エピローグ〜そして遂に動き出す〜
「今月の収益ですが、やはり魔装義手と義足、スキンケア薬品の売り上げが大幅に伸びています。剣聖ナナリー様の怪我を癒したという実績が噂になっており、現在は予約が殺到しています」
「ほうほう、やはり勇者パーティーの知名度は伊達ではないな」
「その件で会長、女神教より魔装義肢の生産数を増やせないか問い合わせが入ってます」
「ふむ、生産ラインの状態はどうだ?」
「現在稼働率は90%を超えています。三組交代制で一日中生産しているので、これ以上となると工場を増やすしかありませんね」
「人手不足は解消したか?」
「いえ、まだまだです。ですが孤児や戦火で職を失った者もおり生産現場の人員はすぐに確保できるかと」
「では引き続き募集をかけといてくれ。工場増設は少し様子見だ、需要が落ちた時に痛手になりかねない。あとここに集まった支部長達、くれぐれも言っておくが今の商品は女神教に卸すのであって直販はしないように」
「「「はい!」」」
リオン王国からインスタシア共和国に戻って早三ヶ月。
現在オレはとある用事のため首都リビアから離れて港町のローダンにやってきていた。
あれからずっと、オレはロンとエレノアと一緒に溜まった仕事の処理や新商品の販路拡大に忙しい毎日を送っている。
商会も今や六つの国にそれぞれ支部を置くようになり、こうして各支部長との定例会議を毎週開催するまでに至っているのだ、我ながらよくここまで来たものだと少し嬉しくなってしまう。
なんてことを考えてニヤニヤしながら宿の執務室に戻ると、秘書のアカネが胡散臭そうな目をしてオレを見たので急いですまし顔に戻す。
仕事の内容で独り言をぼやきながら、さもニヤニヤしていたのには理由がありますよとアピールしたが多分聡明な彼女にはバレていることだろう。
「会長、奥様から雷光です」
「お、了解」
必死でポーカーフェイスを作るオレを気にする素振りも無く、エレノアからの連絡を取り次いでくれた。
ちょっと虚しい。
『マスター、私だ見えるか』
「ああ、問題ないよ」
我が社で改良した映像付き雷光水晶。
それのおかげで遠方にいるはずの彼女の姿が、今オレのいる部屋に立体映像として現れた。
『ふふふ、こうして離れた場所でもオマエの顔が見れるのはいいものだな』
「ああ、オレもエリィの顔が見れて嬉しいよ」
本心なのではあるが、これを毎回言わないといけないことに若干の面倒を感じるのはオレだけであろうか。
ちなみにちゃんと言わないと、エレノアの機嫌が悪くなり肝心の内容に入れなくなってしまう。
『オマエに頼まれていた魔鉱石と魔国連邦への販路拡大の件だが、ついでに明日魔王にアポイントを取ったぞ』
「お、さすがエリィ。仕事が早いね」
『何、あやつの父には貸しがあったからな』
魔族の国である魔国連邦。
あまり他の種族との交易が盛んではないが、先の魔王大戦の時には対魔王連合として一緒に戦った仲である。
ヨルムンガンドの存在は意外にも、人類の結束を強めこうして互いに交易を再開するまでに至ったのだ。
ちなみに魔王という称号はヨルムンガンドの代名詞になってしまったため、今代の魔国の王は魔王の代わりとなる新たな称号を探しているがしっくり来るものがないらしい。
未だに論議を重ねているみたいだが、果たしていつ頃になることやら。
『では、商談にはロンが行く手筈でいいか?』
「ああ、君が行くと騒ぎになってしまうからね。アポイントを取った時も魔王にしか顔は見せてないんだろう?」
『ふん、まあな。オマエが大人しくして欲しいというから、そうしたのだぞ? 別に有象無象のことなど放っておけばいいのに』
「ははは、流石に君は有名すぎるからね。すまないが今しばらく辛抱していてくれ」
『顔を偽るのは面倒だ。オマエの頼みだから聞いているのだからな?』
「助かるよ、エリィ。魔国の件が一段落したら、一緒に温泉にでも行こう」
『おお、わかってるではないかマスター。この魔国にも有名な温泉があるらしくてな! 実はずっと聞き込みをしていたんだ!』
「わかった、わかった。明日ロンを送るから君はもう自由に動いていいよ」
『ふふん、仕方ない。私が先にこの地の温泉を偵察して来てやろう』
「頼んだよ。じゃあ仔細は同行しているカレンに伝えておいてくれ」
『心得た。ふふふ、待ってろマスター、素晴らしい場所を見つけてやる』
「楽しみにしてるよ。じゃあまたね」
『ああ、ではな』
彼女も商会のメンバーとして立派に動いてくれているが、あまりにも有名すぎる彼女の姿が人前に出ればたちまち騒ぎになってしまう。
だから自然と表に出る仕事は他の人に担当させて、彼女には資源回収や魔道具の製作をメインに動いてもらっている。
今回も魔国連邦の貴重な鉱石を求めて彼女を派遣した。
彼女は長年賢者として生きてきただけあり、その審美眼は相当なものだ。
成り行きで魔王にアポイントを取ったと言ったが、普通は成り行きで出来るものではない。
エレノア皇女の存在は、この世界のあらゆる大物とも繋がれるフリーパスのようなものだ。
今はまだその時ではないので姿を隠しているが、多分一部の人には彼女の存在は次第に明るみになっていっているのかもしれない。
一応、リオン王国には口止めをお願いしていたが、果たしてどこまで持つだろうな。
「やれやれ、有名すぎるのも問題だな」
「ま、仕方ないですよ。俺だって最初見た時は心臓止まるかと思いましたからね」
「ロン」
執務室のドアを開けっ放しにしていたせいか、今のやりとりを見られていたようだ。
オレの片腕であり、実質ナンバー2のロンがそう言って入ってきた。
とある王国の元貴族というだけあり、商談から帳簿計算までその能力は我がメノン商会でも遺憾無く発揮している。
「どうした、ロン? 浮かない顔だな」
「それが……」
インスタシア共和国に送られるあらゆる資源が集う街、ローダン港の高級宿にてオレはくつろいでいた。
あの日、エレノアに泣かれて大慌てした時に泊まった所と同じ宿だ。
エレノアの件で無駄に疲れる羽目になったのだが、あの時のオレをローダン鳥の羽毛で作られた高級ベッドが癒してくれた。
あの感触が忘れられなくてここまで買い付けに来たのだが、今はローダン鳥の繁殖時期から外れているため高くなっており、今買うか数ヶ月待つか悩みどころである。
一応、魚介類の買い付けも含めてロンに調べてもらっていたのだが、何だか少し様子がおかしい。
何やら鎮痛な面持ちで、まるで切り出しにくい話題でもあるようだ。
「リビアの商会本部にお客様が来ています」
「アポイントは今日は無かったはずだが?」
「いえ、その急遽会いたいと訪問されたお方でして」
「おいおい、飛び込みは断っているだろ?」
「その、お相手がお相手でしたので断れなくて」
ここまでロンが言い渋るのも珍しい。
「もしかして、もう待っているのか?」
「は、はい! カルエル会長がお越しになるのを待つと言って、本社の会議室でお待ちです」
「ふん? わかった、とりあえず会おう。転移水晶は持っているな?」
「え、ええ。まあ……」
「じゃあ行くか。で、誰なんだ?」
「そ、それが──」
次の瞬間、ロンから聞いた名に思わず顔を顰めることになった。
「神竜教の教皇であるシース・メルガザル様です」
「──ほう」
神竜教。
訳あってオレは現在の神竜教にはかなり敵対的な行動をしている。
女神教とは利益を共有しあい良い関係を築いているが、神竜教からのアポは基本全て断っていたし何を言われても相手にしなかった。
だが、どうやら痺れを切らしてとうとう教皇様ご本人が自らやってこられたようだ。
オレは殺気立つ己の感情を努めて押し殺しながら、本社に転移してすぐさま会議室へと向かった。
「これはこれは、初めまして光の賢者カルエル・メノン様」
眩い金色の髪に、綺麗で真っ白な肌。
目はキリッとしていて鼻は高い。
まさに王子様のような美男子といった風貌の優男。
しかしその瞳の奥には鋭い光が宿っており、決して見かけ通りの好青年ではないことを十分に感じさせた。
もっとも、こいつがエレノアにしたことを思えば、そんな外見程度に騙されることはないのだが。
「おやおやシース教皇。大勢でいらっしゃったようですね」
「ええ、少し込み入った話になりますので」
そこにいたのは彼一人では無かった。
彼の後ろにはこの国の騎士が二名控えていた。
そして隣に座っているのはインスタシア共和国司法長官のアメリ女史ではないか。
教会騎士ではなく、この国の騎士ということが引っかかる。
アメリ女史がいることからも、嫌な予感しかしない。
「こんにちは、メノン様」
「こんにちは、アメリさん。どうしたのですかシース教皇とご一緒で?」
「そ、それがですね……」
問いかけるオレにアメリさんが言いにくそうに言葉を選んでいる。
訝しがるオレに、シース教皇は面倒と言わんばかりに彼女を遮って本題を口にした。
「単刀直入に言いましょう。我々神竜教はあなたの瘴気中和剤の流通禁止を世界連盟に進言します」
「な、何を!?」
隣にいたロンが思わず大きな声を出す。
オレは黙って聞いているが、衝撃が大きすぎて声が出なかったというのが本音だ。
「あなた方の開発した薬には深刻な副作用がありました」
「あ、ありえない! そんな事例は我々には報告されていないぞ!」
「ええ、どうやらこの副作用は時間が経ってから現れるようでして。ですが現在、メノン商会の瘴気中和剤を服用した者に各地で魔力暴走の症例が出ています」
「……アメリさん、それは本当ですか?」
オレの問いにアメリさんは気まずそうにしながらも、黙って頷いた。
「この国でも一部ですが、症例が確認されています。ですがカルエル様の中和剤が原因と──」
「──そんな危ない中和剤は即座に流通をやめるべきです」
シース教皇はうっすら笑みを浮かべながらアメリさんの言葉を遮って自分の言葉を被せる。
こいつ、多分全ての他人を見下すタイプのやつだろうな。
天才、秀才という存在にやっと成れた者にありがちな性格だ。
もしかしたら、生まれは高貴と呼ぶには程遠い男なのかもしれない。
生まれ持って歪んだ性格をしている可能性も十分にあるけどね。
「ですが現在、瘴気で苦しんでいる者もまだ大勢います。いきなり流通禁止とは、流石に。まだこちらでも調べていないのでなんとも言えませんが、一度その副作用が出た患者をオレに見せてもらっても?」
「そんな悠長なことを言っている場合ではありません。今も人々は魔力暴走に苦しんでおられるのです。それにご安心を、中和剤の代わりとなるものを我々神竜教が開発しております」
「ほう、あなた方が?」
「ええ、感謝してくださいよ? この件、本来は我々には関係ないことですけど、流石に賢者様に筋は通しておくべきかと思って、こうして話しているのですからね」
白々しいとはこのことだろう。
要はオレたちの中和剤のシェアを全て自分たちの物にするとわざわざ宣戦布告しに来たワケだ。
中和剤は慈善で行っている部分もあるので単価は高くないが、何せ世界中で使用されているのでその売上はバカにならない。
そして、きっと神竜教はこれだけで終わらせる気はないだろう。
もしかしたら魔装義肢の技術も狙っているのかもしれないな。
「申し訳ありません。つきましてはカルエル・メノン様に連合司法裁判所への出廷を要請します」
「──これはこれは、裁判とはいきなりですね」
「ははは、我々神竜教はこの件、メノン商会を告発させていただきます」
「何?」
「あなた方は故意に副作用の存在を隠していたのでしょう?」
「な、ふざけたこと言うんじゃねえ!?」
「ロン、落ち着け」
「で、ですが会長!」
「クク、ククク。化けの皮が剥がれてきてしまいましたかね?」
「て、てめえ!」
「──ロン」
「っ! す、すいません会長……」
どうやら、遂に牙を剥いてきたようだ。
神竜教のメイン事業は薬品事業と傭兵事業。
教会騎士の派遣による悪魔退治と回復薬による売上で成り立っている。
その内の薬品事業をオレが侵害した訳なのでいずれぶつかる時が来るとは思っていたが、こうも早く手を打ってくるとはさすがは歴史の古い大組織といえよう。
癒しの奇跡を生業とする女神教には今回の魔装義肢を全て卸し、女神教から販売する手筈を整えていた。
ユーリともその話は済ましており、聖女を味方につけて摩擦が起きないように配慮していたのだ。
だが、神竜教へは一切の配慮はしていない。
彼らの財源である薬品事業にオレは正面から喧嘩を売ったのだ。
そして今、その結果がこれだということだろう。
「裁判は一週間後。このインスタシア共和国首都のリビアにて開催します」
「もちろん、我々神竜教も出廷します。原告としてね」
なかなかに危機的状況だ。
このシースという男、決してバカではない。
きっとすでに根回しが済んでいるから、こうしてオレの前に姿を表したのだろう。
「か、会長、ここは副会長に」
「──いや。承知しました、裁判へ出廷します。そこで無実を証明しましょう」
「おやおや、潔いですね。さすがは賢者様と言ったところか」
「何、我々も黙っていては何も真実は明らかにできませんから」
「真実? 副作用を黙っていたことですか?」
「──ところでシース教皇。エレノア皇女はお元気ですかな?」
オレは彼の目を見て探るように問いかけた。
対してシースは一瞬驚いた視線を向けたが、すぐに微笑んで事実を話す。
「エレノア? 彼女は魔王との戦いで亡くなっていますよ。知らないわけではないでしょう?」
「──ええ、そうでしたね」
「……」
そこで会話は途切れ、互いの鋭い視線が交差する。
事情を知らないアメリ女史がオロオロしているが、オレも今は彼女を気にしている余裕はない。
「──それでは、また来週」
そう言ってシースはオレから視線を外すと用は済んだとばかりに部屋から去っていった。
「か、会長」
「申し訳ありません、カルエル様。神竜教の言うことでは我々も無視はできなくて」
「構いませんよ。いずれ決着はつけなければならなかったのですから」
「決着?」
「ロン、急いで準備だ。まずは副作用について事実を確認する」
「でも、そんなこと……」
「何か引っかかる。流石にオレたちの作った中和剤全てに神竜教といえど細工はできないはずだ。もしかしたら……」
「も、もしかしたら本当に商会の中和剤に副作用が?」
可能性はゼロではない。
「やれやれ、何事も順風満帆とは行かないか」
中和剤の副作用がもし本当であれば、我がメノン商会は大打撃を受けることになる。
光の賢者の名の下に保証された高品質が売りなのだ、その名声が陰れば他の商品にも影響が出るだろう。
最悪、この商会は潰れるかもしれない。
そしてきっと、シースの狙いはそこなのだろう。
窓から見える空は雲ひとつなく晴れ渡っているが、どうやらオレには中々に暗雲の立ち込める未来が待っているようだ。
ここまで読んで下さりありがとうございます。
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