢れる渦中で戦っていたウガイハン、オーレッヘの二人だが、少数の魔獣相手には優勢に戦っていたものの、一向に減ることのない数の力と異様な強靭さに押し潰されることになった。

 ウガイハンは長い舌で体を絡め取ってきたカバのような魔獣の腹の中へ一息に引き()り込まれ、オーレッヘは蟹のような魔獣に身体をバラバラに千切られ、散らばった体に魔獣たちが(たか)っている。


 突然現れた魔獣とカレスデルフの傭兵たちが戦う様子を見ていた彼女らは、ただ驚いていた初めの一瞬から、自分たちの目の前で残虐な死に様を晒す人間の姿に軽い吐き気と目眩(めまい)すら覚え始めていた。


「あーあー、あんのアホどもまたやっとるわ」

「いい加減この無駄に()()()はなんとかならないのでしょうか……まさか、今が緊急事態だということすら理解できていないのでは?」

「あり得るなぁ、最近は仕事っぷりも(あろ)おてかなわんし。事が終わったら親父によお叱ってもらわななぁ」


 しかしイズナたちが(おのの)いている時に、そのすぐ近くに立っている女性たち、カレスデルフの一員であるアレスドラやオドルヴィアは、眼前で仲間が殺される光景をさもそれが大したことではないかのように軽い調子で会話を続けていた。


「ちょ、ちょっとお二方? 目の前で起きてることが信じられない気持ちはわかるっスけど、あんたたちのお仲間が死んじまった以上俺らも危ないんじゃないっスかね……!」


 エラヴロはその様子をどう解釈したのか、せめてこの二人だけでも連れてイズナと逃げようかという姿勢になっていた。


 しかしよくよく見てみれば二人は正気を失っているわけでも現実逃避をしているわけでもなさそうであり、あくまでも本当に目の前で起こっている出来事を特段心動かすことなく受け止めているようだとイズナの目には映った。


「まあ落ち着きいや。初めて見るんやったらしゃあないけど、二人のああいうんはいつものことやさかい」

「ええ、私もあの奇行には初めの頃はドン引きでしたわ。”一度殺されないと本気が出せない”だなんて悪癖、一体どうやったら出来るのでしょうか……?」

「へ? いつもの、ことって……」


 二人がその言葉に疑問を呈する直前、魔獣のいる場所から轟音と共に激しい光が駆け巡った。


 それと同時に何匹もの魔獣が体を痙攣(けいれん)させながら倒れ込み、またその体が発火し炎に包まれていく。


 今度は何が起きたのかと考えた途端に、今度は別の場所にいるカバのような魔獣の体から滲み出すように赤い魔力が現れ、その魔獣は少しの間苦しみ悶えるような仕草を見せた後ばたりと糸が切れたように倒れ込んでしまった。


「こ、これってもしかして……?」

「お察しの通り。あの二人はこの程度のことで死にはしませんわよ」


 状況をなんとなく察し始めたエラヴロが見つめる中、焼け焦げた巨大な蟹の魔獣の口元から取りこぼされる激しく欠損したオーレッヘの体が、足りない部位を衣服もまとめて見る見るうちに元通りになってしまった。


「ッかぁ〜〜〜! 中々きもちええやないか! なんや大きさの割にずいぶん強かったなぁ。普通の魔獣とはなんか違うみたいやなぁ」


 さらにカバのような魔獣の死骸が震え始めたかと思えば、その腹が大きく裂かれて内部から全身血まみれのウガイハンが出てきた。


 彼は裂けた腹から体を出したままずっと何かを咀嚼しているようであり、それを呑み込んだかと思えば自分を囲う魔獣の肉をまた食いちぎり、その味を吟味するように噛んで味わっているようだった。


「……ほぼ木の(みき)で食感は最悪だ……並の魔獣とは魔力の質が違うな。大陸産じゃなさそうだが……」


 何事かを呟きながら魔獣の腹の中から這い出てくるウガイハンに、いくつもの死骸に囲まれて恍惚(こうこつ)とした表情で身を震わせるオーレッヘ。


 それをまるで日常の出来事かのように平然としている者たち。

 あまりに狂気じみたその人間模様に、イズナたちは彼らが生きていることへのわずかな安堵さえ忘れていた。


「シォレ……」


「イズナちゃーんラブちゃーん! 大丈夫だったー? わっ!? なんだか大変なことになってる! 焦げ臭いし血の臭いがくさい!」


 生理的な嫌悪感を滲ませた表情を浮かべるイズナの吐き捨てるような言葉と同時に、ふと彼女らに向かって声を掛けながら走り寄ってくる人間が現れた。


 それは体から色とりどりの炎が吹き出す炎人族(ヤナーガ)の美麗な少女メリャンコラと、翡翠(ひすい)の氷を体から生やす氷人族(ゼギトル)の精悍な男ウィギンズの二人だった。


 突然の推しの接近にエラヴロは言葉を発せなくなった。


「アっ、スーっ……」

「いちいち停止しないで……そういえば結構前からいなかったみたいですけど……」

「住民さんたちの避難を手伝ってたんだー! どうやらこの広場以外に魔獣は現れなかったみたいだし! ここから人を引き離せば安全だし傭兵さんたちも戦いやすいでしょ?」

「あ……私もやればよかった、かな……」

「ううん! 私が勝手にやったことだから気にしないで! でもギンくんは傭兵さんたちと一緒に魔獣を倒してくれてもよかったのになー」

「……お前は目を離すと何をしでかすかわからんからな」

「むむ! それどういう意味かなー?」


 元気が満ち溢れているという様子のメリャンコラの明るさに当てられ、イズナたちの精神も一定の安らぎを得て元の調子を取り戻したようだった。


 魔獣と対峙する傭兵たちも、二人の主戦力の復帰を合図に形成を逆転させ順調に魔獣を討伐し続けている。


 このまま特に問題もなく混乱を鎮めることができそうかと皆が安心しかけたところで、魔獣が現れた時とは比べものにならないほどの地響きと共に、街の外のさらに遠くから、このアーユグラが存在する山よりも遥かに巨大な魔獣らしき存在が現れるという光景が彼らの目に飛び込んできた。


「な、ななな……なんじゃありゃーーー!!?」






 *






『チッ! ガルムボーグまでやられるとはな。あのマヌケ! 脳ケーキの奢りがパアじャねェか! とんだ役立たずだぜ!!』


 そんな巨大な異形であるバロンダルクは、己の固有能力である”究極膨張”を使う直前に同じ異形の存在であるガルムボーグが滅んだことを察知していた。


 仲間と思える要素もない他種族になど少しも思い入れのない異形はその敗北と死を心なく扱き下ろす。


 そしてすぐに関心を異形はもう一つ打っておいた手の行く末に向けられた。


『こッちもか! 災培獣(さいばいじュう)は地中で星の魔力を吸って十分育ち切るまでしばらく地上には出てこねェはずだが……なるほどな。この世界の土壌は栄養が豊富すぎて、急速な成長に細胞がショックを受けたせいで災培獣どもが異常に活性化したッてとこか?』


 この世界にやってきた際に大地へ撒いておいた()から生まれた魔獣が、数日間は成長してから未曾有(みぞう)の大災害として開花するはずが、中途半端な状態で地上に現れて倒されたことに苛立ちを募らせるバロンダルク。


 闇から生誕(うま)れた闇の創造主であり自分たち”闇の者”の最祖たる神ではなく、その意思を直接受け取って自分たちへ指令を下す”暗黒四天王”が一柱、”虐殺王”の独断によって決行された今回の()()()()


 聖地と言えども自分にここまで対抗できる戦士がいることはいい意味でも悪い意味でも予想していなかった。


 しかし仮にも王の意思を受けてここに現れた以上、目の前にある聖地に住む生物の巣一つ程度は消し飛ばしておかなければ虐殺隊長としての立つ瀬がない。


『何より戦士としての格の違いを教授(おし)えてやらにャあならねェからなァ!! この塵屑ヤロウによォォォォォ!!』


 バロンダルクは眼下で視覚では確認しづらいほどにサイズの差が開いてしまったオウガやアダムを四つある足の一本で無造作に踏み付ける。


「ちっ……!」

時走躍(ストライド)!」


 およそ百メートル四方にも及ぶだろうその踏撃をアダムは加速魔術によって、オウガは自前の脚力によって一瞬でその場を離脱して回避することができた。


 しかしその踏み付けによって地震が起き地表が砕ける様を見ると、規格外なまでに巨大化した異形の姿が見掛け倒しの虚仮威(こけおど)しなどではないと如実(にょじつ)に語っているかのようだった。


『ゴッハゴッハゴッハ!! 虐殺隊長バロンダルクさまに弱点なァし!! デカくなッたからといッて密度が下がるなんて(はかな)げな期待を抱くなよ!!』


 バロンダルクは己と聖地の敵との間に圧倒的な力の差が開いていることを実感し、既にアダムの魔術によって内臓を破壊された痛みと怒りを忘れて優越感に浸っていた。


 実はこの異形にとって生命維持に直接関係のある最重要臓器は体から伸びる首の中に集中しており、それによって胴部分の体内を攻撃されたとしてもほとんど致命傷に繋がる可能性は低かった。


 これがバロンダルクが先程の攻撃を受けても生きていられる理由であり、魔獣を仕留める際の定石が身に染みている人間ほど囚われやすい罠のようなものだった。


 さらにただ損傷しただけの臓器もとうに再生が始まっており、小さな傷を与え続けてもこの異形を倒すための足掛かりにはならないということはアダムたちには知りようのないことだった。


「……小細工をいくらやっても効果はなさそうだな」


 アダムはこの異形が巨大化するまでは、彼の知る”人を魔獣に帰る薬物”によって生み出された存在だという可能性を考えていた。


 だがたとえどんな凶薬であっても、あくまでもそれは人間によって作られたものであり、人間を起点として作られる存在がここまでの力を与えられるとは考え(がた)い。

 全知の存在でもない彼がそれを不可能とまで言うつもりはないが、それは力のみという場合の話。

 あれだけの芸当を可能とするほどの能力を手に入れるにあたって、人間と相違ない知性を保っていることはそういった研究とは無縁な彼でも極めて難しいことだと推測できた。


 故に彼は目の前の敵の正体についてこれ以上考えるのはやめにして、何よりもまずソレを倒すことに集中することにした。

 そしてそのためには彼の血筋に由来する魔術の”最も強力な使い方”こそが現状唯一の方法だと思い至った。


「ここまでとなると、可能性があるとすれば……」

「なんやアレを仕留める手段に心当たりでもあるんか」

「……時間を稼いでくれ」


 手短に言い残してアダムは一秒も惜しいというように加速魔術を用いてアーユグラの方向に走り去っていった。


「はっ、簡単に言うてくれるわ……しっかし、コレを足止めっちゅうんは……」


 それを見送ったオウガは改めて巨大な異形の姿を見上げて眉を(しか)める。


 勝手に敵を倒すための囮役とされたことには彼自身特に不満はない。

 通常の魔獣が相手でもそうだが、オウガは強い者ほど一対一(サシ)で戦いたくなる意思が強くなるのだが、それも彼の戦闘意欲が湧いてくるかどうかという直感に近い曖昧な基準によって変わる。

 つまり彼は今バロンダルクに対して本気で戦いたいという意欲は湧いておらず、しかし自分たちや街を脅かすこの敵はアダムらが始末してくれればそれでいいという程度の心持ちだった。


『フン、そろそろしッかりとあの人間どもの巣穴をぶッ潰すとするかァ! それぐらいはやッてから帰らねェと王の不興を買ッちまうからなァ!』


 バロンダルクはそんなオウガの心境やアダムが離脱したことすら気にした様子もなく、眼前に(そび)える山の中の街を見据え、虐殺王から受けた指令に従う上で先ずはそこを攻撃すべきだと考えて歩みを進めようとする。


 オウガはそこへどうにか自分に注意を引くため攻撃をしようとするが、突然空から幾条もの流星のような光が現れたのを見て動きを止める。


 それらはまるで意思を持っているように軌道を変えてバロンダルクの頭や胴体に衝突し、その巨大な体の一部を覆い隠すほどの爆発が起きた。


『ぬおォッ!?』


 突然の攻撃に足を止めた異形を飛び越えて、ソレはアーユグラを背に庇うように空を飛んでいた。




「さて……今度は私が相手よ!!」

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