第九話 感じるキョリ
ペンネームを「Up Field」から「Light Up Field」に変更しました。
これからもどうぞよろしくお願いします。
(暇だ。暇だ。暇だ。暇だ。暇だ。ひまだ。ヒマ。ひま)
父様に謹慎を言い渡されたのが昨日。
何時もどおり作法の先生や政学の先生が来た。今日はローテーションで歴学の先生も来た。
勉強は気を紛らわすには良かったけれど終ってしまえばヒマでしかない。
何時もならこれから脱走するんだけど。
勿論そんなことは出来ない。
自室には(見張り)侍女、侍女さん侍女様、侍女ちゃんが。
つまり、もの凄い数の侍女がいるのだ。ざっと見て何時もの3倍はいる。
人手が多すぎてやることがない侍女は壁沿いに「ズラズラッ」と並んでいるので兵並みに壮絶な光景になっている。
(仕事なんだから仕方ないか・・・・・・・けど暇!)
「ふぎゃぁっ!」 奇声を上げながらベットにダイブする。
「姫様っっ」 侍女の数人が慌てて咎める。
「逃げ出さないからこれくらい許して」
クッションに顔をうずめてくぐもった声で許しを請う。
「今回だけですよ…誰かが訪ねて来たら知りませんよ」
「はぁい」
(昨日は・・・・・・・・・・)
昨日の出来事を頭の中で反芻する。
土下座したジュウク。
昔のようにいかないとは分かっていたけれども。
私は王女でジュウクは王宮魔法使い。
それは近いようで遠い距離がある。
『シーラス』
懐かしい声が耳朶に響く。今よりずっと少年らしい高い声。
「様」も「姫」もない。私の名前を呼んでくれたジュウク。
思えばジュウクが私に対してだんだん距離を置いていたのは彼が王宮を去る少し前くらいから。
ちょうどジュウクが幼馴染から配下に変わる境だったんだ。
幼い私には彼の言語や行動の変化についていけなくて。
自分の地位もよく分かっていなくて。
ただジュウクに我がままを言ったりしていた。
(今でも我がままは変わらないか・・・・)
その関係は十五になっても続いて。
時々感じさせられる身分・地位の差が苦しくて。その理由もはっきり分からなくて。
はっきりと分かるのは自分もジュウクも昔のようには戻れないということ。
「ジュウク・・・・」
なんだか急に会いたくなった。
ジュウクに。とても。
シーラスはクッションから顔を剥がしむくりと起き上がる。
(さぁどうやって脱走するか)
起き上がったシーラスの目は先程の憂いを帯びたものではなく何時もの強さを示すものに変わったが――――
『こんこん』
扉が叩かれる。
「あら、何でしょう」侍女1が応対に出る。
現れたのは父様の側近・イスクだった。
「シーラス姫様。急に申し話ございません。アレク王様からの伝言がありまして」
「気になさらず。どうぞ」
シーラスは王様からの言葉を聞くために服装を正す。
「では――伝えさせていただきます」
イスクの口から伝えられたことに一瞬耳を疑った。だがイスクは真剣な目をしている。
それは王である父から王女である娘に対しての伝言ではなく・・・・
命令だった。
※ ※ ※
平穏な一日とはまさにこういうことを言うのだろう。
何時もの時間に出仕して定時に帰宅する。誰にも邪魔されることなく新たな魔法薬の研究に没頭する。
「ガンガンッ」
家の扉が凄い勢いで叩かれている。
こんなことをするのは・・・・・・・・・・
あの人しか居ない。
ジュウクは頭の中に我ががままでこの国の世継ぎである幼馴染を思い浮かべた。
謹慎であろうが何であろうがあの姫は何でもやらかすことため容易に想像できる。
「ったく」
ジュウクは机の周りに積まれている本と数種類の薬草をそれぞれの棚に戻す。
そして手にランプを用意し扉を開けにいく。
しかし急な来客は予想に反しあの姫ではなかった。
扉を開けると暗い闇の中に一つの明かりを持った青年とその青年に負ぶわれている老人がいた。
青年は晴れた青空を思わせる空色の瞳と夜でもはっきりと分かるくらい見事な金髪を持っている。
年はジュウクと同じくらいか。
老人は白髪。ひげを口の上に生やしている。
瞳はブラウン。その瞳には年を感じさせない鋭い光が宿っている。
二人の服装は薄汚れておりみすぼらしい。
「ジュウク様。じい様を助けてくださいっ」
「どうしました?」
「じい様が転んでそれで『腰が痛い』と言って立ち上がれなくて・・・・」
青年は息を切らしていた。
夜中を、王宮の庭というより森に近い敷地内を城外から来ることは大変な労力である。
このようにジュウクの元には時々病人や怪我人が訪ねてくる。町には医者はいるが、城の近くに住む者は医者に行くよりジュウクの所に行ったほうが大分楽なのだ。
何より金銭に余裕の無いものは安くてもお金がいる医者よりタダで見てくれるジュウクの方へ行く。
ジュウクの治療は魔法薬を使って行われることが多い。その魔法薬は庭(森)に野生している物を使うので費用は大分抑えられる。(費用がかさんだ場合はジュウクの自己負担)
城に勤めている兵はそんな事情を知ってている筈なのでこの二人に手を貸す筈なのだが。基本的にこの国の人は優しい。
考えられるのは兵が手を貸さなかったか、二人が断ったか。
(やや事情有かな)
「取り合えず診察台にどうぞ」
青年はゆっくりと老人を労わるように台に下ろす。
「丸まってみてください」
「い・いった…」
老人は苦しそうに顔を歪める。痛みが治まる気配が無い。
その老人の苦痛な声に青年は耐え切れなくなったように後ろを向いてしまった。
「うつ伏せになってください」
老人に手を貸しうつ伏せの姿勢をとらせる。
「失礼します」
老人の服をめくり上げる。
視診で異常は見受けられない。
老人の腰に自分の手を置き神経を集中させる。老人の骨を見てみる。魔法での診察は患者に負担も少ないし誤診も少ない。
(転倒したらしいが骨に以上は無いな)
「急性腰痛症ですね」
「きゅうせいようつうしょう?」
「俗に言うぎっくり腰です」
「原因は分かりませんが、ぎっくり腰の7割は原因不明なんですよ。大体はその後の治りも早いのですが」
「そうなんですか」
「はい。一ヵ月後には完治するでしょう。薬は出しませんが安静しててください。完治せずに無理をすると慢性化することもあるので気をつけてください。
もし一ヶ月経っても痛みが引かないようでしたら医師にかかってくださいね」
ジュウクには薬を作るうえでの必要な知識(医学)しか持っていない。やはり一番良いのはその手の医者にかかることだ。
「少しの間動かないで我慢してください」
一番神経を使うのはこれからの作業。
ジュウクは老人の腰に置いた手に更に神経を集中させる。
ゆっくり少しずつ、少しずつ老人の苦しみを魔法で和らげる。
(ふぅ 終った)
人の体に関わる魔法を使うときは神経を何時もの倍使う。一般的には呪文を唱えたり魔方陣を出したほうが魔法の効き目が安定するが、意味の分からない呪文を患者の前で言うと不安になってしまうしジュウク自身も呪文を声に出すより心を安定させるほうが魔法も上手くいく。
「痛みを和らげました。2時間程度しかもちません。あくまでも帰宅するのに困らない程度です。効き目は徐々に薄まっていきますから急に強い痛みがぶり返すことはありません」
老人はゆっくりと立ち上がる。
「キルト。もう平気だ。ジュウク殿に診察料を渡してくれ」
初めて老人のまともな声を聞いた。見た目より随分若々しい声だ。
キルトと呼ばれた青年はやっとこちらに顔を向けた。
「必要ありませんよ」
金髪碧眼の青年はお金をジュウクに渡そうとしたがそれをジュウクは拒む。
「お前さんはわしを救ってくれた。それに似合うものを支払うのは当然であろう?」
今度は老人の手からお金を渡される。
ジュウクは慌ててそれを返そうとしたが老人に目で制されて黙って受け取った。
(これだけの支払いが出来るなら何故まともな医者に行かない・・・?)
しかもジュウクの診察は無料ということを知らないようだ。ということはこの辺りに住んでいる住人ではないのか。
「ジュウク殿世話になった。キルト帰ろう」
「はい」
「お気を付けて。くれぐれも安静にしてください」
「うむ」
老人はドアを開けようとした手を止めジュウクの方へ振り返る。
「一つ訊いてもいいかな?何故私たちに敬語を使う?」
老人と少年は見るからに貧しそうな身なりをしている。そんな相手に敬語を使うのを老人は不思議に思ったわけだ。
「・・・・何故でしょう。自分でも分かりません」
でも本能的にそんな態度を取っていたのだ。
「そうか」
老人と青年は扉を開け明かりひとつで夜の闇の中に消えていった。
※ ※ ※
「シビラート様」
「何だキルト」
老人と青年が森の夜道を明かりひとつで歩いている。
「ジーク様にそっくりでしたね」
「あぁ 魔法なんぞに現を抜かしているところまでそっくりだ」
「でもそれでシビラート様は今歩けているんですよ?」
「分かっとるわ」
キルトは少し悩み・・それでも口を開く。
「ただ…目と髪はシュウラ様に似ましたね・・・・・」
シビラートと呼ばれた老人は舌打ちをした。
「本能でわし等に敬語を使えるのに、資質は十分なのにな… 人生は上手く行かんことばかりだ」
「人生に妥協は必要ですよ」
その言葉を聞き老人は深い溜息をついた。
久しぶりの投稿です。遅れてスイマセン。
次回の投稿も遅くなりそうです。
今回のおじいちゃんは何者なんでしょうか。
このおじいちゃんは皆様が忘れたころに正体を明かそうかな〜と思っています。
次回新たなキャラが3人ほど出てきます。(あくまで予定ですが)
久しぶりに登場するキャラは前書きもしくは後書きで紹介していきたいと思います。
この小説は携帯で見ると非常に読みにくいなぁとこのごろ気付きました。
なので一〜八話まで改行など直していきます。(内容は変わらないはずです)
※第九話の「ぎっくり腰」についての記述はウィキペディアさんの「ぎっくり腰」と「急性腰痛症」のページを参考にしていただきました。