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43 新陰流 無刀取り

【登場人物】

 中臣鎌足(カマ様)

人間に転生した天魔の神『天狐(あまつきつね)

自在に飛行する鎌を使い、人間体の能力だけで鬼人や魔物を圧倒できる身体能力を持つ。


 額田姫王(ぬかたのひめみこ)

中大兄皇子の妻であり、神の歌「言霊」を使う少女。

琵琶湖の龍王女の転生体である。


 葛城皇子(中大兄皇子)

女性と見まごう白く美しい外観に凶悪で残酷な内面を持ち合わせる。

額田姫王や倭姫王の夫であり魔族を率いる魔王でもある。


 チビコマチ(小野小町)

額田姫王に歌を学ぶため飛鳥時代に連れて来られた平安時代の少女。

巫女舞風の装束を身にまとい「言霊」を使う。


 厳 (ゴン)

春日の森で「鬼神の塚」を守る片目の野守。

なぜかチビコマチのお供をしている


 鈴鹿御前(倭姫)

天照大神の依代であり第六天魔王の一人。

なぜか高位天魔を人間に転生させて飛鳥の都に集結させている。

この時すでに五百歳を超えている美女。


「ホッホッホッ。貴様ら人間の姿をしておるが(ヤマト)国の天魔じゃな」

 赤髪の河童(カッパ)が赤いヒゲをなでながら語り出した。


「しゃべれるのか!」


「カマ様!あれは『水鬼』です!」

チビコマチが背後から叫ぶ。


「水鬼…?、あれが昔、厩戸皇子の召喚した四鬼神(シキガミ)か!」


 『水鬼』は激流を操り、軍勢を押し流し陸の上で溺れさせたと聞く。

相手が水ではどんな強力な兵器を持っていようと防ぎようが無い。

水鬼一匹で軍隊を壊滅させることができると言える。


 「水鬼が水を操る。ならば話は簡単だ。水流より早く切り裂けば良いだけだ」

カマタリは左手を正面にかざし、鎌を脇に構えた。


 その時、頭上にゴウ!という轟音が響く。

カマタリはハッ!と気づくとチビコマチを抱きかかえて跳び退いた。

 空中から巨木の様な金砕棒(かなさいぼう)が振り下ろされ、爆音と共に地面が弾け飛び、地鳴りが斑鳩寺の瓦を雪崩の様に崩し巨大なクレーターが現れた。


「何っ!」


「カマ様!あれは『金鬼』です!」

チビコマチが叫ぶ。


 鬼はもう一匹いたのか!

暗い闇夜の夜空をすかし、黒い巨大な影が動くのが見える。

黒い巨人の金色の髪が闇に浮かび、巨大な瞳がギラりと光った。

 金鬼は再び巨大な金砕棒(かなさいぼう)をゴウ!と振り下ろす。

「危ねぇ!」

 カマタリは獣身化し、チビコマチと額田姫王(ぬかたのひめみこ)を両脇に抱き抱えると数十メートルほど飛び退いた。


「ちょっと!どこ触ってんのよ!無礼者!」

額田姫王(ぬかたのひめみこ)がポコポコとカマタリを叩く。

「まてまてまて!」

カマタリは額田姫王(ぬかたのひめみこ)を肩に乗せ直した。

 災難である。


 人に逢はむ 月の無きには 思ひおきて

   胸はしり火に 心焼けをり

    『走り火!』

チビコマチはカマタリに抱き抱えられながら言霊を詠唱すると、空中を炎の筋が走り金鬼の顔面を焼いた。

 だが水鬼の操る水の幕が現れて、走り火の炎を遮断してしまう。

「チッ!火が効かねえのか!」


 水鬼が庭石の上でのんびりアグラをかいて水のリングをグルグルと操る。

「人間のぶんざいでなかなか見事な術を使うのう、ホッホッホ」


 水鬼がリングをヒョイと投げると水の竜巻が四つに分かれ、前後左右から同時に挟み討ちに迫る。

カマタリはジャンプして回避しようとしたが、とっさにそれが罠であると気づいた。

 見上げれば頭上から金鬼の金砕棒(かなさいぼう)が、狙いすまして振り下ろされて来る。

 「しまった!」


 かからむと かねて知りせば 大御船(おほみふね)

  ()てし泊に 標結(しめゆ)はましを

  『標結(しめゆい)


 額田姫王(ぬかたのひめみこ)が言霊を詠唱すれば、全周囲に光のリングが周囲を囲い、水竜巻と鉄砕棒をまとめてガキン!と弾き返した。


 「むっ…」金鬼の黒い巨体がズシン!とよろめいた。


「スゲぇ…まさか四鬼神(シキガミ)を凌駕する魔力とは、こいつはたまげた」


「ほーっほっほ!ただケダモノになるだけしか能が無い貴方と私では魔術の格が違ってよ!」

 額田姫王(ぬかたのひめみこ)はカマタリの肩の上で自慢げに見下す。


「それ、今言う事か?」


「黙って見てらっしゃい!行くわよ〜」

額田姫王(ぬかたのひめみこ)はピョン!とカマタリの肩から飛び降りるとノリノリで歌を詠みはじめる。


 熟田津(にきたつ)に 

  船乗りせむと 月待てば 

 潮もかなひぬ 今は()()でな

    『満ち潮!』

 広大な庭一面に海が現れ、大波と渦潮が水鬼を押し流し、金鬼の膝を掻き立てる。

 大量の激流は斑鳩寺の仏塔を渦に巻き込みバキバキと押し倒してしまう。

 だが水鬼はピョンと水の上に飛び乗り、ヒョイヒョイと水上を歩き出した。

 どうやら龍王女の水流も全く効いて無いようである。


「スゲえ、これが龍王女の水流……いや、というか水を使う鬼に水で攻撃してどうすんの!」


「う!うるさいわね!あなたはそっちの大きいのを片づけなさい!」額田姫王(ぬかたのひめみこ)は顔を赤らめて怒鳴った。


「はいはい」

 カマタリが振り返ると金鬼が巨大な金砕棒(かなさいぼう)をゴウ!と叩き込んで来る。

カマタリは鎌の背で金砕棒(かなさいぼう)をガキン!と受け止めた。

 「ドーン!」と雷鳴のような爆発音が轟き、後ろに居たチビコマチがその衝撃波でひっくり返った。

 「退がってな!おチビちゃん!」

 金砕棒(かなさいぼう)と鎌のパワーとパワーがぶつかり合い、ババババ!と激しく火花が散った。


「うおりゃあ!」

 獣身化したカマタリが鎌を横に払えば、金砕棒(かなさいぼう)は横に流され金鬼の巨体がよろめく。


「うわ、カマ様すごっ!」

獣身化したカマタリはパワーとスピードではこの金鬼に勝る。

 チビコマチはそれを見届けると額田姫王(ぬかたのひめみこ)の元へ走った。


 激しい爆音と火花を散らしカマタリは金鬼の攻撃を受け止める。

 さすがの金鬼も焦った。

「まさかこのような獣神ごときに力負けするとは!」

 金鬼はさらに大振りに金砕棒(かなさいぼう)を振り回して来た。

 カマタリはそれをヒョイと退き余すと、金鬼は勢い余って空振りし、盛大に地面に叩き込む。

 轟音と共に土煙が舞い上がった。

その爆煙の中にカマタリは飛び込むと金砕棒(かなさいぼう)の上に飛び乗り、金鬼の腕を駆け上がり首を横一文字に薙ぎ払う。

 ガキン!という激しい音と共に火花が散り、金鬼の首の皮膚にカマタリの刃は跳ね返されてしまう。

 さすがの金鬼もズズーンと音を立てて転倒すが、カマタリもまた弾き返されて吹き飛ばされ地面を転がった。

「なんちゅう硬さだ!」

 パワーとスピードならばカマタリの獣身体は負けてない。だが、こちらの攻撃が全く通じない。

 鎌を正面に構え直すが、見れば鎌の刃が半分に折れていた。

「あら?…」


「むう」と唸って金鬼が起き上がり再び金砕棒(かなさいぼう)を振り上げる。

首を切ったのに全くダメージが無い。


「やべ…」

カマタリの頭上に金砕棒(かなさいぼう)が打ち下ろされた。


 ヒッヒッヒと水鬼が水の上で笑った。

「水を増してくれるとはありがたい話じゃな」

水鬼は赤いヒゲを撫でるとクルリと指を回す。

 額田姫王(ぬかたのひめみこ)の出した水流は水鬼の手によって庭の巨岩や土砂、屋根瓦や木片を巻き込んで水を集めると、巨大な黒い土石流の渦となって額田姫王(ぬかたのひめみこ)とコマチに向かって来る。


   『(ころも)の関!』

 チビコマチは言霊の空気の断層で防ごうとしたが、巨大な土石流に軽々と突破されてしまう。

 額田姫王(ぬかたのひめみこ)はチビコマチを引き寄せると言霊を詠む。


  『標結(しめゆい)


 強力な光のリングのバリアによって岩や瓦礫や土砂を含んだ大量の土石流は防がれ、左右に流れた。


「ふふっ」

額田姫王(ぬかたのひめみこ)はバリアの中で勝ち誇ったように笑う。


 水鬼も「ホッホッ」と笑いながらバリアの上からズンズン土砂や岩石を積み上げて行くと、やがてバリアは土砂に埋まり始めた。

 額田姫王(ぬかたのひめみこ)の表情が厳しくなり、チビコマチを引き寄せる。

姫王(ひめみこ)さま…」

チビコマチは額田姫王(ぬかたのひめみこ)の手にすがりついた。


 土砂と岩がズンズンと積み重なり、たちまち額田姫王(ぬかたのひめみこ)たちは膨大な土石流で埋まってしまった。


 水鬼が上に向けて指先をクルクルと回すと土砂の山から水の竜巻が四方に飛び去る。

 その跡はコンクリート状にカチカチに固まった石や瓦礫の山が残った。


「そのままそこで埋まっておれ、後で遊んでやるわ」

水鬼はペタリと地面に降りた。


 闇の奥ではゴンと大伴細人(おおとものほそひと)の戦いが続いていた。


 大伴細人(おおとものほそひと)が小さな飛礫(ツブテ)を投げつける。

 ゴンは太い腕で弾き飛ばすが、そこに大伴細人(おおとものほそひと)が低く飛び込み、短刀で腹を刺して来た。


 ゴンは小手を掴むなりクルリと身を転じて膝を蹴る。

 大伴細人(おおとものほそひと)は投げられながら回転受け身で空転し、浴びせ蹴りでゴンの首を蹴った。

 蹴りはゴンの横顔をかすめ、血がゴンの頬を伝わって流れる。

 一瞬の早業(はやわざ)の応酬である。


「ほう強いのう!それに奇妙な術を使う!」

大伴細人(おおとものほそひと)は感嘆の声を上げた。


 骨法とは武芸や芸能の基礎であり真髄を表す言葉である。文字通り武芸の成り立ち。背骨(バックボーン)を意味する。

 軍事貴族である大伴家の家伝の武技は、古代の実戦で磨かれたシンプルで荒々しい格闘技であった。


 だがゴンの使う技は違っていた。

まるで舞のような洗練された優美さがあった。

 不思議である。この下賤の民の動きからは、まるで千年の歴史の深みすら感じる。


 「ここで絶やすには惜しい術じゃのう」

大伴細人(おおとものほそひと)は油断無く短刀を正面に向けて構えた。


 (来る…)

ゴンは大伴細人(おおとものほそひと)の構えから殺気を見て取った。


 ……あれは数年前の満月の夜の事である。

ゴンは一人で春日の(もり)の外れにある小さな池で街道警備の野守(のもり)をしていた。


「もうじき倭姫(やまとひめ)様というお方がおいでになられるそうな。お前たちは街道の見張りをしておれ」


 そう朝廷の舎人(※)から言いつけられてゴンの村の男たちも、あちこちに駆り出された。


(※)舎人:下級役人や貴族の従者


 あの夜、ゴンは一人、棒を片手に街道沿いの池に映る月を眺めていた。

 自分の姿が月明かりに照らされ水鏡に映っていた。

ススキの穂が水面に垂れると月がユラユラとゆらめく。


 不思議だ。月の光は天空でつながっている。

自分もまた天空と一体な気がしてきた。


 ゴンの心は遥か天空の月へと飛んだ。

いつの間にか月と自分が一体となって、天空から池をながめる自分の姿が見えた。


 ふと見ると塚の上にボウと光る人影が見える。

驚いて目をこらすと、美しい女神が小さな塚の上に(あら)われ、こちらを向いて微笑んでいる。

 白い衣装に金の飾りをかぶり、大量の勾玉の付いた首飾りを下げ。長い銀の髪は風も無いのにフワリと浮かんでいる。


 (神か?!)

ここには鬼神が棲むと聞く。

あれはまさに太古の神に違いない。

 ゴンは地にひれ伏した。


 そして一人の老人が現れた。

見た事も無い奇妙な服と髪型である。

 刀を腰に二本差し、白髪の頭はてっぺんが禿げており、なぜか頭の上に棒のような(まげ)を乗せている。肩の布は三角に張り出し、折り目の付いた下履きをはいていた。

足には白い布の(クツ)を履いている。

 見た目は質素だが、素材は絹だろうか。着物の布は薄く軽く、細かな模様が描かれており、とても高級な生地に見える。

 異人の貴族だろうか?


 白髪の老人は立ち止まると「ほう!」とつぶやいた。

「まるで我が息子に生き写しだ…」

 老人の表情がゆるんだ。


 あの夜。

その老人から学んだ技と心持ち。そして未来の日本の姿。

 ゴンは自分の役目とこの国の未来を知った。


 (未来は自分が守る)

あの一夜から、老人から学んだ術理の鍛錬を欠かした事は無い。


    『水月』


ゴンは闇の中、自分の心の水鏡に大伴細人(おおとものほそひと)の影を写す。

 見えない月光が周囲を一つに照らす。


ゴンは足をスルリと踏み開くと両手を下ろし身を沈めた。


  『新陰流…無刀取り…』



〜43「新陰流 無刀取り」〜 


 (=φωφ=)あとがき。

 いきなり柳生但馬守が登場。

じつはゴンさんは千年後の子孫に柳生新陰流を学んだのですね。

 そしてその技こそ極意、無刀取りでした。


 > 春日の(もり)の野守の池

これは十兵衛さんがタイムスリップしてきた「春日の『ミトリヶ池(野守の池)』ですね。

月の映る池を打つススキの穂を見て柳生宗矩は水月の極意に開眼したと言われます。

 その時、ゴンさんと繋がったのですね。


 >大量の水は斑鳩寺の仏塔を押し倒し

法隆寺を壊したのは額田姫王(ぬかたのひめみこ)様でした。

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