42 聖徳太子流兵法
【登場人物】
中臣鎌足(カマ様)
人間に転生した天魔の神『天狐』
自在に飛行する鎌を使い、人間体の能力だけで鬼人や魔物を圧倒できる身体能力を持つ。
額田姫王
中大兄皇子の妻であり、神の歌「言霊」を使う少女。
琵琶湖の龍王女の転生体である。
葛城皇子(中大兄皇子)
女性と見まごう白く美しい外観に凶悪で残酷な内面を持ち合わせる。
額田姫王や倭姫王の夫であり魔族を率いる魔王でもある。
チビコマチ(小野小町)
額田姫王に歌を学ぶため飛鳥時代に連れて来られた平安時代の少女。
巫女舞風の装束を身にまとい「言霊」を使う。
厳 (ゴン)
春日の森で「鬼神の塚」を守る片目の野守。
なぜかチビコマチのお供をしている
鈴鹿御前(倭姫)
天照大神の依代であり第六天魔王の一人。
なぜか高位天魔を人間に転生させて飛鳥の都に集結させている。
この時すでに五百歳を超えている美女。
643年12月
丙戌、亥時。夜10時前後だったと言われる。
大臣蘇我入鹿と軽皇子は兵を挙げ、突然山背大兄王を襲う。後世、大化の改新と呼ばれる戦乱から大変革の時代の始まりである。
それは聖徳太子の死後、推古天皇が後継者を決めずに崩御してしまった事から始まると言われる。
全ての皇族、王族、中央の豪族たちが天下を狙っている。
そんな時代の始まりである。
(※)十方暮:丙戌は十方の気が塞がり、天候が悪化すると言われる=十方闇
斑鳩宮。
斑鳩の広大な寺社群の中に山背大兄王の一族、上宮王家が住まう宮殿があった。
「こりゃまた皇居より立派だな」
カマタリは感嘆した。
聖徳太子や蘇我氏から引き継いだ強大な政治力と経済力の成果がそこにはあった。
なるほど、政府から目をつけられてしまうのもうなずける。
この聖徳太子の遺産もまた軽皇子や中大兄皇子たちに狙われているのだろう。
山背大兄王は、あまりにも偉大すぎるのだ。
斑鳩の外れ。
夜の丘陵の上を軽皇子は鎧も着けず馬を乗り回しながらあちこち指図していた。
(あのお方が兵を動かせるとは思えんが)
イルカはうんざりした顔で眺めていた。
軽皇子は葛城皇子としばらく話しをするとイルカのもとへ勇んでやって来る。
「イルカの大臣よ!まず上宮王家を寺から炙り出さねばならぬな!」
「はっ」
「それにはもっとも兵の数が多い蘇我の軍勢が斑鳩の諸寺を包囲して、風上より火をかけて山背大兄王を燻り出していただきたい」
イルカは驚いた。
(それでは蘇我が主犯にされてしまうではないか!)
「天皇の世を取り戻すための世直しだ。それが天下のためであるぞ!」
軽皇子は一喝する。
(自分の手は汚さぬおつもりか)
軽皇子は天下国家のためとは言うが、ご自分の空想する書物の中の天下ではないのか。
そのような空論を実現させようとすれば、苦しむのは民と国家であろう。
イルカはため息をつくと兵を四隊に分けた。
「準備が整いしだい西から火矢を放て、風下に待ち受け上宮王家を生け捕りにいたせ」
「む…」
軽皇子は舌打ちする。
(打ち殺してしまえば良いものを…)
軽皇子がクルリと馬をひるがえし背を向けるのをイルカは横目で見送った。
「火攻か…」
孫子曰く。火攻めとは敵の陣内より火を仕掛け、火が上がると同時に外より攻撃を仕懸ける。そういうものだ。
イルカは広大な寺社の杜を眺める。
しかし…軽皇子がこの様な作戦を思いつくとは考えられない。
おそらく葛城皇子の企みなのだろう。
だが夕方の風はすでにピタリと止み、風なんて吹いちゃいない。
見上げれば静かな星空が広がっている。
これで外から火攻めを仕掛けて、どれだけの効果があるのか?
(この葛城皇子の作戦は失敗するだろう)
イルカは聖徳太子の偉業を示す広大な寺社群を仰ぎ見た。
かく言うイルカの父、蘇我蝦夷もまた上宮王家とは反目し合っていた。
いや元はと言えば蝦夷が勝手に上宮王家の壬生部たちを使役した事にある。
壬生部とは皇位継承者を守るために組織された皇族のための兵士たちである。
それは皇族の私設軍隊とも言える。
上宮王家は蘇我氏の血統に近い。
大臣の蝦夷からしてみれば「これも蘇我氏の財産の一部である」と思ってしまうが、横取りされた上宮王家は当然反発した。
そして蘇我本家は軽皇子などに近付いて次の天皇の擁立を狙う。
そして大臣蘇我イルカが山背大兄王を討つ事になった。
じつにくだらない理由である。
イルカはため息を吐いた。
軽皇子は大軍を指揮しているつもりであるが、まだ自分が担がれただけの神輿である事に気づいておられぬのだろう。
そして蘇我氏もまた。
上宮王家を滅ぼせば、おそらくイルカ自身もただでは済むまい。
だが恐ろしいのは葛城皇子だ…
イルカは葛城皇子の方を向く。
葛城皇子は妹の間人皇女の居る輿の中に入って行くのが見えた。
呆れた顔で見ていたイルカの目に、ふと輿の脇からカマタリが額田姫王に怒られながら歩いているのが見える。
イルカは思わず馬を走らせる。
なぜそう考えたか?イルカにも分からない。
甲冑に身を包んだイルカがカマタリたちの前に馬を寄せて来る。
「カマよ」
突然のイルカの大臣の出現にカマタリはあわてて跪いた。
「そのままでよい、お前には頼みがある」
「頼みとは?」
イルカは少し小声になる
「斑鳩寺に忍び込み、上宮王家の方々を東国へ逃がせ」
「は…?」
見上げればイルカの顔は真剣だった。
「心得ました」
言うなりカマタリは闇の中へ走り去った。
なるほど志能便とはあの様な者を言うのか。
「仁義に非らざれば『間』を用ちうること能ず…か」
イルカは満足げにカマタリの消えた闇の向こうをジッと見送っていた。
「たのむぞ、カマ」
額田姫王はカマタリとイルカの間に不思議な信頼が結ばれているのを感じ微笑んだ。
斑鳩寺
現代の法隆寺を囲む広大な寺社群である。
聖徳太子の時代より整備され続けてきた、宗教や芸術、学問のみならず、医療や福祉まで備えた、実験的理想郷である。
「これが今夜、灰になるのか」
カマタリはこの異国風の聖徳太子の偉業を見上げた。
「これが燃えちゃうなんて、もったいないですねえ、姫王さま」
「お寺なんてまた建てればいいじゃない」
額田姫王の言葉にゴンがうなずく。
カマタリはボリボリと頭をかく。
「しかし、なんでアンタらまでここに居るんですかね?」
カマタリの後ろには額田姫王とコマチとゴンが居た。
「だってあなた一人じゃ山背大兄王の志能便に勝てないから私たちが来てあげたんじゃない」
額田姫王が頬を膨らませる。
「そうです!天魔将軍である妾の夫ですら四鬼には手こずりました。ここはコマチとゴンでカマ様をお守りしたしますのです!」
チビコマチの言葉に片目のゴンがウンウンとうなずいた。
「う〜ん」
カマタリは頭を掻く。
「そういやさ、さっき葛城皇子が間人皇女の輿に入って行ったけど、一緒に居なくていいの?」
言うなり真っ赤な顔をした額田姫王の平手打ちが飛んだ。
松明をかざした騎馬隊が斑鳩の寺社群を駆け抜けていく。
騎馬隊は巨大な寺院の前で足を止める。
「風が無いのう!」
「ここでかまわぬ!火矢を射て!」
そこに一騎の騎馬が駆け込んで来た。
「おい!正門が開けっぱなしだったぞ!」
「それは本当か?」
「そんなバカな!」
兵士たちが正門に向かうと、たしかに荘厳な正門がガラ空きだった。
兵士たちは恐る恐る堀を渡り中に入れる
「誰もおらぬ様じゃな」
「かまわぬ!火をかけろ!」
松明を掲げた兵士が一人、馬から降りて本堂の頑強な扉に松明を押し当てる。
「馬鹿、そんなやり方で火が点くものか!火矢を使って軒先から燃やせ!」
兵たちは松明から矢に火を移すと、弓を引き絞り矢を放つ。
火矢は闇の中を輝く光の筋となって寺の本堂に向かって飛んで行った
…が、突然、ビュウ!という突風と共に、クルクルと兵士たちの元に舞い戻って来る。
「何ごとじゃ?」
「わからぬ!」
足元で虚しく燃える火矢を見ながら兵士たちが騒いでいると頭上からカタカタと不気味な音が聞こえて来た。
「何の音じゃ…」
「見よ!塔の上じゃ!」
兵士の一人が仏塔の上に膝を抱えて座っている青白い死人の様な顔をした白髪の青年を指差す。
兵士たちは不気味な青年めがけて次々と矢を放つが、ビュウ!と強風に飛ばされて矢は足元に返って来る。
「こ、これは…神仏の祟りか!」
兵士がおびえた声で叫ぶと、仏塔自体がガシャガシャと大きな音を立てて揺れ始め、ザアア!と大雨の様な音と共に屋根瓦が竜巻となって兵士たちに向かって来た。
兵士たちは叫ぶ間もなく馬ごとバラバラの肉片となって飛び散った。
斑鳩宮の外れで火の手が挙がるのを見守っていたイルカが首を傾げた。
「おかしい。静か過ぎる…」
孫子曰く。
火攻めを仕掛けても敵が静かな場合は、敵は何かをしようとしている。注意すべきである。
「何が起きているんだ…」
夢殿
聖徳太子が夢の中へ入るために作られた斑鳩寺の施設である。
そういえばチビコマチの話では未来の世界には夢で戦う剣術家がいると聞く。
剣技や兵法にも仏道の悟りがあり、惟神のまことがあるという。
未来人もなかなか面白いことを考えるものだ。
カマタリは足を止めた。
「おかしい。護衛が誰も居ない…」
山背大兄王ならば、おそらく蘇我氏や軽皇子たちの動きを確実につかんでいるはずだ。
それなのに無防備過ぎる。
(もしや…罠?)
カマタリが夢殿へ近づくと、いきなり蓮子池の水が竜巻の様に巻き上がり、グネグネと大蛇の様に宙を舞い、カマタリたちに襲いかかる。
池の奥の大岩の上に赤い髪のカッパの様な魔物の姿が見えた。
「四鬼神か!」
カマタリは鬼めがけて鎌を投げ付けたが、水の壁に弾かれる。
その瞬間、カマタリは背後から水の竜巻に巻き上げられてしまった。
「しまった!」
呼吸ができない上に、この高速の回転では身動き取れない。
このままでは陸上で溺れて死んでしまう!
『衣の関!』
チビコマチの言霊から発生した空気の断層がカマタリを突き抜け水の竜巻を弾き飛ばす。
カマタリは空中からヒラリと着地し、空中を飛び回る鎌をバシ!っと受け取った。
「助かったぜ!おチビちゃん!」
チビコマチはブイサインで応えるが、カマタリに理解できるはずもなく。
再び池の水が舞い上がり、今度は額田姫王に襲いかかる。
「あぶね!」
カマタリがかばおうとしたが、その時、額田姫王は歌を詠み出した。
黄葉つをば 取りてぞ偲ふ
青きをば 置きてぞ嘆く
『黄葉つ』
額田姫王の言霊により、水の竜巻は、強力な重力波によってザバン!と落下する。
「ふん、河童ふぜいが、龍王女であるこの私に水術を仕懸けるとはおろかな」
額田姫王は口が裂けんばかりに赤い唇を吊り上げて笑うと青く光る瞳を輝かせた。
「うわあ…」
カマタリがドン引きする。
額田姫王が青く光る瞳でジロリとニラむ。
「なに?」
「いえ、べつに…」
だがこれでもう、あの水流の心配は無くなった。ならば接近戦ならイケるか?
カマタリは再び鎌を構えた。
「カマ様!コマチが援護します!」
チビコマチが手をかざすと、闇の奥からビュン!と矢が飛んで来る。
ゴンが素手で矢をバシ!っと掴むと闇の中に投げ返した。
闇の中で「ギャッ!」と叫び声が聞こえた。
「志能便か!」
志能便それは聖徳太子により日本で初めて整備された特殊戦闘部隊。いわゆる忍者である。
志能便たちは次々と矢を飛ばして来るが、全てゴンに手づかみに取られて投げ返される。闇の向こうで悲鳴が聞こえる。
毒矢であろう。
チビコマチは振り返りもせずカマタリのサポートに徹していた。
(全てをゴンに任せているのか、たいしたおチビちゃんだ)
弓矢が通じないと見るや、闇の中から一斉に黒衣に身を包んだ一団が刀を抜いて飛びかかって来た。
ゴンは身を屈めて走り出すと、たちまち素手で数名を投げ倒し、蹴り殺した。
だが、一人の志能便が投げられながらゴンの後頭部を膝で蹴る。
ゴンは危うくかわし、地を転がって避けた。
「ほう!我が大伴の秘術、骨法をかわすとはな!」
志能便の男が声を上げた。
「大伴?」
カマタリが振り向くと、志能便の頭目らしき大柄な初老の男が覆面を脱いでニヤリと笑った。
あれが…大伴細人!
〜42「聖徳太子流兵法」〜
(=φωφ=)あとがき。
ようやくバトル開始。
まだ大化の改新や白村江より前なんですけどね。
カマ様の回想シーンはまだまだ続くのです!
>丙戌→ 十方暮
あ、これは創作ですので読み流して下さい。
> 斑鳩宮
どこやねん?と思ったら法隆寺が自宅でした。
> 大伴の秘術、骨法
あ〜あ、またやっちまいました(笑)




