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山田さんの新人研修  作者: 金子よしふみ
第三章 夢の続き
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反町の意識下

 灰色の世界。どこを見ても灰色しかない世界。空も土地も海もない。ただ見渡す限り灰色だけが広がっている。

「おい、これって……」

「良い夢も悪い夢もない、まさに何も思わないってことだな」

 そこを浮遊している山田と戸内がいた。浮遊すると言っても地面がないのだから、浮かぶという行為になったわけではない。だから、漂っていたと言った方がいいだろう。

「どうする、幸喜。反町太助の意識はまるで夢を見ていない。だから活力どころか能動的にすらなれていないわけだ」

「このままじゃヤバいな。黒獏も近づかないだろうな、これじゃあ」

「じゃ、一つよろしく」

「なんでお前によろしくとか言われるだよ」

「私に何かできると思うか?」

「いや……よし、じゃ始めるか」

 山田はズボンのポケットから小さな白い袋を取り出すと、その口を広げ、そこに掌をかざした。例の如く円陣が浮かぶ。数秒して円陣が消えると、袋はまるで掃除機のように、がなり始めた。袋が物を吸い込んでいるようにどんどん膨らんでいく。

 吸い込みが自然と停止し、

「よっしゃ、レッツゴー」

 の山田の掛け声で、今度は袋から吐き出されていき、袋が徐々に小さくなっていく。

 すると、灰色だった景色がぼやけ始めた。様々な色が現れては消え、明瞭になっては淡くなっていく。それらは絵を構成していった。辺りに画像が鮮明化されていく。額縁に囲われた、いくつもの絵画が、無作為に展示されているように、灰色だった世界に飾られていった。そこには部活の練習に励む、大会で負け涙ぐむ、人知れず個人練習で雨の中を走る、あこがれる選手の試合を見ながら声援を送る、スポーツショップで道具を選ぶ、先生に怒られる、そんな反町が経験したことが映し出されていたのだった。その所狭し感ときたら、さしずめ巨大な美術館ようだった。

 袋はもう吐き切ったのか、元の小さいものに戻っている。

「幸喜」

 戸内の差している指先を辿ると、その空間に反町太助もいた。その反町は辺りに視線を送っている。

「反町君」

 二人は音もなく反町の方へ漂って進んだ。傍まで来た二人に反町は、

「これ、なんですか?」

 率直に訊いた。

「君の夢だろうね」

 占い師が連れて来た男が答えた。

「俺の?」

「そう。たぶんね。逆に質問するけど、これ見てどう思う?」

 そう言われ、反町はちらと戸内を見てうつむいた。

「懐かしい、懐かしいです。でも、もう……」

「もう?」

「……」

 山田は待つ。反町が言葉を紡ぐのを。

「俺は……怪我……あれ?」

 一方の反町も探していた。今に至った言葉を。そして、今からも言い続けようとしていた言葉を。けれども、彼はその言葉が言えなかった。それを覆うような、包むような胸の暖かさ、いや熱を感じていたからである。

「なあ」

 反町はその声にまた見上げた。数々の画面の反町達が、彼の過去が同時に口を開いていた。彼らから今の反町に送るメッセージ。

「まあ、いいんじゃね? それでも」

 そこにいた反町達の屈託のない表情。それらを見上げている現在の反町の頬に一筋の涙が流れた。

「俺・・・・・」

 彼の手はぎゅっと握りしめられている。

「俺、もう一度やり直したいんです。怪我で大会に出られなくなって、そこで全部がなくなっちゃってしまったと思って、でも、消えてないんですね。いや、俺が消してないんですね。だったら、だから、俺はもう一度始めます!」

 言った瞬間、灰色の世界が、ガラスが割れるように崩れて行った。まばゆい光が辺りを包む。反町はそんな状況にオロオロして見回している。

「解決だな」

「ああ」

 戸内からの声に山田が安堵の表情になる。

 が、

「幸喜」

 戸内が上空を見やる。

「来るぞ」

「何が?」

「あんにゃろめです!」

 言った瞬間、猛烈な風が二人の間を割いた。身を立て直し、風の行方を見る。そこには黒獏がいた。急停止をかけると、黒獏は振り返り、再度のダッシュの姿勢を作る。

「あいつ、ここまで来られるのか?」

「どうやらそのようだな。私は先に彼を連れて戻る。幸喜、後は任せた」

 言うが早いか、戸内は反町へ一足飛びすると、足元に浮かんだ円陣に吸い込まれるように消えて行った。

「ったく、身勝手極まりないな」

 標的を失った黒獏は、獲物を隠されたことに憤怒の様子で、山田をにらんでいる。山田も袋の口を開ける。そこには円陣がやはり浮かんでいる。

 黒獏が仕掛けてきた。

「何?」

 山田は袋を手元に引き寄せ、身体を旋回させた。黒獏ははるか遠くまでダッシュを利かせていた。

「何て速さだ」

 などと言っている矢先に、黒獏がすでにそこまで来ていた。青い桜の元での一戦などは、比較にならないくらいに黒獏の俊敏性が向上している。

「ヤバ」

 二度目の旋回。やはり獏は遠くまで行っている。

「暴走が止まらないって感じか」

 パワフルさとスピード。その前に山田は迎撃の暇さえも持てずにいた。

「なら」

 円陣を一つ掌に浮かべ、向かってくるバクにめがけて放った。

 が、獏はそれを鼻先で弾き飛ばし、一心不乱に山田に目がけて駆けて来る。

「マジかい……」

 山田は回避のタイミングを逃していた。けれども、彼は袋を開け、真っ向勝負を決めた。

 獏が駆け近づいて来る。息を呑む。もう後五メートルほどまで接近した時だった。足元から何かが当たる衝撃を感じた。

「痛ってー」

 痛みの中、辺りを見渡す。黒獏も弾き飛ばされている。何が起こったのか、と下方を見た。獏がいた。けれども、黒いのとは違う。全身が白いのだ。それが山田目がけて走っていたのだ。逃げようとしても、先程の衝突の威力の名残か、身体の自由が効かない。

 再び、白獏が背中に衝突してきた。

「痛ってーって」

 その痛みで山田は眼を閉じてしまった。


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