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狛犬の辞表

 お使いの途中で雨が降ってきました。

 にわか雨でしょうか。

 遠くの空は青く見えているのに、私のところはザーザー降ってます。

 不思議ですよね。


 前もこんなことあったなぁと思っていると、


「く~ん、く~ん。」


 あらあら、本当に前と似たシチュエーション。

 まさか、また雷獣くんが落ちたのかしら?


 声のする方に行ってみると、元々はふさふさの毛並みだったのだろうと思いますが、今は濡れてぺしゃっとなった子犬が一匹。


 ああ~、駄目だわ~。

 これは知らないふりできませんわ。

 こんなウルウルした目で見上げられては。


 ああ、駄目よ駄目、アンジェリーク、駄目よ~。

 あら、いつの間に腕の中に。

 んもう、仕方ないわよね、ね。


 泥だらけだったので、連れて帰ってすぐにお風呂に。

 思っていた以上に真っ白な綺麗な毛並みです。


 ふんふ~んと鼻歌を歌いながら子犬の毛を乾かしていると旦那様が帰ってきました。


「アンジェリーク、その子どうしたのさ。」


 濡れてて、泥だらけで、うるうるしてて、く~ん、く~んって。


「ああ、はいはい、また拾ってきたわけね。で、それ何かわかってて拾ってきたんだよね。」


 何って子犬じゃないですか。

 雷獣ではありませんよ。


「はぁ~、やっぱりね。アンジェリーク、その子、犬じゃないよ、狛犬だよ。」


 あら、やっぱり犬じゃないですか。

 狛犬と言う種類なのですね。


「じゃなくて~、狛犬なの。犬じゃないの。別物なの。」


 や、ややこしいですわね。


 三毛猫と言う種類で猫ではないと言う感じですかね。


「いや、三毛猫は猫だから、ちょっと違うけど。あ~、もういいや。ともかくその子は狛犬なの。」


 はあ、まあ何でもいいですわ、可愛いから。


「そういうわけにはいかないかもよ。その子がここにいると言うことは、どこかの狛犬が片方いないと言うことだから。」


 え~と、どう言うことですの?


「狛犬はね、獅子とペアで寺社の入り口で仕事してるの。今ごろどこかの獅子が一人で困ってるよ。」


 まだ小さいのに仕事してるのですか。

 偉いですわね~、よしよし。

 入口と言うことは、受付とか案内ですかね。


「......。ちょっと違うけど。もう、いいや。」


 あら、旦那様がなぜか、お疲れですわ。


『けっ、あんな仕事やってられるかよ。』


 ん、旦那様何かおっしゃいました?


「いや、僕じゃないよ。今の何?」


『こんな雨の中でも傘はさせないし、カッパも着れない。濡れたままなんてやってらんないぜ。』


 旦那様濡れてませんが。


「だから僕じゃないってば!」


 も、もしかして......。


『おう、俺だ俺。俺コマキチ。よろしく!』


 あ、よろしく......じゃなくって、何でしゃべってんの?


「しゃべってないよね。これ、心と言うか頭と言うか直接入ってきてるよね。異能?魔法?超能力?」


『あんたが何言ってんのかよくわかんないけど、今話してんのは念能力ってやつ。神様が教えてくれた。』


 ほう、念能力ですか。

 魔法と何が違うんでしょうね。


『全然違うよ!念の方がかっこいいじゃん!』


 ただの旦那様の好みじゃないですか。


 それで、雨の中どうしてあそこに?


『俺たち毎日毎日ずっと入り口で座りっぱなしでさ、雨が降ろうが雪が降ろうが傘もさせず、雨宿りもできず。時にはガキが落書きしたり殴ったりさ。鳥なんか俺の頭で休んだ挙げ句、礼も言わずにウンチしていったりさ。ひどいもんだよ。休みどころか、休憩すらないし。』


 そ、それはひどい!

 なんてブラック企業なんでしょう。

 訴えましょう!


『ずっと、隣のイザヨイと一緒に頑張ってたけどさ、俺が文句言うと、バチ当たるだの、畏れ多いだの、良い子ちゃんぶっちゃってさ。状況は改善されないわ、相棒はうざいわ、もう嫌んなっちゃって辞表叩きつけて出てきちゃった。』


 まあ、それは大変でしたわね。

 わかりますわ。

 休みなしで働かせるなんて、今時あり得ませんわよ。

 お給金の問題ではないですわよね。


『あ、金もらってねえ。現物支給。』


 はあ~?何ですか、それは!

 それは辞めて正解ですわ、そんなひどいとこ!


「二人とも落ち着こうよ。辞めるってそんなに簡単なもんじゃないよ。それに辞めた後どうするの?」


『うっ、まだわかんねえ。他の仕事したことないし。』


 大丈夫ですわ。

 どこに勤めたってそこよりひどいとかありませんわよ。


「でも、イザヨイちゃんも心配してるんじゃない?」


『ふん、あんなやつ。あいつが濡れて咳してるから心配してやってるのにさ。もう、知らねえよ。』


『なるほど。心配してやったイザヨイにお礼どころか非難されて拗ねてるんじゃな。』


 きゃっ、お爺さんいつの間に!


「不法侵入......。」


『ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ、すまんのう。これが、わしの得意技での。』


 不法侵入が?


 それが得意な人って普通泥棒だと思うのですが、どちら様でしょう。


『泥棒か、ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ。いやいや、わしは神様じゃ。』


 はあ~?神様!本物!?


「ブラック企業の社長かぁ。」


『......。』


 だ、旦那様、違うと思います。


 神様ってあの神様でしょう。


「カミサマって名字じゃないの?」


『ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ、おもしろい奴じゃのう。』


 よく笑う神さまですわね。

 とりあえず旦那様のボケは置いといて。

 どうしてここへ?


『迎えに来たんじゃ。イザヨイが泣いて泣いて見てられんわ。』


「嘘だぁ。あいつが泣くなんて。あいつ俺に説教ばっかり。」


『わからず屋に説教するのは当たり前じゃ。そもそも、お主らはわしがつくったんじゃぞ。雨や雪などに負けるような柔な者には作っとらんわ。ワルガキ共のいたずらはわしがバチ当ててやっとるわ。怖い夢見せたり、おねしょさせたりの。』


 こらこら、それはちょっとどうなのよ、神様としては。


 私いたずらなんかしてないのにおねしょし......いやいや、何でもありませんわ。


『まあ、休みはのぉ、身体は休まずとも大丈夫なように作っとるんだが。たまには、他の狛犬たちと交代で休みの日を作るかの。』


 おお、待遇改善。


『まあ、細かいことは帰って話そうぞ。イザヨイが待っておるからな。』


『わ、わかったよ。ちゃんと念書書いてもらうからな、決めたことは。』


 結局、コマキチくんはお風呂のお礼を述べたあと、神様と帰っていきました。


 コマキチくんたちのお家は三つ隣の町の神社だそうです。


 今度遊びに行ってみましょう。


「神様ってあんなもんなの?なんかしょぼいお爺さんだったけど。願い事とか叶えるの下手そう、ははは。」


 翌朝、旦那様がこそこそとパジャマとシーツの洗濯を自分でしてました。


 私がしますのに。


「わ~っ、あっち行って!大丈夫だから!おねしょなんてしてないから!」


 ......。


 神様の悪口言うから、バチが当たったのですね。


 自業自得ですわ。



狛犬は狛犬と獅子のペアだそうですが、合わせて狛犬って呼ぶのは不思議です。イザヨイ(十六夜)は獅子(四×四=十六)から無理やりの名付けです。

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