表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神様に投げつけられた地味なバグスキルを限界まで検証した俺だけ、荒廃した東京で今日も飯がうまい  作者:


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

27/55

27話

 朝、桐島に声をかけた。


「ノートと文具をもらえますか」


「ああ、もちろん。ちょっと待ってくれ」


 桐島は職員室に入って、すぐに戻ってきた。

 大学ノート一冊とボールペンが二本。

 受け取ると、手に馴染む重さがあった。


「ありがとうございます」


「いや、それくらい。気にしないでくれ」


 桐島は気にしないでくれと言ったが、俺の頭の中ではまた負債が一個増えた。



 ◇



 ぽこん。

 すっ。


 使っていない教室の隅に座って、ノートを開いた。

 最初のページに日付を書いてから、現状を書き出す。


 拠点なし。自転車なし。物資なし。スキル使用回数は継続中。

 中学校:避難者約八十名、自衛隊駐屯、能力者複数、食料不足。

 回復スキル持ち、土壌生成、構造把握、身体強化、素材強化、味覚強化、生態記録。


 書いているうちに頭が整理されていく。

 ノートがないとこれができない。

 この一週間、よく生きていたと思う。


 次のページに移って、方針を書いた。


 『負債を返してから動く』


 具体的な返し方はまだ決まっていないが、とりあえず書いておく。

 散らかっていた思考が少しだけ線になった。



 ◇



 昼食の時間になって、食堂へ行った。

 トレーを受け取って席につく。


 芋の煮物と、青菜の和え物と、薄い汁物。

 食材の種類だけ見れば、避難所の食事として標準的な構成だ。

 一口食べて、手が止まった。


 芋の煮崩れ方が均一で、味が染みている。

 青菜の和え物は水気がちゃんと切ってあって、塩の当たりが均等だ。

 薄い汁物は出汁が出ている。

 何を使ったのかは分からないが、ただ湯に塩を溶かしたものではない。


 限られた食材でここまでやるのは、技術がないとできない。

 避難所の飯じゃない、と思った。


 大森が今日も向かいの席で「また同じ芋か」と言っていたが、特に気にしないことにした。



 ◇



 食後、松永のところへ向かった。

 廊下の窓際の定位置に、今日も椅子を引き寄せて座っている。

 近づくと、顔を上げる前にペンが止まった。


「来たか」


「ワイバーン級の記録です」


 ノートのページを破って渡すと、松永は黙って目を通した。

 読み終えてから、代わりに折り畳んだ紙を差し出した。


「周辺の魔物分布だ。ここ二週間で確認されたもの」


「ありがとうございます」


 受け取って広げると、中学校周辺の簡易マップに魔物の目撃情報が書き込まれていた。

 密度と位置を確認しながら、頭の中で経路を組み立て始める。


「ワイバーン級は外壁の真上を通ることがある」


 松永が付け加えた。


「ここから見ていると、夕方に北から南へ抜けていく。一定の経路を持っているようだ」


「毎日同じ経路ですか?」


「いや、三日に一度くらいの周期だな。規則性があるかどうかはまだ分からんが」


 俺はその情報をノートに書き写した。

 松永はそれを見ながら、何も言わなかった。

 余計なことを言わない人間だ。



 ◇



 調理の片付けが終わる時間を見計らって、調理場の前に行った。

 西村が大鍋を洗っていた。

 こちらに気づいて、手を止めずに言った。


「何の用だ?」


 窓の外を見ると、校庭の上空を鳥型が旋回していた。

 翼開長は一メートルくらい。

 浅層種に近い、小型の個体だ。


「あれ、おいしいですよ」


 西村の手が止まった。


「……は?」


「鳥型は胸肉が厚くて、ちゃんと処理すれば普通に食べられます」


「魔物の肉を食べたのか?」


「何度も食べてました」


「腹は壊さなかったか?」


「俺は一週間、それで凌いでましたから。あと、腐敗もしないですよ」


「……腐敗しない?」


「常温で数日経っても変色しませんでした。自分で確認済みです」


 西村が黙った。

 鍋を洗う手は止まったままで、何かを思考しているようだった。


「冷蔵庫がなくても保存できる、ということか?」


 独り言のように言った。


「そういうことになります」


「……どんな味だ?」


「種類によりますが、イノシシに近いものはかなりうまかったですね」


 西村の目が変わった。

 さっきまでとは別の顔だ。


「お前、肉を取ってこれるか?」


「ええ、いけますよ」


 西村の手がまた止まった。


「……本当に食えるのか? 魔物の肉」


「何度も食べてました」


「何度も」


 西村が少し遠い目をした。

 何かを想像しているのか、それとも呆れているのか、判断がつかなかった。


「鳥型だけじゃなくて、他の種類も持ってこれるか?」


「獲物は選べないんで確約はできませんが、いくつか見繕ってみます」


「……頼む」


 西村は短くそれだけ言って、また鍋に向き直った。

 さっきより背中の力が入っている気がした。



 ◇



 調理場の入口に気配があった。

 振り返ると、倉橋が廊下に立っていた。


 目が合った瞬間、さっと視線を逸らして歩いていく。

 何か言いかけた口が、そのまま閉じていた。



 ◇



 部屋に戻ってノートを開いた。

 方針の欄に一行書き足す。


 『負債の返済:魔物の肉を調達する』


 ぽこん。

 すっ。


 装備を確認する。

 ナイフは腰にある。

 バットはタワマンに置いてきた。

 小型の鳥型なら問題ないが、複数来たときの対処だけ考えておく。



 ◇



 廊下に出ると、香織がいた。


「どこ行くんですか?」


「ちょっと狩りに」


「一緒に行きます」


「いや、足手まといになるので」


「荷物持ちが必要でしょ」


 一人で運べる量には限界がある。

 ただ、非戦闘員を連れていけば動きが制限されるし、判断が一瞬遅れるだけで死ぬ。


 荷物運搬のメリットと、かばいながら戦うコスト。

 天秤にかけると、今のところコストの方が重い。


「俺一人で足ります」


「私もスキルがあります」


 香織が言った。

 断言だった。

 迷いがないように見えた。


「……何のスキルですか?」


「役に立ちます」


 答えになっていない。

 ただ「役に立つ」と言い切った。

 その顔が、嘘をついている顔ではなかった。


「荷物、たくさん持てます」


 西村は種類を比べたいと言っていた。

 一人で運べる量では足りないかもしれない。


 天秤が、少し傾いた。


「……分かりました」


 黙って歩き出すと、香織がついてきた。



 ◇



 桐島が校門のそばにいて、こちらに気づいた。


「外に出るのか?」


「夕方には戻ります」


「香織ちゃんも一緒か。気をつけてな」


 止めなかった。


 校門を出た。

 久しぶりの外の空気だった。

 植物に覆われたビルの壁面、どこかから聞こえる羽音。

 身体が勝手に切り替わる。


 ぽこん。

 すっ。


 振り返らずに言った。


「危ないので後ろにいてください」


「分かりました」


 香織の返事は、やけにあっさりしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ