伸びていた魔の手
『前代未聞の不祥事? 光の賢者率いるメノン商会の瘴気中和剤に深刻な副作用発見か!?』
『〜カルエルは金で女を釣って食い物にしている〜元側近Aが語る光の賢者カルエル・メノンの裏の顔!』
シース教皇と会話した翌日の新聞には、一面にそんな見出しが書いてあった。
記事の内容も有る事無い事言いたい放題だ。
ていうか元側近ってなんだ。
今も昔もオレの側近はロンしかいないというのに。
それに女遊びがそんなに激しければ、オレは今ごろこの世にいないっちゅうねん。
「やれやれ、準備のいいことだ」
「会長。これ、もう世界中に?」
魔法書記による大量の印字技術と、エルフの森の豊富な森林資源を活用した印刷工場。
世界一の技術革新国家を自称するエルフの国『アノール』で毎日刷られる新聞は、今や国境を超えて世界中に配られている。
七賢者戦死と勇者による魔王討伐の報せをいち早く世界中に届けた功績が評価され、その情報を遮ることは世界連盟によって禁止されているくらいだ。
そんな信用の高いエルフ新聞が我がメノン商会のスキャンダルを大々的に扱っている。
「だろうな。シースめ、事前に記者に情報を掴ませてやがったな」
「あの野郎、姑息な手を使いやがって!!」
「いや、ロン。お前は立場が逆なら絶対同じ手を使うだろう」
「それはそれですよ、会長」
ロンはこういった裏工作みたいなことが大得意だ。
流石は元貴族、その智略の高さは伊達ではない。
おかげで、根回しが必要なあらゆる場面では多いに助けられた。
そして当然、それを悪用するなら中々に効果的なダメージを敵に与えれる。
まあ、それはオレも人の事は言えないのだけど。
敵対的な行動は避けるが、やるからには徹底的にやらせてもらうのが我がメノン商会です。
ちなみに一番苛烈なのが副会長であることは言うまでもないだろう。
彼女の場合は物理特化だが、あらゆる裏工作は純粋な暴力の前に無力である。
「エルフめ、オレが瘴気中和剤を開発し流通させた時は英雄のように扱っていたくせに。今は中々にネガティブな書き方をするじゃあないか」
「そりゃあこんな話題、新聞バカ売れ間違いなしですからね。エルフはあくまで情報屋。プライド高すぎて絶対に自分の情報が間違っているなんて言わないですから、怒るだけ無駄ですよ」
「まあ、そうだな。エルフの新聞のおかげで光の賢者と呼ばれるようになったけど、エルフは味方ではないか。こっちの状況によっては敵対的な情報を出されても仕方ないな」
「ですです。メノン商会の名が世界に轟いたのもエルフのおかげ。ふふ、終わらせるのもエルフかもしれないっすね」
「おい、嫌なことをいうんじゃあない」
「おっと、すいません」
全くこの男は。
優秀ではあるのだけど、こんな軽口をすぐに言ってしまう。
大方、母国でもこんな調子でプライドの高い貴族を怒らせて、冤罪をふっかけられたんだろう。
口は禍いのもとを地で行くような人生である。
生まれ持ったモノによる弊害も大きかったのかもしれないけどね。
「それにしても、新聞届くの早くなりましたね」
「そりゃあ、平和になったからなあ」
戦時は大空を掛け、華麗に魔王軍と戦っていた有翼種族は平和になると途端に職にあぶれた。
そんな彼ら彼女らを救ったのが、いわゆる物流システムである。
空をかける者たちによる配送は今やグローバルスタンダード。
おかげでこういった新聞が世界中の各支部に転移で送られると、あっという間に有翼種族で構成された物流会社によってその国中に行き渡るのだ。
ちなみに有翼種族以外にも、空を飛ぶ者であればこういった配送業務に携わる者も多い。
中には竜騎士までも竜を使って配送している場合もあるから驚きである。
戦時中はその戦闘力の高さで英雄視されていたのだが、彼らもどうやら平和な世界での生き方を見つけたようだ。
「そういや会長、自社で配送までしようとしてましたけど、あれどうなったんですか?」
「ああ、あれは流石に無理だったよ」
実はオレも物流で一旗あげようかと思ったことがある。
我がメノン商会の商品の配送まで取り仕切ろうとしたのだ。
だが、肝心の配送作業者である有翼種達を雇うことがそもそも非常に難易度が高かった。
彼らの横の繋がりが強すぎて全く話を聞いてもらえなかったのだ。
物流を扱うものは空を飛ぶ種族でなければならないといった不文律まで出来上がっている。
今やこの世界の物流は、空を掛ける種族のブラックボックスになりつつあると言えるな。
「スキャンダルが届くことも早いのは勘弁して欲しいな。弁明しようがない」
「おかげで商会にはもうクレームが届いてるみたいですよ?」
「……支部長達には申し訳ない」
「ま、それに対処するのも彼らの仕事です。うまく対応してくれることでしょうよ。安心してください、ちゃんとそういう人を支部長にしましたから」
「流石はロン、頼りになるな」
「へへへ、まあそれが俺の仕事ですから」
状況は刻一刻と悪化していき、未だ下限に到達する気配はない。
この先を思うと不安でしょうがないが、仲間に恵まれているオレは本当に幸せ者なのだろう。
「そういえば、副会長はどうしたんですか?」
「それが今、何故か連絡が取れないんだ」
「副会長が最後にいたのは魔国連邦でしたよね」
「ああ」
「何事もなければいいですが……」
「まあ、温泉に浸かって時間を忘れているだけだと思うけどな」
「──そうだったらいいんですけどね」
「ん、何か気になるのか?」
「いえ、副会長の本巣である神竜教なら、あの人への対抗手段を持っていてもおかしくはないって思ったんですよ。まあ、杞憂でしょうけど」
「そうだな、杞憂──であることを祈ろう」
「おっと、妻が心配ですか?」
「いや、彼女に喧嘩をふっかける奴がいたら、その時、その地に住む者達が心配だ」
「え?」
爆発とか爆発とか爆発とか。
彼女の逆鱗に触れると冗談抜きに地形が変わる。
少し前の話になる。
魔王の力を取り込み調子に乗っていたオレは力試しをしようとエレノアと戦った結果、コテンパンにされた。
力の総量では上回っているはずなのに、手も足も出ないとは何事かとショックを受けたのを覚えている。
そしてプライドを刺激されたあの時のオレは、彼女の弱点を突く卑怯な攻撃に出たのだ。
その名も対エレノア神拳。
ようは何をやっても勝てなかったオレは、彼女をくすぐって無力化しようとしたのだが、大暴れして魔力が高まった彼女が魔力爆発を引き起こし戦っていた島に大きなクレーターを残す羽目になった。
念のため無人島を選んでおいたのが幸いだった。
ちなみにこれは、トリンドル諸島の大爆発という原因不明の怪奇現象として一時期、世界を賑わせた。
「ちょっ!? 何やってるのよ! あれはアンタが原因だったっていうの?!」
「おや、ロン君。口調がおかしいのではないかね?」
「っ!! な、なんでもないっすよ会長」
「ああ、そういうことにしといてやろう。全く話に関係ないけど、今から男同士で一緒に風呂でも入らないか?」
「……結構です。あとでエレノア様に言いつけて──」
「はははは! 無論、冗談だよロン君! さあ、時間は無駄にできない。早速現場検証に行こうじゃないか」
「──全く、わかりましたよ会長」
長い金髪を一束に後頭部にまとめたいわゆるポニーテールの髪型でシースとはまた違った中性的な面立ち。
ビシッとシャツとズボンを着こなした綺麗で長いまつげをした男と、オレは商会本部を後にした。
「ところで、ロン」
「──まだ何か?」
「そう警戒するなって。オレはただ、エレノアがこの新聞を見たらどうするかなと思ってさ」
「それは──エルフの国へ殴り込みに行くかもしれませんね」
「多分、そうするだろうな。彼女の伝説によると、過去に一度エルフの国と喧嘩したようだ。今のアノールの王は確かその時から変わってないんじゃ無いかな。エルフも長命種だし」
「このタイミングでそんなことしたら商会は……」
この真偽の定かでない曖昧な状況の中、暴力で情報を潰したとなれば我が商会の潔白を証明できなくなるだろう。
責任を取らせるなら潔白を証明してからでないと、とんでもない悪手になる。
光の賢者の名声も簡単に地に堕ちてしまう。
そうなったらもう巻き返しは不可能に近い。
「カレンに急いでエレノア様を探させた方がいいですね」
「ああ。エレノアが事態をややこしくする前に、裁判が始まることを祈るしかない」
「でも裁判は来週ですよね。流石にその間には──」
「いや、望みはあるぞ。彼女はほぼ無いに等しいその寿命のせいか、時間の感覚が他と違うところがある。気に入った温泉があったら多分二週間はその場に止まるんじゃ無いかな」
「二週間も会長を放っておきますか?」
「ははは、オレが一日でも彼女を待たせれば問題だが、彼女がオレを待たせるのは問題にならないのだよ」
「うわ、力関係がここまで明確な夫婦も珍しいっすね」
「ロン君、黙っていなさい」
だって仕方ないじゃないか。
相手はエレノアだぞ。
「とにかく、彼女がこの新聞を見ないことを祈ろう」
「で、でも温泉宿だったらすぐに手に入ってしまうのでは?」
「大丈夫、彼女は人混みを好かない。きっと生物の立ち寄らない奥地に湧いた源泉にでも入っているさ」
「あ、そっか。竜種ですものね」
「ああ。人間には入れない高温の源泉も、彼女なら問題ない。むしろそっちの方を好む」
「じゃあ大丈夫ですね。裁判が長引びかなければ」
「そうだな、長引かなければ問題ないな」
「……」
「……」
「急ぐぞ」
「はい、急ぎましょう」
シースめ、お前の嫌がらせは思わぬところでクリティカルヒットを生み出したぞ。
身内にとんでもない爆弾を抱えていることに気づいたオレたちは足早に目的地へと向かった。




