第41話
射程に入った。
胸の前でも十分だが、ムカついていたので顔の前に出した。1ミリの板を出さなかっただけ感謝してほしい。
リーダーが気づいたときにはもう遅かった。全力で踏み込んだ勢いそのままに、板へ顔面から突っ込んだ。
骨が鳴るような鈍い音が校庭に広がって、体が止まった。前に出ようとしていた足が宙を掻いて、そのまま膝から崩れ落ちた。地面に倒れて、動かなくなった。
——反省はしていない。
静寂が、校庭に落ちた。
風が横を抜けていった。どこか遠くで鳥が鳴いた。
さっきまで怒号と足音と衝撃が混ざり合っていた空間が、急に静かになった。
倒れた略奪者たちの呻き声だけが、低く漂っていた。
校舎の扉が開いた。
桐島さんと倉田さんが走ってくる。
桐島さんが校庭全体を素早く一瞥して、状況を把握した。
声を出さずに倉田さんに顎をしゃくると、倉田さんがまだ立っている略奪者数人の方へ動き出した。
1人ずつ、丁寧に、確実に押さえていく。
包帯の隊員2人が壁に背をつけたまま、肩で息をしていた。
1人が俺を見て、小さく頷いた。
言葉はなかった。それで十分だった。
避難民が校舎の窓から顔を出し始めた。
状況が終わったと分かったのだろう、校舎の扉が開いて、少しずつ人が出てきた。
子供が1人、走り出そうとして大人に腕を掴まれた。それでも笑っていた。
西村さんが調理場の窓から顔を出して、校庭を一瞥して、また引っ込んだ。
飯の準備を再開したのだろう。あの人らしかった。
倉田さんが最後の1人を押さえて立ち上がった。
腕を組んで、校庭を見渡して、俺の方を向いた。
「お前、やるじゃないか」
「まあ」
倉田さんが短く笑った。
桐島さんが近づいてきた。倒れたリーダーを一瞥して、俺を見た。
短い言葉が来るだろうと思っていたら、やっぱりそうだった。
「助かった」
「用事を済ませに来ただけです」
「そうか」
桐島さんが少し黙ってから、また口を開いた。
「怪我はないか」
「ないです」
頷いて、桐島さんは隊員たちの方へ歩いていった。
その背中を見ながら、俺は壁際に下がってキューブをゆっくりと消した。
校庭のあちこちに固定していた板が、順番に消えていく。緊張感のない音だった。
子供が2人、走ってきた。さっき腕を掴まれていた子と、もう少し小さい子だ。
俺の前で止まって、2人揃って頭を下げた。
「ありがとうございました」
声が揃っていた。練習したわけじゃないだろうに。
「また来ます」
気づいたら口から出ていた。自分でも少し驚いた。
子供たちが顔を上げて笑った。走って戻っていった。
日向さんが隣に来た。しばらく2人で校庭を見ていた。
「怪我はないですか」
「ないです。そっちは」
「私も」
短いやり取りだった。それで十分だった。
少し間があって、俺は口を開いた。
「さっきのイージス、自分以外も守れるようになったんですか」
日向さんが少し目を丸くした。
「分かりましたか」
「1発目は俺に向かってきていた。自分から離れた場所に発動したなら、仕様が変わっている」
日向さんが少し考えてから、口を開いた。
「あの、この前スキルは成長するって聞いたので、毎日使うようにしてたんです」
「はい」
「そしたら今は——指定した地点と、私の周辺5メートルに発動できるようになりました」
俺は黙った。
指定した地点への展開。周辺5メートルの範囲防御。
反射発動に加えて、意図的な展開まで可能になったということだ。
収納の容量も上限不明、イージスは範囲が拡大、おまけに2つ持ち。
羨ましくなんか——という言葉が出そうになって、黙ってキューブを1個出した。
◇
桐島さんが倒れたリーダーを見て、略奪者たちを見渡して、俺の隣に立った。
「どうする」
短い問いだった。
俺も同じことを考えていた。
校庭に転がっている人間が10人近くいる。動けない者、呻いている者、座り込んでいる者。全員生きている。
「殺すわけにはいかないですよね」
「ああ」
「拘束するにも、場所がない。食料も足りない」
「分かっている」
2人で黙った。
戦闘の設計だけして、その後を何も考えていなかった。
我ながら詰めが甘い。反省をノートに書く前に、まず目の前の問題を片付けなければならない。
「武器を全部没収して、追い出しますか」
桐島さんが少し黙った。
「組織に戻る」
「戻っても、負けたという情報しか持ち帰れない。それに——」
倒れたリーダーを見た。
「こいつだけ、少し話を聞いてもいいですか」
桐島さんが頷いた。
リーダーはまだ朦朧としていた。顔の半分が赤くなっている。
俺のせいだ。反省はしていない。
「組織の規模と拠点、もう少し聞かせてもらえますか」
リーダーが俺を見た。憎しみと、諦めと、それから妙に冷静な目が混ざっていた。
「……南だ。ここから2キロほど。ショッピングモールに50人いる」
さっきより素直だった。負けた人間というのは、急に正直になる。
「上のリーダーは」
「俺には関係ない話だ」
そこで口を閉じた。それ以上は話さない顔だった。
——十分です。
桐島さんに頷いた。
桐島さんが隊員に短く指示を出した。略奪者たちの武器が没収されて、正門の外へ追い出されていく。
リーダーが最後に俺を振り返った。何か言いかけて、やめた。正門の外へ消えた。
校庭が、本当に静かになった。
倉田さんが腕を組んで空を見上げていた。
包帯の隊員2人が壁に座り込んで、肩で息をしていた。どこかで子供の笑い声が聞こえた。
「榊」
西村さんの声がした。
調理場の入口に立って、エプロンで手を拭きながらこちらを見ている。
「飯ができた。来い」
断る間もなかった。
食堂に入ると、匂いが先に来た。
肉の焼ける香ばしい匂いと、出汁の甘い匂いが混ざって、鼻の奥まで届いた。
テーブルに並んだ皿を見た瞬間、言葉が出なかった。
魚の刺身が薄く切られて並んでいた。
鳥型の胸肉が綺麗な焼き色をつけて並んでいた。
青菜の和え物と、澄んだ汁物が添えてある。
俺が持ってきた魚と肉だった。
同じ素材のはずなのに、まるで別の食べ物に見えた。
「座れ」
西村さんが短く言った。
座った。箸を持った。
刺身を1切れ口に入れた瞬間、思考が止まった。
弾力と甘みが舌の上で広がって、わさびの香りが鼻に抜けた。
昨日自分で作ったものと同じ素材だとは、到底信じられなかった。
——俺の料理は、いったい何だったんだ。
しかも昨日、うまいと思って食べていた。
あの自信はどこから来ていたのか。今となっては謎だった。
黙って食べ続けた。日向さんが向かいに座って、同じように黙って食べていた。
倉田さんが隣で「うまいな」と呟いた。
西村さんは調理場に戻っていた。
食堂の空気が、さっきまでと全然違った。
用事を済ませに来ただけのつもりだったが、気づいたら戦って、飯を食っていた。
まあ、飯がうまいので文句はない。ただ次は、戦った後のことも少し考えてから来ようと思った。




