第2話 そんなおまじないみたいなガセネタ、真に受けたの!?
アルが手の中にあるスマホサイズの黒い板を、軽く宙へと放り投げた。
カシャッ、という音と共に、板の側面がスライドして、そのまま小型ドローンへと姿を変える。
ブゥン、とホバリングを始めたドローンは、アルとエルを確認するようにぐるりと旋回すると、赤く点滅していたランプが緑の点灯になった。
「君たちも早くしなよ。DRAに怒られるよ」
アルに急かされ、聖はルナの背中にあるつまみに爪を引っかけ、ぐっと力を込めて硬いスイッチを弾く。ルナのランプが緑に灯る。
ウィーン。
焦点を合わす音が鳴ると、アルは咄嗟に顔を覆うように手をかざす。
「おっと、向けないでくれるかな」
聖はルナの向きを大きく明後日の方向へとそらした。
「これでいいんだろ?」
アルが指の隙間から覗く。
「少し映った気がするけど、まあ。これくらいは許容してあげるよ。……契約内容は忘れていないよね?」
「お前たちを映さなきゃいいんだろ?」
「その通り。もし、映していることがわかったら、違約金だからね。くれぐれも忘れずに」
「わかってるわよ!」
カメラのついていない背中を向けながら、月乃がルナ越しに声を上げる。
聖とアルが同時に息を吐いた。
すると、蚊帳の外だったエルが唐突にスマホの画面を見ながら騒ぎ出した。
「すごい、すごい! やっぱり初めての地下45階層だけあって、同接すごいことなってる!」
アルもスマホを取り出して、画面に目をやる。
「……みんな、僕たちの配信に興味津々のようだ」
一瞬だけ、アルの口元が緩む。
「ちょ、見て見て! お兄ちゃん!」
次いでルナ――月乃が騒ぎ出した。
急ぎ、聖もスマホを取り出しチーム『LUNAR』の配信ページを開く。
そこには100を超える同接数が表示されていた。
聖は口角が勝手に跳ね上がるのを、片手で無理やり閉じ込めるのが精一杯だった。
――いきなりこの数字なら、家賃が支払える。
「アハハ――、100って! 深層に来たのにこれだけって――アハハハハハ!」
エルの甲高い声がこだました。
聖はスマホを仕舞い、声のした方へ顔を向ける。
「――あ、怒っちゃった? すごくうれしそうだったから、どれくらい視聴者いるのか調べちゃった。てへ☆」
「こんの、性悪――っ!」
「待て待て、挑発に乗るな」
聖は突進しかけたルナを手でつかみ、そのまま指先でこつんと小突く。レンズがアルから逸れた。
アルが大げさに肩を落とす。
「残念。もう少しで『LUNAR』の配信に出演できたのに」
「あいにく、出演枠は間に合ってるんだ。ルナをあんまりからかわないでもらえるかな」
「それは失礼――ん?」
アルの裾をエルが引っ張っていた。
「ねえねえ、そろそろ……」
アルが頷く。
「視聴者が欲しい君たちに『白き双翼』からプレゼントだ」
腰袋から取り出したものを、アルは聖へと投げつける。
聖は反射的に受け止める。手のひらからほんのりと異臭がした。
「ルナ」
聖の呼びかけに、ルナはぐるりと旋回して手のひらの上にレンズを合わせる。
「ちょっと待って……ん? これって『魔喚びの玉』じゃない! 何でこんなものっ!」
月乃の叫びに、聖は双子がなぜ他の冒険者たちを招集していたのかに気づく。
「そういうことかよ……」
「手っ取り早いだろ? 向こうから勝手にやって来てくれるのだから」
「投げ返しちゃおうよ、こんなもの!」
「――いや」
聖は生き物の残り香を放つ玉を懐に仕舞った。
「ちょ! どうして!」
「頭の悪いドローンだな。少しは考えろよ」
「ほんとだよ。お兄さんはすぐにわかったのに」
「このまま俺が前へ出ればいいんだろ」
聖とルナは無言で前だけを見つめながら、双子の横を通り過ぎる。
「映さないように気をつけなよ」
ルナは挑発に乗らず、そのままついてきた。
◇◇◇
「ねえ。何でまだ『魔喚びの玉』持ってるの?」
「最初から囮に使うつもりだったんだよ。第三位と言えども、地下45階層は怖いんだ」
「――最っ低! 捨てちゃいなよ、そんな玉!」
「いや、そうはいかない。今、玉を捨てたら、集まった視聴者は腰抜けだと言って一斉に離れる」
「ぐぅぅぅっ! 汚いのよ、あの双子!」
しばらく進んで、わかったことが一つあった。
この階層は、近くは不思議なほど明るく、視野が通る。しかし、少し離れた場所を見やると、ぞっとするほどの暗闇に包まれている。
「気配はない。けど――」
壁には爪痕があった。
大きくえぐられている。
進めば進むほど、その痕跡は増えていく。
「ルナ。この爪痕からモンスターを調べられるか?」
「ん、やってみる」
ルナから放たれた赤外線が爪痕をなぞる。
『グ・ルガオンじゃね?』
『アシガラードだったらグロ』
『45階層ならヴォルガドゥグいても不思議じゃないっしょ』
配信コメントに出てくるモンスターはどれも最近発見されたものばかり。
「ごめん。わからない……。ヴォルガドゥグが一番近いけど、少し大きさがなぁ」
「いや、もう大丈夫。ありがとな」
ルナに向かって、笑顔で手を振ってみせる。
――進み辛い。
精一杯気にしていないふりをしたが、羅列されたどのモンスターが出てきても、一人で勝てる見込みがなかった。
それだけじゃない。
モンスターからすれば、あまりにも狩りやすい環境。
双子の協力なしには、これ以上前へは進めない。
深々と息を吐き出す。
「『白き双翼』! いくら何でもこれじゃあ、一人で先に進むのは――」
振り返った先。
双子たちが佇んでいる。先ほどの位置から一歩も動かずに。
「え、何? どしたの?」
聖は慌ててレンズを押さえる。
「何でついてこない?」
口元の動きから少し遅れて、反響した双子の声が耳に届く。
「僕たちからじゃ、不思議と君の姿が見えないんだよ。暗闇に包まれていてね」
「こわいよアル。いくら私でも、真っ暗闇で不意打ちされちゃったら死んじゃうよぉ」
アルに抱き着くエル。
エルの頭をなでるアル。
「そういうわけで、僕たちはここで待機するよ」
「ふざけるな! 他の冒険者にも、こんなことさせてきたのか!」
「何怒ってるの? 同接数が欲しいんだろ? 僕たちは間に合ってるからさ、好きにしたらいいよ」
聖は身を乗り出したルナの胴をつかむ。
「ルナ、コメントなんて言っている?」
「えっと、これが双子のいつもの手。すぐ避難できるところに待機して、新種のモンスター狩るのが常套手段。早く逃げて――って、これぇ!!」
「最悪だ。あいつらはそもそも一緒に戦う気なんてなかった」
「ど、どうする?」
ルナの問いかけに、聖は地下45階層の先を見据える。
相変わらず何も見えない。
「……先へ進もう。下手に背中を見せれば、双子の思い通りになるだけだ」
聖はルナを掴む手を放し、代わりに銅の剣を抜いた。
「ごめん。私が煽ったから……」
ルナを通して鼻をすする音が聞こえた。
「違うよ。乗っかったのは俺だ。お前のせいじゃない」
「ほんとごめん――っ」
怒りで張りつめていた肩の力が、少しだけ緩む。
「先へ行こう。大丈夫だよ。お前がサポートしてくれたら」
「……うん。何か反応があったらすぐ知らせる」
聖は暗闇の中へ体を沈める。後戻りができない重圧を抑え込みながら。
――三十分ほど経過した。
双子と距離が取れると、聖は剣を提げたままスマホを開き、配信画面に切り替える。
普段ならほとんど無反応のコメント欄が、見たこともないスピードで流れていた。
『初モンスター出たら起こして』
『金儲けに必死すぎwww』
『底辺が行くとこじゃないだろ』
『つーか剣なんか光ってね?』
『安物カメラの補正だろ』
『いや、誰か最初に止めろよ』
『グロ注意』
悪意あるコメントがほとんどを占めている。
反面、たしかに同接数は増えていく一方。
「これで家賃払える! ――じゃなかった、何なのこいつら! お兄ちゃんの命なんだと思ってんのよ!」
聖はため息とともに力なく肩を落とす。
「底辺ほど断れないよな。これじゃあ」
グルル――。
暗闇から四足歩行のモンスターが現れた。
聖はスマホをポケットへ押し込む。
『ベオウルフ出たぞ』
『ザコモンスターじゃん』
『銅の剣だと皮一つ切れないけどな』
コメントの通りだった。
「お兄ちゃん! 一旦双子のところに逃げよう!」
月乃に言われ来た道を見るが、暗闇ですでに双子の姿は見えない。
「くそっ……けど、いきなり引くわけには」
ガサッ。
胸の中で何かが擦れる音が聞こえた。
「そういえば――」
地下1階層で渡された紙を思い出す。
――書いてあることが本当なら、限界突破してるんだよな。
シュッ!
ベオウルフの前爪が襲いかかる。
――いや、まさかな。
聖は咄嗟に身を捻り、すれ違いざまに脇腹を蹴りつける。
だが、ベオウルフの巨体はわずかによろめいただけだった。
「やばいよ! 喰らってたらお兄ちゃん、死んでたよ!」
ルナが叫ぶ。
――悔しいが、月乃の言う通りだ。このままだといずれ、あの爪を避け切れなくなる。
その時、再びベオウルフの爪が襲いかかった。
「お兄ちゃん!」
「くそっ!」
聖はすぐに銅の剣で爪を防ごうと構える。
硬い爪と刃がぶつかる、甲高い音を覚悟した。
しかし。
ザシュゥゥゥ!!
聖は構えただけなのに、ベオウルフの身体が爪ごと剣に切り裂かれて真っ二つになった。
「え?」
バタン、と倒れるベオウルフ。
『はあああ?』
『なんで刃に触れただけで真っ二つ!?』
『おい、さっき剣光ってるって言った奴!』
聖が銅の剣の刃に目をやると、薄く金色に光っていた。
「あれ? 銅の剣ってこんなに光沢すごかったっけ?」
「まさか、柄を擦ったやつ……? 本当に限界突破したってこと?」
「ふえー。信じちゃいなかったけど、本当に強化されたのか」
「同接数はどうだ?」
「バッチリ。順調に上がってる。限界突破が効いたわね」
「あの女子高生に感謝だな」
『これ、本当に銅の剣?』
『初見だけどフォローした』
コメントの方も順調だった。
聖がニヤリと笑い頷く。
――けど、何であの女子高生はこんな裏ワザみたいな方法知ってたんだ。いや、そもそも何で俺に教えたんだ?
「でも、油断しないでよ。ベオウルフはここでは多分最弱のモンスターよ」
月乃の言葉に頷き、聖は剣を握り直す。
――そうだ。今は余計なことを考えてる余裕はない。
真っ直ぐ奥を見据える。
本当の探索はこれからだ。
◇◇◇
地面が揺れる。
天井からパラパラと砂埃が落ちてくる。
ドシン! という重い足音は、その生き物が人の体格を優に超えていることを感じさせた。
「来るぞ――」
足を止め、剣を構える。
暗闇の中心から、ぬっと、巨大な顔が現れた。
モンスターはゆっくりと、全身を灯りの下にさらした。
ライオンのような体躯に、黒い毛。指先には、容易く鉄すらも引き裂きそうな鋭く尖った爪。
そして、一番不気味だったのは、その顔が猫のようではなく、まるで人の――男性のような顔つき。
「ヴォルガドゥグ……」
覚悟してたとはいえ、こんなにも早く強敵と遭遇するとは運がないとしか言いようがない。
だが、何かが違う。他の配信で見たときは、もっと、一回り小さくて毛色も白に近かったような……。
「ルナ! このモンスターは!?」
聖の問いかけに、ルナは答えない。
ただ、ボソボソと何かを呟いている。
「そんな――希少種……なんで、こんな所に……」
聖の足が一歩後ずさる。
――ベオウルフとは格が違う。強化された銅の剣でも、通用する保証なんてない。
ルナは微塵も動かずに、ただ近くに浮いていた。
逃げようと言わないのが、月乃にできる精一杯の抵抗なのだろう。
「……やるしかないよな」
聖は震えを必死に抑えながら、刃先をヴォルガドゥグに向ける。
モンスターは、聖たちを品定めするように視線を這わすと、にたぁと笑うような表情を見せた。
――楽しんでいるのか?
そう思った矢先、ヴォルガドゥグは背を向け、暗闇へと消えていった。
腹の底から息を吐いた。
「助かったのか?」
「わかんない。弱すぎて、相手にしなかったのかな」
聖が睨むと、ルナはすーっと距離を取った。
ドン! ドン!
揺れる床。軋む壁。
ヴォルガドゥグが再び姿を現した。
「そんな――」
ルナからかすれた声が漏れる。
ヴォルガドゥグの顔――二つ。
――否。二匹。
圧倒的な巨体を持つモンスターたちが、濃い影を落として聖たちを見下ろしていた。
「まいったな……死んだかも」




