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神様に投げつけられた地味なバグスキルを限界まで検証した俺だけ、荒廃した東京で今日も飯がうまい  作者:


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第48話

転がってきた。


 丸まる前の一瞬、鱗板が折り重なっていく様子が見えた。

 継ぎ目から継ぎ目へ、順番に畳まれていって、気づいたら完全な球体になっていた。

 そのままこちらへ向かって加速してくる。


 ——転がってくる。軌道を読む時間は一瞬しかなかった。


 軌道の正面に、1mm角のキューブを一つ固定した。

 アルマジロ型が激突して、光に溶けた。静かだった。


「……何をしたんですか?」


 日向さんが俺の隣に並んで、アルマジロ型がいた場所を見ていた。


「転がってきて、次の瞬間には消えてて。私、榊さんが何かした瞬間が見えなかったんですけど」


「軌道の正面に小さいキューブを置きました。1mmくらいの」


「1mm」


「速度があったので、それで十分でした」


 日向さんがしゃがんで床を確認した。

 何かの痕跡でも残っていないか探しているようだったが、何もなかった。

 立ち上がって、少し困ったような顔をした。


「見えないサイズで倒せるんですね。それ、戦ってる相手からしたら意味が分からないですよ」


 そう言われると確かにそうかもしれなかった。俺も少し愉快な気持ちになった。


 足元に魔石が残っていた。これまで見てきたどの魔石よりひとまわり大きかった。

 手に取ると、ずっしりとした重みがあった。


「これ、収納に入れてもらえますか」


 日向さんが受け取って、少し眺めてから収納に入れた。

 先へ進んだ。



   ◇



 次の曲がり角を過ぎたところで、足が一瞬止まった。


 スライムがいた。


 感情より先に記憶が動いた。

 タワマンを追われた夜、酸で焼けた腕の感触、あの核の大きさ——一瞬だけよぎって、消えた。


 目の前にいるのは普通サイズだ。

 核が体の中心で薄く光っているのが透けて見える。


 ウェストポーチからパチンコ玉を一つ取り出した。

 狙いを定めて投げると、核を打ち抜いて光に溶けた。


 それだけだった。


 あれだけ頭を使って、塩まで持ち込んで、それでもギリギリだった相手が、パチンコ玉一個で終わる。

 笑えばいいのか悔しいと思えばいいのか、よく分からなかった。


「今のは何だったんですか、ぷよぷよしたやつ」


「スライムです」


「あれも一瞬でしたね」


「核さえ壊せば終わるので」


「核って、中心の光ってるやつですか? さっき見えました」


「そうです。あれを壊せばいい、というのが分かるまでが大変で」


 言ってから、少し余計なことを言った気がした。

 日向さんが「大変だったんですか?」と聞いてきた。


「まあ……色々ありました」


 それ以上は続けなかった。

 日向さんも深くは聞いてこなかった。



   ◇



 奥へ進むにつれて、空気が変わった。


 湿度が上がって、草と土が混じったような匂いがしてきた。

 足元の石畳に苔が増えてきて、壁のどこかから薄く光が漏れている。


 曲がり角の向こうから、低い鳴き声がした。

 日向さんが俺の袖をつかんだ。


「今の、鶏じゃないですか?」


「似てますね」


「鶏なら卵が出るかもしれないですよね?」


 俺は少し考えた。

 ドロップアイテムの法則は完全には把握していないが、モンスターと関連した素材が出ることは多い。

 鶏型なら確かに可能性はある。


「出るかもしれません」


 日向さんの目が少し変わった。


「倒してみましょう。絶対出ます。出てほしいです」


 最後の一文はもはや祈りだった。


 曲がり角から覗くと、鶏だった。

 ただし肩の高さが俺の腰くらいある。羽は退化していてほとんど残っていないが、脚が太くて爪が長い。鶏型、と頭の中で分類した。


 こちらに気づいて走ってきた。

 軌道が単純だった。正面に1mm板を固定して、終わった。


 光が消えたあとの床を、二人で同時に見た。


 透明なプラスチックのケースに、卵が6個、きれいに並んでいた。

 殻の色が均一で、つやがある。サイズも揃っていた。

 値札でもついていれば、そのままスーパーの棚に並べられそうな質だった。まだ少し温かかった。


「……出た」


 日向さんが息を呑むように言った。


「出ましたね」


「パックで出た」


 俺も少し戸惑った。

 卵が出ることは想定していたが、パックまでは考えていなかった。


「なんでパックなんですか」


「俺に聞かれても」


 日向さんがしゃがんでケースを両手で持ち上げた。

 傾けても卵はびくともしなかった。

 しばらく無言で眺めてから顔を上げた。


「すごくいい卵です。この卵、西村さんに見せたいです」


「同じことを考えていました」


 日向さんが少し驚いた顔をしてから、卵パックを丁寧に収納に入れた。



   ◇



 まだいた。


 フロアの奥に、同じような鶏型が何羽も固まっていた。

 暗くてはっきりとは見えないが、鳴き声の数からして少なくない。


「……まだいますね」


 日向さんが俺の隣に並んで奥を見た。


「何羽くらいいるんですか」


「数えながらやります」


 一羽ずつ処理しながら数えた。

 1mm板を正面に固定するだけなので、慣れてくると作業になってきた。

 鶏型が走ってくる。板を固定する。光に溶ける。パックが落ちる。日向さんが収納に入れる。


 それを繰り返した。


 十羽を過ぎたあたりで日向さんが無言になった。

 二十羽を過ぎたあたりで俺も無言になった。


 フロアに鶏型の鳴き声がなくなった時、日向さんが口を開いた。


「何羽でしたか」


「三十一羽です」


 日向さんがゆっくりと息を吐いた。


「卵、百八十六個ですね」


「計算早いですね」


「六の段なので」


 二人でしばらく黙った。

 荒廃した地下で百八十六個の高級卵を確保した大学生二人が立っている。

 客観的に見るとかなり奇妙な状況だったが、今さらだった。

 ダンジョンに何を求めていたんだという話だ。


「西村さん、どんな顔しますかね」


 日向さんが少し笑いながら言った。


「いい顔すると思います」


 あの横顔が変わる瞬間を、俺も少し見たかった。


 フロアの奥にまだ通路が続いていた。

 明かりが届かないので先は見えないが、空気の流れがある。まだ下がある。


「牛もいてくれたら最高なんですけどね」


 日向さんが通路の奥を覗き込みながら言った。

 願掛けみたいなトーンだった。


「鶏がいたんだから、可能性はゼロじゃないと思います」


「行きましょう」


 日向さんが俺の返事を聞き終わる前に歩き出していた。

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