13 となりのみつよしさん
【登場人物】
小野タスク
平凡な高校生。
悪霊を斬る霊剣『韴霊剣』を目覚めさせる能力がある。
自宅の裏山が、なぜか地獄に繋がっている。
コマチ(小野小町)
平安時代の鬼退治師であり和歌の言霊を操り自由に空間を変化させ、炎や水を操る能力を持つ少女。
・パンツを履くという概念が無い
猟師コマチ(チビ助)
鬼と戦う少女。蝦夷風の装束を身にまとい半弓と毒薬を使う。
・パンツを履くという概念が無い
川崎カヲル
年齢不詳の女性民族学者。
裏山の古墳を発掘するため移住して来てそのまま学校の司書になった変人。
・南軍流剣術の宗家である。
柳生十兵衛
山奥で修行中に、なぜか現代に召喚されてしまった剣豪。
立烏帽子の霊刀『小通連』に片目を食われた。
タスクのお婆ちゃんの友達。
立烏帽子(鈴鹿御前)
将軍塚にある地獄の門を開放する妖女。
魔王軍随一の女性剣士である。
餓鬼阿弥とテルテ
男女の熾燃餓鬼。強健な身体能力を持ち、炎の属性魔術を使える武士
教室の火災はカーテンが燃えただけで済んだ。警察が現場検証していたが、不思議なことに例の男女の鬼の事は誰も覚えていなかった。
火事騒ぎのせいだろうか、クラスのみんなはポーっと放心していた。
まるで沢田先生みたいな感じだ。
スクールカウンセラーの判断では火災によるショックだろうと言う。
おかげで、午後は休校となった。
「じゃあ今日は裏山の第六天神社で稽古しましょ!」と、カヲルさんの提案だが、あそこは将軍塚のすぐ近くだ、また鬼が出るのではないかなあ……というかカヲルさんが将軍塚に行きたいだけなのでわないかな!
「将軍塚には地獄の穴が開いていて、そこから夜な夜な鬼が湧き出てくるのじゃ!」…とチビ助は言っていた。
ふと先ほどの男女の鬼たちを思い出す。
彼らはなぜ学校に来たのだろう?
彼らは本当に俺の敵なのだろうか?
今まで戦ってきた地獄の亡者たちのような無機質さとは違って、生身の人間のような感情があった。
鬼たちはなぜ戦うのだろう?
道すがら考えるうちに裏山の第六天神社に先に着いた。
見まわして見ても鬼の気配は無い。だいじょぶそうだな。
カヲルさんが来るまで素振りでもしてるか…
木刀を取り出す。
「待てぃ!タスク」
「なんすか?コマチさん」
「お前が太刀打を為なれば、妾が場を浄めてやる」
コマチはシャリーンと、すでに五十鈴を手にしている。
ああ、あの巫女舞か、それはありがたい。
コマチは澄んだ声で歌を詠み始める。
宵々の 夢のたましひ 足たゆく
ありても 待たむ とぶらひにこよ
コマチは長いリボンの付いた五十鈴をシャリシャリ鳴らしながら舞い始めた。
何度見てもすごい。感動的に美しい舞と歌だった。
コマチはアホだけど美人だし、歌も舞も美しい。こういうのが芸術なのだろうな。これなら神様も喜んで…
と思ったら、いきなり神社の扉がギイイと開いた。
「出たっ!」と飛び上がって見れば、中からやたら着物を着た片目で長髪のオッさんが出て来た。ホームレスか?
いや、おっさんと言うには、まだ少し若い気もする。よく見ればアスリートみたいに精悍でカッコいい方かな。
「いやあ済まぬ済まぬ。お見事な詠みっぷりでござった。その歌は小野小町でござるな」と、オッさんは長髪の頭をかきながら笑う。
というかこのオッさんさん、コマチのことを知ってるのか?
見れば腰には派手な装飾のついた短刀を差している。
あの短刀は見覚えがある!御前が持っていた刀に似ている。
(まさか御前の手下か?)
とっさにカマのグリップを握る。
コマチは腕を組みふんぞり返る
「そうじゃ、妾が小野小町じゃ」
またコマチがアホな返答をする。
おいおい、女子高生が小野小町だなんて、そんな話、普通の人が信じるわけねーだろ。
「なんと!よもやあなた様が、小野小町様でござるか!!」おっさんは神社の地面に正座して平伏する。
え?信じちゃうんだ。
この人も変かもしれない。
「拙者!烏丸大納言卿の末席において歌を学びし者にして、こ度こうして小野小町様にお会いできて、感激至極にござ候」
マジかよ。ふつう女子高生が「自分は小野小町で〜す」とか言って信じるもんかい?
「そち、名は?」
「ははっ!平三厳にごさります!」
「平とな!なんと皇孫であられるか。面を上げられよ」
「ははっ」
まるで時代劇というか学芸会だな。
オッさんはコマチに会えてメッチャ感激しているみたいだが、どうやらこのオッさん「平のミツヨシさん」と言う名前らしい。言われてみれば平家の落ち武者っぽい。
「ひょっとして平さんもタイムスリップしてきたんですか?」
「タイムストリップとは何でござるか?」
ストリップじゃないよ、おっさん
「え〜と、時間を超えて、過去や未来へと移動する現象ですよ。黒い穴というか井戸の中を通って」
「おお、『ミトリヶ池』でござるな」
「ミトリガ池?」
「見取りヶ池とは、お能の演目にある『野守ヶ池』の事でござる」
「能の演目?…池がですか?」
「さよう、春日の里はし鷹の『野守ヶ池』の塚には鬼が住み、恐ろしき鏡を持つと言われます。
池に落ちたはずが、そこな塚の手前に落ちて来ました。
拙者がここに来たのも鬼神の導きやもしれませぬ」
「鬼神の住む塚?!」
頭の中に将軍塚に居た御前の姿がよぎる。
そうか、やはりミツヨシさんも、その鬼の鏡という魔力でこの時代にタイムスリップして来たのか。
おそらく恐ろしい鬼の鏡とは地獄の井戸の事だろう。
「ミツヨシさんはなぜそんな恐ろしい鬼の住む池に行ったんですか?」
「兵法の修行でござる」
「兵法?!ひょっとしてミツヨシさんって剣道家なんですか?」
「さよう拙者は剣の行者でござる」
やはり剣道家か!
そうだよな、よく見れば腕の筋肉といい、姿勢といい、いかにも鍛えたサムライって感じがする。
「我が親父殿が大和国春日様のミトリヶ池にて水月の極意を悟ったと申すゆえ、そこへ行けば我が剣の迷いも消え去るかと思い、月をながめておりましたれば、そのまま池に落ちてしまい、いやはや」
なんか…本当に武芸者なのかな?この人。
「まだまだ修行が足りませぬな」
ミツヨシさんは歌を詠み始めた。
ひとつふたつ 拾わぬ玉も残るらん
我愚かなる 袖の狭きに
コマチがムッとして睨んだ。
「それは妾の歌のパクリではないかえ」
みつよしさんは飛び退いて平伏する
「ははっ!恐れ入ります!ご本人の前で御無礼いたしました」
ふむ、とコマチはふんぞり返ると歌を詠み始めた。
おろかなる 涙ぞ袖に 玉は成す
我は堰あへず 激つ瀬なれば
激つ瀬…あれ?その歌は水流を発射する呪文だよな?
「おおお!小野小町さまのお歌を聞けるとは!」
みつよしさんは感動の嵐に打ち震えている。
あ、やっぱあれって小野小町の和歌だったんだ。
コマチは満足げに笑う。
「まぁパクリも良かろう、柳生十兵衛も『歌は柯(枝)なり』と言っておるからな」
「おおお!なんと!なんと!なんと!感激至極にござる!」
ミツヨシさんは感激で涙を流している。
そんな感動する話とも思えないけど…
ミツヨシさんはいきなり立ち上がり、こちらをにらみ付ける。
あれ?聞こえた?すいません。
「懲ぬヤツらよの」
何が?
ミツヨシさんは急に野獣のような笑みを浮かべる。
俺そんなに気に障ることを言っただろうか?ちょっとあせってコマチの方を見れば、コマチもこちらに向かって身構えている。
なんでや?
ふと横を見ると、先ほどの男女の鬼が横に居た!
「うぎゃ!出たっ!」
全く気づかなかった。
鬼たちはスラリと太刀を抜く。
あわててカマを手に取る。
「剣になれ!フツのミタマ!」
刃が開き鎌の形になる。
だから!なんで鎌なんだよ!
コマチが俺の頭にポン!と手を置き歌を詠む。
有るは無く 無きは数添う 世の中に
あはれいづれの 日まで歎かむ
『有無一剣!』
コマチの歌に反応して鎌がシャキン!と剣の形に変わった。
触るのはどこでもいいんだ。何か…ありがたみが無い。
しかし刀になったとはいえ、はたして「南軍流一打三手」がもう一度あの鬼に通じるのだろうか?
そもそもあれはマグレ勝ちに限りなく近い。
というかあれはマグレだ!
と、その時、ミツヨシさんが俺たちの横をすり抜けてスタスタと鬼に向かって歩いて行った。
というか丸腰ではないか?!ミツヨシさん!
その瞬間、鬼たちは左右にバーンと飛び退いて距離を取る。
ん?何だ?なぜミツヨシさんから逃げたのかな?
ミツヨシさんは変わらずスタスタと男鬼に向かって歩いて行く。
男の熾燃餓鬼はいきなり口から炎を吹いたが、ミツヨシさんはスルリと身を屈めるなりタタタタっと男鬼の手元に走り込んで行く。
鬼はとっさに斬り付けたが、ミツヨシさんはクルリと身体を反転させて男を投げ飛ばした。
スゲぇ、この人は剣道家だと思ってたら柔道家だったのか!
男は地面を転がって起き上がるが、手には何も持っていない。
見れば、いつの間にかミツヨシさんが男の刀を持っていた。
「ふむ、大刀も欲しいと思っておったのじゃ」
ミツヨシさんが適当な事を言っている。
何がどうなったんだ?
とか思っていたら女の鬼が一直線にこちらへ飛びかかって来た。早い!
…というか、考えてみたら今まで突きやメン打ちばかりで防御技なんて知らないし。どうすりゃいいんだ?
とりあえずムチャクチャに振り回すが、女鬼はいきなり口から炎を吐いてきた。
コラっ!反則だろ!
あわてて身を屈めたらコマチがバリアを張る。
『衣の関!』
目の前にカーテンの様なバリアが張られ炎を跳ね返す。
助かった。
『激瀬!』
水流がドーン!とほとばしり、女鬼を吹き飛ばすが、女は転がりながら左へと回り込み刀を構える。
しまった!回り込まれた。
俺を盾にしてコマチの攻撃を防ぐ作戦だったのか!
というか、どう考えても俺は足手まといだよなあ。トホホのホ。
女鬼は太刀を正眼に構えて、こちらにニジリ寄って来る。
「南軍流一打三手」
こちらはタチを振りかぶるが、女鬼は太刀をスルリと下段に下ろした。
なぬっ?!
相手が上段や中段なら打ち落とせるが、これではヘタに打ち込むと、下から突きをくらう。
こういう場合はどうすればいいのか全く経験が無い。
どうする?どうする?
俺は上段のまま後ずさったら、後ろのコマチにぶつかる。
「コラ!退がるなタスク!」
コマチのヤツは無責任に怒る。
…んな事言われましてもコマチさん。
ミツヨシさんがこちらを向いて、ノンキに語り出す。
「タスクどの『切られまい』と思うから退がってしまうのでござる。
『よし!切られてやろう』と思って踏み込みなされ」
何言ってんだ?このオッさん?
いや、ひょっとしたらミツヨシさんは本当に達人なのかもしれない。
とりあえず信じよう!
ええい、ままよ!とさらに高く上段に振りかぶる。
「カミナリの太刀か」
十兵衛はニヤリと笑った。
女鬼は一瞬ひるんだ。
突きは一点を穿技である。
だが斬り下ろしは線である。
たとえ突いたとしても、上段から体重を乗せて打ち下ろされる刀は、そのまま落下し打撃される。
同じタイミングの相討ちならば上段打ち下ろしと下段突きでは、おそらく上段が勝つであろう。
実戦の例を上げれば、彦根藩士の日下部三郎は突き、胴ばかりを修練して千葉道場で名を成していた。
いざ桜田門外の斬り合いでも日下部は抜群の働きをして浪士たちを切り倒したが、一人も突き、胴を切られた者は居なかったと言われる。
実戦と道場剣道の違いである。
(神道無念流免許弁解)
女鬼は自分の分が悪い事を覚り、構えを中段に変える。
その一瞬のスキを見取った十兵衛は、女鬼に向かってダダダ!と走り出した。
十兵衛の不意打ちに驚いた女鬼は飛び上がって男鬼と共に走り去って行った。
助かった…
ミツヨシさんはこちらを向いてニヤリと笑うと戦利品の太刀を眺めている。
何者なんだ?この人。
(=φωφ=)あとがき。
>日下部三郎は突き、胴ばかりを修練して千葉道場で名を成し
このエピソードは神道無念流免許弁解に書かれています。
なんで北辰一刀流の人が神道無念流に書かれているのかは不明ですが、じっさいの日下部三郎右衛門さんはいきなり斬られてしまってます。あらら…
>ひとつふたつ 拾わぬ玉も残るらん 我愚かなる 袖の狭きに
これは月の抄の最後に書かれている歌ですが、歌じたいは烏丸大納言の歌です。




