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神様に投げつけられた地味なバグスキルを限界まで検証した俺だけ、荒廃した東京で今日も飯がうまい  作者:


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第42話

 朝食の米を口に運びながら、昨日の夕食を思い出していた。


 薄く切られた刺身の弾力。

 鳥型の胸肉の焼き色。

 澄んだ汁物が鼻に抜けた出汁の香り。

 同じ素材を使って、なぜあんな味になるのか、昨日の夜から何度考えても答えが出なかった。


 目の前の白米と、缶詰の魚を見た。


 ——俺の料理は、いったい何なんだ。


 湯呑みを持つと、お茶が冷めていた。

 それすら、昨日の汁物と比べてしまった。

 比べるものじゃないと分かっていても、止まらなかった。


 食器を片付けながら、頭の中で整理を始めた。


 昨日の略奪者たちは組織に戻る。負けた情報を持ち帰る。

 上のリーダーがそれを聞いたとき、黙って引き下がるとは思えなかった。

 五十人規模の組織が本気で動けば、中学校の今の戦力では持たない。


 桐島さんも分かっているはずだ。

 ただ、向こうから仕掛けに行く余裕はない。


 ——先に潰しに行く理由なら、三つある。


 物々交換の相手がいなくなる。

 西村さんの料理が食べられなくなる。

 日向さんのイージスがあれば楽勝のはず。

 以上だ。


 我ながら崇高な動機じゃない。

 ただ、崇高じゃない動機の方が、俺には向いている気がした。

 それに正直なところ、西村さんの料理がもう一度食べたいというのは、かなり本気だった。


 エレベーターに乗りながら、ノートを開いた。

 昨日書き込んだ一行を確認する。

 『南2キロ・ショッピングモール・50人規模・上に誰かいる』。

 情報としては薄い。偵察が必要だ。


 自転車置き場に出ると、朝の空気が冷たかった。息が白くなった。

 ペダルを踏み出して、中学校へ向かった。



   ◇



 正門をくぐると、倉田さんが校庭で腕立て伏せをしていた。

 俺を見て、手を止めた。


「早いな」


「ちょっと話があって」


 倉田さんが立ち上がって、タオルで顔を拭いた。


「桐島なら事務室だ。昨日のこと、気にしてたぞ」


「そうですか」


「お前が来ると思ってたみたいだけどな」


 特に返す言葉もなかったので、頷いて校舎へ入った。

 廊下を歩くと、調理場から出汁の香りが漂ってきた。昨日と同じ香りだった。

 足が少し速くなった。我ながら単純だと思った。


 事務室のドアをノックした。


「榊です」


「入れ」


 桐島さんが地図を広げたまま顔を上げた。目の下に隈がある。

 昨日から眠れていないのかもしれなかった。


「昨日の件です。組織が報復に来ると思います」


「ああ」


「五十人規模が本気で動けば、ここでは持たない。先に偵察に行こうと思っています」


 桐島さんが地図から目を上げた。

 しばらく俺を見ていた。


「一人でか」


「日向さんに声をかけてみます。断られたら一人で行きます」


「無茶はするな」


「しません。怖いので」


 桐島さんが少し表情を緩めた。

 笑ったというより、力が抜けた顔だった。


「……そうか。情報が入ったら知らせろ」


「分かりました。あと」


「何だ」


「また来てもいいですか。物々交換」


 桐島さんが少し間を置いてから、頷いた。


「来い」


 短かったが、昨日より少し柔らかかった。



   ◇



 事務室を出ると、廊下の突き当たりに日向さんが立っていた。

 壁に背をつけて、窓の外を見ていた。

 俺の足音に気づいて振り返った。


「あ、榊さん。桐島さんに会いに来たんですか」


「そうです。日向さんも?」


「私は……なんとなく、ここにいた方がいい気がして」


 昨日の略奪者のことが頭にあるのだろう。

 俺には何も言わなかったが、表情でだいたい分かった。


「少し時間もらえますか。確認したいことがあって」


「はい、もちろんです」



   ◇



 校庭に出ると、朝の光が地面を斜めに照らしていた。


 日向さんと向き合って、まず確認した。


「イージスの有効範囲を教えてください。日向さんを中心に、どのくらいまで守れますか?」


「正確には測っていないんですが——たぶん半径五メートルくらいだと思います。この前、人が集まっているときに展開したら、端の人には届いていなかったので」


「分かりました。次に——イージスの内側から外へ、物を投げることはできますか?」


 日向さんが首を傾けた。


「試したことないです。どうしてですか?」


「ちょっと確かめたいことがあって。やってみましょう」


 校庭の石を一つ拾って、日向さんに渡した。

 日向さんがイージスを展開した。

 薄い光の膜が、日向さんを中心に広がった。


 石を投げると、光の膜を通り抜けてそのまま飛んでいった。


「——あ、通りますね」


 日向さんが少し驚いた顔をした。


「外から中には入れない。中から外には出せる。ということは」


 俺は少し黙った。


 外からの攻撃は弾く。内側からは通る。

 イージスの中に入ってしまえば、外から一方的に攻撃できる要塞になる。

 投石でも、パチンコでも、弓矢でも。


「……これ、反則じゃないですか」


「そうなんですか? 私、あまりよく分かっていなくて」


 そうなんですか、じゃない。完全な要塞だ。

 本人が一番把握していないのが、ある意味一番怖かった。


「日向さんから離れた地点への展開は、どのくらいの距離まで安定しますか?」


「十五メートルくらいまでなら人を守れます。それより遠くなると範囲が小さくなって、人を守るには足りなくなります」


 ——近いほど広く、遠いほど狭くなる。十五メートルが限界。


 倉田さんが腕を組んだまま、無言で首を横に振った。


 俺は石を一個、手の中で転がした。


「パチンコか何か、どこかで調達しましょう」


「パチンコ?」


「イージスの内側から外を狙えます。弓矢でもいいですが、扱いやすさで言えばパチンコの方がいい」


 日向さんが少し考えてから、おずおずと口を開いた。


「あの……それって、人を狙うんですか?」


 俺は石を手の中で止めた。


「できれば威嚇だけで終わらせたい。ただ、相手が五十人規模なら、そうならない場面も出てくると思う」


 日向さんが黙った。

 視線が地面に落ちて、しばらくそこにあった。

 それから顔を上げた。


「……私、たぶん、人を傷つけるのは無理です。でも、榊さんを守ることはできます」


「それで十分です」


 日向さんが小さく頷いた。


 自転車置き場から一台引き出した。

 日向さんが荷台を見て、少し間があった。


「……あの、二人乗りですか」


「南に二キロなので。嫌なら歩きますが」


「い、いえ、大丈夫です」


 少し慌てた様子で荷台に乗った。


 荷台に日向さんの重心が加わった。

 ペダルを踏み出した。

 最初の一漕ぎが重かった。

 それでも走り出すと、朝の風が前から来た。

 廃墟になった新宿の街が、左右に流れていった。


「寒くないですか?」


「あ、大丈夫です。ありがとうございます」


 ありがとうございます、という返しが、なんとなくその人らしかった。


 南へ二キロ。

 ショッピングモールの外観が、遠くに見えてきた。

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