第1話 底辺配信者は後に引けない
『ちょ!? 何してんのこんな状況で!!』
『グロ配信確定。俺は抜けます』
『待て! 宝箱が光っているぞ!?』
コメント欄の悲鳴は、聖にも月乃にも届いていない。
「最後に、決め顔でポーズです!」
少女の掛け声に合わせて両腕を広げた聖の前で、巨大な影が凶悪な爪を振り上げていた。
「終わった――死のう」
月乃が諦めの言葉を漏らしたその瞬間、宝箱が光を放ちだした。
光が静かに解け、その真の姿が露わになった。
鍛え上げられた黒鉄の刃は、薄暗いダンジョンの中で鈍い光を放つ。
少女が自慢げに手を広げた。
「そう、これこそが、このダンジョンのラスボスすら一撃で倒せる伝説の武器――」
◇◇◇
――三時間前。
逃げ出したい衝動を追い払うように、聖ははっきりと手を上げた。
先ほどまでざわついていた冒険者たちが静まり返る。
やってしまった――。
勢いまかせの行動に早くも後悔の念が押し寄せてくる。
提案者であるはずのアルですら、何も答えない。
「いいんじゃない? あの人以外だれも手を上げないんだし」
腰まで伸びた長い銀髪を大きく揺らしながら、双子の片割れ、エルが甲高い声を上げた。
無邪気に笑うエルを見て、アルは一瞬言い淀んだものの、すぐに笑みを浮かべた。
「そうだね。最深層に挑戦する意気込みに、僕は即座に拍手で迎え入れるべきだったよ」
完璧につくられた笑顔で、アルは聖に向かって拍手をする。
アルとエル。チーム『白き双翼』に迎え入れられ、ゆっくりと手を下げる聖だが、その顔は浮かない。
「ついてきなよ」
アルは値踏みするような視線を流して受付に向かった。
エルもアルを追って受付へ向かう。
その途中、ちらりと聖へと振り返り、笑った。
底の見えない彼女の行動に、聖は伸ばしかけた足を止めてしまった。
「絶対悪人だよ、あいつ」
十五センチほどの少女型ドローン『ルナ』が耳打ちする。
「わかってるよ。だから、誰も手を上げなかったんだろ?」
周りの冒険者たちは、聖たちに奇異の視線を向けながら好き放題話していた。
「これで何人目だ? 双子に連れてかれる無名の冒険者」
「まあ、これで地下45階層の様子がわかるんだ。あいつには犠牲になってもらおう」
勝手な言いように、ルナが震えだす。
「好き放題言って!」
突進しようとモーターの回転を上げるルナを、聖は慌てて止める。
「待てって。今、他の冒険者ともめたら、潜る前に配信停止にされてしまうぞ」
ルナのカメラが反省するように俯いた。
「どうしたんだい? 君たちも受付済ませてくれないと困るんだけど」
「怖い? もしかして、今更怖気づいちゃってるのかな」
受付カウンターから、わざとらしく大声を上げる双子たち。
二人の薄笑いに、聖はピンと背筋を伸ばす。
「やるよ、お兄ちゃん!」
「ああ。どの道、このままじゃ施設に連れ戻されるだけだしな」
――月乃がいる。
底辺冒険者の俺が、今日までやってこれたのも、あいつが『ルナ』でサポートしてくれたから。
たとえ双子が何かを企んでいたとしても、今回だって乗り越えられる。
ルナが突き出したマニピュレーターに、聖が拳を突き合わせる。
「月乃と離れ離れになるぐらいなら、死ぬ気であいつらを利用してやる」
聖は力強く、双子へと一歩踏み出した。
「あのっ!」
「はい?」
突然、見知らぬ制服姿の少女に話しかけられた。女子高生だろうか。
「ごめん、今立て込んでいて……」
「こ、これ、ヒ、ヒナから渡してって!」
折り畳まれた一枚の紙を渡された。
「え、ヒナ? 誰?」
「絶対に読んでくださいね!」
紙を開くと、やけにクセの強い読みづらい文字で『銅の剣は、柄を一秒間に十八回擦ると限界突破するよ⭐︎』と書かれていた。
「えええ……」
顔を上げると、女子高生はすでに人混みの中に消えていた。
「ラブレター、というやつだろうか」
「な訳ないでしょ! そんなの捨ててさっさと受付しなきゃ!」
「わかってるって。冗談だよ」
聖は渡された紙を胸ポケットにしまい、改めて受付へと向かった。
◇◇◇
「こちらへどうぞ」
受付嬢の足元に魔法陣が展開され、円周に沿って光の膜がせり上がる。
当然のように、その中へ入る双子たち。
一方、聖とルナは初めての経験に内心戸惑いを覚えていたが、アルのこちらを見透かしたかのような視線に、逆に踏ん切りがつき勢いよく光の中へと踏み込んだ。
瞬間、周囲の雑音が小さくなった。
見上げると眩い光が視界を優しく満たしていた。
「転送エレベーターは初めてかい?」
エレベーターの使用許可が、DRAの職員と上位ランク冒険者にしか下りないのは地下ダンジョン『ニュールート』において常識だった。
肩をすくめるアルへ、聖はゆっくりと視線を移動させる。
「おかげさまで。たった今初めてじゃなくなったよ」
アルの表情が固まった。
時が凍り付いたかのような静けさに、エルが突拍子もなく腹を抱えて笑い出した。
「アハハハハ――意味わからない!」
彼女はひとしきり笑った後、そのままの体勢で顔だけをアルに向ける。
「あれぇ? もしかしてイラついてる?」
「何の話だい? 受付嬢、エルがこれ以上おかしくならないうちにさっさと地下45階層へつれて行ってくれないかな?」
受付嬢は静かに息を吸い込み、手を掲げた。
「……それでは、向かいます。『グラドゥス45』」
薄く見えていた地下1階層のフロアやこちらを遠目で覗く冒険者たちの姿が、足元から光に包まれ消えてゆき、すぐに視界は完全に淡いオレンジ一色となった。
「五分ほどで到着します」
受付嬢の抑揚のない声が、密閉された空間に響き渡る。
アルは光の壁に背を預けて目を閉じ、エルは上機嫌に鼻歌を口ずさんでいる。
「お兄さんの装備ってそれ?」
いつのまにか聖のそばに近づいていたエルが、腰に携えた剣を興味深く覗いていた。
「ああ。戦場じゃあるまいし、モンスターなんてこの程度の――」
答えると、ルナが素早く間に入る。
「何か文句でもあるの?」
彼女はきょとんとした顔で何度か瞬きをしながらルナを見つめていた。
――エルは少し顎を上げながら唇の端を深くつり上げた。
「それって銅の剣だよね? しかも、結構使い古している」
「だから何?」
ルナはモーター音を響かせながら、エルの鼻先が触れそうな距離まで勢いよく突き出る。
「いやぁ……そんな装備で大丈夫かなぁ? って心配になっちゃっただけだけど、余計なお世話しちゃったなぁ」
「バカにして!」
「アハハハハ――!」
エルは後ろ手に指を組んだまま、ルナから距離を取る。
「やめろって」
聖がルナのアームを軽く叩く。
「でも――」
「本当にいいのですか?」
ルナの反論を受付嬢の声が遮った。
聖が視線を向けると、受付嬢は胸元へ当てていた片手をすっと下ろした。
「……再確認になりますけど、地下45階層は現在確認できている最新の最深層です。たとえ命の危機に陥るようなことがあっても、救援を出せるかはわかりません」
チラチラと聖を見る受付嬢。
「つまり、その……」
「はっきり言ってやりなよ」
ずっと口を閉ざしていたアルが会話へ入ってきた。
「死んでも自己責任って」
アルは可憐で凛とした微笑みを聖に向けていた。
聖は壁にもたれて目を伏せる。
「長生きしたいなら、冒険者にはならない」
聖とアル。協力し合うはずの二人の相反する言葉の往来に、受付嬢は軽いため息とともに首を傾げた。
しかし、すぐに顔を上げ、受付嬢は聖に迫る。
「私は止めましたからね!」
至近距離からの大声に、はっと目を開くと、すぐそこに受付嬢の鬼気迫る表情があった。
受付嬢はすぐに表情を消し、エレベーターの中心へ引き返した。
聖は大きくため息をついた。
すると、ふらふらと飛んでいたルナが、聖の頭の上に着陸した。
「私たちって全然期待されていないんだね」
月乃の素直な一言に、聖の口元からフッと軽い笑みが溢れる。
「そう腐るなよ。それでこそ成り上がり甲斐があるってものだろ?」
「そうだけどさぁ、はぁ……」
ルナのため息に呼応するように、地面の下に黒い点が現れた。
その点はみるみるうちに大きく広がっていき、瞬く間に足元すべてが黒く塗りつぶされたかと思うと、次の瞬間には視界が黒一色に包まれた。
完全な暗闇に視界は利かない。それでもルナのカメラだけは、アルとエルの表情が密かに変化したことを見逃さなかった。
「着きました」
受付嬢の声。視界が一気に広がった。
不規則な形の岩石が計算されつくしたかのように綺麗に積まれた壁と天井。自然に出来上がったものではないことは一目瞭然だった。
音が吸い込まれるような静けさの中、遠くで風とも生き物とも言い切れない音が這っている。
それでもアルとエルは周囲を警戒する素振りすら見せず、滑らかな動作で魔法陣の外へ出た。
地下45階層に溶け込むように進んだ双子は、足を止めて肩越しに振り返る。
「残念。初めての足跡は『白き双翼』だったね」
双子の声かけを無視して、聖は魔法陣の外へ進み出る。
全員が地下45階層に踏み入れたことを確認した受付嬢は、急いで手を掲げて魔法陣を起動した。
「それでは良い冒険を!」
微笑みを浮かべながら、足元から粒子となって消えていった。
魔法陣など最初からなかったかのように、薄汚れた地面だけが視界に残る。
キィィン――。
神経を逆なでするような摩擦音が、響く。
見ればエルが、背中に担いでいた斧を手で持ち、地面に刃先を落としていた。
常に浮かべていた笑みが、すっと消える。
「さすがはDRAの職員。優秀だね、本能が」
アルは遠くを見つめていた。
視線を向けるその先は暗闇に遮られていて、何を見据えているのかはわからない。
喉が、ひりつくように乾いていた。
聖は緊張を紛らわせるように、銅の剣の柄を握り直した。その感触で、不意に地下1階層で渡された紙を思い出す。
「――そういえば、十八回擦るんだよな」
聖が高速で銅の剣の柄を擦り始める。
「はあっ!? こんな時に何してんの!!」
月乃が再び声を荒げた。
「いや……限界突破するのかな思って」
「そんなおまじないみたいなガセネタ、真に受けたの!?」
「良いだろ! 不意に思い出したんだよ――」
「何を遊んでいるんだい? 探索を始めたいんだけど」
アルの呼び声。
慌てて声の方を向くと、さっきまで暗闇を向いていたはずの双子が、こちらを向いていた。
笑っているのか、素なのか、表情から何も読み取れない。
聖が握りしめる銅の剣だけが薄く光っていた。
――少女と出会う一時間前。




