09 歌は枝なり
【登場人物】
小野 将
平凡な高校生。
コマチの歌により悪霊を斬る霊剣『韴霊剣』を目覚めさせる能力がある。
自宅の裏山が、なぜか地獄に繋がっている。
コマチ(小野小町)
平安時代の鬼退治師であり和歌の言霊を操り自由に空間を変化させ、炎を操る能力を持つ少女。
・パンツを履くという概念が無い
猟師コマチ(チビ助)
鬼と戦う少女。蝦夷風の装束を身にまとい半弓と毒薬を使う。
・パンツを履くという概念が無い
川崎カヲル
年齢不詳の女性民族学者。
裏山の古墳を発掘するため移住して来てそのまま学校の司書になった変人。
・南軍流剣術の宗家である。
柳生十兵衛
柳生荘の山奥で修行中に、なぜか現代に召喚されてしまった剣豪。
立烏帽子(鈴鹿御前)
将軍塚にある地獄の門を開放する妖女。
魔王軍随一の女性剣士である。
タカムラ
地獄の高官であり自由に地獄と現世を行き来でき、強力な呪術を使う。
お供に降魔の化け猫の子を連れている。
登校。
予想通りというか、校内のみんながみんな俺たちを避ける様に道を開けて行く。
……視線が痛い…
関わり合いになってはいけない。触れてはいけないのだ、と言うことを、みんな理解してしまったようだ。まるで祟り神だ。
いや、祟り神のほうがまだマシか。
コマチはてきとうに見回しながらのん気につぶやく。
「今日の百姓どもはずいぶん静かだな」
(お前のせいだろうがっ!)
しかし昨夜のコマチロスの気落ちからは打って変わって、いざコマチと一緒に居るとストレスがハンパじゃない、もしこれにチビ助が加わったら俺は若くしてハゲそうだ。
(ん?チビ助?)
ふと、今朝の部屋から突然消えたチビ助を思い出した。
そういえばコマチとチビ助が一緒に居る所を見たこと無いな。
最初の夜にチビ助が来て、翌朝コマチが現れた。
そしてコマチが消えて、その夜にチビ助がまた現れた。
チビ助は「自分とコマチと同一人物だ」と言い、
コマチは「ヒマだから自分が来た」と言ってたが、
ひょっとして同じ時間帯に二人は存在できないのではないかな?
こういうのって、SFでは何て言うんだ?タイムスリップ?ドッペルゲンガー?
とか考えていたら、昨日コマチに殴られたあの「ワルの三人組」にバッタリ会った。
連中の顔面には無残なキズ絆や包帯が巻かれている。
ギクっと立ち止まると、コマチのアホが手を挙げて声を掛ける
「おう!貴様らは昨日の!」
「うわっ!!」と三人は逃げ出した。
周囲の生徒てたちはドン引きして早歩きに散り去って行った。
あちゃ〜最悪。ハゲそうだ。
そこへ「パパパパパパン」と教育施設に出入りする車両とは思えないオンボロ2ストの爆音と爆煙を上げながらカヲルさんの黄色いバイクSUZUKIハスラー250が校門に滑り込んで来た。
助かった。
この時だけはカヲルさんが天女に見えた。
とりあえずコマチを図書室に預けて授業を受ける。
当然ながら教室は静まり、教師たちもびみょうな雰囲気で俺を見ている。授業がぜんぜん頭に入らない。
つらい…
昼メシの弁当は図書室の奥のカヲルさんの部屋、司書室で食う。
しかしこの部屋は奇妙な仮面やら武器やら土器の破片やらで落ち着かないな。
コマチは俺の弁当をのぞくなり叫んだ。
「白米の強飯ではないか!これは何じゃ?
何っ!卵を焼くとこういう色になるのか?
これは海苔か?高級品ではないか!
そっちの赤い「とまと」というのはウマイのか?」と弁当の半分以上をコマチに食われた。
ホントに貴族なのか?コイツは。
俺は仕方なくコマチの残飯をショボショボ食う、帰りにコンビニに寄るか。
カヲルさんがニヤニヤしながら「フッフッフ間接キッスではないか少年んっ!」
やめてくれ…全然うれしくない。むしろ残飯をあさる野良犬の気分だ。
コマチは腹を満たすとまたパラパラと本を読んでいる。
横に積んであるのは誰も借りてなさそうなボロい和歌の本と、あと何かプロレスや柔道やら格闘技の本ばかりだ。
どうやら一日中、和歌の歌集とか格闘技教本とか読んでいたらしい。
まぁ仕事が鬼退治だから仕方ないけど、小野小町が格闘技教本とか読んでてイイのかね。
たまに木村ロックとか燃える闘魂とか言ってるが、いったい何の格闘技なのやら。
コマチはシロップをポリポリかじりながら歌集をめくり「この歌は妾のパクリではないかえ。これも、これも」とかぶーぶー文句を言う。
パクリとかいう言葉どこで覚えたんだ?
カヲルさんが笑い出す。
「そりゃあコマチさんは六歌仙と言われるほどの日本史上トップクラスの歌人だものお。
小野小町の『本歌』から派生した歌は数知れずだよお」
「パクリに価値があるのかえ?」
「あるわよお。柳生十兵衛の月之抄に『歌は柯(枝)なり』という言葉があるわ」
おっと、いきなり柳生十兵衛の話に飛んだ。
「ほう『月之抄』か。なかなか良い名前じゃな。して、『歌は枝なり』とはいかなる意なるか?」
コマチが反応した。鬼とのバトルばかり見て来たが、やはり歌の方が気になるようだ。
「木は枝葉によって「あれは松だ、杉じゃ、桜よねぇ」とパッと見て分かるじゃなあい。
でも根幹ばかりでは何の樹木なのかはハッキリしないでしょ。
根幹である『本歌』から、新たな枝葉が壮大に広がって、その枝葉から歌の花や実が咲き誇り、
六歌仙小野小町の名が永遠になったって事だねえ」
「なるほど花や実か…そうじゃな!分かっておるではないか柳生十兵衛とやら」
コマチは満足そうにニヤニヤしている。
というか小野小町は柳生十兵衛が誰なのか知ってるのかねぇ?
「柳生十兵衛って実在したんすか?」
「もちろん居たわよお、徳川実記にも柳生十兵衛三厳と父親の宗矩は剣の名人だったと書かれているわ」
「剣の名人ねぇ、本当に居たなら俺に剣道のやり方教えてもらいたいよ」
腰に差した『カマ様の神器』を叩いた。
「ん!いい心がけだぞ少年んっ!じゃあ今日の放課後から剣術の特訓だねっ!」
カヲルさんがニコニコしながら肩をバンと叩いた。
肩が痛いし。
「特訓って、何を?」
「実戦剣術に決まってるでしょお!」
ギクっと嫌な予感がした。
「まさかあの…」
「そう!我が家伝の南軍流兵法の門人にしてつかわす」
南軍流兵法
そういえば先日、カヲルさんが巨大な熾燃餓鬼と互角に戦い、猫娘の金縛りを一発で解除した不思議な技を思い出した。
もし通常武器であれだけ戦えるならば、この『カマ様の神器』を使えば、俺でも鬼と戦える様になれるかもしれない。
「お願いします。俺にそれ教えてください」
チラッとコマチを見るとコマチは驚いた顔でこちらを見ていた。
そうだ、これでコマチの手助けができる。
俺にもできるはずだ。
「よし!分かった!入門料金と謝礼は後払いでいいからねっ」
カヲルさんは年甲斐もなくキラリと微笑んだ。
あ、やっぱ金取るんだ…
そのころ将軍塚の手前にある第六天神社では柳生十兵衛が手水鉢で顔を洗っていた。
特に血は出ないし痛みも無い。
まるで本当に血を吸い取られたみたいな感覚だ。
「ふむ」と十兵衛は水鏡に自分の顔を写す。
左目には痛々しい傷跡が残っている。
やはり自分の左目は霊刀『小通連』によって「喰われた」ようだ。
「目玉一つを生け贄に伝説の宝剣(宝剣)を得たか、まあ悪くはないのう」
十兵衛は片目になった事も特に気にしてはいないようだ。
当時の侍からしてみれば、たとえ戦場で深傷を負ったとしても、たとえ生命を失ったとしても、敵の首を挙られるならば、それは栄誉であり武士の本望である。
ましてや立烏帽子の『小通連』は伝説の霊刀、レアアイテムである。
武術オタクならば生命に変えてもゲットしたい武具であろう。
「しかし…腹が減ったのう」
十兵衛は水をすくって飲むと、森の外を見回す。そこには妙な街並みがみえた。
漆喰で塗り固めた小箱のような形の家が並び、それは色鮮やかな焼き物の瓦で葺かれていた。小さな窓は素通しに見えるが、周囲の景色を映している。
(まさかあの窓の一つ一つがギャマン(ガラス)の板なのか?)
まるで美しい天界の景色の様だが、どことなく下品にも見える不思議な風景でもあった。
そういえば以前、烏丸大納言から「歌は枝なり」と聞いた記憶がある。
枝葉や花を見ればその木の幹が分かる。
刀の切っ先や目線一つで人の心が読めるように剣にはその人の人格や弱さの全てが現れてしまうものだ。
人の心もまた然り。
この風景の端々(はしばし)からは謹みも志も無く、あからさまな欲望しか感じられない。
十兵衛は深く溜め息を吐いた。
そういえば菩薩がおられる天上の世界はまだ欲界であり、神でありながら欲にとらわれ戦にまみれ魔物までも棲む世界でもあると沢庵大和尚から聞いた事がある。
まるで神の世界もこの人の世と地獄とも変わらぬのではないか?
十兵衛は木々の枝を透かして空を仰いだ。
地獄につながる天界か…
今いるこの世界はおそらくその下層の欲界なのだろう。
ふと神社の表に掲げられた扁額を見上げれば「第六天神社」とある。
「なるほど六欲天様の御世か。ずいぶんと奇怪な場所に連れさらわれたものだ」
十兵衛はつぶやいた。
ふと木々の合間から近くの民家の庭を見ると老婆が庭の草取りをしているのが見える。
タスクのお婆ちゃんである。
グウ〜と腹が鳴った。
「うむ…」
十兵衛は腹を抱えながら爺さんの形見の鉄芯入りの竹杖を手に取るとユラリと立ち上がった。
〜09 「歌は枝なり」〜 完
(=φωφ=)あとがき。
>歌は柯(枝)なり
元ネタは藤原定家の「詠歌大概」の言葉ですねぇ。
烏丸大納言光廣が語った歌の奥義を聞いた柳生三厳が月之抄に書き留めたものです。
> 六欲天
人間のように欲や煩悩を持つ「欲界」に属する六つの天界。神でありながら戦争も有れば性欲もあり人の姿も持つ神の世界。
やれやれ、神の世界も大変ですな。