29 十兵衛、稽古をつけるでござる
【登場人物】
小野タスク
地味で平凡で貧弱な高校生。
悪霊を斬る霊剣『韴霊剣』を目覚めさせる能力がある。
コマチ(小野小町)
平安時代の鬼退治師であり和歌の言霊を操り自由に時空間を変化させ、炎や水を操る能力を持つ少女。
・パンツを履くという概念が無い
猟師コマチ(チビ助)
鬼と戦う少女。蝦夷風の装束を身にまとい半弓と毒薬を使う。
・パンツを履くという概念が無い
柳生十兵衛 平 三厳 (ミツヨシさん)
山奥で修行中になぜか現代に召喚されてしまい、なぜかタスクの家でお手伝いさんをしている剣豪。
鈴鹿御前の霊刀『小通連』に片目を食われた。
餓鬼阿弥とテルテ
男女の熾燃餓鬼。鬼の身体能力を持ち、炎の属性魔術を使う魔界の武士
立烏帽子(鈴鹿御前)
第六天魔王の一人。リアル魔王
三振の霊剣を持つと言われる。
タカムラ(小野篁)
コマチの父。
地獄の高官であり自由に地獄と現世を行き来でき、強力な呪術を使う。
お供に降魔の化け猫(この子猫の子)を連れている。
川崎カヲル
年齢不詳の女性民族学者。
裏山の古墳を発掘するため移住して来てそのまま学校の司書になった変人。
・南軍流剣術の宗家である。
妖怪婆さん
三途の河原に住む婆さん。
顔半分にドス黒い地獄の虫がうごめいている。
強力な呪術が使え、鈴鹿御前の使いをしている。
第六天神社。
鈴鹿さまのお社だそうな。
ミツヨシさんの寝床でもあるが。
三人で地面に膝を着いてお参りする。
というかさっき鈴鹿御前本人に会ったばかりだけど。
チビ助が横のミツヨシさんに偉そうに話しかける。
「十兵衛はここで寝起きしておるのか?」
「ははは、近ごろはカヲルどのの屋敷に泊めてもらっております」十兵衛は頭をかく。
うわ、一緒に暮らしてるのか。高校生には刺激が強い。
「なるほど妾も毎晩タスクと寝所を共にしているから同じだな」
おいこら!カンチガイされるからやめてくれ!
ミツヨシさんは神社の裏にある古墳の崖に白黒の丸い円筒を置いた。
「これは?」
「弓矢の的にござる」
弓矢?剣術じゃないの?
「コマチ様、弓をお借りいたしまする」
「うむ、これへ」
チビ助はふんぞり返って片手で弓を差し出すと十兵衛は地面に膝を着いて、恭しく両手でチビ助の丸木弓を受け取った。
相変わらず学芸会みたいに見えるなあ。
「タスクどの、射ってみられよ」
学校の弓道部が使ってる弓よりずいぶん短いし、形がシンプルだ。木の板をただ曲げただけに見える。
子ども用だからかな?
ホームセンターで買ってきた革手袋をハメてチビ助の丸木弓を執って引いてみる…ん?…弓ってこんな固いの!子ども用の弓だよな?
半分くらいしか引けない。指が痛い、腕がプルプルする。
梓弓とは
アズサなどの木を加工して作られた原始的な小型の丸木弓である。
梓弓は武器としての用法のほか巫女や神職が魔を祓い、音色を奏で吉凶を占うなどのための神事で使われている。
また現代の弓道家や昔の武家が使う長大な弓は、竹や板を張り合わせて強化された合成弓である。
「構えがダメじゃタスク!この下手くそめ!」
チビ助が横からギャーギャーうるさい。
んな事言われてもなあ。
ちょっと不安になってミツヨシさんの方を見る。
「あの…今回は弓矢で戦うんですか?」
「これは剣の鍛錬にござる」
十兵衛はニッコリ笑う。
マジかい?
剣と弓。動作や構えに共通点があるとは全く思えないんすけど?
「まず弓構えの射形からですな。射向の姿勢は真横を向いて真っ直ぐ立つ。両手の真ん中を身体の中心に持ち上げて打ち起こし、弓手は肘を伸ばし肩の高さ、手の内は握りしめず、押し支える様に広げられよ」
ミツヨシさんの指導どおりやってみれば、
あ…なんとなく弓が引けた。
なるほどパワーではなく姿勢で引き起こすのか。
言われてみれば少し剣術に似ているかな。
さらにチビ助が加わり、姿勢が悪いとか、腕の位置が悪いとか、手の握りがおかしいとか、身体の向きが違うとか、呼吸が合ってないとか、二人がかりで手直しされて
なんとかかんとか射てるようになってきた。
距離が近いのでキッチリ狙えばスコン!と当たる。
ん、当たると気分がいいな。
「まだ身構がメチャクチャじゃな」チビ助が偉そうに指導する。うるさい。
「タスクどの、次はこれで的に向かって構えられよ」
ミツヨシさんは木刀を差し出す。
「?…」
よく分からぬまま的に向かって木刀を正眼に構える。
近いとはいえ3、4メートルはある、とても木刀の届く距離ではない。
「タスクどの、的は何色に見えまするか」
目の前にある円形の的は白黒の丸が書いてあるだけだ。
「?白黒ですが…」
「灰色に見えませぬか」
「ん?灰色……あ!そうか、目付けか!」
木刀の切っ先をジッっと的に向ける。
目は広く崖全体を見る。的に集中しながら意識を拡大する。
ん〜なんか…びみょうかな。
「タスクどの、的を見るのではなく的の向こうを透かして遠くの山の紅葉をながめるのでござる」
「そうだ!モミジを見るのだ!タスク」
え?紅葉?
あ!なるほど、もっと遠くの景色をながめるように見ればいいのか。
さすがミツヨシさん、アドバイスがすごい。
あとチビ助がうるさい。
目付けを遠くの景色を見るようにながめると、だんだん的がボンヤリと見えて来た。
白い丸がボヤける。
「ボヤけましたけど灰色には見えません」
「それで良うござる。目付けはそのままで的を見ずに的を感じる。いかがですかな?的は感じられますかな?」
「はい、的は感じます」
「無見とは、見るは見るに非らず。
見ずして見る心持ち有りと申しまする」
「見ずして見る」
「一か所の的を見つつ、全体の空間をとらえ、全世界を見つつ、針先ほどの微細な動きを見逃さない。見ずして見る。鼠頭牛首の攻略法は、それしかござらぬ」
なるほど鼠頭牛首を攻略するための方法は、一部の動きをとらえて全体の動きを読むという事か。
「それでは」
十兵衛はいきなり横から木刀で打ちかかって来た。
「あっ!」ととっさに受けたが、受けた木刀のガードごとミツヨシさんはググッと押し付けて来るので、受けた形のままハデに地面にひっくり返った。
すごい豪剣だ。
初めてミツヨシさんと対峙してみると驚くほど重く強い。
まるで本当の鉄剣で押し仕切られた感じがする。
犬山さんの素早い剣道や、餓鬼阿弥の荒々しい剣風とは別次元の強さだ。
こんなに強いのに淡々としていて、それでいて確実に圧倒してくる。
まるで大軍勢を相手にしているみたいだ。
これがサムライの剣か。
「さあ、立たれませ」
ミツヨシさんに地面から引き起こされた。
なるほど、これでは以前の俺だったら大ケガしていたな。
そしてミツヨシさんが稽古付けてくれるという事は、俺も少しは剣術が使えるようになってきたという事か。
「タスクどの、さあ構えられよ」
今度はお互い正眼に構える。
「タスクどの、眼を閉じられよ。そのまま拙者の打ち込みを防ぎ、打ち返してくだされ」
無見の稽古かな。
眼を閉じて正眼に構えて呼吸を合わせる。
ミツヨシさんの木刀がスッ…と下がる感触がした。
下だ!
「西の印!」
足打ちに下段切りをぶつけて木刀を打ち止める。眼を開けて見れば、やはりミツヨシさんは足切りに来ていた。
いきなりミツヨシさんはガバッ!と大上段に振りかぶる。
ヤバい!さっきの強打が来る!
とっさに上段で受けたがまた強烈な圧力で身体にのし掛かかられる。
ぐあっ!耐えきれない!
変化…そうか!
「地の印!」
とっさに身を屈めて圧力を空かし、刀を左肩にかつぎ回しながら剣道の返し胴のように横薙ぎに切り払う。
バシッ!
強烈な手ごたえがした。
あ!しまった!つい本気で胴を切り払ってしまった。
「お見事でござった、タスクどの」
ミツヨシさんはいつの間にか入身して俺の拳を片手で受け止めていた。
スゲえ…どこまで強いんだこの人。
「いかがでしたかな?鼠頭牛首の攻略法は見つかりましたかな?」
「いや、あの怪獣の攻略なんてできないですよ。こんな小さくて、こうバーンとデカくなって…あれ?…」
鼠頭牛首のイメージを語ってみて気づいた。
「ミツヨシさん、これ、ひょっとして今の太刀筋は」
「さよう。鼠頭牛首の動きでござる」
そうか!下段の変化から大上段の強打。
このミツヨシさんの太刀筋は鼠頭牛首の仮想動作だったのか!
「最初に目を閉じたのはなぜです?無見を使えという事ですか?」
「違いもうす。全部を見て一部に対応し、一部を見て全部に対応するための稽古にござる」
「一部分だけを見て全部をとらえるという事ですか?」
「その通りでござる。
肩の動きで腕の動きを察し、腕の動きで太刀の動きを察し、太刀の動きで心の動きを察する。
手でも足でも顔でも呼吸でも相手の動きを察する事は可能なのでござる。
「それで鼠頭牛首の変化に対応できるのでしょうか?
「相手が大きかろうが小さかろうが関係ありませぬ。
目付けを小さくしつつ全体をとらえる。
まずはそこからでござる」
目付けをあえて小さくする…なるほど、そんな考え方があったのか!
さすがミツヨシさんだ。
「次はこれでござる」
十兵衛は木刀を二本手にした。
二刀流?!こんなの剣道部でも見たことない。
「参りまするぞ、タスクどの」
「ええっ!ちょっとまって!」
一撃目を受けると二撃目が来る。
二刀をガードすると足が蹴り出されて来る。
上かと思えば下、右かと思えば左。
いったいどうすればいいんだ!
あたふたしているとミツヨシさんの打撃がピタリと止まる。
「タスクどの。刀を見てはいけませぬ。
ここにだけ目を付けられよ」
十兵衛は自分の胸元を指差した。
「あ、そうか!目付けは小さくか」
「我が胸元がタスクどのの狙うべき的でござる。的を狙いつつ肩を見て手足を見る。手足を見て刀を見るのでござる」
そうだ忘れていた。
「遠くの山の紅葉をながめ、見るとは無しに灰色の的を見る…よし!」
南軍流ツキ構えに構えた。
切っ先を前に突き出してミツヨシさんの胸元の『的』へ突きつける。
だが目付けは遠くの山の紅葉を観る。
的から目を離さず手足を見る。
十兵衛の姿がボヤリと霞んだ。
散る花は 苔に落として 音もなし
十兵衛が歌を詠んだ。
「心を水鏡のように澄まし、散る花の聞こえぬ音を聞くのでござる」
「散る花の音を聞く…」
新陰流「観見の位」
観とは、目をふさぎ、心にて物を見た心法を言う。
相手を『見ずに見る』のである。
(柳生十兵衛「朏聞集」)
見ずに見る…聞かずに聞く…
俺の心は透明になり、ミツヨシさんの姿すら遠くに消えていく。
散る花は 苔に落として 音もなし…
チビ助は驚いて目を見開いた。
タスク自身の姿が薄く透明になったのだ。
天魔王の霊験!
身体が夢の境界線を越える。
そう、柳生十兵衛がこの時空を超えて来た能力が発現しつつあるのだ。
「ほう…」
十兵衛は思わず感嘆した。
「よもやこれほど早く『幽』の験が顕われるとはな。さすが将軍様に選ばれた少年なだけはある」
十兵衛は両手の木刀を左右に高く広げて構えながらソロリと水月の間合に入る。
その瞬間!十兵衛の二刀がうなりを上げて左右から打ち込まれた。
「焔回!」
身を沈めて横薙ぎに南軍流東の印が打ち込まれ、十兵衛の二刀が二つまとめて弾き飛ばされた。
「あ…」
何が起きたか自分でも分からなかった。
まさに無意識の絶妙である、
「できましたな。タスクどの」
十兵衛は笑った。
〜29 「十兵衛、稽古をつけるでござる」〜 完
(=φωφ=)あとがき。
今回はスポ根や昭和特撮などでおなじみトンデモ特訓で必殺技や攻略法を身につける話ですぬ。
>観見
宮本武蔵の場合は「観」「見」の二つの目付けと言い、敵が大勢ならば、まず人数全体の規模に眼を付ける。これを場の位といいます。