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神様に投げつけられた地味なバグスキルを限界まで検証した俺だけ、荒廃した東京で今日も飯がうまい  作者:


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第53話

緊急用発電機で稼働しているエレベーターを数往復させ、百人近い人間を三階のパーティールームへ運び上げた。


 無機質な中学校の体育館から一転、豪奢なシャンデリアとふかふかの絨毯が広がる空間に、避難民たちはただ唖然として立ち尽くしている。


 その中で一人だけ、すぐに動き出した人物がいた。


 西村さんだ。

 パーティールームの奥にある巨大なアイランドキッチンと、そこに備え付けられた業務用のオーブンやシンクを見るなり、職人の顔つきになって腕まくりを始めた。


「大した設備だ。これなら何でも作れるぞ」


「西村さん、まだです」


 俺が声をかけると、西村さんは「……悪い。つい、な」と頭を掻いて手を下ろした。

 だが、その目はすでに棚の配置や動線をチェックしている。頼もしい限りだ。


 俺は部屋の正面に立ち、百人の顔をぐるりと見渡した。


 疲労と不安、そして唐突な安全圏への移動で、全員の頭が追いついていないのが分かる。

 だが、ここから先は俺の城だ。俺の生活水準を維持するための絶対のルールを、最初に叩き込んでおく必要がある。


「ここでの生活におけるルールと、設備の仕様について説明します」


 静まり返った部屋に、俺の淡々とした声が響く。


「まず電気について。使用できるのは共用部の照明のみです。各部屋のコンセントは一切使用不可とします」


 ざわっと、どよめきが起きた。


「なぜか。各部屋で自由に家電を使われると消費電力が跳ね上がり、インバーターが落ちます。インバーターが落ちると、屋上への給水ポンプが停止し、このタワマンのすべての水が止まるからです」


「ふざけるな! じゃあ自分の部屋で電気ケトルやヒーターを使うこともできないのか!」


 集団の後ろから、大森が声を荒らげた。


「お前はさっき自分の部屋では電気が使えると言ったじゃないか! なんでお前だけ……!」


「俺の部屋は、独立したソーラーパネルとポータブル電源でシステムを組んでいるからです。皆さんの部屋とは回路が違います」


 俺はノートの端を指で弾きながら、大森の目を真っ直ぐに見た。


「システム上、物理的に不可能です。困っても使えません」


 事実だけを叩きつけると、大森は唇を噛んで黙り込んだ。


「次に、居住フロアについて。皆さんに割り当てる部屋は、この三階から六階までの空き部屋に限定します。理由は二つ。非常時の避難経路の確保と、エレベーターの電力消費を抑えるためです。よって、エレベーターの日常的な使用は原則禁止とします」


 すると今度は、大森の隣にいた倉橋が不満げに口を開いた。


「せっかくのタワーマンションなんだから、上層階の方が景色もいいし、魔物からも安全じゃないの?」


「希望するなら、上層階の部屋を割り当てることは可能です」


 俺が即答すると、倉橋の顔が少し明るくなった。


「ただし、エレベーターは使わせません。毎日、水や物資を持って階段を昇り降りしていただきます。希望するなら階段でどうぞ」


「……三階で結構よ」


 倉橋は不機嫌そうに顔を背けた。


 無駄な論争はこれで終わりだ。俺はノートの新しいページを開いた。


「では、皆さんのスキルと職歴を確認します。タダ飯食らいは置かないと言ったはずです。順番に答えてください」


 百人の面接が始まった。


 一人ずつ確認していく中で、いくつか強力な手札となる人材が浮かび上がってきた。


 モノ作りに長けたスキルと技術を持つ、荒木さんと田中さん。

 電気工事や配管、そして特殊な「開錠」スキルを持つ細川さん。彼がいれば、タワマン内のマスターキーがない部屋も傷つけずに開けられる。


 そして、橋本さんだ。


 彼に順番が回ってきた時、彼は俺の方を見ていなかった。

 パーティールームの巨大な窓ガラスに張り付き、眼下の敷地やエントランスの構造を鋭い目で観察している。


「橋本さん、職歴は」


「……一級建築士だ。現場監督もやっていた」


 橋本さんは窓から目を離さずに答えた。


 すでにタワマンの防衛の死角と、構造上の弱点を探している目に見えた。

 罠職人である俺の設計図を、現実の要塞に落とし込むための最高のパートナーになる。


「最後に、松永さん」


 元教師であり、中学校の避難所では物資の管理や情報の整理を担っていた松永さんに視線を向ける。


「中学校周辺でのモンスターの生態記録や、襲撃のパターンなどのデータはありますか。後で話を聞かせてください」


「ああ、ありますよ。頭の中と、手書きのメモですがね」


 松永さんが眼鏡を押し上げながら、短く答えた。


 無駄のない、合理的なやり取りだ。

 これで、手持ちのカードはすべて出揃った。

 あとは、俺の生活を最高効率で回すための部屋割りと役割分担を決めるだけだ。


 ノートの新しいページにタワマンの低層階の見取り図を書き込み、それぞれの名前を配置していく。


「まず、日向さんはこの三階です。絶対防壁と収納は生命線なので、緊急時にすぐ動ける場所に配置します」


 これに異論を挟む者はいなかった。


「西村さんは、パーティールームのすぐ隣の部屋を使ってください。キッチンへのアクセスを最優先します」


「ああ、どこでもいいぞ」


 と西村さんが頷く。


「橋本さん、荒木さん、田中さんは同じく三階か四階の、作業スペースが確保できる広い部屋を割り当てます。桐島さんと倉田さんたち自衛隊員は、階段からの入り口に近い部屋をお願いします。警備の観点からです」


 そこまで言ったところで、大森が不満そうな顔をした。


「おい、俺たちの部屋はどこだ」


「大森さんやその他の方は、四階から六階の空き部屋になります」


「なんで俺たちが上なんだ! 毎回階段を登らされるのは面倒だろうが」


「なら、一階や二階で魔物の相手をしますか。文句があるなら七階以上にどうぞ」


 俺が冷たく言い放つと、大森は舌打ちをして黙り込んだ。


「次に、施錠についてです。細川さんのスキルは開錠のみなので、マスターキーがない部屋の鍵を閉めることはできません」


 再び大森が声を上げた。


「鍵がかからないのは困る! 誰かが勝手に入ってきたらどうするんだ!」


「廊下に罠を仕掛けます。鍵より確実です」


「本当に安全なのか!」


「あなたの部屋の鍵より安全です。嫌なら出て行ってください」


 大森が顔を真っ赤にして口を開きかけたが、隣にいた倉橋がその腕を引いて制止した。無駄な抵抗だと悟ったのだろう。


「細川さん、まずはあなたの開錠スキルで、三階から六階の空き部屋を開けて回ってください。皆さんが休む場所の確保を最優先します」


「ああ、任せておけ」


 細川さんが頷くのを確認し、役割分担を続ける。


「西村さんは食料管理と調理。宮本夫妻は屋上での農業をお願いします。

 橋本さんはタワマンの構造確認と侵入経路の洗い出し。荒木さんと田中さんは農具や罠の部品製作。

 細川さんは部屋の開錠と設備修繕。松永さんは情報管理です」


 次々に役割を言い渡していく。皆、自分のスキルが評価されたことに、どこか安堵しているように見えた。


「桐島さんや残存の自衛隊員は、警備と見張りのローテーション。元教員の方は、子供たちの勉強をお願いします。子供たちは授業の合間に、軽い清掃や安全圏での運搬作業をしてもらいます」


 最後に、大森と倉橋たちを見据えた。


「倉橋さんは料理補助。大森さんやその他の方は、清掃、物資の棚卸し、農業補助、罠設置の補助作業です」


「なんで俺が清掃や力仕事なんだ!」


「他に何ができますか」


 俺が淡々と問い返すと、大森は言葉に詰まった。


 スキルもなければ、突出した専門知識もない。

 沈黙が降りた後、倉橋が一歩前に出て「……やります」と短く言った。

 大森も気まずそうに視線を逸らす。


「役割が決まったところで、今夜の食事の手配をします。現在、ここには食材がありません。急いで中学校へ物資の回収に向かいます。自転車で素早く往復するため、同行するのは日向さんだけです」


 俺の言葉に、壁際にいた橋本さんが口を開いた。


「俺は残って、細川の開錠に同行しながらこのタワマンの構造を徹底的に洗っておく。さっき三階からエントランスや敷地を見たが……一箇所だけ、防衛上の気になる死角がある」


 俺はノートを取り出し、メモを取った。


 専門家の視点は、俺の想定の死角を突いてくれる。これでまた一つ、城の防御力が上がる。


「お願いします。では、すぐに出発しましょう」


 桐島さんから連絡網となる予備のトランシーバーを受け取り、俺と日向さんはタワマンを出た。



   ◇



 自転車の後ろに日向さんを乗せ、ペダルを漕ぐ。


 数時間ぶりに戻ってきた中学校は、無惨な死の気配に覆われていた。

 正門のバリケードはなぎ倒され、校庭には至る所に黒ずんだ血痕が広がっている。


 暴徒の引き金となった高級肉のパックや、割れた卵、缶詰が泥にまみれて散乱していた。

 その傍らには、日向さんの盾に入れず魔物の犠牲となった者たちの遺体が転がっていた。


 欲に目が眩んだ結果が、これだ。正直、あまり長く見ていたくなかった。


 日向さんが俺の背中の服をきつく握りしめているのが伝わってくる。俺たちは黙って、荒らされた倉庫へ向かった。

 魔物に食い散らかされずに残っていた米や保存食、生活物資を、日向さんの収納へと次々に放り込んでいく。


 必要な物資を回収し終えると、再び自転車の二人乗りで、俺たちは逃げるようにその惨状から立ち去った。



   ◇



 タワマンへ戻り、パーティールームへ帰り着くと、待機していた西村さんの前に日向さんが収納から大量の食材を吐き出した。西村さんはすぐに包丁を握り、調理に取り掛かる。


 しばらくすると、廊下まで温かい食事のいい匂いが漂い始めた。


 村、一日目の夜。


 ——気づいたら、俺は百人の村の村長になっていた。


 ぽこん。

 すっ。


 手の中でキューブを出し入れする。


 これは俺が自分の生活水準を守るために行った、損得勘定の結果だ。


 反省はしていない。

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