28 水のこころ
【登場人物】
小野タスク
地味で平凡で貧弱な高校生。
悪霊を斬る霊剣『韴霊剣』を目覚めさせる能力がある。
コマチ(小野小町)
平安時代の鬼退治師であり和歌の言霊を操り自由に時空間を変化させ、炎や水を操る能力を持つ少女。
・パンツを履くという概念が無い
猟師コマチ(チビ助)
鬼と戦う少女。蝦夷風の装束を身にまとい半弓と毒薬を使う。
・パンツを履くという概念が無い
柳生十兵衛 平 三厳 (ミツヨシさん)
山奥で修行中になぜか現代に召喚されてしまい、なぜかタスクの家でお手伝いさんをしている剣豪。
鈴鹿御前の霊刀『小通連』に片目を食われた。
餓鬼阿弥とテルテ
男女の熾燃餓鬼。鬼の身体能力を持ち、炎の属性魔術を使う魔界の武士
立烏帽子(鈴鹿御前)
第六天魔王の一人。リアル魔王
三振の霊剣を持つと言われる。
タカムラ(小野篁)
コマチの父。
地獄の高官であり自由に地獄と現世を行き来でき、強力な呪術を使う。
お供に降魔の化け猫(この子猫の子)を連れている。
川崎カヲル
年齢不詳の女性民族学者。
裏山の古墳を発掘するため移住して来てそのまま学校の司書になった変人。
・南軍流剣術の宗家である。
妖怪婆さん
三途の河原に住む婆さん。
顔半分にドス黒い地獄の虫がうごめいている。
強力な呪術が使え、鈴鹿御前の使いをしている。
「身体は問題無いが魂の欠損が激しすぎる。回復には数日かかるぞ、タスク」
あれから枕元にはコマチが付きっきりで看病してくれている。
ミツヨシさんが食事を持って来てくれた。
「タスクどの、白米の粥を作りもうたぞ、お食べなされ」
「タスク!白米じゃぞ!白米!たくさん食え!!」
ミツヨシさんやコマチはやたら白米を強調するけど、現代人にはあまり感動的な食事ではないかな…悪いけど。
あの日、このミツヨシさんが俺を担いで司書室から家まで運んでくれたらしい。
学校で倒れたと家族は大騒ぎして病院に連れて行ったが異常無し。救急で点滴受けて帰宅して、あれからずっと動けず寝ている。
「タスク、シビンを使うか?ズボン脱がしてやろうか?」
「いや自分でするから…というかコマチさん、それ尿瓶じゃなくてペットボトルっす…」
「タスク、こーらを飲むか?口移しが良いか?」
「いや水でいいよ…というか炭酸の口移しはやめてくれ」
ついさっきも口移しで飲ませてくれると言ったので、ついドキドキしてお願いしてみたらコマチのアホはコーラを口いっぱいに含んで目の前で俺の顔にブチまけた。
炭酸を口いっぱいにするな!
しかし理由は分からないが今回のコマチはやたらベタベタに親切(大きなお世話)にしてくれる。
俺から離れず寝ずに看病してくれている。相変わらず極端なヤツだ。
少しありがた迷惑ではあるが、いっしょに居てくれてうれしくもある。
なんだろう…恋人というより家族のような存在だろうか。
それよりもずっと考えている事がある。
「ミツヨシさん…」
「鼠頭牛首の事でござるな」
エプロン姿の十兵衛は食事をかたずけながら言った。
俺はうなずいた。
「どうすれば…あの怪獣を倒せるんでしょう?」
「タスクどのは鼠頭牛首と戦ってみてどう思われもうしたか」
「わからないんです…なんか、斬ろうとすると居なくなり、いきなり現れるとデカ過ぎて斬れない…」
思い出せる限りの言葉で考えてみたが、やはり上手く説明できない。
十兵衛は、うむ、とうなずいて言った。
「タスクどのは鼠頭牛首の大きさの変化に惑わされたのでござる」
「大きさの変化ですか…」
「たとえば水を考えてみなされ、
流れる水の変化を追いかけようとしても、流れる水の動きをとらえる事はできもうさぬ。
戦場でも小勢を追い回そうとすれば、いきなり現れた大勢の敵には勝てませぬ」
「変化されると…切れない…」
「さよう。鼠頭牛首は自由自在に変化して人を惑わして喰らう怪物でござる。変化を追いかけてしまっては決して勝てませぬ」
「どうすれば勝てるんです…」
「変化ならばタスクどのはすでに学んでおるではござらぬかな」
「変化を学ぶ…」
ハッ!と気づいた。南軍流…そうだ、俺には南軍流の変化の教えがあったんだ。
答えはそこにあるのか!
南軍流の変化にも利点があり弱点がある。
それを追求すれば鼠頭牛首の変化に対応できる答えがあるはずだ!
俺の顔色に気づいたコマチとミツヨシさんが静かに部屋から出て行くのが見えた。
俺は天井を見ながら南軍流の動作、技のつながりを再検証する。イメージトレーニングだ。
頭の中でもう一度、基礎の基礎からやり直しだ。
まず突きの構えから大きく上段に変化すれば相手は上を防ごうと動く。上を守れば下が空く。
これが南軍流天の印。
小さな鼠頭牛首が足を狙い、いきなり大きくなって上から狙うのと同じだ。
大きさ、高さの変化を利用しているんだ。
もし鼠頭牛首が、こちらの上段より高いなら、こちらは低く左右に変化すればいい。
切っ先を左肩に下げ回して身を囲い、左廻りに回転しながら横薙ぎに切る。
そうすれば上からの攻撃を防げる。
回りながら下に薙げば足元も防げる。
これが地の印。
あ!…そうか!
いきなり気づいた。
天・地の変化で身を守り、天・地の変化で上下に攻撃する。ならば東西南北の印も同じ意味のはずだ!
カヲルさんの言っていた兵法の虚実。だんだん南軍流の手筋が理解できてきた。
もし上から襲ってきたなら剣を脇にかぶり回して横薙ぎ…下からなら身を沈めて手を添えながら切り払う。
夢中で剣理を解析するうちにだんだん剣術が面白くなってきた。
ふとカマ様の神器がうなりはじめる。
まだ背中が痛い。ゆっくりと手を伸ばしてカマの柄を取ると全身に衝撃が走った。
足の先まで波動が伝わって跳ね上がる。
「なんだ?」あわてて飛び起きた。
あれ?
身体が自由に動ける。
手も足もなんとも無い。
ベッドから立ち上がって竹刀を振ってみる。
動ける!
竹刀をブンブン振ると勢い余って天井を叩いてしまった。あちゃ〜
なんか前より元気になってしまった。
不思議とパワーがみなぎってくる。
「元気になられたようですな」
扉が開いて紅茶の入ったティーカップを持った十兵衛とコマチが入って来た。
「急に元気になっちゃいました」
コマチが俺に向かって柏手を叩いて一礼する。
「それはお前の魂の欠損が神の御霊の御力により補完されたからだ」
「神?」
「天魔王の分御霊にあらせられる」コマチは俺に向かってうやうやしく平伏した。
「いや、俺はそんなに偉くないよ」
「当たり前だ!おまえの魂などこれっぽっちも価値は無い!」コマチは断言する。
ハッキリ言うなあ。
「つまりお前も天魔王の一部になったのだ」
「え?俺が天魔王?まさか〜……うおっ!」
背後の声に振り返って見ると紫の服に背子姿の鈴鹿御前がベッドの上に浮かんで紅茶を飲んでいた。
というか今日は『ふつうに神様っぽい衣装』だった事に驚いた。
鈴鹿御前は紅茶を飲みかけアチッといってフーフーしている。
「だがお前の魂は、それでもまだ完全ではない」
「まだダメージが残ってるのかな?」
「そうではない、お前はもともと前世の魂が欠けているのだ」
「前世の魂??」
「今は天魔王の御力を借りて戦え、いずれ魂が戻る日が来る。その時お前は本物の将軍になる」
そう言って御前は姿を消した。
見ると紅茶と砂糖が消えていた。
というか前世の魂が欠けているって??どういう意味だろう?
しかし一部とはいえ天魔王の御霊なのか。
チビ助の言った通り、本当に魔王になってしまった。
「なんでコマチは俺が魔王になると知ってたんだ?」
コマチは驚いた顔をして目をそむけた。
やはりみんな何か隠してるな。
「ミツヨシさんも知ってるんじゃないですか?」
「無論でござる。将軍どの」
「なぜ将軍なんです?」
「天魔の力を借り、各霊界の武人を束ねる英雄だからでござるな」
霊界の武人?餓鬼阿弥やミツヨシさんのことか。
でも三人しか居ないじゃん。
十兵衛はニヤリと笑った。
「まずは鼠頭牛首を倒すことが先決にござらぬかな?」
「そうだ忘れてた。このカマ様の神器の謎を解かないと。それには鼠頭牛首を倒さないと。
お願いします。教えてください」
ミツヨシさんの前に正座する。
「変化する相手と戦う方法は、一つは変化の働きを知ること、次に相手の変化にとらわれない事でござる。
まず未知の変化には対応できませぬ。その変化するものを見ながらとらえようとすれば後手に回りまする」
変化の働きを知る。
これはさっきのイメージトレーニングでなんとなく掴めて来た気はする。
「問題は鼠頭牛首の変化について行けるか?という事ですよね」
「さよう。変化とは水の心にござる」
「水の心?」
「水は方円の器の形に自由に変化し、
広い滄海にもなれば一滴の水にもなる。
攻め来る時は大波の如く。静かなる時は大淵の如し」
「攻め来る時は大波の如く…それって鼠頭牛首のことですよね?」
「さようでござる。鼠頭牛首は水と同じく自在に大小に姿を変化できる怪物にござる。
水の変化を追いかけようとしても追いつく事はできず、
変化する水の色を見ようとしても水の色はすでに変わった後なのでござる」
「なるほど、水は形も色も無限に変化するから意識がつかみきれないのか」
「さて、変化する相手をとらえるにはいかがしますかな?」
「ん…こちらも変化するとか?」
「それでは水の心が濁りまする。濁れば自由自在とは言えますまい」
「自由自在ですか…そうか、鼠頭牛首の大きさが自由自在なら、こちらも自由自在じゃないと対応できない」
「さよう。ではタスクどの、自由自在な水とは何色ですかな?」
「え?自由自在な水の色…ですか?」
「それは透明に澄んだ水でござる」
「あ!なるほど」
「我が心が透明な水であるならば、あらゆる色を映せるのでござる。
濁った水の色は透明にはなりませぬが、透明な水は何色にでも変化できもうす」
「色を映す…サトリの時と同じですね」
十兵衛はうなずいた。
「流れる水をとらえる事はできませぬ。だが水の流れを感じ、風の音を聞く事はできもうす。
変化する水の色を判別する事はできませぬが、色を映す事はできもうす」
「流れを感じ、色を映す…」
「さよう。新陰流ではそれを『風水』と申しまする」
「無見ですね」
「うむ」十兵衛はうなずいた。
まだ具体的にどうするのかは分からないけど、だんだんミツヨシさんの理論が理解できてきた。
「竹刀を構えられよ」
十兵衛は立ち上がって真っ直ぐ正眼に構えた。
こちらも正眼に構える。
すると十兵衛はヒョイと振りかぶり左足を踏み出し、左上段に変化する。
「あ?」
と思った瞬間、十兵衛の片手打ちが小手に付けられていた。
見えなかった。
いや、見えていたはずなのに見えてなかった。ミツヨシさんは素早く打った様子も無い。ゆっくりポコンと打ち乗られた感じだ。
不思議だ。
新陰流横雷刀。
刀を頭上で横に寝せて振りかぶれば
その太刀構えと角度は相手のガードを越えた刀になっている。
理論は剣道の左上段の片手打ちに似ている。
「こちらの変化に気づかれましたかな?」
「いえ?わかりませんでした」
思わず首をひねった。
「これは見えない変化でござる。鼠頭牛首は見える変化で人を惑わし、
拙者は見えない変化でタスクどの気を奪ったのでござる」
「気を奪う?」
「さよう、相手が変化してから打とうとしても遅うござる。
こちらから色を見せ、その色に反応して相手が変化する。その気の変わり目を打ったのでござる」
(※敵の色の替に随がふ心は跡につく:柳生十兵衛「朏聞集」より)
「気を奪われると動けない。対応できないという事ですね」
「あえて対応しないという手もありまするな、こちらの気が変わらなければ、相手は勝手に変化して勝手に間合いに飛び込んで来るのです」
そうか、切りにくい小さなネズミや、どう戦えばいいか分からない巨大怪獣、そんなムチャな相手に真正面から戦おうとすれば負けるに決まっている。
ならば相手がこちらの打ちやすい位置に来るまで待てばいい。
だけど待てば相手の変化に追いつけない。
どうすればいいんだ?
「鼠頭牛首の場合はどう対応すればいいんですか?」
「それには適任の教師を呼びましょうぞ」
適任の教師?
十兵衛はコマチの方を向くと、コマチはうなずいて手をかざした。
目の前の空間に紫の光が広がり、黒い穴が現れる。
コマチが中に入って行くと、入れ違いに猟師ルックのチビ助が穴から出てきた。
ん?何だ?
「よし!タスク!妾が来たからにはもう安心じゃ!」
え?
驚いてミツヨシさんの方を見ると十兵衛はニッコリ笑ってチビ助の肩にポンと手を置いた。
マジか?
「タスク〜妾の稽古はキビシイぞ!覚悟いたせ!」
お前かよ!!
〜28 「水のこころ」〜 完
(=φωφ=)あとがき。
> 正眼から左上段
ただの剣道形の一本目です。
正眼に対して斜め構えの左上段になれば相手の切っ先を越せるので小手が打てます。
十兵衛が使ったのは天狗抄「らんこう」という技の応用ですね。
> 一滴となり蒼海となる
「鼠頭牛首」とて大小に関わる事、兵法の一つの心だてなりと示されたのもこの心なり。
また「一滴となり蒼海となる」もまたこの義なり。
この水の教えを鼠頭牛首と言います。
巨大怪獣というのは真っ赤なウソです。




