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薔薇の鎮魂歌  作者: あやゆめ
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後編

 それからの事は、家にこもっていたわたくしには伝え聞くほどの事しか分からない。


 殿下がわたくしとの婚約破棄を宣言されてから、目端の利く者が全て休学してしまって、学園は大騒ぎになったのだそうだ。


 そして騒ぎの最中に、ヘンリー・モートン様が日頃の素行の悪さと、婿入りするはずだった令嬢との一方的な婚約破棄の件で、伯爵家からの放逐となった。


 次にギルベルト・ディサイン様が、学園での騒動を収められないばかりかその原因となったという事で、宰相の後継からはずされ領地へと戻された。宰相家は能力のない者には厳しいと聞く。おそらくもう二度と王都へは戻れまい。


 二人が学園から去っても、アルフレッド殿下とアリシア嬢は仲睦まじく過ごし、それをオズワルド・ナレック様が護衛するという様子だったらしい。

 

 わたくしとの婚約破棄からちょうど一か月後に、アルフレッド様は陛下に謁見され、アリシア嬢との婚約を願い出た。

 陛下はただ一言「考慮しよう」とお答えになり、殿下はこれで二人の仲は認められたも同然だと喜んだ。


 そして陛下はそのついでのように、お前もそろそろ王族としての公務をするがよいと、辺境の町への視察を命じられたのだそうだ。


 王族としての公務を初めて任され、アリシア嬢との婚約も見通しが立ち、アルフレッド殿下はオズワルド様と共に意気揚々とかの地へ向かい……


 その途中で崖崩れに巻き込まれ、オズワルド様や随行の者と共に亡くなられてしまった。


 悲しい事故であり、悲劇である。


 国民は美貌の王子の死を悼み、国中が喪に服した。




 そして今日。

 殿下の葬儀が王家の手によって行われた。


 豪華な金の棺に眠る麗しき王子。

 左半身は岩につぶされてしまったという噂で、無残な体を隠すように棺の左側にはぎっしりと薔薇の花が埋められていた。


 わたくしは中庭で見た、薔薇の花の中で抱き合う殿下とあの娘の姿を思い出す。


 あの時、薔薇の花に囲まれて、殿下は幸せのただ中にいらしたのだろう。


 そして今、同じ薔薇の花に囲まれて殿下は眠っている。


 もし……と、わたくしは何度も心の中で問いかけた言葉を思い浮かべる。


 もし、あの時。

 わたくしが声をかけなければ、あなたは今も薔薇の中で微笑んでいらしたのだろうか。

 その腕の中に愛しい娘を抱いて。


 だが、殿下があの娘を妃にと望む限り、訪れる結果は同じことであっただろう。それが早いか遅いかの違いだけで。


 この葬儀にわたくしも公家の者として参列することになったが、正式な婚約者ではなかったアリシア嬢は、参列が認められなかった。


 彼女は今何をして、どう思っているのだろうか。

 愛する王子を失って悲嘆にくれているのだろうか。


 葬儀は進み、歌い手たちが殿下への哀悼の歌を捧げている。


 わたくしは薄いヴェールの下から、参列している王妃陛下をそっと見つめた。静かな……何の感情も見えない、静かな横顔。

 隣に立つ陛下は、寵姫の残した王子の死を嘆いていらっしゃるのだろう。以前拝見した時よりも、憔悴した様子でいらっしゃった。


 鎮魂歌が流れる。


 わたくしの悲しみも乗せて。


 ああ……


 こうなる事が分かっていた。

 それはわたくしだけでなく、多くの者が。


 殿下はご存知なかったが、わたくしと婚約してからずっとフィルバイユ公家の者が陰となって殿下を護衛していたのだ。

 その護衛がわたくしとの婚約破棄でなくなった以上、殿下の命が失われるのは時間の問題だったと言えよう。


 だからこそ、わたくしとの婚約破棄を聞いた者が、その後に必ず訪れる騒乱に巻き込まれぬようにと、学園から離れていったのである。


 王妃陛下は亡くなった寵姫様を憎んでいた。

 そして寵姫様の美貌を受け継ぎ、更には剣の才をも持った殿下が、王太子の地位をも脅かすのではないと疑心暗鬼になっておられた。


 だが殿下と婚約したわたくしの家のフィルバイユ公家は王家に次ぐ名家であり、王妃の故国との関係も深く、表立って敵対するわけにはいかなかった。

 それが暗殺という手段であっても、実行はできなかった。


 けれど殿下は、自分の身を守っていたわたくしという婚約者を自ら手放したのだ。

 よりにもよって平民の娘を妃にするために。


 殿下の事故が本当に王妃陛下の企みなのかどうかは分からない。

 でも必要のなかった視察の件は、明らかに王妃陛下のお声かかりだろう。

 それを陛下が提案なさったということは、アルフレッド殿下は陛下にも見放されていたという事だ。


 継承第三位とはいえ、アルフレッド殿下が国王になる可能性がまったくないとは限らない。そうなった時、王妃の位に座るのが平民の娘では貴族たちの反発は必至だ。王国は大いに乱れるであろう。


 寵姫の遺児への愛と、国王としての王国の維持。


 国王として、陛下は正しく道をお選びになった。

 個人の情より正道を貫くそのお姿に、貴族たちの忠誠もより深くなる。


 鎮魂歌が静かに流れる。


 悼むのは殿下への想い……


 もしも、と再び心の中でつぶやく。


 もしもアリシア嬢が学園へ来なければ、殿下はまだわたくしの婚約者で、いつか静かに寄り添える夫婦になれたのではないだろうか、と。


 殿下の後ろにはその背中を守るオズワルド様がいて、アルフレッド殿下と少し皮肉を交えながらお話になるギルベルト様の討論に、横やりを入れては楽しそうに笑うヘンリー様。

 そのいつもの様子をゆっくりとお茶を飲みながら静かに見つめるわたくし。


 あのまま何もなければ、ずっと続いたはずの日々。


 今となってはもう、見果てぬ夢ではあるけれど……


 わたくしは王妃陛下の静かな顔から目をそらし、そっとため息をついた。





 それからしばらくして、わたくしは護衛のデセルから一つの報告を受けた。


 さすがに学園にいづらくなったのか退学したアリシア嬢が、王都のはずれで暴漢に襲われて亡くなってしまったのだそうだ。

 しかもその暴漢は、放逐された伯爵家の次男であるヘンリー・モートン様であったらしい。ヘンリー様はアリシア嬢を殺害した後、自らも命を絶ってしまったということだ。


 王国を揺るがした騒動の原因となった娘の死ではあるが、平民同士の事件とされ、宮廷で表向きの話題に上がる事はなかった。




 わたくしは学園に戻り、以前とあまり変わらない生活を送っている。

 学園は今回の騒動で平民の受け入れを取りやめたということだし、このまま変わらぬ日常が続くのであろう。

 そして卒業するまでには、また父が婚約の相手を決めてくるのだろう。


 わたしくは人のいない学園の中庭を訪れた。


 季節を移し、あんなにも咲き誇っていた薔薇の花はどこにもない。

 また時が過ぎればまた薔薇は美しく咲くのだろう。


 けれどその中で微笑んでいた恋人たちはもうどこにもいない。



 わたくしはそっと目を閉じため息をつくと……

 もう二度と訪れることはないであろう中庭に、背を向けて立ち去った。


これで完結です。

アウロラは冷たく見える絶世の美女です。容姿はご自由に想像してください。

ただ転生者ではないので、これが乙女ゲームの世界だとは知りません。

普通にその世界の貴族として生きているという設定です。

そして逆ハーヒロインはありがちな転生者です。


補足すると王子はメインヒーローで俺様系、宰相長男は腹黒眼鏡で騎士団後継は筋肉無口で伯爵家次男はチャラ男です。

ゲームではもう一人、隠しキャラの帝国皇帝がいるのですが、王子との婚約発表の時に一目ぼれされるという、実際にあったら国際問題なんじゃないかっていうお話になってます。でも今回はそこまで行かないので、皇帝様の出番はなしです。


ざまぁ、できたのかなぁ……

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