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49 大極殿(おおあんどの)の魔獣

【登場人物】

 中臣鎌足(カマ様)

人間に転生した天魔の神『天狐(あまつきつね)』東国の獣神であり人間体でも魔物を圧倒できる身体能力を持つ。


 額田姫王(ぬかたのひめみこ)

中大兄皇子の妻であり、神の歌「言霊」を使う少女。

琵琶湖の龍王女の転生体である。


 葛城皇子(中大兄皇子)

女性と見まごう白く美しい外観に凶悪で残酷な内面を持ち合わせる。

額田姫王や倭姫王の夫であり魔族を率いる魔王でもある。


 チビコマチ(小野小町)

額田姫王に歌を学ぶため飛鳥時代に連れて来られた平安時代の少女。

巫女舞風の装束を身にまとい「言霊」を使う。


 厳 (ゴン)

春日の森で「鬼神の塚」を守る片目の野守。

なぜかチビコマチのお供をしている


 鈴鹿御前(倭姫)

天照大神の依代であり第六天魔王の一人。

なぜか高位天魔を人間に転生させて飛鳥の都に集結させている。

この時すでに五百歳を超えている美女。

 六月、剣池(ツルギのいけ)に二つの花を咲かせる蓮の花が咲いたと日本書紀にある。

 蘇我のエミシはこれを吉兆として金泥を描き大法興寺の仏前に献じた。

 蘇我エミシがその橋を渡るさいに周囲に集められた巫覡(かんなぎ)たちはいくつかの予言めいた歌を詠んだと言われる。

 そのうちの一つにこのような歌がある。


遠方(をちかた)の 淺野の(きぎし)

 (とよも)さず 我は寢しかど 

  人そ(とよも)


 この御神託の歌の意味とは

『温厚な山背大兄王と上宮王(かみつみやのおおきみ)が蘇我のイルカによって滅ぼされた』と読み解かれた。


 打倒蘇我氏。

軽皇子や中大兄皇子たちも婚姻を通じて有力豪族たちとの計画を進めていた。


 蘇我大臣の大邸宅は、飛鳥京から飛鳥川の対岸にある標高百数十メートルほどの甘樫丘(あまかしのおか)を切り開いた、まさに「城」であった。

 その邸宅は「宮門(ミカド)」と呼ばれ、砦のような垣を築き、門には武器庫を置いて漢直(あやのあたい)と呼ばれる海外の傭兵部隊に最新の武器を持たせて警護させていた。

 その警備の数は常時五十人を超える。


 さらに周囲には寺院や池を配置し、武器庫を造らせ、剛力の者を配置している。

 蘇我本家のある甘樫丘(あまかしのおか)一帯は、まさに軍事要塞と化していた。


 大臣の蘇我のイルカは、この要塞化された「宮門(ミカド)」に閉じこもり執政しているため、朝廷の官吏たちは飛鳥川を越えた対岸の蘇我家の城に出向く事になる。


 蘇我氏によるこの急激な都の軍事要塞化の理由には大陸の超大国「大唐」の急激な勢力拡大があったとも言われる。

 だが結果として朝廷の権威は日に日に衰退し、豪族たちも蘇我氏から離れていき、蘇我大臣による軍国独裁国家化していく事になった。


「これは皇室を(ないが)しろにしている!国家への反逆である!」

皇極天皇の弟であり儒者でもある軽皇子は怒りで机を叩いた。

「ではいかがいたしますかな?兄上」

中大兄皇子こと葛城皇子は白く美しい顔で軽皇子に笑いかけた。


「いっそ攻め滅ぼしてやりたいが、あの城砦の中では手出しもできぬ!」軽皇子は歯噛みした。

 この時すでに蘇我本家のエミシと対立している蘇我石川麻呂(そがのいしかわまろ)も、中大兄皇子の身内に取り込んでいる。

準備は着々と整ってはいた。

 だが蘇我本家の政治力、軍事力は強大である。

さすがに山背大兄王の時の様には行かない。


「ならば…」葛城皇子はフワリと笑う。

「蘇我のイルカを板葺宮(いたぶきのみや)に呼び出し、討ち取るのがよろしいでしょう」


※板葺宮:皇極天皇時代の皇居。


 皇居か…

なるほど、こちらから出向くのではなく、あちらに来させるのか。

 軽皇子も作戦を理解した。

「して弟よ、どうやってヤツを宮に呼び出すのか?」


「近く三韓の使者が来朝するとか」


 軽皇子は膝を打った。

「なるほど三韓の使者は天皇への貢ぎ物を届けに飛鳥の大極殿(おおあんどの)まで来る。

そこには大臣である蘇我本家も必ず出席するという寸法だな!」


「イルカめを打ち殺す姿、この日の本の生まれ変わる姿、三韓どもへも見せてやりましょう」


「ほう、三韓どもへの見せしめにするのか、面白い」軽皇子も話に乗って来た。


 兄たちの会話を隣で聞いていた大海皇子が驚いた顔をしている。

なぜわざわざ外国に内紛を見せる必要があるのか?!


 三韓。つまり高句麗、新羅、百済からの使者が女帝皇極天皇に挨拶をする。

 この三国も、拡大を続ける新興の超大国『唐』に圧迫を受けていた。

 唐は北の高句麗を討つため朝鮮半島の新羅と手を組んだ。

 だがそれは新羅も「大唐」に従属しなければならない事を意味する。

 そして高句麗の次に唐が討伐を開始するのは百済だろう。


 それにしても百済は国土は疲弊し、外敵はますます強化され、自国が滅亡の危機だと言うのに王族は贅沢を極め、大使の衣装も豪勢である。

「この国難の時期に何を考えてるのだ?」

「もしや百済は物怪(もののけ)にでも取り憑かれているのではないか?」

飛鳥の朝廷内でもそう噂された。

 その声を聴き中大兄皇子はクスクスと笑った。


 飛鳥宮、板葺宮(いたぶきのみや)

皇極天皇時代の皇居である。

 三韓の特使を乗せた輿(こし)が正面の大門を通過する。

 海外からの来訪者は飛鳥川沿いの街道から蘇我氏の建造した甘樫丘(あまかしのおか)の軍事要塞群を見せつけられ飛鳥の皇居に向かう事になる。

 そしてその前に大臣、蘇我のイルカが、武装した数十の騎馬護衛を従えて入場してくる。

 イルカはすでに顔色が土気色(つちけいろ)となり、目はギラギラと輝いている。

 イルカは板葺宮を見てニヤリと笑っていた。


 いよいよ決行の時が来たか…

カマタリは大極殿(おおあんどの)への狙撃場所を選ぶため、宮殿の屋根から屋根に飛び歩いていた。

 ふと間人皇女(はしひとのひめみこ)の姿がカマタリの目に入った。

 髪を解いて肌着姿のまま、数人の侍女を引き連れ宮殿の奥を歩いている。

どこか遠くを見る様な潤んだ瞳。不思議な少女である。

 王宮の奥には、あでやかな衣装に身を包んだ美しい女性が玉座に座っていた。

 間人皇女(はしひとのひめみこ)は肌着を脱ぐと女性に抱きつき口づけした。

 間人皇女(はしひとのひめみこ)の潤んだ大きな瞳に女の顔が写る。


「お兄様が全て上手くやってくれますわ、お母様」

「ありがとう、愛しい我が子たちよ」


 皇極天皇もまた衣装を脱ぎ、麗しく育った我が子の裸体を抱いた。


 あれが天豊財重日足姫天皇(あめとよたからいかしひたらしひめのすめらみこと)…伝説の神巫(かんなぎ)か。

 女帝はすでに高齢のはずであるが、まるで魔法のエネルギーで若さを保っているかのように若々しく艶やかであった。


「お兄様に従ってくれるならば私が愛してあげるわ」間人皇女(はしひとのひめみこ)は母の背中に細く白い腕を回した。


「そう…お兄様に任せれば全て上手くいくのよ」


 皇極天皇。

寶女王(たからのひめみこ)という。

 夫である舒明天皇を引き継ぐ形で天皇に即位したその年、大旱魃(だいかんばつ)が起きる。

 大臣の蘇我エミシは寺院に雨乞いを命じたが効果は薄かった。

 だがこの皇極天皇が自ら天に祈り四方を拝すれば雷鳴とともに雨が天下を潤したという。

 まさに神業である。

しかし…おそらくその雨を降らせたのは天候をも操る龍王女、額田姫王(ぬかたのひめみこ)の言霊であろう。


「全ては中大兄皇子の(てのひら)の上だ」

そして自分もまた。


 娘の間人皇女(はしひとのひめみこ)と抱き合う皇極天皇もまた、大魔王中大兄皇子の手駒に過ぎないのではないか?

 そんな思いにかられる。


それを見透かしたかのように間人皇女(はしひとのひめみこ)が、いきなりカマタリを見た。

潤んだ大きな瞳がジッとカマタリを見ていた。


「まさか!」

この距離でカマタリに気づいていたと言うのか?

間人皇女(はしひとのひめみこ)は、まさか…


 カマタリはこの光景を断ち切るかのように背を向けると長大な梓弓を手に再び狙撃場所を探して屋根の上を歩き出した。


 大極殿(おおあんどの)

大和朝廷は三韓の使者を迎えるその会場。

 その宮殿の奥に葛城皇子は二人の屈強な面構えの衛士を呼び出した。

 稚犬養網田(わかいぬかい の あみた)

 佐伯子麻呂(さえきの こまろ)

犬養(いぬかい)とは番犬を(つか)い宮中を警護する氏族である。

 佐伯(さえき)の名もまた「(さえ)ぎ」に通じる。やはり宮殿警護の番方(ばんかた)ではないかと考えられる。

 二人とも宮殿を警護するとびきり腕の立つ武人であるが、さすがに葛城皇子こと中大兄皇子に直々に呼び出されて緊張している。


 葛城皇子はフワリと白い笑顔を向けて言う。

「これからお前たちは大臣の蘇我のイルカを討ち取るのだよ」


 二人はギョッとした。

「怨敵を討て」との命令は聞いていたがまさか大臣を、しかも外交の席、天皇の御前でそれを実行する事を命じられるとは。

(狂っている…)

 二人の背中に汗が伝わった。


 「剣を」

中大兄皇子は後ろに控えていた采女(うねめ)たちに命ずる。

 奥の間より二人の采女に付き添われた仮面をかぶった異様な風体の夷人(いじん)の男が、細長い桐箱を持って部屋に入ってきた。

 男は蛮夷の魔術師(シャーマン)だろうか。

紋様が描かれた麻布を覆面の様にかぶり、その下に仮面を着けているように見える。

 麻布はマントの様に全身を覆い、布からは入れ墨だらけの腕や裸足が伸びていた。


 仮面の男が細長い木箱を差し出す。


「ごらん、これは東国の魔術師に造らせた悪魔を切る剣だ」中大兄皇子が箱の蓋を取る。

 箱の中身は異様な形をした剣であった。

木製の粗末な柄には東国の(えびす)どもが身体に描くような蛮族の文様が彫られている。


 仮面の男が剣をつかみ、二人へと差し出す。

努力努力(ゆめゆめ)急須(あからさま)に斬るべし」

 仮面の奥から男の瞳が緑色に光るのが見えた。


 この仮面の男から発する強力で異様な空気の波動を察し、屈強な二人の男たちはガタガタと震え出した。

 (この夷人(いじん)の男は魔物ではないか!この剣は魔物の呪具ではないのか?)

「こ、このような剣は()けませぬ」

ましてや飛鳥の朝廷に仕える者が蛮夷の剣など()けるものではなかった。


「ムダだよ」

「は?」

「お前たちは選ばれたのだ。誇りに思うが良い」

中大兄皇子の瞳がギラリと青く輝いた。

二人は息を呑んで腰砕けに床にヘタリ込んだ。

中大兄皇子が魔王である事を察してしまったのだ。

 (自分たちは魔王に選ばれてしまった)

もう逃げる事はできない。

背筋に悪寒が走り手足が震える。

二人は、自分たちが「悪魔への生け贄」である事をさとった。


「さあ食事にしよう」葛城皇子こと中大兄皇子は白い仮面のような顔を緩めて少女のように目を細める。

 采女(うねめ)たちが高坏(たかつき)の土器に載せた飯を運んで来た。

二人は自分たちに供えられた飯を呆然と見ていた。


「さあ、お食べなさい」

中大兄皇子は目を細めて二人をうながす。


(これは悪魔との契約の儀式ではないのか!)

食事がノドを通るはずもなく、無理に詰め込んでも飲み込み事ができない。

 二人はは水をかけて強引にメシをかき込んだが、すぐ吐き出した。

 顔もヒゲもメシつぶだらけになりながら血走った目で、仮面のように美しい中大兄皇子の顔を見上げる。


「さて、では行くよ」

中大兄皇子は明るい少女のような笑顔を見せて二人に背を向け、宮廷へと向かった。


 大極殿(おおあんどの)の扉の前。

そこでは(おど)けた官吏が入場前に太刀を預かっていた。

この者たちは中大兄皇子たちが仕込んだ道化師たちである。

 道化師たちが蘇我のイルカの前に来て頭を下げる。

「これは大臣様、太刀をお預かりしましょう」

 イルカが薄黒い顔を向けると、道化師たちがひっくり返えった。

 イルカはニヤリと大きく口を歪め、太刀を投げ渡すと機械のように歩き去って行った。


「恐ろしや…大臣はまるで鬼神のようじゃ」

朝廷の官吏たちは身をすくめた。


 イルカたちが中に入ると、門の警護をしていた犬養(いぬかい)たちにより宮殿の十二の門が全て閉ざされた。


 カマタリは屋根の上からその様子を見ている。

「これで蘇我のエミシの援軍は入れない」

カマタリの脳裏に、あの日の別れぎわに(まつり)の道を語った老政治家の姿を思い出した。

 はたしてあの老人は息子を殺されてどう動くのであろう?

あの要塞に閉じこもって皇軍を迎え討ち、海外から援軍を呼ぶのであろうか?

 国を分ける大戦の道を選ぶのか?それとも…

蘇我のエミシの姿に戦火の中に戻って行った山背大兄王の姿が思い出される。


 大極殿(おおあんどの)の玉座の手前には皇族たちが居並ぶ。その中には葛城皇子や間人皇女(はしひとのひめみこ)、大海皇子ら皇族の姿が見える。

 そのすぐ下座の大臣の席に蘇我のイルカの姿が見えた。

イルカに続いて朝服を着た様々な冠位の官吏たちが並び、女帝皇極天皇が玉座に着座する。


 三韓の使者たちが入場して来た。

いよいよ事変決行の時である。


 カマタリは長大な弓を持ち屋根の上に立ち上がった。

 式典の会場までは数百メートルほどある。

通常ならばとても弓で狙える距離ではないが、カマタリの弓ならば問題無かった。

 鹿島ではこの弓で沖の鯨を仕留めた事もある。

 だが果たして魔族と化してしまった蘇我のイルカにこのような武器が通用するのであろうか?


 あの聡明だったイルカは薄黒い顔に変わり、まるで生きる屍のような姿で薄ら笑いを浮かべて玉座を見つめている。

(あんな姿になっちまって…)


「せめて俺が送ってやるしかない…か」

 カマタリは投げ槍のような巨大な矢を番えると一気に弓を引き絞る。

長大な梓弓がグン!と満月の様にしなり、弓弦がキリキリキリと悲鳴を上げた。


 カマタリがイルカの胸に矢尻の鋒を向けたその時、蘇我のイルカはギラリと光る(ひとみ)をカマタリに向けてニヤリと笑った。


 カマタリが「あっ!」と手をゆるめたその瞬間、巨大な影がカマタリに噛みつき屋根に叩き付けられる。


「魔物か!」


 噛み付いているのは巨大な十本尻尾の狐だった。

カマタリはとっさに(えびら)から矢を引き抜くと怪物の顔に矢を突き立てた。

「ギャッ!」と悲鳴をあげて妖狐は飛び退いた。

 妖狐はたちまち唐衣(からぎぬ)姿の妖艶な美女に変わる。


「ちょっとお!人間のぶんざいで、よくも百済王妃であるこの私の顔に傷を付けたわね!」


「百済王妃だと?!」

 百済を破滅に導いたという魔物の王妃の正体は十本尻尾の巨大な狐であったのか!


 噂には聞いていたが、百済の王室は贅沢の限りを尽くし、王侯たちは政治を疎かにしていると言う。

 まさか本当に百済は妖狐に取り憑かれていたとは!


 百済王妃を自称する女が顔の矢を引き抜くと、顔の傷は煙を上げてたちまち修復してしまう。

 (やっかいな相手だな…)

カマタリは折れてしまった鎌に手を添えた。

この鎌なら倒せるかもしれないが…


 百済王妃の瞳が緑色に光り霧の様な突風が全身を渦巻くと、再び巨大な妖狐と変わる。

 周囲に様々な妖怪や鬼、夜叉が現れてこちらに飛びかかって来た。


「ほう、幻覚も使えるのか」

もちろんカマタリにそんな物は通用しない。

 カマタリは神眼を使い妖狐の姿を眺めると、十本もある尻尾に強力な魔力を感じとった。

 「あそこか」

カマタリは長大な弓に矢を(つが)え満月の様に大きく引き絞る。


 妖狐は妖怪の群れに紛れて巨大な口を開いて飛びかかって来る。


 カマタリの矢がバン!と唸り、巨大狐の尾を一本切り飛ばした。

「ギャッ!」と悲鳴を上げると漢人の服を着た小柄な少女がコロコロと転がった。

「あ?」

なんと、妖艶な百済の王妃も、巨大な十本尻尾の妖狐も、全てこの少女が化けた姿だったのである。


「ちょっと!邪魔しないでくれるぅ!」


「あ、しゃべった」

魔獣としてはまだ若い。年齢もまだ500歳ていどの幼い妖狐の転生体に見える。

(同族かよ……)カマタリは呆れながら困った。


「おいおい、イタズラが過ぎるぞ、お嬢ちゃん」


「うるさい!せっかくの私のオモチャを殺そうとして!許さないからね!」

オモチャ?まさか蘇我のイルカの事か?!


「蘇我大臣を魔物にしたのはお前か?」

急にカマタリの顔色が変わる。


 妖狐の少女はカマタリの殺気にビクッとたじろぎながら後退(あとず)さりする。

「わ、私はただ百済王室で面白可笑しく暮らしてただけだよ!」


 カマタリは呆れた。

本人は無邪気で悪意は無いのかもしれない。

だが魔物の悪戯(イタズラ)というものは人間にとって害悪でしか無い。

 この妖狐のイタズラのせいで百済の民は苦しみ国が滅びようとしているのか。

そして今、この国を同じように…


「おいこら!イルカを元に戻せ」

カマタリは弓に矢を(つが)えて妖狐の少女に向けて引き絞った。


「冗談じゃないわよ!人間風情が!」

妖狐の少女の瞳が緑色に光り霧の様な突風が少女の全身を渦巻いた。

 (変身する気か?)

だが何の変化も無い。

「あれ?」妖狐の少女はキョロキョロと全身を見回す。

 どうやらカマタリに尻尾を一本切り落とされてしまったために巨大な魔力のバランスが崩れて変身できなくなってしまったようだ。


「さて、ではお前を退治するしか無えかな」

カマタリは弓矢を向けながらヒヒヒと笑う。


「チクショウ!」妖狐の少女はピョンピョンと飛び跳ねながら屋根の上で地団駄(じだんた)を踏んだ。


「畜生界の神にチクショウと言っても効くワケ無えだろ」


「畜生界の神?」妖狐の少女は首を傾げる。


 その時、ドン!と轟音が響いて屋根が飛び散った。

「なんだ?!」

見上げると、屋根の上にもう一匹の巨大な魔物の狐が現れていた。


「もう一人居たのか!」


 この魔狐が明らかに違うのは全身に黒い対魔の紋様が描かれてあり、プロテクターの様な甲が要所要所に着いている事だ。


「こりゃヤバそうなのが出て来やがったな…」

 カマタリは振り返ると妖狐の少女に向かって叫ぶ。

「ここは危ねえ!あっちに行ってろ!」

カマタリに怒鳴られ妖狐の少女はチョロチョロと転がるように屋根の上を逃げ回る。


 カマタリは片手で丸太のような巨大な梓弓を振り回しながら走り出し、仮面の魔狐へと打ち込む。

 弓を振り回すだけでブン!と衝撃が走る。恐るべき膂力(りょりょく)だ。

 仮面の魔狐は打たれる瞬間、巨大な黒い翼を広げて空中に飛び上がった。


 カマタリの弓の打撃は空を切った。

「飛べるのか!」

 カマタリはすかさず数本の矢を取ると魔狐の翼を狙い空に向けて立て続けに矢を放つ。

 ビョウ!と高速の巨大な矢の群れが飛び来るが、魔狐は空中で矢を噛み砕いてしまう。

「なにっ!」

 手槍ほどもある巨大な矢を魔狐は難なく噛み折ってしまったのだ。


(コイツは強い!ひょっとして新羅の大軍を破ったという魔物はコイツか…)


「ならば!」カマタリは鎌の柄を帯から引き抜くと獣人体に変身する。


「え?!」

妖狐の少女が目を丸くした。


 獣人体のカマタリは金色の翼を開いて空に飛び上がる。

空中に二匹の魔獣が浮かんだ。


「金色の翼…獣神!」

妖狐の少女がようやくカマタリの正体に気づいた。

まさかカマタリが自分より格上の神霊体だとは思って無かったようだ。

 魔狐と獣神霊の出現に妖狐の妖狐の少女は口をあんぐりと開いた。


 カマタリは空中で鎌を構える。

やはり鎌の刃は折れていた。

(…これで倒すしかねえか)

鎌を差し出し身を低く屈める。


「その鎌は…」

巨大な魔狐がつぶやく。


「なんだ?」


 魔狐から殺気が消え、静かに元の屋根の上に舞い降りる。


カマタリも屋根の上に降りた。


魔狐は変身を解き、仮面をかぶった男の姿に変わった。

「転生体だったのか!」


 仮面の男は精悍な姿に長い銀髪。全身には入れ墨が描かれていて、どことなく東国蛮夷の神官に見える。


「その鎌を見せてくれ」

仮面の男は入れ墨だらけの腕を差し出して来た。


「鎌を?」

敵…ではないのか?

こうして見れば実直そうな男にも見える。

カマタリは鎌を渡すと、仮面の男はジッと鎌を見てつぶやいた。

「これはフツのミタマ…」


 フツのミタマ?


〜49 大極殿(おおあんどの)の魔獣〜完



 (=φωφ=)あとがき。

というわけで、ようやく乙巳の変ですが、なぜか小狐丸と玉藻さんが登場ですね。

キツネだらけ!


 > 海外からの来訪者は軍事要塞群を見せつけられ

これも推測ですねえ。

飛鳥宮の正門から海に向かう方向に蘇我本家の「城」が見えたはずです。


 > 佐伯(さえき)(さえ)ぎ」に通じる。

これは推測ですのでじっさいは分かりませんが、たぶん宮廷に使える武人でしょう。

じっさいに彼らに命じたのは中臣鎌足です。


 > 皇極天皇もまた衣装を脱ぎ

皇極天皇は軽皇子の姉なので、年齢は、まぁ…


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