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青春リストその15『図書室の均衡を守る』

放課後の図書室。夕陽が古い木床をオレンジ色に染めている。


 俺は、彼女に指一本触れさせないという鉄の意志で、蔵書整理を完遂しようとしていた。


(よし、あと数冊。このまま彼女をカウンターの椅子に固定しておけば、今日の生存戦略は完璧だ)


 だが、俺の背後で、木製の脚立が「ギィ……」と軋む音が響いた。


 振り返ると、千鶴がスカートの裾を気にしながら、危なっかしい足取りで高い棚の本に手を伸ばしているではないか。


「あら……。あと、もう少し……。きゃっ!」

 千鶴の身体が、ふわりと宙に浮く。


 彼女自身は羽のように軽いはずだ。だが、俺の脳内シミュレーションでは、彼女が「バランスを取ろうとして本棚の支柱を反射的に掴む」という最悪のシナリオが描かれた。


(マズい! あの反射神経で棚を掴めば、支柱が飴細工のように曲がり、図書室の全棚がドミノ倒しになる……ッ!!)


 俺は、本能で地を蹴った。

「危ないッ!!」

 落下する彼女の身体を、背後から包み込むようにして受け止める。


 腕の中に収まった千鶴は、驚くほど軽かった。ふわりとした甘い香りと、柔らかな体温。湊会の若頭として常に張り詰めていた俺の心が、一瞬だけ揺らぐ。


(……軽い。折れてしまいそうなほど、華奢じゃないか)

 だが、その安堵は一瞬で吹き飛んだ。

 俺の腕の中で、彼女が咄嗟に抱え込んだ厚さ10センチの『世界要塞図鑑』が「ミシミシ……」という不吉な音を立てていたからだ。





(――っ!?)

 強い力で、後ろからギュッと抱きしめられた。

 湊くんの細くも逞しい腕が、私の腰をしっかりと支えている。


 背中越しに伝わってくる、彼の激しい動悸。そして、耳元で聞こえる切迫した吐息。


(キターー!! 湊くん、なんて大胆なの! 助けてくれるだけじゃなくて、そのまま離してくれないなんて……!)


 私は、手に持っていた図鑑をギュッと抱きしめた。


 お父様に「緊張した時は、手に持っているものをしっかり握って落ち着きなさい」と教えられた通りにしただけなのだが、なぜか湊くんが「……ひっ」と短く息を呑んだ気がした。


「湊くん……ありがとう。もう、大丈夫よ?」

 私が上目遣いで振り返ると、湊くんは顔を蒼白にしながら、私の手元にある図鑑――指の形に深く凹んだハードカバー――を、信じられないものを見るような目で見つめていた。





(……この分厚い図鑑を、片手の握力だけでジャガイモみたいに凹ませているだと……!?)

 彼女は羽のように軽いが、その指先に秘められた「出力」は、戦車の装甲板すら危うい。


 もし俺が今、この腕を解いて彼女の機嫌を損ねれば、次は俺の腕がこの図鑑のように「凹む」番かもしれない。


「……一人で無茶をするな。……心臓が止まるかと思った」

 俺はクールな若頭の声をなんとか絞り出し、彼女を支えたまま、しばらくの間その場から動くことができなかった。


(離せない……。このまま優しく、慎重に接しなければ……!)


 オレンジ色の静寂の中、俺は命がけの「バックハグ」を続けるしかなかった。

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