屋上
校舎屋上。
アスファルトに仰向けになって、腕を枕代わりにして反町太助は水色の空を眺めていた。彼の他にそこにはいない。クラスメート達も同学年達も、あるいは後輩や教職員達はここまで上がってくる暇もないだろう。あるいはそんなことさえ思っていないかもしれない。それが体育祭という日である。が、彼は一人そこにいる。一応は体操着姿だが、彼には今日の晴れ舞台に上がる気持ちはさらさらなかった。
「反町君」
バリトンの低音に名を呼ばれた。その声を反町は聞いたことがあった。だから、上半身を起こし、声のする方を向いた。扉が開いた音はしなかった。あるいは扉の音はしたのかもしれないが、彼には聞こえないだけかもしれなかった。
「戸内先生」
「そこいいか?」
反町は先日世話になった占い師と、その横に見知らぬ男性がいた。法被姿で。
「どうぞ」
と答えた。男二人が、彼に並んでアスファルトに腰を下ろした。
「僕は山田幸喜。彼の知人で、これご覧のとおり商店街で働いてるんだ」
法被の襟元を引っ張りながら、自己紹介をした。
「どうも、反町太助です。先生、どうしたんです?」
「私もね、この幸喜の手伝いに来てね。君を見かけたんで上がって来たんだ。まずかったか?」
「いいえ、別に」
「眠れてるか?」
「ええ、まあ」
「そうか、少し顔色が良いな」
「そうですか? 自分じゃよく分からないです」
「弁当、食べたのか?」
反町の脇にはまだ口が開いていないランチボックスが入っているだろう巾着が置かれていた。
「まだです。食べる気が起きないんです。最後の体育祭なのに」
体育座りのまま腕を身体の後方について、状態を反らして空を仰いだ。
「僕の知り合いもね、最後の体育祭だって、張り切っていたよ」
「へえ、誰です?」
「松林聖来っていう子。知ってる?」
聖来からすでに反町が同じクラスメートであるとは聞いていたが、彼との会話を広げるために、わざと知らないふりをした。
「ええ、同じクラスですから。そう、松林の知り合いですか」
「家が近くでね。応援してくれって催促までされましたよ」
「あいつらしいですね」
「君は出ないの?」
山田が訊いた。
「俺は……やる気のない奴が出てもクラスに迷惑かけるだけですし。こんな気分で最後の体育祭を迎えるなんて、思ってもみませんでしたけどね」
「じゃあ、やる気が起きたら出るんだね?」
「起きませんよ。そんなの。何にも、何にもないですから」
「そうかな?」
占い師が連れて来た男のそういう口調が誘導させられている気がした。しかし、それに対して憤る感情さえも今の彼にはなかった。が、その男の言わんとしていることがつかめずに、空から顔をその男に向けてみると、男は反町の方に掌を向けていた。
「じゃあ、行こう。夢の世界へ」
そう彼が言うと、そこに円陣が浮かんだ。青白く光るそれに呑みこまれるように反町太助は瞬間的に意識を失くした。




