第四十章 番外編
番外編 黄泉の酒盛り
月読に言い負かされたイザナミは、荒れていた。
「まったく、何なのじゃ、あの子は」
黄泉の国の奥深く。
イザナミは猪口を片手に、先ほどから何度目になるか分からぬ愚痴をこぼしていた。
その向かいで酒の相手をしているのは、久延毘古である。
「妾は母ぞ? 母が少し国を沈めたいと言うたくらいで、あそこまで言うことがあるか?」
「少し、でございますか?」
「何か申したか」
「いいえ、何も」
久延毘古は、そっと視線を逸らした。
「あの時の月読ときたら、それはもう偉そうであった!」
「そうでございますか?」
「そうじゃ、偉そうで……というか、偉かった!」
久延毘古は黙った。
それは、ただの褒め言葉ではなかろうか。
「あの子は……む……」
イザナミが、何かに気づいたように手元へ目を落とした。
そして空になった猪口を久延毘古の前へ突き出す。
「久延毘古! 妾の酒が空ではないか」
「はいはい、ただいま」
久延毘古は徳利を取ろうとした。
しかし、案山子の腕では、どうにもうまく酒を注げぬ。
徳利へ伸ばした腕をぎこちなく動かしているうちに、イザナミの身体がふらりと傾いた。
空の猪口を握ったまま、その身をお膳へ被せる。
「イザナミ?」
返事はなかった。
目を閉じた姿は、眠っているようにも見える。
久延毘古がようやく徳利を掴んだ、その時だった。
「月読……」
寝言のような声が、かすかに漏れた。
「よい神になったな……ふふ……」
イザナミの口元に、柔らかな笑みが浮かんでいた。
それを見た久延毘古も、静かに微笑む。
「ほぉ。これが現世で言うところの、親馬鹿というものか」
その呟きに答える者はいない。
黄泉の宴は、いつまでも、いつまでも続いていく。




