表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
56/56

56 左大臣密室殺人事件!

【登場人物】

 中臣鎌足(カマ様)

人間に転生した天魔の神『天狐(あまつきつね)』東国の獣神であり人間体でも魔物を圧倒できる身体能力を持つ。


 額田姫王(ぬかたのひめみこ)・鏡王女

中大兄皇子の元妻であり、神の歌「言霊」を使う少女。

琵琶湖の龍王女の転生体である。


 葛城皇子(中大兄皇子)

女性と見まごう白く美しい外観に凶悪で残酷な内面を持ち合わせる。

額田姫王や倭姫王の夫であり魔族を率いる魔王でもある。


 チビコマチ(小野小町)

額田姫王に歌を学ぶため飛鳥時代に連れて来られた平安時代の少女。

巫女舞風の装束を身にまとい「言霊」を使う。


 厳 (ゴン)

春日の森で「鬼神の塚」を守る片目の野守。

なぜかチビコマチのお供をしている


 鈴鹿御前(倭姫王)

天照大神の依代であり第六天魔王の一人。

なぜか高位天魔を人間に転生させて飛鳥の都に集結させている。

ちゃっかり自分も皇女に転生した。だがまだ子供である。


 小狐丸

黒い戦闘魔獣。魔物を斬る神刀を鍛える刀工でもある。


 お玉(玉藻)

百済王妃に化けた九本尻尾の妖狐の少女。

幻覚を操り、人間を魔物化させる能力を持つ。



「コラ!カマタリ。キサマと私と一夜を共にしたあの夜の事を忘れたか!」

小足媛(おたらしひめ)は黒い瞳をキラキラさせて詰め寄る。


「そんな記憶は全くありません!…無いよな…たぶん…」

カマタリは冷や汗を流しながら首をひねる。

隣では(ひつじ)さんが目を丸くしている。


 この小足媛(おたらしひめ)とは蘇我イルカ暗殺の直前に一度会った事がある。

あの時、彼女は軽皇子の重要な使いで来たハズなのだが、あの夜は二人で酒を呑みまくり、博打やら腕相撲やらで朝まで飲んで…後は記憶に無い。


 たしか博打も腕相撲も酒も全部負けてスッカラカンで、朝起きたら小足媛(おたらしひめ)の姿はもう無かった。そしていつの間にかカマタリは軽皇子の陣営にまで組み込まれてしまった気がする。


「あの夜キサマは嫌がる私をむりやり引き込んでだな!軽皇子さまの家来にさせろと脅迫したのだぞぉ」


(ぜったいウソだな…でも彼女に誘惑されていたら断る自信は無いけど)カマタリはひきつった笑いをした。

 小足媛(おたらしひめ)は、あの面食いの軽皇子の后になるくらいなので形容端正(かおキラキラ)の美形の姫であるのは当然だが、さばけた人がらで野生動物のようなしなやかで洗練された美しさがあった。こんなナチュラル系美女に誘惑されてたら当然お誘いに乗ってしまってただろう。


 しかしあの頃は蘇我のイルカは魔道に堕ち、額田姫王(ぬかたのひめみこ)もチビコマチもゴンちゃんとも疎遠になり、一人であてどなく戦っていた時期だ。

 そこにこの小足媛(おたらしひめ)が来て酒を酌み交わしながら(はげ)まされ今の役目に一歩踏み込めた気がする。

 もっとも博打の方は手加減無しで全財産を持って行かれたが。


 …いや、今思えばあの暗殺も大錦冠(だいきんかん)も、全てこの小足媛(おたらしひめ)の謀略の気がしてきた。むしろこの女性は軽皇子より手強(てごわ)い!


 馬上にはまだ少年の皇子がニコニコと母親の謀略を楽しんでいる。

ウチのチカタくんももう五歳だが、それより少しお兄さんのようだ。

柔和でおとなしい少年だ。誰に似たんだろう。


「今は(はら)にもう一人赤子が居るのでな、大事を取って馬で歩いていたのだ」

 それって逆効果だと思うが、たぶんこの女性にそのような常識は通用しない。

そもそも天皇のお(きさき)様がこんなに気楽に皇子を連れて馬で出歩くのがふつうにありえない。


「ところでカマタリ、鏡姫さま(額田姫王)はどうしておられるか」

「彼女なら中臣の屋敷で元気に子育てしてますよ」

「ふっ、あれはお前の子ではあるまい」小足媛(おたらしひめ)はニヤリと笑う。

「ギクッ!」

ひょっとしてチカタが山背大兄王の子だと知っているのか!


「おおかた鏡姫さまは、お前には手も握らせてもくれぬであろう」

小足媛(おたらしひめ)は流し目でニヤニヤ笑う。

「ぬおおお!」カマタリは身悶えた。

 その通りだった。なぜか分からないけどいつも怒っていてカマタリに身体を触れせないのだ。怒らせるような事をした身に覚えは全く無いのだが不思議だ、全く謎だ。

 小足媛(おたらしひめ)はカマタリを見てケタケタ笑っている。


 (この人も後宮の悪魔だ。いやタマモよりタチが悪い気がする。とりあえず話をごまかそう)


「あ〜、ところで姫様は今日はどちらへ?」


「父上の所望(しょもう)する屠蘇(とそ)を受け取りに来たのだ」


屠蘇(とそ)って?」


※ 屠蘇:漢方薬を黄酒(紹興酒)に浸した薬酒。いわゆる「おとそ」の語源。


「これですよカマタリ様」

(ひつじ)さんこと高志才智(こしのさいち)が作業小屋から陶器の(ビン)を持って来た。縄で縛られて布と(ロウ)で厳重に(ふう)がしてある。


「これは?」

「黄酒(紹興酒)に薬草の防風(ぼうふう)白朮(びゃくじゅつ)を漬け込んだものです。一口飲んでみてください」

(ひつじ)さんはパリパリと(ふう)を開け始める。

※防風、白朮:どちらも漢方薬の原料


「いや左大臣様のお薬は飲めませんよ!」


「ははは、これは薬ですよ職人たちにも飲ませてます」


 (ひつじ)さんが酒を土器(かわらけ)の盃に注ぐと漢方薬の匂いに混じり濃厚な酒の香りがした。カマタリは黒い液体を飲み込んだ。

「これはうまい」

「お気に召しましたか。ぜひ皆さんで楽しんでください。姫様これを左大臣さまにお渡しください」

(ひつじ)さんは馬上に居る皇子に(ビン)を渡した。


「ご苦労でした(ひつじ)さん。カマタリ、父に用事であろう。付いて参れ」

酒瓶を受け取ると小足媛(おたらしひめ)はまたヒラリと馬に飛び乗る。白い衣が絵のようにはためいた。

 全てお見通しか。父親に似てじつに聡明な人だ。

「お前も鏡姫さま(額田姫王)に相手にしてもらえず夜は寂しかろう。今夜は一緒に飲もうぞ」小足媛(おたらしひめ)はイヒヒと笑った。

 やはり悪魔だ…この女


 左大臣、阿倍内麻呂(あべのうちのまろ)の屋敷。

 書院には阿倍内麻呂(あべのうちのまろ)とカマタリ。そして小足媛(おたらしひめ)の三人が難波京談義を始める。

 街道の宿場や港の整備。年間に出入りする船の数などの数字が上げられる。


「それで内臣(うちつおみ)殿は、この難波都(なにわのみやこ)を見てどう思われたかな?」


「今までの遷都とは次元の違う『本気の都市』かと思いました」


「どのあたりがかな?」


「海からも山からも人が集まり、その土地は本当の基礎の基礎から突き固めて永遠の(みやこ)を作ろうとしている様に見受けられました。いずれこの地は千年の都となって繁栄するでしょう」

それはカマタリにも確信できた。


「繁栄が約束された土地と言えるか」

「そう思えます…ですが…」

そこまで言ってカマタリはハッと言葉を途切らせる。


 阿倍内麻呂(あべのうちのまろ)は机の上の酒壜(ビン)に手を掛けた。

「中大兄皇子が(いくさ)に使おうとするであろうな」

カマタリは驚いた。左大臣は全てお見通しでこの難波京を造営しているのか。


「たとえ中大兄皇子に奪われてもこの都は残り繁栄し続ける。それが国家のためならばそれでも良い」

 阿倍内麻呂(あべのうちのまろ)は薬酒の封を開けると柄杓(ひしゃく)ひと(すく)いして、(しゃく)※という(さかずき)(そそ)ぐ。(しゃく)には不純物を取る布のフィルターが掛けてあった。


「飲まれよ」

カマタリに(しゃく)を差し出す。


(しゃく):不純物を漉す布を掛けられるデザインの高級酒器


 カマタリは青銅の(しゃく)を受け取る。

その時、薬酒瓶からハラリと黒い羽根が一枚落ちた。

 カラスの羽根?先ほど(ひつじ)さんが封を開けた時には無かった気がするが。


「あら、お父様私にも下さいな」

「ならば皆で乾杯するか」

阿倍内麻呂(あべのうちのまろ)は笑いながら娘に柄杓(ひしゃく)で酒を注ぐ。

 仲の良い親娘だ。いやこの気難しい老政治家を和ませるのは、やはり小足媛(おたらしひめ)の人がらだろう。


 阿倍内麻呂(あべのうちのまろ)は天の祖霊に盃を捧げると薬酒の入った(さかずき)を一気にあおる。


カマタリも遠慮がちにひとくち口に含んだが盃を投げ捨て小足媛(おたらしひめ)(さかずき)を叩き落とした。

「飲むな!毒だ!」

その瞬間、阿倍内麻呂(あべのうちのまろ)が血を吹いて倒れた。


「しまった!」


 その夜カマタリは佐伯子麻呂(さえきのこまろ)に連れられ『小郡宮』にある仮宮(かりみや)の孝徳天皇の御前に呼び出された。

 子麻呂(こまろ)はカマタリを護送する事に退け目を感じるのかしょんぼりしている。

「お役目だ、気にする事は無いよ」とカマタリは声を掛けた。


 薄暗い書院に一人、孝徳天皇は居た。いつもの元気は無く、ひどくやつれて見える。


「申し訳ございません、俺が付いていながら左大臣に毒を盛られてしまいました」

カマタリは頭を下げた。


(ちん)(なげ)いているのはそこでは無い」孝徳天皇は沈んだ声でつぶやく。


「は?」


「左大臣と(きさき)を毒殺させようとしたのは中大兄皇子の言いつけであるか?」


「え?!」

(まさか孝徳天皇は俺を実行犯だと疑っているのか!)

 …いや中大兄皇子ならやりかねないが。


「なぜ后まで殺そうとしたか?」

孝徳天皇は独り言のように言う。


「私は左大臣様を尊敬していました。たとえ中大兄皇子の命令でもそれはできません。本当は蘇我のイルカも殺したくはなかった…」


 孝徳天皇はジッと見つめていたが「ふう」と息をつぎ天井を見上げ、つぶやくように語り始めた。

「皆がみな敵に見えてしまうのだカマタリよ。皇后の間人皇女(はしひとのひめみこ)でさえも…」


意外だった。あの自信家で精力的だった軽皇子が他人に弱音を吐くなど考えた事も無かったのに、こんなに孤独な人だったのか。


「俺は中大兄皇子の手下に過ぎません。信じてもらえないかもしれませんが、俺は陛下の味方です」


「ふっ…(きさき)の言った通りの答えだな」と孝徳天皇は少し笑った。

「は?」

「お前は仲間に恵まれておる。うらやましい」


俺をうらやましい?天皇が?


 孝徳天皇は真顔になり(ちょく)を申し渡した。

「中臣鎌足の大錦冠(だいきんかん)を取り上げ、謹慎を申し付ける」

その日、中臣の屋敷は朝廷の兵で囲まれた。


「アナタまた何かやらかしたのね」額田姫王(ぬかたのひめみこ)はチカタを連れて呆れ顔をしている。

「『また』って何だよ」

「で、何をやらかしたのさ」

「目の前で左大臣が毒殺されたんだぜ」

「目の前で毒殺って?どうやって?」

「それが分からない。薬酒に毒が仕込まれていたんだが、あの酒は俺が最初に飲んだ時は何とも無かった。いつの間に毒を盛られたんだろう?」


 額田姫王(ぬかたのひめみこ)の目がキラリと光った。

「それは酒瓶を使ったトリック殺人ね!」

「は?」

 なぜ飛鳥時代の人間がミステリー小説みたいな事を言ってるのか理解できないが額田姫王(ぬかたのひめみこ)はすっかりその気のようだ。


「犯人はあえてキミに最初に酒を飲ませたのよ」


「え、じゃあ(ひつじ)さんが犯人になっちまうんじゃね?」


「まず手ごろなマヌケに飲ませて『安全な酒だ』と思わせる。その後に酒瓶に毒を混入したはずよ。かわいそうな小足媛(おたらしひめ)を証人に仕立ててね」


「どうやって毒を入れたんだ?封がしてあったんだぜ?」


「それは………………………………… そういうのは現場に行かないと分からないじゃない!」

逆ギレされてしまった。


「現場に行くって、どうやって?」


「キミ、私を誰だと思ってるの!」

あ!そうか地獄の井戸を使えばどこにでも行けるか!


 秋山の 木の葉を見ては 

    黄葉(もみ)つをば 

 取りてぞ(しの)ふ 

    青きをば 置きてぞ嘆く 


    『(しの)ふ!』


 額田姫王(ぬかたのひめみこ)が歌を詠むと空間にポッカリと黒い地獄の井戸が開いた。


「この事件の謎は私が解くわ!龍王女の名にかけてね!」


「はあ??」

カマタリとチカタは顔を見合わせる。

 …何だろう、何か凄く不安になってきた。




 〜56 左大臣密室殺人事件!〜完


【年表】

◼ 637年武后、太宗の後宮に入る

◼ ︎642年百済大乱、豊璋来日

◼ ︎643年山背大兄王死去

◼ ︎645年蘇我入鹿暗殺

◼ 646年改新の詔

◼ 647年鎌足、大錦冠になる。

◼ 649年、阿倍内麻呂死亡



 (=φωφ=)あとがき。


 >名探偵、額田姫王

いや、どうなるんすかね…これ?


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ