第20話 監獄長は知らなかった
「なんで……シルビアが……?」
メアリーが呟く。
ひどく変わってしまったシルビアの身体が無遠慮に現実を突きつける。計画はばれていたのだと。失敗だったのだと。俺たちが、彼女をこうしたのだと。
「何だい? 聞きたいかい?」
監獄長がニタリと下品な笑いを浮かべる。実に楽しそうに、愉快そうに、無邪気な子供のように、それでいて純粋な悪意を湛えながら語り始める。
「普段は拷問に苦しむ姿ばかりを楽しんでいたけど、今度は趣向を変えてみようと思ってね。
君たち二人の計画を知って、どうしようか、どうすれば一番の絶望を見られるかと思ったんだけど、やっぱりこれだよね。友人の無残な姿。
しかもこうなったのは君のせいだ、メアリー=バーン。だって君が計画なんて立てなければ、私はこんなことをしなかったんだから。
……ああ、ああ! 君たちのその顔が見たかった! 良い、やはり良いね! 絶望の顔は!」
「そんなことを……」
「ん?」
「そんなことを、聞いているんじゃない!」
メアリーが監獄長めがけて飛びかかる。それを見た監獄長はシルビアの身体を前に突き出した。メアリーの身体がビクリと止まる。
シルビアにはまだ息があるようだった。しかし彼女の身体はいたるところがボロボロで、もはや生存の可能性はないと言って差し支えないだろう。指はすべてあらぬ方向へ曲がっており、歯も抜かれたのか口からはよだれのように血を流している。足は空中でプラプラと揺れ、腹は裂かれたていた。
沸々と感情がこみ上げる。先程までの動揺は、きっと怒りに変わっていた。
「メア、リー、さん」
シルビアが口を動かした。
「おや? 最期に伝えたいことでもあるのかな? 良いだろう。私は寛大なんだ。言ってごらん」
「わた……し、やっと自由に……なれたと、思った……のに」
「もう、もう良い! それ以上……!」
「友達も、できたのに……。わたし……あ」
シルビアが言葉を紡ぐのをやめる。メアリーの顔を見つめていた目から、光が消える。シルビアの身体には、木でできた鋭い槍が突き刺さっていた。監獄長がその槍を抜く。そしてそのシルビアだったものを投げ捨てた。地面に落ちた彼女を蹴り飛ばす。まるでゴミのように、蹴り飛ばす。
「あーごめんね。ちょっとつまんなかった」
「貴様あああ」
メアリーが今度は、炎の魔法を放った。しかしそれは監獄長に直撃する前に掻き消える。炎が炎を飲み込んでいた。監獄長は大きな炎の壁を俺たち三人の周りに張り巡らせたのだ。
「そのまま焼け死ね、下民」
監獄長の高笑いが響く。
炎の壁は高く揺らめいている。おそらく幾重にも炎を重ねているのだろう。
「あの野郎……!」
「バーンさん、冷静に」
「ちょっと黙って!」
ジンが殺気立つメアリーをなだめるが、逆効果らしく火に油を注いだだけのようだ。
「す、すみません」
しかしジンの怯えた表情を見て、メアリーはかろうじて落ち着きを取り戻す。
「……ごめんなさい。取り乱したわ」
「い、いえ。でも、やっぱりこれって」
ジンが周囲を見る。
炎、炎、炎。視界には炎しか映らない。熱気で汗がとめどなく湧き出て来る。汗を拭ってもぬぐってもキリがない。途中から拭うこともやめた。
「……近づいてるわね」
徐々に、徐々に、炎の壁は俺たちににじり寄っていた。監獄長の言葉通り、このままであれば俺たちは焼け死ぬだろう。
ジンとメアリーが目を合わせる。
「二人とも、手筈通りに。合図をしたら私があれを撃つ」
メアリーの言葉にこくり、とジンが頷いた。
三、二、一。メアリーが地面を強く踏む。それが合図。メアリーが魔法を放つ合図。当然炎の魔法。しかしいつも手癖で放っているようなものではない。詠唱付きの、渾身の魔法だ。
「駆け抜けたまえ、喰らいたまえ、穿ちたまえ……!」
メアリーの掌に、炎の球体が形成される。それは急激に肥大化し、身体の半分を飲み込むかと思われる大きさとなる。
「悪辣たる、閻魔の炎よ!」
その言葉を合図に、それは掌から離れる。炎は爆風を伴いながら加速する。身体が吹き飛ばされそうな感覚に耐える。
一瞬。一瞬で炎は加速しきり、炎の壁に激突する。壁の一部が一瞬だけ崩壊する。そう、一瞬だ。この一瞬をつくるためだけの策だった。
足を動かす。懸命に動かす。ただただ動かす。その壁の隙間を抜けるために、全霊を以て走り抜ける。そしてやっとの思いで壁の隙間を通り、壁の中から脱出した。
監獄長はメアリーの魔法に驚いたのか、のけ反って体勢を崩していた。今が好機とメアリーとジンが距離を取る。
「ちっ、バラバラになったか」
二人は壁に背をあずける状態で、再び全員を炎の壁に閉じ込めることはできないだろう。
俺は、メアリーとジンがしていた偽の戦いの打ち合わせを思い出す。メアリーが炎の鳥を出現させ、それに集中してる彼女をジンは狙う。ジンの攻撃で、炎の鳥は姿を消す。メアリーの集中力が切れるからだ。
魔法はそれが強力であればあるほど、集中力を要する。俺たちをバラバラに炎の壁で囲むことはできないはずだ。それだけの集中力が人間には備わっていない。
「まさか君たち二人が協力するとはね」
監獄長が不敵に笑う。
「何よ」
「いやいや、君たちは犬猿の仲だと思っていたからね。どちらも要注意人物だが、手を組むとは思っていなかった……よ!」
監獄長が水の球をメアリーに放つ。あいさつ代わりなのか、油断しているのか威力は控えめだった。それでも強力なことには変わりない。
メアリーはそれを避け、そのまま走り出した。走る方向はでたらめだ。目的はかく乱。監獄長の放つ強力な魔法にあたらないようにしているのだ。
「ちょこまかと!」
監獄長の魔法はスピード、威力共にメアリーのを上回っている。しかし当たらない。メアリーは時折魔法を放ち、それによって急加速、方向転換を行っている。それ故に、当たらない。監獄長はメアリーの動きを全く予想できていないのだ。
「クソ!」
今度は標的がジンに移る。しかし注意がそれたのを確認すると監獄長の顔をめがけてメアリーが炎を放った。視界が炎に覆われ、監獄長がひるむ。ジンはその隙に、監獄長のコレクションである美術品を手に取った。
「えい!」
パリンとツボの割れる音がした。監獄長の動きが止まる。
「お、おい」
パリン!
「何を」
パリン!
「ちょちょちょやめろおおお」
監獄長が魔法を放とうとする。しかしメアリーが再び顔に魔法を放って牽制した。しかしそれでも、監獄長は無理に体勢を立て直す。
「いい加減にしろおお」
監獄長が片手を突きだす。その掌から、凄まじい勢いで氷の塊が飛び出る。
「甘いわ!」
メアリーはすかさず炎を放つ。それは氷塊を包み、氷は姿を消す。しかし――その炎から無数の槍が、小さな木の槍が飛び出した。
「う……ぐあああ」
「……え?」
ジンが足を押さえて倒れている。彼の足には数本の木の槍が刺さり、メアリーは事実を受け入れられないのかジンを凝視していた。
「なん……で?」
「ハハハハハ! 元素の魔石があれば二属性を一つの魔法にするなど造作もなき事! 油断したな!」
つまり、氷塊の中に木の槍を仕込んでいたのだろう。炎で氷は解けたが、槍を燃やすには至らなかったのだ。
監獄長が手を払う。先程までよりもモーションがでかい。先程までなら、メアリーも対処できたはずだ。しかし彼女の失敗が、動揺が、動きを鈍らせる。
突如身体が吹き飛ばされそうな重圧を感じた。風だ。突風がこの部屋の中に発生した。当然監獄長の魔法だろう。
俺は荷物の重みで耐えたが、メアリーとジンはそうはいかなかった。二人とも壁に強く叩きつけられる。
「うぐ」
メアリーが苦悶の表情を浮かべた。すかさず監獄長は地面に手を当てる。
メアリーの倒れている周囲の地面が盛り上がる。それは槍のように細く鋭い。その槍がいくつも出現し、檻を形作った。
ジンは動けそうになく、メアリーは閉じ込められた状態となる。
監獄長はしたり顔でゆっくりとメアリーに近づいた。
「はっはっは。手を煩わせてくれたな、メアリー=バーン」
「クソ」
メアリーは監獄長をにらむ。しかしその鋭い表情は途端に鳴りを潜め、口角が上がった。メアリーは認識したのだ。……監獄長の後ろにいる俺を。ようやく潜伏を解除した俺のことを。




