#230
それからジェラートは、バニラに立つように声を言い、彼の得意な距離――ショートレンジでの殴り合いをしようと声をかけた。
体格でいえば、バニラは百七十センチあるかないか。
対するジェラートは二メートルほどだが、体重――腕の太さや筋肉量ならば男であるバニラのほうが上だ。
それでもやり込める自信があるのだろう。
無表情のままだったが、ジェラートの声色は余裕に満ち溢れていた。
「さあ、早く来なよ。君の土俵でやってあげる」
立ち上がったバニラの口からは血が止まらない。
ダラダラと血液が流れている。
そのうえ覚束ない足取りで、まるで酩酊状態のようだった。
先ほどの蹴りで顎が砕かれ、脳に喰らった衝撃によるダメージが明らかに出ている。
だが、バニラの表情は変わらない。
ジェラートが見たくないレカースイラーと同じ表情で、彼女のことを見据えている。
「オレ……ジェラートさんのことが好きです……」
これまで黙り続けてきたバニラが口を開いた。
ジェラートは何故急に話し出したのかがわからず、無表情のまま訊ねる。
「どうしたの、こんなときに? そういえば殺されないとでも思った?」
「違います。好きなんです……。出会った頃から今でも……」
「プッ……プッハハハッ!」
ジェラートは無表情から一変。
バニラの告白を聞いて大笑いし始めた。
それは、バニラが今までも一度も見たことがない、彼女の心の底からみせた笑いだった。
涙を浮かべて実に楽しそうに笑うジェラートは、まるで無邪気に喜んでいる少女のようだった。
「はぁ~あ、笑った笑った。ありがとね。君にそう言ってもらえて私も嬉しい」
「嘘でしょ」
バニラはからかうようにそう言ったジェラートに返事をすると、ポケットに手を突っ込んだ。
そして、取り出したのは小さな樽。
カカオの首に下げられていた――ストロベリーが死ぬ前に彼に渡したものだった。
ジェラートが呆気に取られている前で、バニラは樽を開けてそれを一気に飲み干す。
すると、彼は全身を上下に震わせ始める。
それは、まるでバーテンバーがカクテルを作るときに振るシェイカーのような動きだった。
目の瞳孔が開き、その全身には刺青でも入れたかのような模様が浮かび上がる。
「トランス·シェイク? どうして……?」
言葉を詰まらせながら戸惑っているジェラート。
何故自分のお手製ドリンクであるトランス·シェイクをバニラが持っていたのかがわからず、動揺を隠せないでいる。
「トランス·シェイクは、あいつらが繋いでくれたもんです」
バニラは、驚愕している彼女の懐に一気に飛び込んだ。




