逆襲のカル
「どうしました? 答えられませんか?」
「……」
そう問いかけるオレをシースが忌々しそうに見る。
どうやら初めてヤツに一泡吹かせそうだ。
「カルエル殿」
「はい?」
沈黙を守るシースを見かねたのだろうか。
アメリさんがオレに声をかけてきた。
「その製法というのが、今回の事件に関与するものなですか?」
「ええ、まあ」
「ですが神竜教にも、メノン商会にとっても、製法を公にするのは不利益を被るのでは?」
「ああ、そういうことですか」
商品の製法は基本的に門外不出だ。
真似され量産されれば、開発者にとって大きな痛手となる。
そのために製法を公開するかは開発者の自由が一般的には認められている。
ただ、公開した場合は期間限定でその製法は申請者しか使用してはいけないと国際法で定められている。
だが、しかし。
世界中に存在する国の数は五十を超える。
大国では国際法を守ってもらえるだろうが、小国などでは無法がまかり通るのが現状だ。
だからこそ、製法を公開する商人はおらず、それは女神教や神竜教といった宗教組織でも同じである。
「私は構いません。材料が特殊なため、製法を公開しても真似できませんから」
「はあ」
オレの一言にアメリさんが要領を得ないといった感じで返事をした時、後ろの方で大王が片眉をあげた。
どうやら彼は中和剤の秘密に気づいたようだ。
「で、いかがでしょうか。シース教皇」
オレの再度の問いかけに、シースは重い口を開いた。
「申し訳ありませんが、我々の製法は信徒が懸命に作ってくれたもの。彼らに報いるためにも、おいそれと公開するわけにはいきません」
「そうですか」
まあ、予想の範囲内の答えである。
「では、その完成した中和剤をここで見せてもらえませんか?」
「なに?」
「カルエル殿、それでいいのですか?」
「ええ構いません。確かに製法は守られるべきもの。なら完成品だけで十分です」
そしてオレの予想通りなら、きっと。
「申し訳ありませんが、お断りします」
「なぜ?」
「今回の裁判に関係ないからですよ」
ほう、そうきたか。
「忘れましたか? 今回の主題はメノン商会による中和剤の不作用隠蔽疑惑です。我々の中和剤を見せることや製法を公開することが何故、あなた方の隠蔽疑惑を晴らすことになるのでしょうか?」
「むう、確かにシース殿のおっしゃられる通りですね。原告は彼らの中和剤を確かめることで、自らの疑念を晴らすことを証明できますか?」
なるほど。
さて、どうしようか。
問題はどのカードを切るかなのだが……。
「ええ、確かにおっしゃる通りですね」
「でしょう」
オレの同意にシースがほくそ笑む。
甘いな、オレはそこまで馬鹿じゃないぞ?
ちなみにさっきの醜態は忘れてくれ。
いや、シースを油断させるためにわざとそうしたことにすればこの後のロンや大王にも言い訳がたつのんじゃないか?
おやおや、ここにきてひらめいてしまったようだ。
「カルエル殿?」
「おっと、失礼しました裁判長」
自分の思考の海に溺れたオレをアメリさんが連れ戻す。
場を弁えず勝手に盛り上がってしまうのは悪癖だな。
「そうですね。オレであれば中和剤の完成品を見れば、今回の事件の真実がわかります」
「ふははは! どうやってわかるというのです? そもそもあなた方が副作用を隠蔽したのであって、真実も何もないでしょう!」
「本当にそう思うのであれば、一度あなたの言う中和剤を見せてもらえませんかね?」
「なに?」
「見せるだけならタダでしょう。それに今、我々の中和剤は品質確認のため流通を止めております」
「ええ、当然ですね」
「それはつまり、瘴気に現在も苦しむ人々に薬が行き渡らないことを意味しているのですよ?」
「ええ、ですから──」
「──ですから、あなた方の中和剤が問題ないと言うのなら! この場で見せていただきたい」
オレの発言にシースが頭の中で策をめぐらせているのは承知の上だ。
こうやって駄々をこねているのも、きっと時間稼ぎのためだろう。
はっきり言おう。
オレの中和剤と、彼らの中和剤がここに登場した時点でオレの勝訴が確定する。
めざといこの教皇のことだ。
何かを勘ぐり、オレの手札を切らせないために手段を構築しているはず。
ここでオレの言う通りにしたらまずいと、直感でわかっているのかもれしない。
「──いいでしょう」
おや、どうやら観念したようだ。
「ですが我々の中和剤は教団本部に厳密に保管しております。一度取りに帰らなければならないため後日でもよろしいかな?」
「そ、そうですか。先ほどカルエル殿がおっしゃられた通り、中和剤の流通を止めている現状を考えれば急いでいただきたいのですが」
「申し訳ございません、裁判長。我々も心苦しいのですが、教団本部はパラティッシ王国にありますので」
「ここからだと、陸路で三日は掛かりますね。では次の公判は一週間後に──」
「その心配は無用です、裁判長」
「──どういう意味ですかな、カルエル殿?」
「パラティッシであれば転移でお送りできます」
「ははは、申し訳ないカルエル殿。私一人というわけにはいかないのですよ」
「ほう、どういうことですかな?」
「教皇ともなると色々と制約がありましてね。護衛の意味でも、私一人ではなく本日のためにこの場に来た全員と帰らなければなりません」
満面の笑みでそう告げるシース。
転移は人数が増えれば増えるほど、術式が複雑になり消費する魔力も桁違いになる。
しっかり対策と言い訳は用意していたようだ。
「何人ですか?」
「はい?」
「何人、帰還には必要なのですか?」
「そうですね、十人ほどでしょうか」
「じゅ、十人ですかシース殿」
「ええ裁判長。今回、この地に私と共に訪れたのはいずれも教団の幹部です。残念ですが、彼らを残してというのは規則に反しますので」
「規則ねえ…」
シースめ、時間稼ぎであることはわかっている。
規則なんてどうとでも言えるだろうに。
「シース殿、先ほど申し上げた通り今回の裁判は一刻を争うのです。どうにかなりませんか?」
「申し訳ありません、裁判長。もし私と幹部に何かあれば教団の運営を含め、色々と組織が崩壊してしまう可能性があります。そうなれば信徒にも要らぬ被害が及びます。我々は信徒の数も多いものでしてね」
「そ、そうですか」
白々しいが、教団の規模と歴史を考慮すればアメリさんも強権は発動できないだろう。
まあ当然、奴もそれをわかっているのだろうが。
だがここで相手に時間を稼がせてはならない。
猶予を与えるとシースが何をするかわからないし、攻める時は迅速に畳みかけるのが戦いのセオリーだ。
そしてシース、お前は気づいていないだろう。
オレの身内にも何をするかわからないのが一人いるんだ。
いや、正確には何をするかはわかっているのだが、だからこそ今から一週間など到底待てない。
このままではエルフの国が終わってしまう。
そしてオレの潔白の証明も終わってしまう。
あ、でもアールヴァン族長をこの場に引き止めることが出来れば、ここで対応できるからいけるかもしれないかな?
「?」
この状況下でアールヴァン族長の顔を伺い見たオレに、シースも当の本人である彼女も顔に疑問の表情を浮かべた。
おっと、今はそれよりもシースのことだ。
「では十人であれば問題ないと?」
「はい?」
オレの問いにシースが何を言ってるんだとばかりに聞き返す。
「ですから十人を転移で往復させれば解決するのですかね?」
「ふ、ふははは! ええ、まあ。ですがそんなこと──」
「できますよ?」
「はっ?」
「え?」
「「「な?」」」
この場にいる誰もが驚いている。
ユーリまで驚愕しているのは、転移術の消費魔力の大きさを知っているからだろう。
だが、しかしである。
「忘れましたか? オレは種族覚醒者にして光の賢者。その程度であれば問題ありません」
「ほ、本当ですかカルエル殿」
「ええ裁判長。仮にも元は勇者パーティの一員で魔術師だったのです。この程度であれば造作もないこと」
「「「おお!」」」
オレの発言に多くのものが感嘆の声をあげる。
そして一部のものは忌々しいといわんばかりの表情を浮かべた。
もちろん、シースと教団の関係者たちである。
傍聴席の信徒達は驚いているから、どうやら彼らはシース達の主張を信じているだけのようだ。
今の咄嗟の表情で、誰が敵か判断できたのは僥倖といえよう。
「時間がありません、早速参りましょうか」
「いえ、ですが……」
「では裁判長もお連れすれば問題ありませんかな? もちろん、護衛の騎士達もご一緒に」
「か、カルエル殿! そんなことをしてあなたは大丈夫なですか?」
「ええ、問題ありませんよアメリさん。さあ、いきましょうシース殿」
「む、むう」
光の賢者の名は伊達ではないのだよ。
オレの反論許さぬ詰め方にシースもついに唸るだけになってしまった。
「時間がもったいない。すぐに幹部をここに集結させてください」
「シース殿、よろしいですね。私と騎士も同行しますので。カルエル殿の護衛は?」
「アメリさん。オレはこれでも光の賢者なのですよ? かつての仲間が徒党を組んで襲ってでも来ない限り心配には及びません」
「そ、そうでしたね」
おやシース、その汗はなんだろうね。
「さあ、シース殿。出立の準備を」
「くっ……」
変に条件をつけたのが仇となったな。
だが、まだまだこんなものでは終わらせんよ、教皇様。




