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48 カシマの戦士

【登場人物】

 中臣鎌足(カマ様)

人間に転生した天魔の神『天狐(あまつきつね)』東国の獣神であり人間体でも魔物を圧倒できる身体能力を持つ。


 額田姫王(ぬかたのひめみこ)

中大兄皇子の妻であり、神の歌「言霊」を使う少女。

琵琶湖の龍王女の転生体である。


 葛城皇子(中大兄皇子)

女性と見まごう白く美しい外観に凶悪で残酷な内面を持ち合わせる。

額田姫王や倭姫王の夫であり魔族を率いる魔王でもある。


 チビコマチ(小野小町)

額田姫王に歌を学ぶため飛鳥時代に連れて来られた平安時代の少女。

巫女舞風の装束を身にまとい「言霊」を使う。


 厳 (ゴン)

春日の森で「鬼神の塚」を守る片目の野守。

なぜかチビコマチのお供をしている


 鈴鹿御前(倭姫)

天照大神の依代であり第六天魔王の一人。

なぜか高位天魔を人間に転生させて飛鳥の都に集結させている。

この時すでに五百歳を超えている美女。

「…がれ…」

何かの声が聞こえた。


「下がれ…」

はっきりと聞こえた。


 赤ん坊のチカタが葛城皇子を鋭い目でジッと見ていた。

 今まで常に無表情だった葛城皇子が初めて驚いた顔をしている。


 チカタがしゃべっていたのか!

…いやこれは心で念じた声だ。

 まさか天魔の力!

チカタはすでに神として目覚めていたのだ。


 額田姫王(ぬかたのひめみこ)はとっさに葛城皇子からチカタを奪い取った。

瞳が青く輝いている。

 天魔の発現か…いや子を守ろうとする母親の眼に見えた。


「皇子、もうおやめください」

カマタリは額田姫王(ぬかたのひめみこ)たちを守るように立ち塞がる。


「まぁ良い」葛城皇子の背後に真っ暗な穴が開いた。

「お前の運命が変えられるとは思うなよ。カマよ」

そう笑うと葛城皇子は地獄の井戸の闇へと消えた。


「俺の運命?」

やはり葛城皇子の目当ては俺か…なぜだ?

 あれほどの強大な力を持つ魔王が、なぜ俺みたいな田舎の獣神などにつきまとうのか?

カマタリには理解ができなかった。


 額田姫王(ぬかたのひめみこ)はチカタを抱いたまま固まっていた。目がギラギラと青く光っている。

「もう大丈夫だ」

カマタリが肩を抱き落ち着かせると額田姫王(ぬかたのひめみこ)は「ハッ…」と息を注(つ)ぎ、カマタリの腕に顔を押し付け泣きだした。

「ずっとここに居ればいいさ」

カマタリの言葉を聞くとチカタは目を閉じて眠った。


 しばらくの時間が過ぎた。

あれからずっと額田姫王(ぬかたのひめみこ)はチカタと共に、王妃の居た離れに隠れるように住んでいる。

 チカタはすでに立ち上がって歩ける。額田姫王(ぬかたのひめみこ)はチカタを夢中で育てていた。

 まるでチカタに取り憑かれたようだ…

中臣の家人たちはチカタを気味悪がった。

「魔物の子か…」


 軽皇子からカマタリに呼び出しが来たのはその頃である。

「来たか…」

 おそらく蘇我本家の処分(しょぶん)の話であろう。

そして中大兄皇子からの命令が下るはずだ。


 朝廷が蘇我大臣を処分しようとするならば神祇伯(かみつかさのかみ)である中臣にも祈祷やら鎮魂やらの「後始末(あとしまつ)」まで含めた儀礼的な意見も求められる。…表向きは。


 老父、中臣御食子(なかとみのみけこ)に代わりカマタリが出席する事にした。

 中大兄皇子相手にはカマタリではとても勝ち目が無い。

 こちらとしては直接話し合うしかないのだ。

その間だけは額田姫王(ぬかたのひめみこ)にもチカタにも手は出さないはずだ。

 だかそれはカマタリ自身が蘇我イルカを暗殺する事になる。そういう事だ。


 軽皇子の屋敷は以前よりも兵士の数が増えていた。

噂では山背大兄王の戦力を吸収していると聴く。反蘇我大臣連合の誕生である。


 庭には間人皇女(はしひとのひめみこ)の乗る輿(こし)が見えた。

 あの屋敷の中には中大兄皇子も居られるであろう。


 部屋に入ると、やはり葛城皇子が軽皇子の隣席に居た。


葛城皇子は目線も合わせずカマタリに命ずる。

「カマよ、我が側に侍(はべ)るが良い」

カマタリは葛城皇子の近くの壁側に着座した。

 もはや中大兄皇子の手下の一人となってしまった感はある。


 席に着いた一座の顔ぶれは以前と少し変わっている。

やはりイルカの姿は見えない。


 軽皇子は、美しい皇女の間人皇女(はしひとのひめみこ)を侍(はべ)らせ上機嫌(じょうきげん)で演説を始める。


 蘇我の大臣(おとど)は自分の甥である山背大兄王と上宮王(かみつみやのおおきみ)家を滅ぼし、さらに自宅を城塞化(じょうさいか)して軍備を増強し、朝廷の官吏(かんり)たちを自宅に呼び出し勝手に冠位(かんい)を与えている。

 これは蘇我氏が天下を乗っ取ろうとする行為である。

 そういうことらしい。


 大臣である蘇我氏から見れば政治を効率化するための政教分離であり、魔王中大兄皇子に対する自主防衛でもあるのだが、朝廷から見れば反逆とも取られかねない行為ではある。


「それで、いかがなさいますか?軽皇子」

葛城皇子は軽皇子のアジテートを遮(さえぎ)り問いかけた。


「大逆賊(だいぎゃくぞく)、蘇我の大臣(おとど)イルカを討つべし!これは尊王(そんのう)の闘いである!」

 軽皇子は机をバン!と強く叩いた。

葛城皇子はゆっくりとカマタリの方を向いてフワリと微笑んだ。


 甘樫丘(あまかしのおか)

標高140メートルほどの丘である。

ここに蘇我のエミシとイルカ親子は邸宅(ていたく)を並べたと言われる。

 丘の上の邸宅(ていたく)は「宮門(ミカド)」と呼ばれ、砦のような垣(かきね)を築(きず)き門には武器庫を置き、その警備の数は常時五十人を超える。

 蘇我本家周辺一帯は、まさに軍事基地と化していた。


 その夜カマタリは蘇我イルカの邸宅に忍び込んだ。

多数の兵士が行き来して警備している。まるで要塞だ。


 警備の舎人に見つかった。

「おい!お前……え…」

カマタリが手をかざしただけで意識を失って倒れる。

眠らせただけだ。


 その様子を屋根の上から見ていた者がいた。華やかな唐風(からふう)の衣装を着た妖艶(ようえん)な女性であった。

ニヤリと笑うと緑の目が光った。


 屋敷を見回ると奥に灯(あか)りの灯る部屋が見えた。

「大臣(おとど)、中臣のカマにございます」


「入れ、開いている」


 カマタリは中に入るがピタリと足が止まる。

蘇我のイルカはジッと立ってカマタリを見ていた。

灯火に煌々(こうこう)と照らされた部屋は雑然と散らかっていた。

何か異様さが漂っている。


「俺はあなたを殺す事になった」カマタリから話を切り出す。


 イルカはジッとカマタリを見ていた。

「……葛城皇子の命令か?」

カマタリはうなずいた。


「葛城皇子は魔物に魂を売ったと聞く。この国では誰も中大兄皇子(葛城皇子)に逆らえる者は居ない。いずれこの国も彼ら魔族のものになるだろう」


 カマタリは黙った。

いったい中大兄皇子は魔物を集めて何をしようとしているのだろうか?

 額田姫王(ぬかたのひめみこ)も鈴鹿御前(すずかごぜん)も、中大兄皇子はこの国の未来に必要な人物だと言っていた。

 それは天魔の国を創るという意味なのか?

それとも…

 魔物の国に作り替えると言う意味か?


「カマ、百済で大乱が起き、百済の王族、豊璋(ほうしょう)が我が朝に逃れて来た話は知っているか?」

蘇我大臣イルカが唐突(とうとつ)に話を変えてきた。


「豊璋(ほうしょう)王子については親父の話で聞いた事はあります」


「百済で大乱が起きた理由は分かるか?」


「王たちは家臣の意見を聞かず、軍備を疎(おろそ)かにして、贅沢(ぜいたく)にふけっているとの噂ですね」


「なぜそうなってしまったと思う?」


「…それは分かりません」


「百済が魔物の王妃を迎え入れたからだよ」


「何だって!」


「強い魔物を引き入れれば軍備の必要も無く、家臣の無駄な意見も必要なくなる。それも道理じゃないかな。カマよ」


 イルカはまるで機械人形のように語る。

カマタリは戦慄した。

これが、あの聡明(そうめい)な蘇我のイルカの意見なのか?信じられない!


「もう考える必要は無いのだよカマ。あとは実行するだけだ」


「実行?」


「中大兄皇子は私をおびき寄せて殺そうと考えてるんろう?私はそれを利用してやるのさ」


 利用する?……

まさかあの葛城皇子を上回る策があるとでも言うのだろうか?

 カマタリは不吉な予感を感じた。


「百済の王子豊璋(ほうしょう)に頼んでその魔物を飛鳥へ呼び寄せた」


「異国の魔物を!まさか!」

まさか大臣が首都に魔物を呼んだというのか!


「豊璋(ほうしょう)の話では、魔物ただ一人の力で新羅の軍勢を皆殺しにしてしまえるそうだ。よもや中大兄皇子にも負けはしまい」


 (百済はもう滅びている)

先日の葛城皇子の言葉がカマタリの脳裏によみがえる。

 百済が魔物に取り憑かれたという意味だったのか!


「今の百済を滅亡寸前まで追い込んでいるのはその魔物のせいです!この国が滅びます。おやめ下さい」

カマタリは正面からイルカに向かい合う。

 イルカは机を蹴(け)倒した。

信じられない力で机は二つに割れる。


「ならば黙って中大兄皇子の言いなりになっているお前は何なんだ…」

イルカの目が緑色に光り表情に一瞬、魔物の顔が浮かんだ。獣霊(ケモノのれい)の臭いがする。


 すでに取り憑かれていたのか!


「厩戸(うまやど)の皇子だって四鬼神(シキガミ)を従(したが)えて物部(もののべ)軍を打ち破ったと聴く、ならば私もそうすれば良いだけの事だ」

 イルカは天を仰ぎ呵呵(カカ)と笑った。


 森の木々が繁っている。

梓(アズサ)の古木を見つけた。

 カマタリは折れた鎌を取ると梓(アズサ)の木をスパリ!と切り倒し、刃を差し込んで割り削った。

 鎌は四鬼神との戦いで折れたとはいえ驚異的な切れ味だった。


 梓とは水目桜(ミズメザクラ)と言い、桜材に似た樹木である。非常に弾力があり、古代の弓の材料とされていた。

 削ると刺激臭(しげきしゅう)が鼻を突く。

この強い臭いが魔を払う。だからこの丸木弓が現代でも神事に使われている。

 カマタリは柾目(まさめ)を選び形を整える。


 折れた鎌だけで魔物と戦うのは難しい。

 それに…

額田姫王(ぬかたのひめみこ)はもう戦えないかもしれない。

 彼女はすっかりチカタの『母親』になってしまったのだ。

 チカタのためなら命も捨てるし、チカタを危険な目に遭(あ)わせる事も無い。


 コマチもあれ以来、プツリと現れなくなった。

 おチビちゃんは何かを恐れているのだろうか?

 ふとチカタの顔が目に浮かぶ。

カマタリはそれを打ち消すように一心に木を削った。


(母親や子供が暗殺などに加担(かたん)すべきでは無い)

カマタリは母の残した折れた鎌を見つめる。


「一人でも戦うさ」

 カマタリの奥にある鹿島の戦士の血がそう言うのだ。


 弓を反らせて太い麻紐(あさひも)を張ると、出来上がったのは身の丈の倍もある長大な丸木弓である。

太さは子供の腕ほどもある。弓の弦(ツル)も麻紐(あさひも)というより麻縄(あさなわ)のようだ。

 そこに手槍ほどもある長大な矢を番(つが)える。

もちろん常人の引ける張力(ちょうりょく)ではない。

 カマタリは巨大な梓弓(あずさゆみ)を軽々と引き絞った。


 百済を滅亡に導く大魔物。

それがこの飛鳥の都に来て、大臣蘇我イルカに取り憑(つ)いてしまった。

 カマタリが杉の梢(こずえ)を狙って弓を引き絞り矢を放つと、矢はビョウ!と呻(うな)って遥(はる)か彼方の杉の梢(こずえ)をパン!と断ち切った。

 二つに折れた木の梢(こずえ)はドサドサと木々の隙間(すきま)を転がり落る。

まるで人間の首が落ちるようだとカマタリは思った。


(俺は蘇我のイルカを殺すかもしれない…)

カマタリは青い空を仰いだ。


〜48 カシマの戦士〜 完

 (=φωφ=)あとがき。

というわけで次回いよいよ乙巳の変ですね。

予定では。


 > 百済の王子豊璋

 皇極天皇(中大兄皇子たちの母)の時代に百済の義慈王の弟の塞上が悪さをし〜

 また高句麗では大臣のイリカスミが大王を殺し〜

などなど周辺国でも政変や大乱が起きている訳ですが、この豊璋は日本に逃れて「そのまま人質になっておれ」と居残った王子で、その後、百済復興を夢見て日本軍を引連れて韓半島へ進撃。そして白村江の敗戦の後に高句麗に逃れ、その高句麗もまた…

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