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獣々承知!!  作者: 納 平子
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対話~屋上と路地裏




 建物の密集する汚い路地に、空から捨てられた男が倒れていた。それなりの高さから落ちたが、ちょうど積まれていたごみの山が緩衝材となり、悪運強く無傷で済んだ。

 男は気を失って動かない。服の合間から灰色のトカゲが出てきて肌の上を這い回るが、反応を示さない。

 その時、角の向こうから誰かがやって来る気配があった。トカゲは慌てて服の中に隠れ、息を潜める。


「…確かこっちに……あの感じは……あら?」


 角を曲がって来たのは、身なりの整った年若い女性だった。なにかを探し求めるように辺りを見渡す彼女は、倒れている男を見つけて首を捻る。

 少しだけ近づいて、鼻をスンと鳴らして匂いを嗅いだ。男の体臭…ではなく、体に染みついた他人の魔力を。


「この方から、強く感じますね。お知り合いでしょうか?」


 女性はしばらく悩み、男と建物の隙間から覗く空を交互に眺め、自分なりの推論を打ち立てた。彼は自分の知り合いのまた知り合いで、知り合いの無茶な行動に振り回された挙げ句、今に至ったのだと。

 それならと女性は両手のひらをぽんと叩き、どうするべきかを決めた。


「捨てる神あれば拾う神あり、ですね。連れて帰りましょう」


 素敵な微笑みを浮かべながら、男の片足を持ってズルズルと引き摺っていった。







 女性が拾い者をしていた頃、そこから距離を置く建物の屋上で、薄情な男とその姉が、最近の成り行きを遣り取りしていた。

 サーシャは皮肉混じりにトキの連れていた男を話題に挙げる。


「お前が他人を連れ添うとはな。あれは何者だ?」


「何者でもない、ただの荷物持ちだ。気にするな」


「途中で下に放ったようだが、無事だろうな。罪のない者を手にかけたとあっては…」


「気にするなと言ってる。場所は選んだし、時間帯も合っている。支障がなければ、先に次の仕事場へ着いているだろう」


 いい加減なトキの返答に、サーシャは頭を悩ませた。心境や人格に多少の変化があったのではと期待したが、まるで変わった様子がなくて気を落とす。

 姉の悩みの種は、彼女を労ることもしない。淡々と会いに来た用件を話し始めた。


「コヨウからお前の手紙を受け取った。“聞きたいことがある。今すぐ私の前に顔を出せ”。内容はそれだけだったが、聞きたいこととはなんだ?」


 トキの問いかけに、サーシャの顔つきは厳しくなった。心を殺して、一介の騎士として振る舞う。

 実の弟へ、疑念と敵意を向ける。


「ここ数ヶ月の間に、連続して殺人事件が起こっている。狙われたのは子供ばかりで、全員が骨も残さずに“焼失”していた」


「…」


「調べてみると、同様の事件は近隣諸国でも確認された。あちらの捜査機関と協力し、犯人は火属の獣具の使い手であると意見が一致した」


「犯人は俺だと?」


 単刀直入に聞き返したトキに、サーシャの声はますます鋭さを増して放たれる。


「ここだけの話、警邏中の騎士数名も犠牲になっている。私が手ずから鍛えた、前途有望な者達だった」


「なら、殺した奴は相当の腕だろうな」


「お前は、立ち塞がる者はどんな相手であろうと容赦をしない。誰であろうと皆、殺す。“屠る鬼”という忌み名で呼ばれるほどに」


「容疑をかけるには充分、か」


 納得したトキは、殺人の凶器として使われた可能性のある鎚矛を手にした。サーシャも無表情で剣を抜く。

 剣の切っ先はトキの顔に、鎚矛は構えず下に垂れる。

 お互い分かりきっていた。二人の立場上、いつかはこうなる場面が訪れることを。


「俺の前に立ち塞がるなら、お前でも容赦をしない。殺してでも押し退ける」


「それが貴様の答えか?」


「そうだ。止めたいのなら殺せ。殺すなら覚悟しろ。俺もお前を殺してやる。死にたくなければ―――そこを退け」


 長い静寂。

 トキもサーシャも、互いの目を睨み合って微動だにしない。冷ややかな空気だけが両者の中間を流れる。

 トキが先に動くことはない。サーシャの判断に身を委ね、攻撃してきたなら全力で応戦する。

 サーシャはトキを推し量る。本当に一連の事件を起こしたのがトキなのか、血縁感情すべてを切り捨てて考える。

 やがて、サーシャは剣先を返して背を向けた。


「お前の行く道は、不誠実ではあるが、善を行く者を巻き込むことはなかった。同じ悪道を歩む者同士で潰し合ってきた」


 客観的に見ても、トキという男は理由もなしに子供を殺さない。それが先ほどの問答で得たサーシャの結論だった。

 だが、とサーシャはつけ加える。


「貴様が犯罪者であることに変わりはない。この国で悪事を働いたなら、即座に叩き斬ってやる。…肝に命じておけ!」


 腹立たしそうに捨て台詞を吐いて、三階建ての屋上から飛び降りた。トキは安否を確かめなかったが、無事で済まないのなら飛んだりはしないだろうと捨て置いた。

 彼は獣具を背に担ぎ直し、サーシャから伝え聞いた事件の詳細を思い返す。


「子供ばかりを狙う殺人鬼か」


 呟いて、一通目の手紙の内容も思い出した。

 進む方向は、捨てた男が向かったであろう場所とは正反対の位置。もう一人の差出人が暮らす富裕地区へ。

 傍目には静寂でありながら、仄かに猛りの熱気を発しながら目的地を目指す。







 トキも建物から飛び降りようとしたところ。


「…貴様ー!! 実の姉が高所から飛び降りたのに、心配の一つもしないつもりか!! 顔を見せに来い!!」


「…」


「足首を捻ったんだぞ!! おんぶしろ、おんぶ!! 表通りに出るまでならお前の好意に甘んじてやる!! さあ早く!!」


「…」


 無視して立ち去った。






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