30 白い翼と炎のツルギ
【登場人物】
小野タスク
なぜか魔王と呼ばれる地味で平凡で貧弱な高校生。
悪霊を斬る霊剣『韴霊剣』を目覚めさせる能力がある。
コマチ(小野小町)
平安時代の鬼退治師であり和歌の言霊を操り自由に時空間を変化させ、炎や水を操る能力を持つ少女。
・パンツを履くという概念が無い
猟師コマチ(チビ助)
鬼と戦う少女。蝦夷風の装束を身にまとい半弓と毒薬を使う。
・パンツを履くという概念が無い
柳生十兵衛 平 三厳 (ミツヨシさん)
山奥で修行中に現代に召喚されてしまい、なぜかタスクの家でお手伝いさんをしている剣豪。
鈴鹿御前の霊刀『小通連』に片目を食われた。
餓鬼阿弥とテルテ
男女の熾燃餓鬼。鬼の身体能力を持ち、炎の属性魔術を使う魔界の武士
立烏帽子(鈴鹿御前)
第六天魔王の一人。リアル魔王
三振の霊剣を持つと言われる。
タカムラ(小野篁)
コマチの父。
地獄の高官であり自由に地獄と現世を行き来でき、強力な呪術を使う。
お供に降魔の化け猫(この子猫の子)を連れている。
川崎カヲル
年齢不詳の女性民族学者。
裏山の古墳を発掘するため移住して来てそのまま学校の司書になった変人。
・南軍流剣術の宗家である。
妖怪婆さん
三途の河原に住む婆さん。
顔半分にドス黒い地獄の虫がうごめいている。
強力な呪術が使え、鈴鹿御前の使いをしている。
白露か 己が姿は そのままに
紅葉におけば 紅の玉
「我が心が透明な水滴であるならば、相手が赤ければ赤く映り、青ければ青く染まる。
また相手を赤に青に染めても変わらぬものは無色透明ござる」
「透明って…どういう意味なんです?」
「相手の微細な動き、心の色まで読み取るという事ですな。
そのためには心を動かさず心を澄ます。
そうせねばできませぬ」
なるほど心をゼロの状態にして見るという事か。
「でも戦いの最中に心を澄ますなんてできるのでしょうか?」
「あわただしい中で使うのは難しいですな」
やはりミツヨシさんでも難しいのか。
そりゃそうだよな。
「だがな、濁り狂うても変わらぬ心もあるのだぞタスク。飛鳥川のようにな」
いきなりコマチが会話に入って来た。
というかいつの間にチビ助と入れ替わった!
「飛鳥川とは良きたとえにござる。さすがコマチ様」
十兵衛はかしこまる。
マジかい?
よく分からんが、これは何かのヒントなのだろうか?
「飛鳥川ってどういう意味?」
コマチが澄んだ声で歌い出した。
世の中は 飛鳥川にも ならばなれ
君と我とが なかし絶えずは
「たとえ濁流が我らを飲み込んだとしても、我らの仲の澄んだ心は濁らぬのだ」
飛鳥川にも ならばなれ…
ならばなれ…
「ならばなれ………あ!相手に切られてしまえか!」
十兵衛は大きくうなずいた。
「全てを捨ててしまえば色も形もありませぬ」
「色も形も無い…そうか!鼠頭牛首は色も形で相手を惑わす。
ならば色も形も捨ててしまえば透明になるのか」
十兵衛はコマチと同じ歌を詠む。
世の中は 飛鳥川にも ならばなれ
君と我とが なかし絶えずは
「泥の中からハスが花咲くように、心の奥の澄んだ“こころ”は泥に汚れたりはしないものでござる」
世の中は 飛鳥川にも ならばなれ
「澄んだ“こころ”に紅葉を映す…」
あの弓矢の灰色の的の特訓を思い返すと、何か大きなヒントをもらった気がする。
「うむ!」
よく分からんがコマチがうなずいた。
「ヨシ!行くぞタスク!」
「どこへ?」
「鼠頭牛首を倒すに決まっておろうがっ!」
とか言いながらコマチはいきなりスカートを脱ぎ出した。
白い肌が現れ長い足が動き回り、下半身が現れる。
「おお、おい!何やってんだよ!」
と、言いつつも、思わず凝視してしまう。
「夜枕返しの術だ!早よ服を脱げタスク!」
コマチはスカートだけ脱いだ姿のまま偉そうに言う。
またかよ!
というかあの術って効かなくね?
コマチはさっさと全裸になった。
スレンダーな身体しなやかな手足が子鹿のように動き、白い肌と乳房がゆれた。
う…何度見ても目がくらむ。
「コラ!タスクお前もさっさと脱げ!」
また全裸のコマチが襲いかかって来る。
「ちょっ!まって!」
あ、いけね、また生オッパイをさわってしまった。
「ホレホレ!早く脱がぬか!」
コマチの手がズボンをつかむと膝を刈り上げられてゴロンと床に押し倒された。
忘れてた!こいつ武芸の達人だった!
コマチは袈裟固めから上四方固めに移り、顔に胸を押し付けてくる。
細く柔らかい裸の肢体がのしかかるとコマチの息使いが聞こえる。
俺の顔はおっぱいの柔らかく吸いつく肌にうずもれた。
…うっ、これはヤバい。
と思った瞬間、コマチはクルリとターンして俺の胸の上に乗り、両膝で俺の両腕を押さえた。
全裸でな!
コマチの下半身とふとももは開かれ、淡く生えた陰毛が目の前にある。
というかさらにその下にチラッと見え…
「どうだ!動けまい」
とコマチのアホは自慢げに勝ち誇ると全裸で俺を見下ろす。
「ちょっ!ナニ考えとるんだ?!」
と、思わず裸体を凝視しながら言う。
「ふふふふ、押さえ込みの術で貴様の“ずぼん”を脱がしてやるのだ!どうだ恥ずかしかろう!」
恥ずかしいのはお前だ!!!
コマチのアホは俺の胸の上に乗ったままクルリと背を向けてズボンを下ろしはじめた。
目の前にコマチの尻が…
うわわ!顔の上にモロなんですけど!!
「ほりゃ!取ったぞ!」
コマチは俺のズボンを脱がした勢いで俺の顔の上にペタンと座った。
「むぐっ……」
「次は“ぱんつ“じゃ!」
…と、いうワケで再びコマチに連れられ畜生道へ向かって闇の中へ飛んだ。
しかし、なんだろう?いつもより身体が軽い。
これなら、なんか自分も飛べるような気がした…
などと思っていたらいきなり背中から白く光る翼が現れる。
「え?何これ?」
いきなり飛行速度が上がってギューん!とコマチを追い抜いたり
「あ!」また手を離してしまった!
「コラ!タスク!どこへ行く!」
遠くからコマチの怒鳴り声が聞こえた。
いや、そんな事言われましても。
あっという間にコマチを置いてきぼりにして闇の中を一人でギューん!と飛び回る。
「わわわわ!…そうか!霊界に来たから天魔王の力が発現しているのか!でもパワーのコントロールができない!」
闇の中をすごいスピードでめちゃくちゃに飛んで行く。上も下も解らない。…ひょっとしてこのまま永遠にこの異世界を飛び続けるのか?
ふと正面のはるか遠くに白い点が見えた。
人だ。
例の白い軍服の若者が暗闇な中から歩いて来るのが見えた。
うわわわ!ぶつかる〜
若者は振り向きもせずにすれ違いざまに俺の手をガシッ!っとつかんだ。
あれ?
いきなり目の前が明るくなり、気がつくと山の中に居た。
目の前に滝が流れている。
キョロキョロ見回すと、ここにはすでにミツヨシさんと小野忠明先生、それに妖怪婆さんが歩いてきた。
「一人でなにをやっておるのだ、バカ者め」
婆さんに怒られた。
というか完全にアホだよなあ。
婆さんは下に見える滝壷を指差す。
緑の木々の枝葉を透かして滝が流れ落ちている。その下の滝壷の水辺の岩陰、そこには巨大な鼠頭牛首が見えた。
「あれを倒して山頂へと進むのだ」
まるで怪獣退治が試験問題みたいだな。
まぁやってみるさ。
なぜか不安は無かった。
俺は鎌を手に取ると下流に向かって走る。
音もなく木々をすり抜け崖を飛び降り、水の上を走った。
身体が軽い。これが天魔の力か。
いつの間に背中から真っ白く光る翼が現れ、風を切っていた。
「あの翼は天魔の験!」
十兵衛が驚嘆の声を上げた。
「うむ」と、小野忠明もうなずく。
はるか森の奥には白く光る翼で飛ぶように走るタスクの姿が見える。
「いよいよ天狗としての力が目覚めはじめましたな」十兵衛は笑みを浮かべた。
沢までの斜面を飛ぶようにかけ降りると下流にも断崖絶壁の滝があった。
ザザザと水があふれ落ちる音が響いている。
この音と水。ここからならば気づかれずに近づけるはずだ。
十兵衛はうれしそうに小野忠明に話かけた。
「まさか下流から攻め入るとは。はたして天魔の験がどこまで使いこなせましょうか」
だが小野忠明は別な方向を向いている。
その視線の先には山林の梢に立つ白装束の人影が見える。
白い人物は狐の仮面を着けており、長い金髪と金色の尻尾がフワリと空中に浮かんでいる。
(あれは…?)
十兵衛が怪訝な表情で目を細めた。
小野忠明は目付けを離さずつぶやく。
「天狐の眷属じゃろう」
「なんと!」十兵衛は驚嘆した。
荼吉尼天
狐は屍肉を喰らい、人を惑わし精気を吸い、それにより長寿を保ち、やがて神通力を得て神となると言われる。
天魔の一種である。
なぜそのような高位の神霊の配下が畜生道などに居るのか?
十兵衛は息を呑んだ。
俺は沢づたいに遡り、鼠頭牛首に近づいた。
居た!
滝壷の岩場に鼠頭牛首は居る。
正面は沢、向こうは滝、背後は岩場。
的が大きい今がチャンスだ!
「飛べ!フツのミタマ!」鎌を投げるとものすごいスピードでカマのブーメランが飛ぶ。
やはりパワーアップしている。
鎌を投げると同時に俺は鼠頭牛首に向かって走り出した。
おそらくあの鎌ブーメランは効かない。
ならば鼠頭牛首の変化の先手を打つ!
やはり鼠頭牛首は突然姿を消した。
小さくなったか。
鎌は岩を砕き、崖を貫通してギューンと旋回する。
沢から飛びあがり岩場を駆け上った。
数メートル先に大きな岩が見える。
白い翼が光かりフワリとジャンプして巨岩の上に飛び乗った。
ここなら四方を見渡せる。
飛んで戻って来たカマを受け取ると目をこらす。
ネズミの様な生き物がこちらに走って来るのが見えた。これも天魔の力か。
有るは無く
無きは数添う 世の中に
あわれいづれの日まで嘆かん
『有無一剣!』
鎌がシャキッ!と剣の形に変わる。
有無一剣の切っ先を左へ流して左膝を着き、逆脇構えに太刀をとる。
南軍流 東の印
この岩の上で鼠頭牛首を迎え討つ!
白装束の狐仮面の男がピクリと反応した。
仮面の奥の瞳が緑色に光っている。
「ほう」と、十兵衛が感嘆の息をもらし、小野忠明は少し口元をゆるめた。
岩の上で待ち構えていると、いきなり巨大な鼠頭牛首が目の前に現れ、足元に噛みついて来る。
空中にジャンプして鼠頭牛首の頭上を飛び越え、背後の沢に着地する。
振り返りざまに左肩の上で太刀をかつぎ回して水面ごと横薙ぎに鼠頭牛首の脚を薙ぎ払った。
「地の印!」
斬撃の勢いで水しぶきがはね上がると巨大な身体がグラリと傾き、切り飛ばされた脚が燃えながら水面に落ちる。
「切った!」
だが鼠頭牛首は自分の脚を切り離すと、そこからまた新しい脚が生えてくる。
何っ?!
まさか有無一剣が効かないのか!
「飛べ!フツのミタマ!」鎌のブーメランは鼠頭牛首の巨体を貫通し、背後の巨岩を砕いた。
だが穴が開た腹はまた復元してしまう。
「やはりダメか…ならば」
鼠頭牛首は、俺がカマを手放したのを見て、こちらに向かって坂落としに駆け込んで来る。
「…来る」
腰を落として身構えると白い翼が広がる。
いきなり牛の首が大蛇の様に伸び、巨大な口を開けて飛びかかって来た。
とっさに空中高くジャンプして鎌を受け取り、落下の勢いで牛の頭に鎌の刃を突き立てた。
切り口からは炎が吹き出し、たちまち牛の頭が黒コゲになった。
「やった!」
そう思った瞬間、牛の頭がボロリと落ち、胴体から別のネズミの頭が生えてきた。
なにい!!
さらに横からまた牛の頭が生えてくる。
二つの首が長く伸びて咆哮する。
なんて化け物だ!
不定形生物。
大小に変化して頭が複数ある不死身の巨獣。いくら切っても平気なはずだ。
どうする?どうすりゃいい?
くそっ!特訓の成果が全く無い!
俺はジリジリと退きさがった。
特訓……いや…
鼠頭牛首の二つの頭を見て気づいた。
二刀流!
そうだ、あの姿はミツヨシさんの二刀流の形…そうか!
俺は白い翼を広げてさらに高く大きく、二度、三度と下流に向かって跳んだ。
鼠頭牛首が身をもだえる様に沢を駆け追いかけて来る。
振り返り見れば沢は途切れているのが見えた。木々の梢を越えて遠景の山々が見える。
滝だ。
さっき見た下流の滝が見える。
着水する。足元が水に沈んだ。水深はそれほど深く無い。背後は断崖絶壁の滝壷である。
ここでいい。
ここならば鼠頭牛首は上流から攻めて来るしかない。
世の中は 飛鳥川にも ならばなれ
ここで鼠頭牛首を迎え討つ!
「ほほう、背水の陣でござるな」
尾根から戦況を見下ろしていた十兵衛は目を輝かせる。
兵法には「川上から来る敵を迎え討ってはならない」という鉄則がある。
だが、こうとも言える。
「自分に不利という事は、敵にも不利なのだ」
前後を沢、背後が崖では鼠頭牛首 は小型化して側面から攻撃するのは不可能とも言える。
これで変化を勝ち口とする鼠頭牛首 の必勝パターンが崩れたのだ。
沢を駆け下って来る鼠頭牛首の巨体がフッと消えた。
小さくなったのか…それでいい。ヤツは水辺を走って来るしか無い。
崖っぷちに立ったまま有無一剣の切っ先を左へ流し回して逆脇構えにとる。
南軍流…東の印
目付けを見るとなく、彼方の山々の紅葉をながめる。
灰色の的を見るように。見ずに見る…聞かずに聞く…
新陰流「観見の位」である。
小さな生き物が左右に動き回りながら水辺の岸をこちらに迫ってくるのが見えた。
散る花は 苔に落として 音もなし…
俺の心は透明になり、姿すら遠くに消えていく。水が身体を通り抜け、心は時空の境界を超える。
有無…一空……
鼠頭牛首は岸辺でいきなり巨大化し、二つの首が伸びて飛びかかって来た。
「焔回!」
身を沈めて横薙ぎに切り払らうと刀身が炎に包まれオレンジに光る。
鼠頭牛首の頭は二つまとめて斬り飛ばされた。
ミツヨシさんの二刀を同時に叩き落とした技だ。
鼠頭牛首の二つの頭が炎を上げて燃えながら崖下に転がり落ちる。
再生させる間を与えるか!
有無一剣から炎が吹き上がった。
白い翼を広げ沢から飛び上がり、すかさず巨大な胴体めがけて走り込み、左右連打を鼠頭牛首の胴体へ斬り付ける。
「西の印!東の印!南の印!地の印!」
炎を巻き上げながら剣を左右に切返して胴体を薙ぎ払う。
連続飽和攻撃に鼠頭牛首の再生が追いついていない。いける!
「天の印!」
背中の白い翼が広がり高く飛び上がると剣の炎が全身を覆った。
はるか下に鼠頭牛首の燃える胴体が見える。
一気に急降下しながら全力の真っ向一撃を叩き込んだ。
爆炎が巻き上がると鼠頭牛首の全身は炎に包まれ、やがて黒い灰となり崩れ落ちた。
〜30 「白い翼と炎のツルギ」〜 完
(=φωφ=)あとがき。
今回はめずらしく主人公が剣術で戦います。
いや、剣術小説なんですけどね、この作品。
>飛鳥川
変化するもの、早いもの、深くも浅くもなるものとして男女や世間の心変わりを詠んだ歌でもあり、変わらぬ心を詠んだ歌でもあります。
また飛鳥川は十兵衛の故郷、大和国の歌枕でもあります。
> 紅葉におけば 紅の玉
柳生十兵衛の朏聞集にある歌なのですが、十兵衛が詠んだ歌なんでしょうかねえ?