表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
50/52

50 天の御子へ

【登場人物】

 中臣鎌足(カマ様)

人間に転生した天魔の神『天狐(あまつきつね)』東国の獣神であり人間体でも魔物を圧倒できる身体能力を持つ。


 額田姫王(ぬかたのひめみこ)

中大兄皇子の妻であり、神の歌「言霊」を使う少女。

琵琶湖の龍王女の転生体である。


 葛城皇子(中大兄皇子)

女性と見まごう白く美しい外観に凶悪で残酷な内面を持ち合わせる。

額田姫王や倭姫王の夫であり魔族を率いる魔王でもある。


 チビコマチ(小野小町)

額田姫王に歌を学ぶため飛鳥時代に連れて来られた平安時代の少女。

巫女舞風の装束を身にまとい「言霊」を使う。


 厳 (ゴン)

春日の森で「鬼神の塚」を守る片目の野守。

なぜかチビコマチのお供をしている


 鈴鹿御前(倭姫)

天照大神の依代であり第六天魔王の一人。

なぜか高位天魔を人間に転生させて飛鳥の都に集結させている。

この時すでに五百歳を超えている美女。

 『韴霊剣(ふつのみたまのつるぎ)

鹿嶋に居たころ物部の神官からその神名(カムナ)は聞いた事がある。

 (イカヅチ)の光、剣の光だとか。


「この剣を打ったのは(われ)だ」と仮面の魔人が言い出す。


「あんたがこれを作ったのか!」


「何その鎌?折れてるじゃないさ」

いつの間にか妖狐の少女も鎌をのぞきこんでいる。


「俺の母親の鎌だ」

「人間の女の?なんで人間の道具なんか使ってるのさ」

 妖狐からしてみれば人間なんて虫ケラに見えるのだろう。カマタリの想いが理解できないらしい。


「お前さあ、人間をバカにしてると、そのうち人間に狩り倒されるぞ」


「人間なんかにワタイが倒せるわけ無いじゃん」妖狐の少女はプクッと(ほほ)を膨らませて不貞腐(ふてくさ)れる。


 やれやれという表情でカマタリは仮面の魔人の方に話を戻した。

「なあ、フツのミタマってのはアンタが作ったモノなのか?」


 仮面の魔人は緑色に輝く目を向けて語り出す。

「昔、五十瓊敷入彦命(いにしきいりひこのみこと)が石上神宮へ大刀を千口ほど納められた。

そのさいに、妹の倭姫神(やまとひめがみ)は魔界より(われ)を召喚し、御神宝として一振りの剣を打たせたのだ。それがこれだ」


倭姫(やまとひめ)?鈴鹿御前がか?」


 仮面の魔人はうなずいた。


鈴鹿御前はそんな昔から四鬼神との戦いの準備していたのか。

 カマタリは少し考える。


「この鎌の持ち主は俺の母親だった。その女の事を知らないか?」


「知らぬ。()は魔界より呼ばれて剣を打っただけだ」


「そうか…」


 仮面の魔人は緑に光る目を折れた鎌に向ける。


()の剣が折られるとは、お前、いかなる魔物と戦ったか?」


「四鬼という鬼神だ」


「四鬼。不死身の鬼だと倭姫神(やまとひめがみ)から聞いた事がある」


「鈴鹿御前から?!」


「それ倒すために五百年前、倭姫神(やまとひめがみ)()を転生させた」


 やはり!

全て鈴鹿御前により過去から未来までつながっていたのだ。


 仮面の魔人の目がギラリと緑に光る。

「このツルギを打ち直して四鬼神を倒す」


「倒せるのか!四鬼を」


「この剣と言霊を使えば倒せる」


「言霊?…前回の戦いでは(イカヅチ)の言霊を使ったが、あと一歩で四鬼には勝てなかった」

しかも言霊を使ったのは、おそらく最強の術師の額田姫王(ぬかたのひめみこ)だ。

彼女の言霊で倒せないのでは勝ち目は無い。


 仮面の魔人の目が光る。

「『無』の言霊を使え」


「無?…何だそりゃ?」


「仏の教えの言霊だ。あるは無く、無きはあるの言霊だ」


「仏の教え?そんな言霊は初めて聞いたな…」

中臣は神祇(じんぎ)の家。つまり朝廷の祭礼を行う神主の様なものである。仏教の『無』や『空』の定義までは詳しくは知らない。


「『無』とは、神の『まこと』のようなものだ。(よこしま)も無く、ただ清らかな神ながらの道そのものとなる事だ」


 神ながらの道。

なるほど、ただひたすら清らかであれば、(よこしま)も無く(まが)も無い。言われてみれば『無』とは、あるがままの無垢の神霊にも通じる気はする。


「そりゃ最高位の神霊じゃないか!」


妖狐の少女が顔をしかめて騒ぎ出す。

「うえ〜っ、ヤダヤダ!『無』とか『空』とか、まるで坊主みたいじゃない!」


「何だお前『無』の言霊を知ってるのか?」


「百済でも坊主どもが王様に『無の境地』がどうこう言ってたけど、人間に欲や執着が消えて『無』になったらワタイら天魔の食い物が無くなっちゃうじゃない」


「魂が『無』になると天魔の食い物が無くなる?……あ!そうか」


 カマタリは一つの仮説に思い至った。

鬼や魔物の神である天魔は人間に対して、ある種の共生関係と言える。

 それが『欲』である。

天魔は人間の生命力が持つ『欲』を信仰のエネルギーとしている。

 欲望、執着、知識、生存本能。

それらは全て欲のエネルギーが宿る。

 天魔は欲のエネルギーを喰らい、その見返りに人間の欲を満たして現世利益として叶えるのだ。


 だがもし人間が無欲になり魂が清涼な別次元に置かれてしまったらどうなるか?

 もはや天魔は神としての価値は無く、ただの魔物に堕ちるのだ。

 ではその天魔が『無』になったらどうなるのか?


 存在自体が消える?


 いや、正確には天魔の力を失って、無明の闇を彷徨う亡霊となるのではないか?

 あるは純粋な神となり大宇宙と同一になるのか。

それはカマタリにも分からない。


 なるほど、この妖狐の少女が仏道を嫌がるのも分かる気はする。

 それはカマタリ自身も同じことだ。


「あるは無く、無きはある…か」


「あ!」と、カマタリが思い出した。


 有るは無く 

 無きは数添う 世の中に

 あわれいづれの日まで嘆かん


 それは山背大兄王がチビコマチに歌わせていた歌だ!

あれが四鬼を倒す言霊だったのか!

 だがコマチはチカタが産まれてから姿を見せなくなってしまった。


 「手詰まりか…」カマタリは頭を掻いた。


 雨がポツリと降りはじめた。

太極殿では今まさに三韓からの朝貢(ちょうこう)の儀が(おごそ)かに進行していた。


 高御座(たかみくら)の皇極天皇の玉座の(かたわ)らには先帝の長男である古人大兄皇子が(はべ)る。

 手前には葛城皇子や大海皇子ら皇極天皇の皇子たちが並び、向かい側には間人皇女(はしひとのひめみこ)を筆頭に姫たちが並んでいた。


 皇極天皇の御前では蘇我の石川麻呂が(うやうや)しく進み出て、三韓の表文を読み始める。

 これを合図に犬飼と佐伯の二人が蘇我のイルカに襲いかかる手筈(てはず)だ。


 まだわずかに少年の風貌を残している大海皇子がチラリと入り口方向を見る。

 まだ動きは無い。


 大兄の軽皇子は病気を偽り姿を見せない。じつにあの人らしいと大海皇子は呆れた。

 古人大兄皇子は今から起きる惨劇も知らず、女帝の隣に生真面目な顔で立っていた。

 まだ若く純真な大海皇子からすれば軽皇子なんかより、年長で優しく真面目な古人大兄皇子の方がよほど天皇にふさわしく思える。


 だが古人大兄皇子は同じ父の兄弟ではあるが、皇極天皇の子ではなく蘇我エミシの甥にあたる蘇我氏系の皇子である。

 蘇我本家は歴代天皇に后を輩出し大臣(オホマヘツキミ)と呼ばれるまでに成り上がってきた。

 蘇我氏が山背大兄王に兵を挙げたのも、この古人大兄皇子を天皇にするためだと言われる。

 イルカは結果的にその話に乗り、実行してしまったわけだ。

 今現在、最も皇位に近い存在が、この古人大兄皇子である。


 大海皇子はチラリと兄の葛城皇子を見た。

兄はまるでそよ風に吹かれるように落ち着いている。

 (権力を手に入れるとは、このようなものなのか…)

やがて自分自身も歩む道である。

大海皇子は何事も無く正面に向き直った。


 表文をいくら読み進めてもまだ刺客は現れない。

蘇我の石川麻呂の語調がだんだんスローになっていく。

 (まだ始めないのか!何をしている)

全身を冷や汗が流れる。

 石川麻呂はチラリと中大兄皇子を見ると、葛城皇子は白い顔を傾け涼しく微笑み返してきた。

 (まさか皇子はこの状況を楽しんでおられるのか!)

石川麻呂の息が詰まり、ますます語気が乱れ、手が震え出す。

 会場が少しざわめき始めた。


「どうした、なぜ震え(わな)なくのか」


会場に蘇我のイルカの声が響いた。

 石川麻呂が驚いて振り返ると大臣席から蘇我のイルカが薄黒い顔に笑みを浮かべてギラリとこちらを見ていた。

 目を合わせた石川麻呂が「ヒッ!」と叫び、目を逸らしながら(こた)える

「み…帝の御前が…が…あまりに畏れ多く…」

さらに大きく石川麻呂は震え出した。

 (もう限界だ!)

石川麻呂が膝を着いたその時、葛城皇子がツカツカと会場の中に歩み出てイルカの正面に立つ。

 イルカは薄黒い顔で葛城皇子を見上げてニヤリと笑った。


 突然の出来事に会場が静まり返る。

葛城皇子は蘇我のイルカの座る席の前に立つと「やあ」と声を掛けて、スラリと剣を抜き様にイルカの顔をバシッ!と斬り上げる。

 静まり返った太極殿に皇子の太刀打ちの音が響いた。


 イルカの傷はたちまち塞がり、薄黒い顔がニヤリと笑った。


 目の前でそれを見ていた古人大兄皇子が「うわわ!」と腰を抜かして倒れ込んだ。

 大海皇子も思わず引いた。


 佐伯子麻呂(さえきのこまろ)はハッ!と我に帰り、(タチ)を抜くなり「わあ!」と駆け出して振りかぶるとイルカの肩を切り裂いて、その勢いでひっくり返った。


 イルカの肩から血が吹き出した。

だが不死身のイルカは気にも止めず亡者のような顔で笑うとゆっくりと立ち上がり葛城皇子に向かって歩きはじめる。


「ヒイ!」と叫んで佐伯子麻呂(さえきのこまろ)は床を転がりながら(タチ)を振り回し、イルカの足を薙いだ。


 その時、イルカの体がグラリと傾き、脚がもつれた。肩から流れ出た血が床を濡らす。

「バカな…」

 血が止まらない。

不死身の魔人と化していたハズの蘇我のイルカは自分の身体の異変に気づく。

痛みが全身に走った。だんだんとイルカはもとの人間の顔つきに戻っていった。

 死の恐怖!

イルカは「ギャアアア!」と人間とは思えない声で叫んで血まみれの床に転がる。


 イルカの雄叫びに、佐伯子麻呂(さえきのこまろ)はヒイ!と床を這う。気づけば手にしていたイルカを斬った剣がボロボロと腐食しているのが見えた。


 イルカはハッ!と息を注ぐと転がりながら皇極天皇の居る御座(おほみもと)へと向かって這いずり進む。


「私に…私に何の罪があるのでしょうか…」


 皇極天皇はビクッと表情を変えた。

間人皇女(はしひとのひめみこ)が厳しい瞳で女帝に横目を向ける。


 イルカが血まみれの手を皇極天皇に向けて差し出す。


「あなた様は天の御子なのです!」


 イルカの叫びが太極殿に響くとともに葛城皇子の剣が閃き、イルカの首が宙を飛んだ。


 〜50 天の御子へ〜完



 (=φωφ=)あとがき。

この作品では数少ない良心的常識人だったイルカさん退場ですねえ。まぁじっさいにはどんな人物だったのかは分かりませんが。


 > 古人大兄皇子

初登場ですが、このお方が倭姫王の父親です。


 > 仮面の魔人

怖カッコいい雰囲気で書いてますが、名前は小狐丸というかわいい名前でやんす。


 > 「やあ」と声を掛けて斬る。

日本書紀には「咄嗟」と書いて「やあ」と読むので、急に斬り懸かったさいの気合なのでしょうけど、ウチの葛城皇子は落ち着いてますのでニコやかに「やあ」です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ