始まりの裁判
この世でもっとも巨大な樹木『ユグドラシル』の枝木を使って建設された連合司法裁判所。
枝木といっても、その大きさは直径十メートルは優に超える。
世界樹とも呼ばれ、この世でもっとも神聖視されている神木の枝木をふんだんに使ったからだろうか。
その建物には常に森の中にいるかのような清涼な空気に包まれており、その荘厳さに拍車をかけていた。
貴族や果ては国王といった権力者たちを裁きにかけるその特別な場所で、オレたちに対する世界注目の裁判は執り行われる。
「これよりメノン商会の瘴気中和剤による魔力暴走事件、及びその副作用隠蔽疑惑における裁判を始めます」
その日、インスタシア共和国の首都リビアにて、世界中が注目する我がメノン商会に対する弾劾裁判が開始された。
今回の裁判官役にはインスタシア共和国の司法長官のアメリ女史が自ら買って出た。
かたや古くからこの世界に根付く大組織の神竜教団。
かたやかつての勇者パーティーの一員で世界に三人しかいない(とされている)光の賢者にして、瘴気中和剤を開発し世界で苦しむ人々を救った大商会の会長との裁判。
どちらに判決を下そうとも、己の得になることはない。
むしろ、その後のことを考えれば互いの陣営から恨まれる危害が及びことにもなりかねない。
まして間違った判断を下そうものなら命すら危うい、そんな危険な立場を自ら請け負ったアメリさんには敬意を覚える。
オレだったら絶対にやりたくない。
中立国家のインスタシア共和国だからこそ、この裁判は可能だったのだろう。
傍聴席と呼ばれる場所にはこの世界のトップ層が一斉に集っている。
世界を征服できるだけの武力を持つ超大国マケドニアからはアレキサンダー大王。
この星でもっとも発達した文明を持つエルフの国アノールからはアールヴァン族長。
勇者を擁するリオン王国からはこの前会ったばかりのリオン国王。
天然資源を数多く有する資源国家の魔国連邦からはミドラス魔王。
そして中立国家であるこのインスタシア共和国の長であるナライア首相だ。
それぞれが己が腹心をそばに置いており、何かあっても盾になれるよう警護にあたっている。
他にも女神教の最高司祭であり、聖女であるユーリの姿も見えた。
小国の王族も多数集結しているが、全員がここにいる様はもはや裁判というよりはコンサートホールである。
ちなみにアールヴァン族長は女性だ。
ハイエルフという種族らしいが詳しいことはオレも知らない。
ただ、とんでもなく美しい女性であることはここに明言しておく。
滑らかな金髪に透き通るような白い肌。
シミも傷も一つもない、まるで人形のような完成された美を放つ生物が我が妻以外にいたとは。
あの人が治める国であるなら、多少悪口を書かれてもつい許してしまいそうだ。
魔王戦線の時も、あまり表に出てこなかったので話したことはないが、できれば一度お近づきになりたいものである。
「……会長?」
「なんだねロンくん?」
「はあ、エレノア様がいなくて正解でしたね」
「こ、怖いこと言うなよ。オレは何もしてない!」
「はいはい」
必死で取り繕うオレをロンが呆れてぞんざいに扱う。
「べ、別にただ美人だからって見惚れてたんじゃないぞ?」
「へえへえ」
「技術国家アノールについて考察を張り巡らしていたんだ」
「あの美人をみてですか?」
「アールヴァン族長を見てだ! 言い方が悪い!」
全く。エレノアの耳に入ったらとんでもなく面倒なことになりそうなことを平然と言うなんて。
まあだが、ここに彼女がいないことは百も承知なのに、それでも怯えるオレも相当なものだろう。
あ、自分で言って情けなくなってきた。
「ま、アノールといえば確かに商人としては魅力しか感じませんね」
「そうだろう!」
エルフの国である技術国家アノールは情報管理の徹底のためか入国規制が厳しい国なのだ。
その所為で技術が国外に流出することもないのだが、商人の間では『黄金郷』とも呼ばれている場所。
彼女に気に入ってもらえれば入国も容易くなるかもしれない。
きっと商品開発に役立つような技術も数多くあるだろうから、いつか行ってみたいと思っていた。
光の賢者の名を使えば訪問も可能だろうが、それはあまり推奨されないと考えている。
今のオレはメノン商会の会長であり、賢者ではなく商人なのだ。
ずるい事ばかりしてしまえば、名声は簡単に失われる。
もし本当にソレを使わなければならない時に、信用を失っていては一大事だしな。
「原告は神竜教団教皇のシース・メルガザル。被告はメノン商会会長のカルエル・メノン。両者ともに嘘偽りなく証言することの誓いを」
なんてことを考えていたら、どうやら裁判が始まるようだ。
シースとオレは裁判長の座っている高台の前に用意された、二つの専用エリアにそれぞれ立った。
「ええ、もちろんです。私シース・メルガザルは我が竜神様に誓って虚偽なく証言することをここに宣誓しましょう」
「そうですね。ではオレは世界を救おうとして亡くなったエレノア皇女に誓い、虚偽なく証言することをここに宣誓しましょう」
「──カルエル殿は面白いお方ですね?」
「ははは、世界を救うために散った英霊に敬意を持っているだけですよ?」
そう言い放ったオレに、傍聴席からどよめきが上がった。
事情を知る一部の者たちから笑い声が上がり、その声を聞いた神竜教団はオレがエレノアの名前を利用してふざけて喧嘩を売ったと思ったようだ。
無論彼らが笑ったのはそうではないのだが、その件はまあ、いずれまた。
神竜教団の関係者はエレノアの名前を出したオレに怒りを露わにし、その怒りに触発された我がメノン商会の従業員たちが大声で騒ぎ始め互いに喧嘩になり始めた。
「静粛に! 静粛に!!」
黙って睨み合うオレとシースを置いて、オレの商会メンバーと神竜教団の司教たちが罵り合っているのを懸命におさめようとするアメリさん。
「カルエル殿、相手を挑発するような言動は謹んでください」
「おや、申し訳ございません。オレとしては別段ふざけた訳ではないのですが」
「エレノア様のお名前を出すなど、挑発行為以外の何ものでもありません。次にもし同じことをすれば退廷させますのでそのつもりで」
「──承知しました」
ちらっとアレキサンドロス大王の顔を見ると、今にも笑い出しそうなのを我慢するように肩を震わせていた。
ちなみにここで彼女の存在を知っているのは大王と魔王、リオン国王とオレとロンとユーリの本当に限られた人数だけだ。
魔王は彼女が直接会ってしまったので仕方ない。
結局アポイントはキャンセルになってしまったけど、魔王がここにいるのはエレノアからオレの話を聞いていたからだろう。
「ではこれより冒頭陳述を始めます。双方、よろしいですね」
「ええ」
「はい」
「それでは原告のシース・メルガザル、今回訴えるに至った経緯を述べてください」
「畏まりました、裁判長」
アメリ裁判長の声に答えてシースが一つ咳払いをする。
そして奴はこちらを見ると、不敵な笑みを浮かべオレたちの悪行を声高に話し始めたのだ。
 




