19 妖怪サトリ
【登場人物】
小野タスク
平凡な高校生。
悪霊を斬る霊剣『韴霊剣』を目覚めさせる能力がある。
自宅の裏山が、なぜか地獄に繋がっている。
コマチ(小野小町)
平安時代の鬼退治師であり和歌の言霊を操り自由に時空間を変化させ、炎や水を操る能力を持つ少女。
・パンツを履くという概念が無い
猟師コマチ(チビ助)
鬼と戦う少女。蝦夷風の装束を身にまとい半弓と毒薬を使う。
・パンツを履くという概念が無い
柳生十兵衛 平 三厳 (ミツヨシさん)
山奥で修行中に、なぜか現代に召喚されてしまった剣豪で、タスクのお婆ちゃんの友達。
立烏帽子の霊刀『小通連』に片目を食われた。
立烏帽子(鈴鹿御前)
将軍塚にある地獄の門を開放する妖女。
天魔最高神の一人であり、魔王軍随一の女性剣士である。
婆さん(奪衣婆)
三途の河原で出会った老婆。
コマチを超える言霊のパワーを持ち、御前の指示でタスクを地獄へと導く。
小野忠明(神子上典善・次郎右衛門)
修羅の世界で最強の剣客。
というか鬼より怖い。
善鬼坊
生前、小野忠明に討ち取られた修験者。
今は小野忠明の相棒である
チビ助を部屋に入れずにいたら、酔った勢いで子供のように泣きわめくので、しかたなく部屋に入れてやった。いや子供だけどさ。
夜勤に出ようとした母が廊下から不安げな顔でジッとこちらを見ている。
「タスク…」
「なんすか?」
「母さん今夜は夜勤だからね」
「はい」
母さんは看護師なので今日は夜勤に出る日らしい。
よけいな苦労をかけてしまってごめんな。
いや、俺のせいじゃないんだけどさ!
「タスク…」
「なんすか?母さん」
「ごめんね、もう少しお前の事を見てあげてれば良かった…」
母は涙をぬぐった。
母さん。何か誤解してますね。
チビ助はベッドの上ではしゃいでいたが、すぐにクカ〜と寝息をたてて寝てしまう。
だからビールなんか飲むなと言ったろうが!
しかたなくチビ助を布団に寝せてやる。
まるで育児みたいだ。
「さて、俺はどこで寝るべきか?」
と、つぶやいた瞬間、チビ助の上に倒れ込んだ。
背後にチラッと赤いスカートが見えた。たぶん御前だな。
また闇の中にいた。もう夢の世界に入っていたのか。
時間も距離も上も下も、生も死も無い光も無い。全くの虚無の世界。
「地獄の井戸か…」
チビ助の姿は見えない。
というか、あいつに言霊が操れるとも思えない。
チビ助を依代に使って御前が勝手にやったのだろう。
また背後からフワリと抱きかかえられる。
香のかおりがする。あの人だ。
今の俺は心法だけの存在なので闇の中でも姿が見えるハズなのだが、不思議な事にこの人だけは全く見えない。
「あなたは誰なんです?」
フッと薄明かりが差すと、赤い雲の空と透き通った大河が見える。
いつの間にか三途の川に一人で立っていた。
姿を消して一瞬で異世界に転移できる。彼女はすごい術者だ。
「では稽古の続きを始めるぞ!」
また妖怪婆さんがやって来た。
婆さんは俺をつかむなり修羅の世界に飛ぶ。
小野忠明の屋敷にはすでに善鬼坊たちが居る。
「今回から実戦訓練だ」小野忠明はいきなり実戦を持ち出してきた。
「え?まだ早くないっすか?」
「地面の上で泳ぎの練習をしても泳げる様にはならぬ、剣術を学ぶなら生きた人間を切って覚えるのが一番じゃ」
小野忠明は表情も変えずにひどい事を言う。
うわ〜なぜこの人が修羅なのか意味が分かった。ちょっと引いた。
「あそこに『サトリ』という妖怪がおる。それを退治して参れ」
小野忠明が前方の高山を指差すなり無理難題を命令してくる。
「妖怪サトリ?」そういや鬼太郎にそんな妖怪が出てたっけ。
「なあに、たいした相手ではない。木刀で叩けば一撃じゃよ将軍どの」善鬼坊は笑いながらまた肩をバーン!と叩く。
痛いがな。
「あ、あの、なんで俺が将軍なんですか?」
「行くぞタスク!」
婆さんはいきなり俺の襟首をつかむとサトリのいる高山へワープした。
ん〜やっぱこの婆さんたち何か隠してるなっ!
婆さんは山の渓谷に降りて立った。いきなり山の上だ。耳が痛い。
目の前の断崖絶壁の間には一本の丸木橋が掛かっている。
「この橋の向こうにサトリが居る、これを渡って行け」
下をのぞけば、ゴツゴツとした岩場に激流が流れている。
いや、夢とはいえ落ちたら死ぬでしょ、これ。
「早よ渡らぬか」
「そんなムチャな!」
婆さんが俺に向けて手をかざすと手のひらからボウッと火炎が巻き上がった。
うぎゃっ!まさかその技は!
「渡りますって!」
俺はあわてて丸木の上に飛び乗る。
足元がグラグラしている。下には渓谷の岩場と急流が見える。
ダメだ足が震える。
振り返ると婆さんがこちらをジッと見ていた。
く〜っ…困った。
あきらめて両手を丸太の上に突き、足を引きずり寄せながら丸木橋の上を渡り始める。
まるでシャクトリ虫だ。
見れば距離は十メートルぐらいだろうか。
とても遠く感じる。いったい何メートル進んだんだろう?
ふと振り返るとまだ三メートルぐらいだ。
あ、チラッと下を見てしまった!
あ!あ!あ!足が震え出した。怖い!
「何をしている。さっさと渡らぬか!」
え?
後ろを振り返ると小野忠明が立っていた。
えええ!先生いつの間に?!!
「早く行け!蹴落とすぞ!」小野忠明は丸木橋に近づくと蹴り始めた。
うぎゃあああ!この人ならホントに落としかねない!
俺は必死に橋をズリ渡った。
最後の一メートルほどは一気にジャンプして飛び降りる。
顔面を岩場にぶつけて肘をすりむいた。
「ヒイイ〜死ぬかと思った!」後を振り返ると、すでに小野忠明は居なかった。
「なんで…??」
「では行くぞタスク」
え?
見上げれば目の前に婆さんが居た。
どうやら一人で渓谷飛び越えて来たようだ。
ズルいぞ!
渓谷を抜けると森に出た。
良い天気だ。
遠くには山々が幾重にも広がっている。
「うわ、スゲえ景色だよなコマチ」
「そうじゃのう」と婆さんが返事をした。
うわっ!恥ずかしい。
いつものクセで、ついコマチと呼んでしまった。
いや、なんでコマチなんだ。
森の入り口に近づくと婆さんが歌を詠む
春雨の 沢へ降るごと 音も無く
人に知られで 濡るる袖かな
婆さんはフッと姿を消した。
「消えた?」
「姿を隠しただけじゃ」婆さんの声だけが聞こえる。
スゲぇ、そんな事もできるんだ。
「もうすぐサトリがお前を喰いに出てくるぞ。食われるなよ」
「え?!サトリって人を食うの?聞いてないよ!!」
それってヤバい相手じゃね?
「お前はおびえておるな」
「え?」
いきなり頭上から声を掛けられた。
頭上の木々を見渡すと高木のシルエットの中に…
居たっ!何か人間の様な物がスルスルと木の幹を降りて来る。
地上に降りた「それ」は体長が2メートル近い巨大な毛むくじゃらの大猿で、お坊さんのようなボロい法衣をまとっていた。
これがサトリか!想像したより強そうじゃん!
「想像したより強そうだ…と、思ったな」
大猿は金色の目を光らせた。
コイツ!心が読めるのか!
「コイツ心が読めるのか…と思ったな」
大猿はジワリと近づいて来た。
思わず後ずさりするが周囲は岩場だ、ヘタに後ろに退がれは、あの池ポチャより酷い目に遭う。
「もう退がれないぞ…と思ったな」
大猿はさらに近づいて来る。
俺はベルトからカマ様の神器を引き抜く。
「剣になれ!フツのミタマ!」
神器はシャキッと開いて鎌の形に変わった。
(カマで戦うしかないか…)
「こんなカマで戦うしかない…と思ったな」
大猿は金色の目を光らせニヤリと笑った。
口からは黄色く薄汚れた牙が見える。
まずい!こちらの手の内から弱点までぜんぶ見透かしているのか!
「飛べ!フツのミタマ!!」
サトリめがけて鎌を投げ付けるが、サトリはスッ…と避ける。
「何っ?!」
鎌はブーメランのように回転しながら飛び去り、空中で反転し再び背後からサトリめがけて飛び来るが、またサトリは後ろも見ずにスッ…と避ける。
「バカな?!」
ブーメラン鎌を受け取ろうとした瞬間、サトリが飛びかかって来た。
あわてて両腕でガードしたがサトリはその左腕に噛みついた。
「うわあああ!!」
斜面に倒れ込むなり、サトリは俺を押さえつけながら牙を剥く。
牙が肉に食い込みゴリゴリと骨を砕く音がする。
痛い!痛い!怖い!
死の恐怖。
このまま何もできずにケモノに喰い殺される恐怖!
サトリがブンブン首を振り左腕をボリッと食いちぎった。
「ぎゃああああっ!!」
ホントに食われた!
左腕からは血が吹き出し、俺は血まみれになりながら斜面に転がって逃げる。
!あああっ!このままでは喰われる!殺される!
恐怖に耐えきれず転がり回るとカマが見えた。
「カマ様!」
倒れながら必死に腕を伸ばすと鎌が空中を飛んで右手にバシッ!と戻って来る。
助かった!すごい!こちらの思い通りに動くのか、やはり神の兵器だ。
サトリが再び襲いかかって来る。
全力で鎌をメチャクチャに振り回した。
この刃に触れさえすれば鬼や妖怪は消滅するはずだ!
「何っ?その刃に触れると消滅するのか!」
サトリはこの神器の威力を察してバッ!と飛び退いた。チャンスだ!
「飛べ!フツのミタマ!!」
サトリめがけて鎌を投げ付けると、鎌は回転し岩を砕き木々を薙ぎ倒しながら飛び回る。
なんだ?ものすごい威力だ!
…そうか!
この世界じたいが霊界だから、ここではカマ様の神器はパワーアップして物理法則を超えるのか!
「むう、この世界ではその神器は物理法則を超えるのだな!」
サトリはフツのミタマの威力に気づくとたちまち逃げ去って行った。
「助かった…」
俺はそのまま倒れて気を失った。
香の匂いがする…
フワリと身体が浮いた。
見るときらびやかな十二単を着た髪の長い女性の横顔がわずかに見える。
初めてこの人の姿を見た。
色白で整った顔の美女。
でも何か、少し寂しげな、悲しそうな顔に見えた。
覚えているのはそこまでだった……。
気がつくとチビ助の居るベッドの布団の上に倒れていた。
チビ助のヤツは布団をけとばし、着物がめくれてハシタナイかっこうで足を俺の頭の上に載せている。
寝相が悪いぞこんニャロめ。
チビ助の着物を直して布団に寝かせる。
保育士かよ!
「腕は?…」
ふと気づいて左腕を見てみれば、食われた腕はちゃんとついていたが、左腕にはまだ鈍い痛みがある。
サトリに食いちぎられたはずだが身体はなんとも無い。やはり夢の中の話だ。
心法の身体とはいえサトリに食いちぎられたせいか腕の動きが鈍い。
まるで左腕の魂が抜けてるみたいだ。
魂にダメージが残るのか…
部屋の扉がガチャリと開いてエプロンをした柳生十兵衛が入ってきた。
「先ほど鬼御前がお見えでしたが、やはりこちらにお越しでござったか」
「また修羅界に行ってきました…」
左腕を押さえる。
「ほう、サトリと戦われましたかなタスクどの」
すごい!なんで分かったんだ。
「ミツヨシさんはサトリを知ってるんですか!」
「人の心を読む化け物であったと親父どのから聞きもうした」
「そうです!ミツヨシさんのお父さんもサトリと戦ったんですか?」
十兵衛はうなずいた。
「おそらくは我が親父どのも昔はこうして修羅の剣を磨いていたのでござろうな」
ミツヨシさんの父さんの田嶋さんもサトリと戦った事があるのか!
「田嶋さんはどうやってサトリに勝ったんですか?」
十兵衛は静かに目を細める
「タスクどの。サトリの倒し方はそのツルギに聞けばよろしかろう」
カマ様の神器。これがしゃべるのか?
鎌はもうただの棒きれに戻っている。
「これはコマチが居ないと剣の形にならないんですよ」
「そのツルギの名は有無一剣という名ではござらぬかな?」
「あ、そういう名前でしたね」
名前に何の意味があるのだろうか?
「それを拙者にお貸しくだされ」
十兵衛はひざまずくとカマ様の神器を恭しく手に取り、頭上にかかげて礼拝しながら歌を読み始めた。
有るは無く 無きは数添う 世の中に
あはれいづれの 日まで歎かむ
神器はたちまち、剣の形に変形した。
「ええっ!ミツヨシさんも言霊が使えたんですか!」
十兵衛は静かに首を振って太刀を下ろす。
「タスクどの。この小野小町様の歌の意味は分かりもうされるか?」
「まったく分かりません」
「そうでござるか」
十兵衛はツルギを元の形に納めると正座して手前に神器を置き、居住を正して語り始めた。
俺もミツヨシさんの前に正座する。
「『有るは無く』とは生と死の事にござる」
「生と死?ですか?」
「さよう。コマチ様の本歌の意味は、『生きていた人も、この世には居ない。時は無情に過ぎ去って行く』という世の儚さを詠んだ歌でござるな」
そういう意味だったのか…
しかし小野小町の歌はみんな悲しげな歌が多いな。あの乱暴者のコマチや元気なチビ助とはずいぶん印象が違う。
いや、自分が知っているのはコマチのほんの一部分なのかもしれない。
本当の小野小町は、はかなげな一人の女性なのだろう。
「だが我ら兵法家の極意においてこの歌は、小町様の『本歌』とは別な意味を持ちもうす」
「え?兵法?」
「『有るは無く』が生と死を意味するなれば、兵法では生死を超越し、世界を超越する事を意味しまする」
急に精神論になった。
「世界を超越するってどういう意味なんです?」
「自分の身も心も捨ててしまえば自由自在。
そうなれば世界の壁なんてそもそも無い。
それが『有るは無く』という事でござる」
「身体を捨てるって…幽体離脱ですか?」
「無心になるという事でござる。
無には世界の隔たりなぞありませぬゆえ」
なるほど、たしかに自分が無ならば敵も味方も世界も異世界も無い。
…しかし疑問がある。
「無心になって闘えるのですか?」
「戦場で漫然と無心になっていても、ただ討たれるだけでござるな」
「そうっすよね…」すごく当たり前の答えが返ってきた。
「人の心は本来なら無心なのでござるが、
戦おう、守ろうと考えると心の中に『色』が現れるのでござる」
「色?ですか?」
「無心から心が動くと『色』が起こる。
それは目に見えて、肌に感じ、味にあじわえるものでござる」
「心の『色』が見える……あ!サトリの事ですか!」
「さようでござる。心の中に『色』が現れ、それが身体や顔色に現れ、相手に見えてしまうのでござる」
なるほど!なぜサトリがこちらの考えを読めるのか?その原理が分かってきた。
サトリはこちらの心に浮かぶ色を感知できる能力を持っているんだ。
「ミツヨシさん、心を読める敵に勝つ方法はあるのですか?」
「ありもうす。それが有無の一剣でござる」
「有無一剣が?」
あの剣の名前に意味があったのか?
「サトリは心を読んだ事を相手に伝えて惑わして魂を喰らう鬼にござる。
サトリが心を惑わそうとするならば、こちらは無心になれば良いのでござる」
「無心になれば防げるんですか?」
「さよう。タスクどのはなぜ心が迷うとサトリに負けてしまうのか?それを理解しておられますかな?」
心が迷うと勝てない…考えた事も無かった。
「それは心がゆれ動くからでござる。
もし弓、鉄砲で狙ったとしても、心が定まらねば矢道は外れ、鉄砲も当たりませぬ」
「なるほど心が動くから集中ができないのか。それじゃあ勝てないや」
「さようにござる。心の動きは色に現れ、心が動けば動きは定まらない。
ならばこちらは心を動かさなければ良いのでござる。
すなわち敵に惑わされない心『不動心』
それが無心なのでござる」
「不動心…心を動かさない。それでサトリに勝てるんですか?」
「勝てもうす」十兵衛は断言した。
「無心であれば色も無く心は読まれない。
無心であれば心は惑わされないのでござる」
「どうやって無心になれるんですか?」
「まず身も心も捨てる事でござるな」
「捨てる?それで戦えるんですか?」
十兵衛は真剣な顔でこちらに語りかけた。
「まず『敵に斬られる』という恐怖を捨てることでござる」
一瞬サトリの飛びかかって来た恐怖映像がフラッシュバックしてきた。
「それはムリか…な」
十兵衛はうなずいた。
「さよう。恐怖を捨てるなぞ、なかなかできるものではない。
ならば『いっそ我が身を斬られてしまえ!』と、身を捨て去るのでござる。
全てを捨て去り『空』となってしまえば、
敵は我であり、我は敵である。
天上界も地獄もまた我と一心である。
それが彼我一体でござる」
「敵の心と一体になる…」
「全てを捨てて生と死をも忘れるのでござる。
これを我が親父どのは『心を捨てて捨てぬなり』と説きもうした。
『有るは無く、無きは有る』
それを『有無』というのでござる」
全てを捨てて生死を忘れる。
驚いた、そんな風に考えたことも無かった。
やはりミツヨシさんってすごい。まるで剣豪みたいだ。
十兵衛は少し視線を上げれと詩を読み始めた。
両頭俱に截断せば、
一剣天によって寒じ。
「一剣天によってすさまじ…なんだろう?剣道の歌ですか?」
「生死を超えれば天空の一剣は、迷いが晴れて清々しという意味でござる。
それが有無一剣なのではござらぬか」
「一剣天によって寒じ…
有無一剣……心を捨てて捨てぬなり
そうか、以前、餓鬼と戦っている最中にミツヨシさんが言っていた言葉も「斬られてしまえ」だったけど、そういう意味だったのか!」
「斬られてしまえ。電光影裏、春風を斬るとも言いまするな」
「春風を斬る?」
「昔、中国のお寺(南宋能仁寺)が蒙古軍に攻め囲まれ、無学祖元 和尚に刃を突きつけたのでごさるが、和尚は殺されそうになっても逃げもせず平気な顔だったのでござる」
「平気だったんですか?」
「考え方が『空』だったのでござるな」
「『空』の考え方?」
十兵衛はうなずいた。
「仏の教えはこの天地全世界がみな同じ空だと言うならば、自分も敵も、神も仏も、みな同じ空ではないか。
たとえ斬られたとしても、空に斬られ空に帰るだけの話だ。わが心は不滅である。
剣が稲妻のようにキラッと光っても、春風をフワリと斬るようなものだ。
喜んでその剣で斬られてやろうではないかな』という意味でござる」
「斬られてやるですね」
十兵衛はうなずくとまた姿勢を正して漢詩を詠み始めた。
乾坤、孤笻を卓つるに地無し。 喜得す、人空法また空なるを。 珍重す、大元三尺の剣、 電光影裏、春風を斬る。
ミツヨシさんのおかげで何か心の奥にあった迷いや恐れが少しづつ溶けて行く気がした。
電光影裏、春風を斬る。
春風を斬る…春風を斬る…
身も心も捨てて斬られてしまえ。
心を捨てて捨てぬなり。
有るは無く無きは有る…か…
「有るは無く…
無きは数添う 世の中に
あわれいづれの日まで嘆かん」か…
なんか悲しい歌に聞こえる。
なぜコマチはこんな歌を詠んだんだろう。
その時、手の中でいきなりカマ様の神器が動き出し、シャキッ!と剣の形に変形した。
「フツのミタマのツルギ!」
剣の形になっている!
できた!俺にもできたんだ!
十兵衛は微笑んでうなずいた。
「やりましたのうタスクどの。コマチ様の歌に共鳴できたのですな」
「コマチの歌?…」
そうか、俺は今までコマチを理解できてなかったんだ。
心を歌にあずければ、歌は共鳴してくれる。
そうか…これが言霊の力なのか。
(=φωφ=)あとがき。
> 妖怪サトリ
柳生但馬守の「兵法家伝書」に登場する妖怪ですね。
木樵の前にサトリが現れたのですが、すっぽ抜けた斧に当たって負けたとか、桶屋に現れて、跳ねたタガ(竹のベルト)に当たって逃げたとか、ヒヤリハットな妖怪ですね。




