第21話 そして、佐沼真は証明する
――話し合いたいことがある
倉庫での話し合い、その最後に話したことを思い出す。
「前にバーンが言っていた、最悪のケースについてだ」
「何の話? サヌマ」
メアリーがいぶかる。
「この計画がばれていたケースってことだよ。前に言ってたろ」
そうだ。改めて思う。それは、これ以上ないくらい最悪だ。
「あー、あの話ね」
メアリーは納得したように頷く。元素の魔石についてのレクチャー。あれは監獄長に計画が露呈していた場合、というほとんどあり得ない想定を基にしていた。しかし、最悪のことは案外容易に起こりうる。
そもそも俺がこの監獄にいるのも、自身のもらい受けた能力「潜伏」の力を過信した故に起きたことだ。潜伏を前提としたこの計画が同じ結果にならないとは言い切れない。
「もし仮に監獄長と戦闘になった時、具体的にどうするかって話だ」
「戦闘ですか」
ジンが青ざめた顔で俺に視線を向けた。まあ、俺だって戦闘は避けたい。
「ああ、可能性はあるだろ?
ここで考えないといけないのは一つだ。つまり元素の魔石に対抗するような手段があるのか。どうだ、バーン?」
メアリーはこの中で最も魔法に造詣が深い。俺はそもそもはじめて魔法の仕組みを知ったし、聞けばジンも魔法は使えないそうじゃないか。
「そうね……。まあ、なくもないわ。そもそも、賢者の石は普通の人間が使うにはちょっとデメリットがあるものなのよ。強力なアイテム過ぎてね」
「ほう」
初耳だった。
「で、何なんですか? バーンさん。デメリットって」
ジンが急かす。
「元素の魔石には様々な魔力元素が含まれているわ。だから、魔法を多用すればそれだけたくさんの種類の魔力を浴びることになる。要するに……魔力中毒が起こるかもしれないわね」
「魔力中毒?」
「あー、そうね。サヌマは聞いたことないわね。魔力の浴び過ぎによる中毒反応、平たく言えば意識を失うわ」
「ならそれを利用できればチャンスはあるのか?」
俺が言うと、メアリーは少し微妙な顔で言う。あまり勝算は期待できない、という様子だ。
「可能性はあるでしょうね。ま、そこまで追い込めるかって話でもあるけど」
「どういうことだ?」
「監獄長はね、囚人を追い詰めるときたいてい炎の壁を使うわ。それを打ち破るには、相当の魔法を撃たないと駄目よ。私なら、まあギリギリ可能なクラスの魔法ね。
この私でもそれだけの魔力を使えば、魔力中毒になるほど監獄長を翻弄できるのか……。まあ無理でしょうね。魔力が底を尽きるのが速いわ」
したがってあくまで最悪のケースだが、その場合の対応は二つ立てられた。
一、監獄長の魔力中毒を狙い、メアリーが低級魔法で翻弄し、ジンは美術品の破壊を行う。
二、もし炎の壁に閉じ込められたなら、それをメアリーが破った後俺が潜伏で後ろを狙う。
囚人は持ち物の携帯が禁止されている。もちろん武器も持ち込めない。しかし獄長室には大剣が飾られている。それを潜伏しながら手に取れば、武器は揃う。しかし部屋から大剣が消えれば不自然だ。だから、注意を逸らす必要がある。方法は一番目の策と同じ。
そのために俺は、この計画を実行するときはじめから潜伏していた。
――君たち二人の計画を知って、どうしようか、どうすれば……
監獄長の言葉だ。この部屋に侵入したのは俺、メアリー、ジンの三人のはずだ。
――まさか君たち二人が協力するとはね
確かに俺とメアリーは仲がいいとは言えないかもしれない。それでも、看守が「いつも一緒にいる」という程度には行動を共にしていた。
犬猿の仲だと思われていたのは、メアリーとジンの方だ。
そう。監獄長は俺を認識していない。だからこそ、俺は会心の一撃を監獄長に与えることができる。
監獄長の後ろを取り大剣を構えてやっと、潜伏を解除した。解除したのは攻撃のためだ。
以前から疑問だった。潜伏状態の時、衣服まで消えるのはなぜなのか。きっと衣服、そして持ち物も潜伏の対象なのだ。
――この世界にとって、少しの間だけあなたは存在していないのとほぼ同義になります
女神の言葉がヒントだった。「ほぼ同義」。だとしても、誰かに危害を加えられはしないのではないだろうか。だって、存在していないのだから。
その証拠は、俺がジンとその取り巻きに潜伏して蹴りを入れようとした時。俺の蹴りは全くダメージを与えなかった。
そして獄長室の地下、小さな拷問器具を踏んでしまった時。それは壊れなかった。
つまりこういうことだ。
潜伏している時にダメージは通らない。
しかし、この世界にやってきてすぐ、石を投げて窓ガラスを割った時。今の仮定は成り立たないか? いや成り立つ。ガラスが割れたのは、石を投げたからだ。石を手放した瞬間、それは潜伏から外されたのだ。つまり正確に言い直せばこうなる。
潜伏状態のものは、直接的に危害を加えることはできない。
大剣を投げれるほど俺には力がない。だから潜伏を解除する必要があった。
俺は大剣を強く握る。メアリーが俺を視認して微笑する。
……今まで、こんな笑みを向けられたことがあっただろうか。
例えばプリン争奪戦。思えば俺は、計画がばれていることに気付いた瞬間逃げることができたはずだ。あの時も俺は、一人で逃げることができたのだ。だが、逃げなかった。自分でもおかしく思う。
――もう仲間なわけだしね
きっと俺は、そのメアリーの言葉が忘れられなかったんだ。裏切りたくないと、思ってしまった。
監獄長に計画が露呈してしまうというこの最悪のケースにおける対処は、俺がジンとメアリーの二人を信じなければ成立しない。俺は二人が監獄長の意識を逸らすことを信じなければならなかった。そして俺は、信じたいと思った。
それに俺は、自分で思っていたよりも激しい怒りを覚えていた。シルビアのことだ。俺のことまで友人と言ってくれた彼女。俺はきっと、彼女のことも大切に思っていたのだろう。逃げるなんて選択肢は存在していなかった。
弱くなったと思う。今まで誰かを信じることも、誰かのために行動することもなかったのだ。
ああ、そうか。
俺はやっと自覚する。俺はずっと変わりたかったのだ。この身体にこびりついた性質を消し去りたかった。盗んで、騙して、裏切って、自分の欲望を満たして。そんな生活を続けることに嫌気がさしていた。
――変わるか変わらないかは君が決めればいい
そうだな、メアリー。なら俺は決めよう。変われるかはわからないし、自信もない。俺が何を決めたところで、この胸に渦巻く「盗みたい」という欲求が消えることはないのだとも思う。
それでも、俺は決める。
「変わることを諦めていた俺」を変えると決める。たとえ不可能で、この決意が明日には薄れてしまうとしても。なぜなら俺がこの世界に来たのは、賢者の石を盗むのは、他でもない俺が変わるためなのだから。
だから俺は、まず一つのことを変えよう。
これは、その証明だ。お前らを信じていたという証明だ。誰も信じないという信条を捨てるという証明だ。
俺は大剣を、監獄長の胸に深く突き刺した。




