12 必殺!南軍流 一打三手
【登場人物】
小野タスク
平凡な高校生。
悪霊を斬る霊剣『韴霊剣』を目覚めさせる能力がある。
自宅の裏山が、なぜか地獄に繋がっている。
コマチ(小野小町)
平安時代の鬼退治師であり和歌の言霊を操り自由に空間を変化させ、炎を操る能力を持つ少女。
・パンツを履くという概念が無い
猟師コマチ(チビ助)
鬼と戦う少女。蝦夷風の装束を身にまとい半弓と毒薬を使う。
・パンツを履くという概念が無い
川崎カヲル
年齢不詳の女性民族学者。
裏山の古墳を発掘するため移住して来てそのまま学校の司書になった変人。
・南軍流剣術の宗家である。
犬山
剣道部の主将。カヲルを剣の師と仰ぎ、先生と呼ぶ。
初対面のコマチに凹られ、苦手意識がある。
柳生十兵衛
山奥で修行中に、なぜか現代に召喚されてしまった剣豪。
立烏帽子の霊刀『小通連』に片目を食われた。
タスクのお婆ちゃんの友達。
立烏帽子(鈴鹿御前)
将軍塚にある地獄の門を開放する妖女。
魔王軍随一の女性剣士である。
餓鬼阿弥とテルテ
男女の熾燃餓鬼。強健な身体能力を持ち、炎の属性魔術を使える武士
餓鬼阿弥と呼ばれる黒制服の男が、遠間から片手で太刀を振り回し、斬りつけて来る。
うぎややゃゃ!!カマと刀では間合いが全然違うっ!
鎌でどうやって刀と戦えばいいんだ?
いきなりピンチだ!!
男鬼が目の前まで迫り、頭上から太刀を振り下ろす。
「ヒイっ!」
とっさにカマの下に身を隠すと、カマはクルリと角度を変えて身を囲い、男の太刀を「パチン!」と火花とともに弾いた。
男の鬼は太刀を弾かれてよろめき、驚いた顔をしている。
なんと!自動的に鎌が防御してくれるのか。
亡者の魂を一太刀で成仏させ、鬼の攻撃から勝手に身を守る。
これが『カマ様の神器』の力なのか。
ひょっとしたらこれで勝てるんじゃね?…と甘い考えをした束の間、こちらの防御力を察した男鬼は戦術を変えて来る。
片手でジリジリと間合いを詰めるなり、大振りで足元を切り払い、あわてて避けようとした所を、頭、腕、腹、足、と緩急を付けて切付けて来る。
ヤバい!よけい手ごわくなった!
こうなると剣技の実力の差が出て来る。
いくら神器が自動防御してくれるといっても全方位を守ってくれるワケではない、刀が振り下ろされて来る方向に向かないとガード不能だ。
だがこちらは素人だ。手慣れた相手にじっくり間を詰められては白刃から逃げるだけで精一杯になる。
男鬼はフェイント混じりに左右に振り回しながらジリジリと踏み込んで来る。
こちらは逃げるように飛び退くが、気づけば背後は屋上の手摺りだ。
このままでは後がい!どうする!どうする?!
「タスク!」コマチが駆け寄ろうとするが、横からテルテがコマチに襲いかかる。
コマチは手をかざしてバリアを張った。
『衣の関!』
布の様な壁にテルテは衝突して弾き返され、よろめく。
コマチはすかさずテルテに向かって走り出しながら歌を詠唱する。
もろともに 立たましものを みちのくの
衣の関を よそに聞くかな
『衣の関!』
歌を詠唱した二発目はさらに強力なバリアとなってテルテを数メートルも高く弾き飛ばした。
スゲえ…
だが女鬼は、驚異的な身体能力で着地し、口から熾燃餓鬼の炎を吐き出しながらコマチに飛びかかる。
コマチは炎に向かって和歌を詠唱する。
おろかなる 涙ぞ袖に 玉は成す
我は堰あへず たぎつ瀬なれば
『激瀬!』
コマチの全身が球型の水のボールに包まれ、激しい水流が走り出す。
熾燃餓鬼の炎は水流の勢いで消し飛び、女鬼のテルテは激流に弾き飛ばされて屋上を転げ回る。
「テルテ!」
男の鬼が叫んだ。
驚いた、この鬼は人間の言葉をしゃべれるのか!
テルテとはあの女の鬼の名前だろうか?
まさか熾燃餓鬼に人間と同じ他人を思いやる気持ちがあったなんて。
男の熾燃餓鬼は太刀を振り上げながら一直線にコマチめがけて走り出した。
コマチは『激瀬』の激流を浴びせるが男は水流を避けもせず太刀を振り上げ力押しで押し返し突進して行く。
ダメだ!フィジカルで負けている!
「逃げろ!コマチ!」
とっさに男鬼の背後に向かってカマをブン投げると、鎌はヒュイィイィと高音を立てながら回転し、光のリングとなってフリスビーの様に飛んで行った。
「え?」
男の鬼は振り返りざまに片手太刀で鎌を弾き飛ばす……が、弾かれたのは男の鬼の太刀の方だった。
男鬼の太刀は宙を飛び、地面にガシャ!と転がった。
男の鬼は驚愕の表情で立ち尽くしている。
スゲえ!一撃で太刀を弾き飛ばした!
鎌は回転しながらこちらに戻って来る。
ええっ!あぶねっ!と左手を差し出したら、手のひらの中にピタリと止まった。
自由に飛び回って戻って来るのか!!
すごい!すごい武器だ。まるで魔法のアイテムだ。
「タスク!」コマチが駆け寄って来て右手の鎌に手を添える。
有るは無く 無きは数添う 世の中に
あはれいづれの 日まで歎かむ
『有無一剣』
コマチの歌に反応して右手の鎌がシャキン!と開き、剣の形に変わる。
『フツのミタマのタチ』とカヲルさんが呼んでいた霊剣だ。
男鬼は再び太刀を高くかかげながら突進して来る。
すごい迫力だ。
まるで合戦の鎧武者を見てるみたいだ。
俺はとっさに太刀を突き出して正眼に構える……が。
あれ?この後、どうすればいいんだ?
剣道の技なんて、まだツキと正面切りしか知らないんですけど。
男の鬼はもう目の前に迫って来た。
どうする!どうする!
ふと頭の中にカヲルさんの言葉がよぎった。
「もう三手も覚えたじゃなあい」
南軍流一打三手の勝ち。
そうだ、俺にはあれしか無い。
真っ直ぐに太刀の切っ先を男鬼に向けてツキの構えに構える。
男鬼は俺の切っ先を叩き落とそうとして片手打ちに強く斬り払う。
俺は無心に振りかぶると、男鬼の太刀は空を切った。
男鬼はそのまま下から俺の目の前を切り上げる。
どうせ逃げられない。俺は上段のまま動かなかった。
太刀先が顔をかすめた。
太刀が男鬼の右肩に担ぎ上げられ、太刀の光が右にひらめくのが見えた。
まるで時間が止まっていたかのようだ。
じっさいにはほんの一瞬だったのかもしれない。
だけど男鬼の鋭い動きがまるでスロー再生の様に全て見えていた。
そうだ…今だ
「三手…」
何も考えず自然に太刀をストン!と正面に振り落とすと、カチン!と軽い音がして男の動きが止まった。
「あ?」
どうやら、たまたま男が振り回した太刀の上に、こちらの打ち込みがストン!と乗り掛かって男鬼の太刀が打ち落とされたようだ。
そして、こちらの切っ先はそのまま男の顔面に向けられていた。
この形はまさしくカヲルさんが使っていた南軍流の三手の勝ちだった。
こんなに見事に形どおり決まるとは、自分でも驚いた。
太刀を打ち落とされ、いきなり切っ先を目の前に突き付けられて男鬼の動きが止まっていた。
切っ先の向こうに男鬼が呆然としている顔が見える。
まるで血の通った人間の様な表情だ。
彼は本当に鬼なのだろうか?
あのテルテという女鬼の名前を呼んだあの感情。あれは俺たちと同じ人間の感情ではないのか?
俺がこのまま突けば、この鬼は消え去るのだろう。
これに斬られた鬼は『フツのミタマのタチ』の霊力でこの世から消える。
そうするとこの男は、あの女の鬼とも永遠に別れる事になるのではないか?
俺が逡巡している間に男鬼は飛び退き、再び太刀を構え直す。
男の切っ先が再びこちらに向けられた。
俺は太刀を下ろし思わず声を掛けた。
「なぜだ!なぜ人を襲う!この刀で斬られたら君はこの世に存在できないんだぞ!彼女とも、もう二度と会えないんだぞ!」
男は一瞬、驚きの表情を見せた。
いやコマチも驚いてた。
何言ってんだ俺。
男の鬼は表情を変えず、静かに太刀を下ろした。
こちらをジッと見ている。
何だろう?この人は本当に鬼なのだろうか?
不思議だ。
まるで剣を通じてお互いに語り合ったかのような気がする。
「ふはははは」
どこからか女性の笑い声が聞こえた。
たぶん御前の声だったのだろう。
男の鬼は、ふと横に居る女の鬼に向かってアイコンタクトをとると、無言で走り出し、
屋上のフェンスを飛び越えて去って行った。
女の鬼も続いてフェンスの向こうに姿を消す。
おいおい屋上だぞ。ここは…
隣の校舎を見回したが御前の姿はどこにも無い。
全てが消えて居なくなっていた。
いったい何をしに来たんだろう?
何が目的なのかわからない。
俺は屋上に立ちつくした。
(まさか俺と戦うために……)
遠くから消防車のサイレンの音が聞こえてきた。
〜12 「必殺!南軍流 一打三手」〜 完
(=φωφ=)あとがき。
> 餓鬼阿弥とテルテ
モデルは小栗判官と照手姫ですね。
最初はこの2人を主人公にするつもりだったのですが、なぜか小野小町と平凡な高校生が主人公になりました(笑)
地獄に堕ちた小栗判官は、ヤマ天(閻魔大王)により餓鬼阿弥として復活したと言われます。
> 必殺!一打三手
いや、ただの基本技でしょこれ。




