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荊の姫  作者: ごはんごパン
18/19

都落ち、地獄逝き

 消えた。自分に一番近しい気配が。私の獲物、私の荊。私が取り込むべき原典。『浸食』すべき『破壊』の性。


 折角、一端とはいえ荊を寄越してやったのだ。あの復讐鬼は何をしている?


 与えた力が足りなかったのだろうか。なにせ相手はオリジナル、一筋縄ではいかないことなど予想の範囲内である。


 彼女の憎悪は業火の様だ。焚きつける程に黒煙は棚引き、油を注げば際限なく大きくなり、辺りを嘗めるように荒らしまわる―――


 それでは足りない、それでも足りない。なれば、


「与えましょう、いいえ」


 その右腕のみならず、荊で侵し尽くそう。

 

 コツコツ、控えめに叩かれた扉。どうやら自ら求めに来たようだ。顔を伏せ表情は髪に隠れて見えない。


「主様、私はどうすればいいのですか」


「殺せばいい。そうよ貴方の感情なんて関係ないの。奴を、殺せ」


 殺したい。殺意が抑えきれない程憎んでいると。歯軋りの合間にお前はそう訴えた。


 なれば、私自身の手を汚すまでもない。残った『破壊の荊』さえ回収できればいい。互いに有益な取引だ。


 項垂れた頭、耳元にそっと唇を寄せる。


「大丈夫、貴方ならきっとできるわ」


 手を取ってベッドへ。少し乱暴に押し倒した。髪の隙間から覗く瞳は、怯える様に涙を湛えている。嗜虐心を刺激されて思わず覆い被さった。


「全部、私に任せて」


 手を添えた躰が小さく跳ねる。腕を首に回して柔らかく抱きしめた。私の白い髪房が、彼女の黒髪にはたり流れ落ちて混ざり合う。

 今から感じるのはすべての刺激。快楽や淫楽は勿論、ありったけの痛みも苦しみも全部、貴方に。


 全てを感じ、私の荊に犯されながら果てなさい。

 

 そう、おまえの妹のように。


******************************


 夜は一層更け、雲は晴れ、煌々と月が照る。腕の中、涙を流したエレントラントは泣きに疲れて眠りに落ちた。安らかに立てる吐息が耳にかかってちょっとくすぐったい。


 まるで、赤子のようだ。小さく丸くなって怯える様に、または自分を守る様に。


 これ以上、負担を掛ける訳にはいかない。だというのに―――


 私はこの人から離れられない。この人も私からは逃れられない。互いに傷を慰め合い、塩を擦りつけては舐め合うのだ。


 誰にも、何にも邪魔されない。邪魔なんてさせやしない。絡まった運命は絆より強く、恋情よりも固い。運命は、死が二人を別つまで解けることはないだろうから。


 …目が冴えてしまった。悲愴に考えるからだ。


 綺麗な星空に釣られて、ふらり外へ足を向けた。

 出口に面した狭い路地から、開けた通りに目を遣る。反射する白い壁と伸びる(えい)の幻想的なモノクローム。水を打ったような静けさに耳が痛くなる。


 自然と光の方へ歩き出したのは、浅ましくも希望に縋りついていたいためだろうか。


 途中、背後に気配を感じた。エレンを起こしてしまったのだろうか。だとしたら申し訳ない。謝らないと。


「よお『竜殺し』、いい夜だなァ」


 歪む口角から覗いた、凶器のような歯牙。暗がりから見つめられる殺気の乗った視線。背が竦むのを堪えて逃げ出した。


「おうおう、散歩かぁ?」

揚揚と鬼が追いかけてくる

「呑気なもんだ、なぁ!」


 未舗装の道で咄嗟に転がった。さっきまで私の頭があった空間を鈍い閃光が疾る。


「脱柵なんざしてもすぐに見つかっちまうって。あいつならよくわかってると思ったんだがなぁ」


 身内の尻拭いに駆り出される俺の身にも成ってほしいもんだ、と悪態を付きつつ、肩慣らしと言わんばかりに大剣を振り回す。


「で、よぉ。『竜殺し』、てめえも脱柵幇助の罪がある」


 空の月より爛々とぎらつく、狂暴を孕んだ瞳。


「大人しくお縄に着くか、それとも―――」


 お前の冗長な話にはもう飽き飽きしてきた。相手が一瞬、ほんの僅かに瞬く。その隙を逃さない、考えるより先に体が動く。

 一足飛びで眼前へ。瞬間移動したように見えたであろうその目を潰さんと、貫手を放つ。


「おう、そう来なくちゃあ。面白くねえもんなぁ!」


 伸ばしきった右手は目玉に突き立つことなく硬直したままだ。間合を取られた、そう気付いたころには既に手遅れ。片手で軽々と振り上げられた刃が、重力に任せて振り下ろされる。

 こちらも間合を開けようと後方に重心を傾ける。それでは斬撃から逃れきれない、ならば。


「来てっ、『茨』!」


 薄皮一枚を掠めて捻じ込まれた茨は、冷たい刃を弾き返した。


「おーん?やるじゃんか、剣が無くても戦えるってのは勇士の証さ。そんな奴を殺すのは忍びないんだがぁ」


 此奴は手強い、一筋縄で倒せるとは到底思えない。


「お仕事なんでな。その首、もらい受ける」


 こちらもそろそろ本気を出したい。左の腰に手を添え、柄を探しそうになった。そうだった、剣は彼女に預けたままだ。


 このままじゃ―――死ぬ。


 心臓を直に掴まれたような苦しさと共に身が竦む。打開する方法は逃走だけだ。でも何処に逃げれば、どれだけ逃げれば撒けるのだろう。

 絶たれた望みが薄皮一枚で繋がっている。残されるはそう、彼女のみ。


「ユリアーナっ!」


 パタパタと駆ける音が遥か後ろから聞こえる。

 流石だ。ちゃんと分かってる。私が叫ぼうとした瞬間にはもう飛び出しているのだもの。


 「エレン!剣を!」


 振り返って叫んだ。既に彼女は大きく振りかぶって、投擲のフォームに入っている。それを見届けている私の隣を。


 一陣の風が吹き抜け、髪が暴れる。突風の主はエレントラントの胸倉を掴み、軽々と持ち上げていた。


「てめえ…よくも顔出せたな。褒めてやんよ」


 周囲が全部、冷たい氷の息吹で覆われる様な声色。褒めているのとは到底程遠い。


「兄さ、苦し」

「兄さんだぁ?吐かせ、俺は『断罪者』、テメェは『犯罪者』だろうがよ」


 エレンは悪くない、私を逃がすためにここまで来てくれたのだから。


「やめて…離して」


 掠れる声を絞り出す。もちろん聞こえていないだろう。

 その罪を、罵声を、荊冠を被るべきは私だ。彼女は何も悪くない!


「―――『(ソーン)の(・)処女(メイデン)』」


 荊になって氾濫する、口には出せない心の叫び。奴の足元を囲うようにして亀裂が入る。赤黒い茨は万物呑み込む闇の様。それは瞬きの内に視界を遮り、悲鳴を上げる間もなく息の根を止めるだろう。


 鎧も剣も一息に呑み込んだ。ただエレントラントを掴み上げる手首から先を残して。


 監獄は生命の源を吸い上げんとその隙間から垂れた一筋の紅を目にした。


「兄さん…兄さん!」

 彼女に残った最後の肉親だった男を私は殺めた。きっと落涙し、失望するに違いない。もう私と口も聞いてくれないかもしれない。そう思うとどうも気分が悪くなって、喉の奥から悪臭が込み上げる。


 彼といた時間も、彼女の傍に居た時間も一瞬。「次は」なんてもう与えられないんだ、私には。


兄の縛から解放された彼女は、棺桶と化した茨の前で崩れている。

全部、終わった。何もかも全て。


「こんなんで、終わらせられてたまるかよ」


 ハッとした。そういえば、荊が吸収した筈の生命力が還元されていない。


気付けば辺りに濃密な魔力が充満していた。青色の空気に殺気が乗って流れる。

 目の前で、荊が粉砕した。

 鎧は見る影もなく、血は全身を覆い赤く染めている。


「めんどくせえ…『竜殺し』、テメェから行くぞ」


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