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神様に投げつけられた地味なバグスキルを限界まで検証した俺だけ、荒廃した東京で今日も飯がうまい  作者:


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第38話

 朝、キッチンに並べた荷物を確認した。


 魚の柵三本、鳥型の胸肉二枚、イノシシ型の塊一個。

 クーラーボックスに柵を入れて、肉類はリュックに押し込んだ。

 荷台に括り付けて自転車を押すと、昨日より重い。それでも走れない重さではなかった。


 タワマンを出ると朝の空気が顔に当たった。

 自転車に跨ってペダルを踏むと、すぐに速度が乗る。

 信号も車も人もない道を三十キロ超で走り抜けながら、周囲の気配を確認する。


 中学校への道中、鳥型が三体、廃ビルの隙間から急降下してきた。

 翼を畳んで落ちてくる軌道に極小キューブを固定すると、三体とも自分の速度のまま激突して光に溶けた。

 葉っぱに包まれた胸肉が三枚と魔石が三個、アスファルトに落ちた。

 自転車を止めずに減速だけして拾い、またペダルを踏む。


 次の交差点を曲がったところでイノシシ型が二体、路地から飛び出してきた。

 加速しきったところで極小キューブを固定すると、二体とも光になって消えた。

 葉っぱに包まれた塊二個と魔石二個をリュックに押し込んで走り続ける。


 止まる必要もなく、息が上がることもなく、魔物を処理しながら中学校へ向かうだけの時間だった。

 こんな通勤、前の世界では想像もしなかった。



   ◇



 中学校の校門前に自転車を止めると、自衛隊員が二人、こちらへ近づいてきた。


「止まれ。何者だ」


「榊です。桐島さんはいますか?」


 自衛隊員の一人が無線で確認してから、顎でしゃくった。

 門を入ると、校舎の方から桐島が歩いてきた。

 以前と変わらない作業着で、表情も変わらない。


「来たか」


「物々交換がしたいんですが、話を通してもらえますか」


 桐島がクーラーボックスを開けた。

 柵を見て、手に取って、鼻を近づけた。それからリュックの肉類を確認した。

 しばらく黙っていた。


「……本物の魚か。肉も新鮮だ。どこで手に入れた」


「近くの池と、道中で狩ってきました。腐敗しません。野菜と交換していただけませんか、段ボール一箱分で」


 桐島が立ち上がって、校庭の方を見た。何かを計算している顔だった。


「宮本さんに確認する。少し待ってくれ」



   ◇



 宮本さんは畑にいた。


 以前と比べて、畑の規模が明らかに大きくなっていた。

 花壇を改造した区画だったはずが、今は校庭の端まで広がっている。

 手前にキャベツ、奥に玉ねぎとじゃがいもが整然と並んでいて、土の色が均一だった。


 桐島が声をかけると、宮本さんが土で汚れた手を拭いながらこちらへ来た。

 クーラーボックスの柵と荷台の肉を確認した瞬間、目が丸くなった。


「これは……魚じゃないか。それに肉も。どこで手に入れたんだ」


「池の魔物と、道中で狩ったものです。食べられます。腐敗もしません」


 宮本さんが柵を両手で持ち上げて、まじまじと眺めた。それから桐島を見て、また柵を見た。


「本物だ。こんなものが定期的に手に入るなら、みんなの食事が変わる」


 桐島が頷いてから俺の方を向いた。


「一箱なら出せる。それに——最近スキルがレベルアップしたみたいで、面積をだいぶ増やせたんだ。体も妙に軽くてな。いつでも交換できるように、もっとたくさん作っておくよ」


「助かります」


「こちらこそだ。また持ってきてくれ」


 宮本さんが校舎に入って、しばらくして段ボール箱を抱えて戻ってきた。

 キャベツが二玉、玉ねぎが五個、じゃがいもが七個入っていた。

 桐島が受け取って、俺に手渡した。受け取って重さを確認する。ずっしりしている。


 頭の中でメニューが走り始めた。

 肉じゃが、野菜炒め、キャベツの味噌汁。

 昨日の乾パンと魚汁の組み合わせとは、もう比べる気も起きない。



   ◇



 段ボール箱を荷台に括り付けていると、校舎の方から足音が来た。


 西村だった。

 エプロンをつけたまま腕を組んで、こちらを見ている。桐島から話を聞いたのだろう。


「魚と肉を持ってきたそうだな」


「はい、魚の肉も腐りませんよ」


「そうか。いつでも持ってこい。最高の料理を食わせてやる」


「分かりました」


「今日は食って行け。すぐ作る」


 言い切って、西村は踵を返して調理場へ戻っていった。断る間もなかった。

 こういう人間に押し切られるのは嫌いじゃない、と思いながら待つことにした。



   ◇



 食堂の前のベンチに腰を下ろしていると、日向さんが校舎から出てきた。

 こちらに気づいて、少し足を止めてから近づいてきた。


「戻ってきたんですか」


「用があったので」


 日向さんが段ボール箱を見て、荷台を見た。

 それだけで大体のことを理解したらしく、それ以上は聞いてこなかった。

 聞かないでいてくれる方が助かった、と思った。うまく説明できる気がしなかった。


 校庭を見渡すと、自衛隊員の数が少なかった。

 来たときに門で止めた二人と、校庭に数人。

 腕に包帯を巻いた隊員が一人、校舎の壁に背をつけて立っている。以前はもっといたはずだ。


 地面が揺れた。


 鉄と石が砕け散る衝撃音が校庭に響いた。

 土埃が一気に広がる。

 正門が内側へ吹き飛んで、金属の破片がアスファルトを叩いた。


「校舎へ入れ、急げ!」


 自衛隊員の怒鳴り声が飛んだ。

 避難民が一斉に走る。

 子供が転びかけて、隣の大人に腕を引かれながら校舎へ消えた。


「三番、右を固めろ。二番、俺の後ろにつけ」


 桐島が隊員に短く指示を出しながら正門へ向かった。


 土埃が晴れる。

 突っ込んだ車のボンネットが大きくへこんで、門扉が地面に転がっていた。

 その後ろから十人前後の集団が入ってきた。

 装備は雑多だが動きに統率がある。


 先頭に立つ体格のいい男が校庭を見渡して、口を開いた。


「食料を出せ。今日は引かない」


 今日は、という言葉が引っかかった。一度や二度じゃないということだ。

 桐島が前に出た。

 疲弊が顔に出ていたが、先頭の男を正面から見据えた。


「人数を増やしてきたな」


「話が分かるなら早い。食料を渡せ。それだけだ」


 集団が校庭に広がり始めた。

 後ろの方に二人、他とは少し離れた位置に立っている人間がいた。

 体格は普通だが立ち方が違う。前に出る気がない。


 日向さんが俺の隣で息を吸った。


 手が動いた。

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