カルエルの反論
弁論の場に立ったオレは、黙ってシースを見た。
先ほどはあの証人の女性に付き添い、心底共感するかのように悲壮な表情をしていたが、今は愉悦を隠しきれないといった面持ちだ。
先ほどの証人を含めた弁論でこの場の空気が完全に自分たちに流れたことを感じてのことだろう。
「カルエル殿。それで、何か反論はありますか?」
黙ったままのオレに弁論するよう促すアメリ裁判長。
「ええ、もちろん」
オレは自信を持って、堂々と答えた。
そんなオレを傍聴席にいる多くの者が固唾を飲んで見守っている。
「まず、先ほどの魔力暴走の件ですが」
「はい」
「あれが瘴気中和剤を服飲した結果、発生したことをここに認めます」
「っ!?」
「──ほう?」
裁判長が驚愕し、シースが真面目な表情でこちらを伺い見る。
「「「なっ!!?」」」
傍聴席からはもはや誰の声かもわからぬほど、大勢の驚く声が聞こえてきた。
「……それはつまり、今回の原告の訴えを認めるということですね?」
アメリさんはきっと、心のどこかでオレのことを信頼してくれていたんだろう。
オレならこの場で真実を明らかにしてくれると。
今回の訴えは事実無根なのだと。
起訴内容を簡単に認めたオレに、彼女は失望の混じった声で確認してきた。
だが、勘違いされては困るというものだ。
「いえ、全く認めません」
「──どういうことですか?」
おっと、アメリ裁判長の機嫌が急降下したのを感じるぞ。
後ろの席ではロンが頭を抱え、原告席ではシースが苦笑を漏らしている。
視線を背後に向けると、傍聴席の先頭を陣取っている各国の王も目が点になっている。
よしよし、まずはあの嫌な空気に楔を打つことに成功したようだ。
ふふふ、賢者の名は伊達ではない。
これも全ては我が法廷ストーリーに必要不可欠な演出というもの。
ロンめ、それがわからず頭を抱えるとは。
どうやらまだまだのようだな。
「裁判長、カルエル殿がこの法廷を侮辱しているのは明らかのようですが?」
頭の中で今後の展開を演算しているオレを無視し、シースがそんなことを提言してきた。
馬鹿め! と声を大にして言いたい。
こんな引きの強い展開、素直に信じる裁判長ではないわ!
少し不愉快に感じたかもしれないが、彼女は今オレの発言の裏を探り、もはや興味深々のはず。
シースめ、賢者にして大商会の会長であるオレに頭脳戦を挑んだのが運の尽きだということを見せてやる。
「ええ、どうやらそのようですね。残念です、カルエル殿」
……って、あれ?
「被告の先ほどの発言にて、今回の原告の訴えを認めたものとし──」
「──お待ちを裁判長。そのようなことは決してありません」
「認めたではありませんか?」
「ですから、我々のせいとは認めてないという意味ですよ」
「……真面目に、お願いしますよ?」
「ええ、もちろんです裁判長」
「次はありませんからね」
「はい」
あ、あぶねええ!
ポーカーフェイスで凌ぎ切ったが、内心は冷や汗でプールができそうなくらい焦っていた男、オレ。
『馬鹿め』
大王とロンが視線でオレにそう語りかけてきた。
よく見ればあの聖女ユーリまでもが、聖女とは思えない冷めた視線を向けているではないか。
大丈夫、ちょっとオレがアメリさんの感情を計算違いしていただけのこと。
オレの戦いはここからだ!
「まず、私はそもそも疑問を感じております」
「はい」
「原告が報告した副作用の被害者。あれほどの数がいたとことに私は驚きを隠せません」
「ええ、それはこの場にいる皆も同じでしょう」
「ですがあえて言わせていただきたい! なぜ、あれほどの数の魔力暴走の症状が我々メノン商会に報告されていないのでしょうか!?」
芝居がかったセリフでシースも真っ青な演説を繰り広げる。
完全に原告側に持っていかれた空気をこちらに戻すには多少の演出は必要なのである。
だが、またもやロンが頭を抱えたのが見えた。
シースがぽかんとした顔をした。
大王は帰ろうとしている。
「あの…それを隠蔽していたとして原告はあなた方を訴えているのですが?」
「あ、そうでしたね」
「ふざけてます?」
「いえ、ふざけてません」
「次はないと言いましたよね?」
「はい」
「……」
「……」
「これにて──」
「お、お待ちを裁判長! 私が言いたいのはそういうことではなく」
危機一髪とはこのことだろう。
戦いは始まる前に終わっているとはよく言うが、オレの戦いが早速終了しかけた。
「ですから! 私は反論を聞いているのです!」
おっと、ついに裁判長が声を荒げ始めたゾ。
「失礼しました、裁判長。オレが言いたいのはですね」
よし、変な演出はもうやめよう!
思えば計算して成功したことなど、オレの人生一度もなかった!
変に考えれば考えるほど、ドツボにハマるのがオレという人間だったのを思い出す。
「今回問題の起きた瘴気中和剤、本当に我々メノン商会が作成したものだったのでしょうか?」
「え?」
「裁判長もご存知の通り、原告のシース教皇はあの日、オレにこう言いました」
そう、シースはオレに言ったのだ。
『中和剤の代わりとなるものを我々神竜教が開発しております』
「それは、確かにそう言いましたが…」
「シース教皇に質問したいことがあるのですが、よろしいですか裁判長?」
「それは先の証人ではなく、原告に尋問したいということですか?」
「はい。それが真実の究明に必要なことですので」
「……認めましょう。では原告、前に」
メアリさんに促されたシースは面倒と言わんばかりの顔で渋々前にやってきた。
「やれやれ、贔屓がすぎるのではありませんか、裁判長?」
「……」
不満を隠さず、シースが裁判長に告げる。
この野郎、だんだん本性を隠さなくなってきたな。
「先ほどのカルエル殿の発言。とっくに裁定を下してもおかしくないと思いますがね」
「事案が事案です。全世界を巻き込むこの裁判、真実の追求のためにはあらゆる可能性を考慮する必要がありますので」
「ほう? それは我々神竜教が虚偽の申告をしていると、裁判長は最初からそうお考えなのですか?」
「い、いえ、そのような訳では」
おっと、裁判長を脅すかのような発言は見過ごせないな。
「おや? もしや脅しておられるのですかシース殿?」
「カルエル殿、そんなまさか。ただ、あまりにも不公平さを感じたので正直に言っているだけですよ」
「ご安心を、アメリ裁判長は中立のお方。決してそのようなことはありません」
いや、まあ確かに裁定が下ってもおかしくないことだったが、今回の裁判は内容が内容だけに真実の究明が重要だ。
だからこそアメリさんは慎重に意見を聞くし、世界各国の王族までこの裁判に参加しているのだ。
オレの中和剤は世界中で使用されている。
つまり各国の王たちも自国民が巻き込れている以上、他人事ではいられないのだ。
まあ、台無しになりかけたのはオレのせいだけど。
「そうでしょうか? あなたの発言はとてもふざけているようにしか見えませんでしたが」
「ははは、何をおっしゃっているのやら」
おっと、痛いところを突かれたぞ。
こう言う時は笑ってごまかすに限る。
「はあ、やれやれ」
だがシースはそんなオレの内心を見抜き、心底呆れたようにため息をついた。
この野郎、ふざけやがって。
まあ非はオレにあるので内心で悪態を吐くだけに留めておく。
「オレが聞きたいのは二件です」
「はい、何でしょうか?」
もはやこの男の中で、オレは敵に成り得ないようだ。
興味なさそうに適当に答えているのを強く感じる。
ならここらで攻勢に出るとしようじゃないか。
「まず一つ。あなたがたの作った中和剤の代わりというのは、オレのものと同じように服飲するものでしょうか?」
真っ直ぐにシースを見つめて、そう問いかける。
「……ほう」
シースの意識がオレに集中する。
オレの発言の真意を探ろうとしているのか、先ほどまでの興味なさげな表情が一変した。
「どうしました? 原告は答えてください」
目を細めて、オレを伺い見るシース。
裁判長に促され、ゆっくりとした口調で彼は答えた。
「──はい、そうです」
オレの問いかけの意図に気づいたようだ。
すぐさまこちらの思惑を見抜くとは、やはり頭がいい。
油断のならない男だ。
──だが。
「それではあなた方の薬の製法をお聞かせください」
「それは……」
初めて言い淀むシース。
今度こそ、本当にオレの戦いが始まろうとしていた。
 




