第7話 いつもの完璧メシ
仮設の街灯が白い光を放つ住宅街の細い路地。
街はすっかり眠りにつき、聖のまたがるママチャリのチェーンが刻む音と、前かごに積まれたルナの振動音だけが静かに響いていた。
復興に取り残されたかのような古びたアパートの前で、ブレーキを強く握りしめる。
両手で抱えたルナと共に1階の通路を進み、見慣れた自室のドアの前に立つ。
ルナを落とさないように片手で抱き直し、もう片方の手でチャイムを鳴らした。
ドタドタという足音が聞こえ、勢いよくドアが開いた。
「お兄ちゃん、おかえり!」
出てきたのは黒髪のツインテールの少女。
いつもの薄ピンクのキャミソール。
月乃の変わらない姿を見て、聖は心底ほっとする。
「ただいま……あれ?」
目の前の月乃が消えて、玄関を転がるルナが間近で見えた。
「わぁー! 帰った瞬間力尽きないでー!」
床の冷たさと月乃に背中を揺さぶられる感触。
安心して気が抜け、その場に倒れ込んでしまったようだ。
すぐに起きあがろうとしたが、気力が湧かない。
「……すまん月乃。もう限界。寝る」
そう告げて、聖は目を閉じた。
「嘘!? 玄関で寝るの!? あと少し頑張ってよ!」
聖を必死に動かそうとする月乃だったが、彼女の筋力では夢の世界にいってしまった彼の体は微動だにしなかった。
◇◇◇
――ヒナを頼んだよ。
はっと目が覚めた。
頭がぼんやりする中、カチャ、カチャと妙に大きく聞こえる音があった。
視線を動かすと、月乃がモニターに向かってキーボードを叩いている。
画面の端に、見覚えのある掲示板が開いていた。
パソコンの横にはケーブルで繋がれたルナがちょこんと置かれていた。
聖は額に手を置き、考える。
夢で、誰かと大事なことを話してたような気がする。
「あ、起きてる」
月乃がヘッドホンを外して、こちらに笑顔を向ける。
聖が上半身を起こす。
いつもの敷布団とは違う柔らかい感触がした。
見ればピンクのシートと布団。
「何でお前のベッドで寝てるんだ?」
月乃はふっと小馬鹿にするような笑みを浮かべると、大げさに肩をすくめてみせた。
「大変だったんだよ。玄関で寝るからさ、ルナと催眠術でなんとかベッドまで移動させたんだから」
月乃が「よっと」と声を出して立ち上がり、そのまま大きく背を伸ばしながらキッチンへ向かっていった。
「そっか……って、まて、ルナはわかるが催眠術ってなんだ?」
「お腹空いてるでしょ? 用意してあげる」
月乃が冷蔵庫の上に置かれた段ボールからお馴染みのカップ容器を取り出してニンマリしながら振り向く。
「いつもの完璧メシだけどね」
ツインテールを揺らしながら思い切り腕を伸ばしてカップ容器をこちらに向ける月乃。
そんな妹に、聖はただただ薄い笑顔を向けることしかできなかった。
「あの……」
さっきから正面に座ってじっと聖の顔を見つめる月乃。
何かを言うわけでもなく、ただ普通の表情で見つめられ続けるのは、どうにも落ち着かない。
「何?」
「食べづらいんだけど」
「食べてるじゃん」
使い捨てのスプーンを持ったまま容器の中を見る。空になっていた。
聖は小さいため息をつき、避けていた話題を口にする。
「……配信どうだった?」
「悪くはない」
月乃の表情を見ないように天井のシミへと視線を逸らし、仰ぐように呟いた。
「良くはなかったか……」
「なんで双子に渡したのさ」
間髪入れずに追及してくる月乃。視線を彼女に戻すと、少し怒ったように頬をふくらませていた。
「仕方ないだろ。そういう契約だったんだから」
「私は聞いてない!」
ドンッと音と共に両手をつき、聖の顔のすぐ近くまで自分の顔を寄せる月乃。
その勢いに、聖は思わず体を後ろへとのけぞらせた。
――ヴォルガドゥグ希少種の死骸から入手した素材『黒獣石』。
キロ単位で百万円以上で売買されるそれを、聖は二体分入手していた。
地下45階層で手に入れた戦利品は全て双子に渡すこと。
その契約があだとなり、双子はさして苦労もなく、黒獣石を自分のものにした。
「戦利品のことまでは考えてなかったんだよ。……無事帰ることしか頭になかったから」
言い訳を口にする聖。その顔には申し訳なさがにじみ出ていた。
気づいた月乃はすぐに気まずそうな顔をして、元の位置へと素早く戻る。
「ごめん。言い過ぎた」
「……いいよ、俺も双子に黒獣石渡した時は悔しくて仕方なかったし」
聖が諦めたように笑った。
「ヴォルガドゥグ希少種を倒したの、俺たちなのにな」
あっさり諦めてしまう兄に、月乃は再び怒りを爆発させ、机を勢いよく叩いた。
「う――っ、ダメだ! やっぱり収まらない! 黒獣石さえ持って帰れれば家賃どころか今日の晩御飯は宅配ピザだったのに!!」
「配信だけじゃ、やっぱり届かなかったのか?」
「今までで最高収益だったよ。……でも、家賃までは全然」
机に片方の頬をくっつけ、横倒しの顔のまま上目遣いのような視線を向ける月乃。
そんな妹の姿を見て、聖の口元が自然と緩んでいく。
「仕方ないさ。まあ、また地下45階層に潜ればどうにかなるよ」
「そういえば、あのチェーンソーどうしたの? あれも双子に取られたの?」
「いや。エレベーター手前で丁度電池が切れただろ? それで動かなくなって、アルがそんな欠陥品いらないって」
「じゃあ、その後どうしたの? どっかで充電してるの?」
「コンセントっぽいピンがあったけど、調べてもそんな規格見つからなくてさ」
がっくりと肩を落とす聖。
「DRAも買取不可って言うし、邪魔だから捨てようとしたら――そういえばあの時のヒナ。ありえないものを見たって感じで、石みたいに固まっていたな」
ヒナのわかりやすい反応を思い出した聖がクスクスと肩を揺らす。
「だから、一応保管庫にしまっておいた」
月乃は深いため息をつき、頭を振る。
「そりゃあ、伝説の武器をあっさり捨てられたら、焦るよね……」
「そういや、ヒナで思い出したけど、明日もあいつと会う約束したから」
月乃がムッとした表情になり、あからさまに聖から顔を背ける。
しかし、すぐにはっとして、背けた姿勢のまま、視線だけを這わせるように聖へと戻す。
「……ふぅん。一応聞くけど、なんでまた?」
「お金に困ってること話したら、いい場所があるって。すぐに行こうとするから、明日にしようってお願いした」
「何その都合のよすぎる話。本気で信じてるの?」
「俺も完全には信じていないよ。でも、『神樹の雫』もチェーンソーも本当にあったし。本当にどうにかする方法知っているかもって……ん?」
「どしたの?」
「そういえば道中で使っちゃったけど、神樹の雫って、売ったらいくらぐらいになったのかな」
「……っ!」
分かりやすいぐらい肩を跳ね上げ、視線を泳がせる月乃。
「もしかしたら黒獣石より高く売れてたりして」
「……いやあ、大した額じゃないんじゃないかなぁ」
両手の指先をもじもじと落ち着きなくこすり合わせ始める。
「でもよぉ、双子には大バカ者って怒鳴られたし、知らない冒険者や受付嬢の反応がなんかおかしかったし」
月乃が急に立ち上がり、再びキッチンへ向かった。
不自然な動きだったが、聖は構わずその背中に向けて話を続ける。
「やっぱり、アレ、売ったらかなりの額だったのかな」
月乃が乾いた引き笑いを漏らしながら、再び完璧メシのパッケージを聖の頬めがけて容赦なく突き出す。
「そんなことより! 今日は特別に二個食べることを許可しよう!」
月乃の不自然なほどの必死な動きに、聖はさすがに眉をひそめた。
「お前、それだせば質問スルーできると思ってるだろ」
なおも「うり、うりー!」と完璧メシのパッケージを顔に突きつけ、おかまいなしに兄の口を閉ざそうとしてくる月乃。
「いや、さすがにそれは無理があるって――」
瞬間。
ぐぅぅぅ――と、聖のお腹の音が大きく響き渡った。
あまりのタイミングの悪さに聖は気まずそうに視線を泳がせながら、小さな声で呟いた。
「……まあ、食べるけど」




