10 南軍流兵法
【登場人物】
小野タスク
平凡な高校生。
悪霊を斬る霊剣『韴霊剣』を目覚めさせる能力がある。
自宅の裏山が、なぜか地獄に繋がっている。
コマチ(小野小町)
平安時代の鬼退治師であり和歌の言霊を操り自由に空間を変化させ、炎を操る能力を持つ少女。
・パンツを履くという概念が無い
猟師コマチ(チビ助)
鬼と戦う少女。蝦夷風の装束を身にまとい半弓と毒薬を使う。
・パンツを履くという概念が無い
川崎カヲル
年齢不詳の女性民族学者。
裏山の古墳を発掘するため移住して来てそのまま学校の司書になった変人。
・南軍流剣術の宗家である。
柳生十兵衛
山奥で修行中に、なぜか現代に召喚されてしまった剣豪。
立烏帽子(鈴鹿御前)
将軍塚にある地獄の門を開放する妖女。
魔王軍随一の女性剣士である。
タカムラ
地獄の高官であり自由に地獄と現世を行き来でき、強力な呪術を使う。
お供に降魔の化け猫の子を連れている。
というワケで放課後。
俺はカヲルさんの南軍流とかいう忍法の弟子になる事になった。
武道道場は校舎から少し離れた別棟に柔道場と剣道場が一体となった武道場がある。
今まで体育会系の部活なんて無縁な運動ウンチなので、こんな物騒な所に立ち寄ろうとすら思った事も無い。
武道場の格子戸越しに中をのぞけば、道場では剣道部の連中がバチバチと竹刀を打ち合わせて稽古を始めていた。
すごく入りづらい…
「失礼しまあす…」
恐る恐る道場の扉を開けて中に入ると、怖そうな顔の部員たちが自ジロリと俺をにらむ。
「何の用だ?入部希望か?」
「あ。いいえ、そのー」
「なんだ、ハッキリしろ!」
うわあ、いきなり怒鳴られた、やっぱ帰ろうかな。
「おいお前ら何騒いでるんだ…ああっ!」
奥から出てきた剣道部のキャプテンらしき人物が俺の顔を見て驚いている。
見れば顔の真ん中には、大きな絆創膏が貼って…あああっ!!
コマチにちょっかい出そうとしてぶん殴られた、今朝バッタリ出会った三年生。剣道部だったんか!
剣道部のキャプテンは、俺を捕まえるとダダダダっと部室の外に押し出すなり、ひきつった顔で左右を見回している。
コマチのヤツが居ないことを確認するとホッとした表情で問いかけてきた。
「おいお前!ここに何の用だ!というか、あの女は一体何なんだ?」
……本当のことを言っても信じてもらえないだろうなあ。
「え〜と、司書のカワサキさんに、ここで待てと言われましたので」
キャプテンの顔がまたヒキつった。
「お!お前、川崎先生の知り合いかよ!」
え?先生?
カヲルさんは教師ではなく、図書室の司書だけど。
「カヲルさんが弟子にしてやるから、ここで待ってろと言われたのですが」
「ゲッお前!南軍流の弟子かっ!!」
剣道部のキャプテンは驚いて飛び退いた。
えええっ?南軍流ってそんな、びっくりするような流派だったのかよ!
「いよ〜!早かったなタスク」
校舎の奥からカヲルさんが元気に手を振りながら、いつもの大きなリュックを背負って歩いて来る。コマチも一緒だ。
キャプテンはコマチを見るなりまた飛び上がった
「ウギャ!アイツも南軍流だったのかよ!」
そのまま剣道場の中に逃げ去っていった。
いったい何なんだ。
南軍流ってそんな恐ろしい武道だったのか??
俺は少し後悔した。
カヲルさんに連れられて一礼して剣道場に入る。
剣道部員たちは両側に整列して礼をする。
ひょっとしてカヲルさんって偉いのか?
「じゃあそのへんで待っててねい〜」
カヲルさんはデッカい荷物を抱えながら女子更衣室に入って行った。
男子部員は横目でぼーっとカヲルさんを追いかけている。そりゃそうだな、壁の向こうでは大人の美女が着替えているのだし。
俺は道場の隅に正座する。
「なんじゃ?こんな所に座るのかえ」
コマチはそのまま立膝で座る…ってミニスカじゃねぇか!
あわてて座るのをやめさせて二人で壁ぎわに立たせた。
あぶねぇ〜、コイツがノーパンなのを忘れていた。
考えてみたら昔の日本の衣装にパンツなんて無いからな。
「おいタスク」
「なんすか?コマチさん」
「なぜみんなここに入る時に頭を下げるのかや?」
「ん?何でだろう?たぶん道場だからではないかな」
「道場?御仏の修行場の事か?そういえば坊主頭も何人か居るみたいじゃが、あれは仏道の修学僧なのか?」
「いや、ただの体育会系ボウズ頭だよ」
「やはり坊主であるか」
コマチは勝手に納得したようだ。まぁいいか。
そういえばお寺も道場というのか、ひょっとして武道って仏教の修行方式なのかな?
「でも神棚があるしな」
道場の上にある日の丸と神棚を指差せばコマチは不思議そうな顔をする。
「あれは何だ?祠か?」
あれ?神棚を知らないのか。
「ほれ、あそこに神様が居るんだよ」
コマチは神棚をマジマジとながめると真顔でこちらを振り返る。
うわ、睫毛が長くて眉の形もきれいだ近くで見るとマジで美人だな。
「タスク、この場に神はおられぬぞ」
「え?」
そうかコマチは朝廷を守護する巫女だ。
言わばこの国の守護神の様な存在だ。コマチには本当に神が見えるのかもしれない。
「ここの『さぶらい(使用人の武士)』の者どもはキチンと神を祀っておらぬのではないかえ。水とサケを供なえ、祝詞を奉らねば」
「…高校生にはムリじゃないかな」
「だからこの学舎は荒んでいるのじゃな。しかたないのう」
そう言うなりコマチは稽古中の道場の真ん中に向かって歩き出した。
「お!おい」
剣道の飛び込み稽古していた部員とぶつかりそうになり、横で素振りをしていた部員の竹刀がコマチの顔をかすめる。
危ない!…と、思ったが、コマチは横も見ずにヒョイと竹刀を避け、走り回る部員たちをスルリとすり抜けて、道場の真ん中に跪ずいた。
スゲえ、まるで武道の達人みたいだ。
そりゃそうだよな。あんなチビ助の頃から闇夜の中で鬼相手に実戦で戦っていたのだから、現代人の部活剣道では足元にも及ばないのだろう。
稽古が突然中断し、部員たちは呆気にとられて道場の真ん中に居るコマチを見ていた。
コマチは跪づいたまま澄んだ声で歌を詠み始める。
宵々の 夢のたましひ 足たゆく
ありても 待たむ とぶらひにこよ
どこから取り出したのか手には神社の巫女さんが持っている長いリボンの付いた五十鈴をシャリーンと鳴らしながら立ち上がり、舞い始めた。
周囲で稽古していた剣道部員たちはみな、手を止めてコマチの歌と巫女舞いに見入っている。
すごい。
まさに本物の神の舞踊のようだった。
コマチがスルスルと場外に退場した後も、まるで魂が抜けたかのようにだれも動かない。あまりの美しさに感動したのだろう。
コマチはひと仕事終えると、また俺の横に並ぶ。
手にしていた五十鈴はいつの間にか無くなっていた。
「お前が修練する間は、魔物が近寄れないように神の御使いを降ろしておいたぞ」
そんな簡単に神様わ降臨させられるものなのか?
「はあ〜い、皆さんお待たっせ!」
女子更衣室の扉をガラピシャン!と開け、カヲルさんが稽古着に着替えて出てきた。
長身のスリムなボディに髪を後ろでポニーテールに結い上げている。
うわっカッコイイ。まるでアクション映画の女剣士みたいだ。
男子部員たちはボーッと見とれている。
この人も無駄に美人だよな。
「竹村あ!」
「は!ハイッ!!」
カヲルさんはいきなり気合を入れて部員を呼びつける。
「お前、また打つ時に手ばかり先に出して打ち込んでいただろう!だから拍子が乱れて打ち乗りが弱くなるんだ」
「えっ?ハイッ!ありがとうございました!」
剣道部員は直立不動で礼を言う。
「柴田!」
「はいッ!!」
今度は女子部員を呼びつけた。
「お前は打った時に、左手から力が抜ける。だから、右手打ちになって位取りが右に崩れるんだ」
「ハイ!ありがとうございました!」
カヲルさんは次々と指導を始める。
ええっ?更衣室の中で音を聞いただけでそこまで分かるものなの?
部員たちは驚いた表情でお礼を言っているのを見ると、かなり的確なポイントを指導しているのだろう。
やはりカヲルさんは本物の達人だった。
「コラあ!犬山あ!」
「ははっ、はいッ!!」
カヲルさんは例のキャプテンを怒鳴り付ける。犬山さんっていうのか、あの人。
あのコワモテのオッさん顔の三年生がガチガチに緊張している。カヲルさんってそんなに怖い人なのか?
なんか色々と怒鳴られてはいるようだが、顔色が悪い。気の毒で聞いていられないほどだった。
「ど〜れタスク、それでは始めようかのう」
カヲルさんはニヤニヤと木刀2本を片手に近づいてくる。
「これを持って構えな」
「え?木刀すか?」
なんかものすごいプレッシャーを受けながら、なんとなく構えてみると、いきなりピシャリと上から木刀をピシャリ!と打ち落とされた。
木刀はカランカランと道場の床に落ちる。
「アンタそれじゃあ死ぬよ」
カヲルさんの目はマジだった。
「カタナを拾いな」
手がシビレて動けない。
「タスク!お前のせいでコマチさんが死んでもいいのか!」
カヲルさんは一喝した。
『死』という言葉を聞いて剣道部員たちが驚いた顔でこちらを見ている。
ふりむけばコマチも少し驚いた顔をして俺を見ていた。
そのコマチの顔を見ていたら笑いがこみ上げてきた。
「ふっ…ふふ」
なぜ笑ったのかわからない。
我ながら自分のバカさに呆れた。
俺はしびれる手でもう一度木刀を取った。
目の前に鬼が襲って来る。炎が巻き上がり、爪が飛び交う。何度も見た光景だ。
そうだ、俺はもう戦うしかないんだ。
むりやり木刀を握り締める。
腹が決まった。
「よし!それでいい」
カヲルさんは木刀を横に寝せ、そこに手ぬぐいを垂らしかけて肩の高さに構えた。
「タスク!この布切れを突いてみろ」
「?」よく分からないが何かの稽古なのだろう、とりあえず木刀で手ぬぐいを突いた。
もちろん何の手ごたえも無い。
「もっとしっかり突かぬか!死ぬぞ!」
カヲルさんは真剣だ。
何度も何度もヒラヒラした手ぬぐいを突く。
周囲の剣道部員たちはドン引きして見ている。
必死に手ぬぐいを突いているのだが、やはり何の手ごたえも無い。
「もう一度だ!」「考えるな!突け!」
「命を捨てろ!殺す気で突け!」
なんか教育現場とは思えない物騒な言葉が飛び交う中で、俺は必死に手ぬぐいを突いた。
ダメだ、息が切れる。もう手に感覚が無い。
剣道ってこういうものなのか?
「これ…続けるんですか?」
俺が音を上げるとカヲルさんは無言で手ぬぐいを一枚広げてポイと空中に向かって放り投げた。
フワリと手ぬぐいは舞い落ちてくる。
その瞬間、カヲルさんは空中の手ぬぐいを突いた。
「あ…」
木刀の切っ先は手ぬぐいを貫通していた。
すごい。
「今日はここまでだ」
カヲルさんは振り返りもせず去って行った。
日も暮れて帰宅する。
コマチと二人で無言で長い坂道を登っていた。
コマチはずっと何も言わない。
全身が痛い。
俺は話しかける余裕も無く必死で歩いた。
坂道の上まで来る。
ふと気づくとコマチは消えていた。
そうか…ここにもあの入り口があるのか。
なんとなく明日の朝にはまたコマチがここに来て待っている。そんな気がした。
「……また明日」
俺は一人でヨロヨロと歩き出す。
家に着いても手が痺れて着替えも一苦労だ。
お婆ちゃんの湿布を分けてもらおう。
「タスクや、今日ね、片目のお侍さんが来たんだよ。時代劇の柳生十兵衛みたいでカッコ良かったわ」
へえ、映画の撮影でもやってたのかな。
婆ちゃんも喜んでいるし、良かったな。
さすがに疲れてしまい、布団に潜り込むなり爆睡してしまった。
その夜中。
またチビ助が現れた。
「おいタスク、起きぬか、おい」
チビ助は布団をゆするが全く反応が無い。
「そうか昼間の修行がよほどこたえた様じゃな。よし分かった!
妾が癒やしてやる。ありがたく思え」
と、チビ助は独り言を言いながら着物を脱いで布団の中に潜り込んだ。
そして翌朝、タスクの悲鳴がとどろいたのは言うまでもない。
(=φωφ=)あとがき。
> 宵々の 夢のたましひ 足たゆく
ありても 待たむ とぶらひにこよ
夜ごとの夢の中ではあなたの魂は身体を抜け出す。私は足が疲れても待っているからここへ来て。という召喚の言霊ですね。
> 木刀が手ぬぐいを貫通した
これは山本忠次郎が空き缶を叩いて剣道の切返しを打ってたら、通りかかった斎藤一が杖で空き缶を突くと貫通したという話をパクったものです。




