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狂想曲は続いていく  作者: 堀井 未咲
篠宮家のレクイエム
180/180

番外編 迷子の迷子の双子ちゃん。sideもえ?

 あー、はい。

 本日の語り手は、琴子の従兄弟である最上穂高であります。

 何故自分に回ってきたのか。

 その原因は、我が身内のせいです。

 半ば愚痴になりますが、お付き合いしてくださると幸いです。


 事の発端は、3月某日。

 あるバラエティ番組のロケ撮影から始まる。

 某アイドルグループがメインレギュラーの番組で、事務所の後輩の大海友也が準レギュラーでメインアイドルグループとMCを務めるバラエティ番組なんだが。

 元は深夜帯にて放送されていたのが視聴率がゴールデンタイムの番組より上位になってきたおかげで、おふざけ内容を見直し新たに番組名も変えて、ゴールデンタイム帯に変更したら更に視聴率アップになった局一期待される番組になった訳である。

 まあ、数ヶ月に一回程度の割合いで元のおふざけ内容を、アイドルグループが身体を張ってこなす回も視聴率は断トツらしかった。

 というのは、俺は朝霧のじい様から起用してはならない俳優であると芸能界で密かに出回っていたのもあり、大スポンサーの朝霧グループに睨まれないようにTV露出を控えられてたんだな。

 まあ、中にはじい様に直談判して、朝霧グループに目を付けられても起用したい俳優であると訴える監督さんやプロデューサーさんに、じい様ではなく楓叔父さんが裏で協力してくれた体で、内心じい様は喜んでいたぽかった。

 うん。

 局側は忖度して予算を最低限扱いしていたのを察知したら、楓叔父さん経由で無記名の小切手が届いていたと後に聞いたもんだ。

 そうした事が何回かあり、もしや最上穂高は朝霧グループに関係があるのかとは噂されていたのを懐かしいと思ったなぁ。

 いかん、話が逸れたな。

 で、本日はアイドルグループの一員が俺のファンだと言う理由で、この友也を含めてサプライズしようと、番組恒例の『さあ、この方は誰でしょう』クイズのロケ撮影をすることになった。

 勿論、番組のMCはアイドルグループの子と友也がMC役で、たまたまロケ現場にいた素人さんが、変装した俳優やタレントやお笑い芸人を当てる、よくある内容なんだけどな。

 変装させる側が一流のメイクアップアーティストさんや衣装さんやらで、正解率が大変低いにもかかわらず人気なコーナーなんだそうで。

 朝早くからメイクにかかった時間が終わったのは昼過ぎだった。

 それも初回のメイクが、某身内に激似なせいでやり直したためである。

 そうして、某大手百貨店の多目的展示会場にて、ロケはスタートした。

 今日のロケで問題役の人間は五名で、最初の方は難易度は低くすぐに正解され、回答者の素人さんはほくほく笑顔で景品を入手できたとか。

 何せ、俺はサプライズゲスト扱いなんで、他の問題役の方とは控え室が違っていた。

 で、漸く出番が回ってきたのが15時は過ぎていたかな。


「えっ、さっきの人が最後じゃなかったんですか? えー、皆さん大トリの方の登場です」

「はい? 正解の景品も、これなんですか? うわぁ、プロデューサーさん太っ腹。なんと、某大資産家のプライベート別荘地と、予約が一見様ご法度な某料亭のご招待状であります」

「これ、自分達も一回も行ったことない料亭です。うらやましいです。回答者になりたいです」


 おい、こら。

 その料亭は、俺の実家だ。

 別荘地もじい様の持ち物じゃないか。

 どうりで、椿伯母さんが衣装関係者で俺の着付けに口出してた訳だよ。

 そう、ただいまの俺は漆黒の布地に、いかにも歴史的価値が高そうな精密な刺繍と繊細なレースがふんだんに使われているアンティークロングドレス姿。

 いわゆる、女装である。

 マネージャーと、付き人に扮しているじい様が派遣してくれた護衛の青年(実年齢は俺より高かった)が仕入れてきた情報によると、今回女装しているのは俺だけだそうな。

 ほんでもって、衣装さんが着用しているロングドレスに、メイク用品で汚されないよう俺の一挙手一投足に真剣な眼差しで注視している。

 なら、着せるなよと思う俺は悪くない。

 問題ブースに入るときには俺の姿は隠され、背丈でバレないようにまたこれがアンティークモノの椅子に座らされる。

 それから、何故か椿伯母さんにまたもやアンティークぽい紫色の羽根扇子を手渡される。

 チーフプロデューサーの指示で口元を隠せとのお達しだ。

 まあ、何せ俺はMC達に対するサプライズゲストな訳だし、後輩の友也もいるしな。

 そうそうにバレない為にも、ある程度隠すのは仕方がないか。

 景品が豪華な分の難易度調整なんだろう。

 ああ、俺のマネージャーと付き人も、友也にバレないように少々変装はしていたりする。


「さあ、では最終問題です。この人はだあれ? 始まります!」


 元気が取り柄の俺のファンであるアイドル君が、問題の開始合図を宣言した。

 仲間のアイドル君と友也と連携して、回答者をロケ現場に居合わせた一般客の中から募り、意気込みを聞いて気に入った人物を選んでいるのが幕が降りているブース内にも聞こえてきた。


「じゃあ、この姉弟さんで決まりでいいですね」

「はい、ディレクターさんからもOK出ました」

「では、回答席にどうぞ」


 どうやら、選ばれた姉弟は数多くいるお笑い芸人さん達を、古参の方を含めて網羅しているほど芸能界に明るいところが決め手になったようである。

 済まぬ。

 俺、お笑い芸人さんじゃなくて。

 内心謝罪していると、漸くブースの幕が開けられた。


「さあ、大トリの方登場でーす!」

「……うわっ、いつものセオリーだとネタ役の方だと予想してましたけど。すっごく、外れてしまいました」

「美女……さんですね。しかも、僕も全く想定してないほど、迫力ある美女さんです」


 扇子で口元を隠し、にっこりと目元で笑ってみせたら回答者だけでなく、MC達にも動揺された。

 友也、お前美女美女と連呼するがな。

 ブース内の美女は、先輩の俺だ。

 ついでに言うと、共演したライダーでも俺女装してるんだがな。

 回答者より近くにいる友也が気付かないってのは、メイクさんの一流の技術ゆえなんだろう。


「あの人、女性ではないと思います」


 回答者の弟君が、思案しながら的確な発言をした。

 おお、素人さんながら凄いな。


「なんで?」

「だって、姉ちゃん。あの人肩幅結構あるし、扇子持ってる指も女性じゃない気がする」

「ごめん。こっから、指先見えない。そういや、あんた視力だけは良かったわね」


 MC達をよそに、回答者の姉弟が仲良さげに会話している。

 二人とも二十代前半ってとこか。

 その年齢で姉弟で買い物は仲良い証拠だな。

 うちの妹様なんか、思春期以降俺と二人だけで買い物したがらなくなったけどさ。

 従姉妹同士や、友達との買い物の方が楽しいらしくて、親父も泣いてた時期があったなぁ。

 朝霧の家系は反抗期は微妙な雰囲気で終了するようで、親兄妹で口喧嘩したりするのはなかった。

 まあ、俺は大学を中退して芸能界に入った時に、盛大に親父と喧嘩したもんだ。

 結果、絶対に朝霧グループの名を利用するなを約束させられ、親父はじい様にも身内贔屓しないでくれと頼んだ。

 それを実行したじい様の影響のせいで、先に説明した経緯に繋がる。

 ああ、いかん。

 話が逸れたな。

 ロケ中だった。

 声もバレる要因になるので、2回の質問タイムにはADさんが事前に記入してくれているフリップで回答する。

 筆跡も悪筆なADさんの記入したヤツだからか、ますます困惑している回答者とMC達。

 これは、正解が出ないパターンかと、内心で溜め息吐いていたら、とんでもないところから俺の名を呼ぶ可愛い子ちゃんが駆けてきた。


「ほだく~ん。ちゃしゅけちぇ~」


 ロケ現場を見守る一般客の足元から抜け出し、一目散に駆けてくるのは、紛れもなく末の従姉妹である琴子ん家の双子の片割れであるもえだ。

 助けてって、何があったよ。

 脇目も降らず駆けてくる幼児の登場に、現場が騒然とではなく静寂に包まれた。


「ほだく~ん」

「どうした、もえ。何が助けてなんだ? って言うか、ママとパパはどうした。なぎは? 何で一人なんだ? まさか、迷子になっちゃったのか?」


 一見したとこ、琴子や和威君の姿がない。

 あれ?

 まだ、なぎは入院してるはずだよな。

 なら、琴子と買い物に来てはぐれて迷子になったのか?

 でも、もえは助けてと言う。

 慌ててブースから飛び出して、駆けてくるもえをしゃがんで抱き止める。

 ロケ中である事情は、さっぱり頭から抜け落ちていた。


「ああ? うわっ、先輩? まさかの先輩?」

「大海君、君の先輩ってもしやもが……」


 友也が気付き、釣られて俺のファンのアイドル君が暴露しようとして、仲間に口を塞がれた。


「あのぅ、答えが分かったみたいですけど。何か一大事みたいなので、棄権します」

「弟に同意します。迷子ちゃんみたいなので、早くご家族を安心させてあげてください」

「ディレクター、どうしましょう。ロケ中止ですよね」

「あ、ああ、そうだね。撮影している場合じゃ無くなったな。さて、どうしようか……」


 済みません。

 完璧にロケ最中であること忘れました。

 プロ失格の烙印は甘んじて受けます。

 中止のペナルティは、俺自身で償います。

 番組のチーフプロデューサーとディレクターに、ロケを台無しにしてしまったアイドルグループと友也に、回答者の姉弟に謝罪しようとしたら、椿伯母さんに先んじられた。


「撮影スタッフさん、プロデューサーさん、ディレクターさん、それから番組のメインMCであるアイドルさん達、大海君、ならびに回答者のご姉弟さん。撮影を中止させてしまいましたこと、迷子の身内であり、最年長の私からお詫び申し上げます。また、撮影をご覧になさっているお客様方にも、お詫び申し上げます。大変申し訳ございません」

「椿伯母さん」

「穂高。貴方は、迷子ちゃんを連れて控え室に行きなさい。それから、絶対に安心できる人物以外入室禁止にして、保護に専念しなさい。幸い、私の護衛を増やした処よ。二人ほど連れて行きなさい」

「いや、椿伯母さん。俺にも謝罪させて欲しいです」

「それは、後にしなさい。迷子ちゃんの保護優先よ。あと、衣装さん。迷子ちゃんが甥が着用しているドレスに涙をつけようが、雑に扱おうが不問にしていいわ。何しろ、ドレスの正式な所有者は迷子ちゃんの祖母だから。貴方達にクレームは一切いかないから安心してくださいな」


 椿伯母さんの無駄のない謝罪と指示で、椿伯母さんの護衛二人は俺の付き人兼護衛に案内されて、俺と抱きついているもえを有無を言わさず控え室に押し込んだ。

 椿伯母さんがアンティークドレスに関しては問題は無いと伝えたからか、控え室を入室禁止としたせいか着替えができないまま、待機させられる。

 身内に会えて安心したからか、抱きついているもえは肩口に顔を引っ付け、泣くのを我慢している様子だ。

 こういう時って、どうすりゃ良かったかな。

 控え室の椅子に座り直し、もえを膝上に座らせる。


「穂高様、もえ様の背中辺りを軽くとんとんされて、大丈夫だと安心させてあげてください」


 付き人兼護衛の谷仲さんが、的確なアドバイスをくれたので実行した。


「ほだ、くん。めんしゃい。もぅたん、じゃま、しちゃっちゃ。めんしゃい~」

「いや、もえは悪くないぞ。迷子になった理由をほだ君は知らないけど、もえは悪くない。ママと買い物にお出かけしていたのか?」


 アドバイス通り背中をとんとんしてやると、落ち着いたのかもえが謝ってくる。

 まだ三歳前の幼児だから、詳細な情報は判明しないとふんだが、首を左右に振るもえはたどたどしいもちゃんと話してくれた。


「ちあうにょ。ばぁばちょ、らぁたんちょ、ほなたんちょ、おできゃけ、にゃにょよ」


 はい?

 まさかの、妹様と母親様と奏子叔母さんとの外出だった。

 で、肝心の琴子は兄である奏太と一緒にお仕事ができて、もえは奏子叔母さんと留守番していた。

 そこへ、料亭の定休日で暇な妹様と母親様が、じい様の邸に遊びに行き、妹様提案であるキャラクターの展示会VIP優待券を所持していたから、奏子叔母さんと留守番していたもえの気分転換にと誘い出かけた、と。

 勿論、護衛のすうたん、はぁたん、おきたしゃん、すぅたんのにぃにで、たちばにゃしゃんも一緒。

 奏子叔母さんとうちの妹様と母親の護衛も一緒。


「多分、展示会会場の百貨店はこちらかと」


 機械音痴で、静電気体質の俺はスマホに触れない。

 谷仲さんがスマホで調べてくれ、眼前に差し出れた画面には、老舗中の老舗百貨店の展示会で数日後に開催される展示会の内容が表示されていた。

 VIP顧客に対する優待券の開催は何らかの騒動が起きない配慮で開催されるのは、記載されてなかった。


「ああ、更に更新されました。やはり、事件が起きた模様です」


 再度表示されたニュース板には、どうやら発煙筒によるボヤ騒動があり、VIP顧客の誘拐が狙いではないかと締め括られていた。

 げっ、もえが展示会に出掛けていた百貨店と、ロケ撮影していた百貨店とは、かなり距離が開いている。

 二歳児が、一人で歩ける距離でない事実に驚かされた。


「マネージャー、うちの妹様に連絡してください」

「既にしてますが、妹さんもまだ混乱しているみたいで出てくれないですね」


 静かにしていたマネージャーは、先手を打って妹様に連絡いれてくれていた。

 そこへ、控え室の扉が叩かれた。

 護衛の二人と谷仲さんが警戒度をあげた。

 果たして、扉越しに声をかけてきたのは友也だった。


「失礼します。最上先輩と同じ事務所に所属する後輩の大海です。付き人の谷仲君に確認お願いいたします」

「はーい。谷仲です。護衛の方から、少々後ろに下がってくださいとの指示です」

「分かりました。後ろに下がります」


 実際は谷仲さんの判断による指示なんだが。

 友也は谷仲さんが、じい様から付けられた護衛で、俺よりも年長者だとは知らない。

 俺も、人前では君呼びを要求されている。

 果たして、友也は小振りなバスケットを所持していて、一旦谷仲さんが預り護衛にチェックを目線で確認させる。

 もう一人の護衛が友也のボディチェックをして、危険がないのを念入りに確認してから控え室に招きいれた。

 そのまま、ボディチェックした護衛が扉を背にして、室外からの侵入に備える。


「バスケットは椿さんの秘書さんが揃えたバスタオルと飲料と、ちょっとしたお菓子だそうです。あと、先輩と入れ替わりに不審人物が現れた説明を任されました」

「不審人物?」

「はい。先輩が連れていったもえちゃんを自分の娘で、その娘を誘拐したと、騒いだ女性がいたんです」


 友也の説明によると、もえを娘と偽証する女性は、椿伯母さんとチーフプロデューサーにロケ撮影を中止にされた賠償金を請求すると言われた途端逃げだして、椿伯母さんの護衛に取り押さえられて、百貨店の警備員と護衛一人とで監視し、警察がくるまで軟禁しているとの事。

 くだんの女性は黙秘を貫いているそうだ。


「あっ、穂波さん。そちらの緊急事態は把握しています。大変申し訳ないのですが、こちらも緊急事態につき、穂高さんと互いの状況のすり合わせをお願いいたします」


 漸く妹様がつかまったらしい。

 マネージャーが、スピーカーモードで谷仲さん同様スマホを眼前に差し出した。


『何、兄貴。こっちは非常事態なんだけど。手早く説明プリーズ』

「妹様よ。お前はまだ○○百貨店にいるのか?」

『そうだけど、兄貴何で知ってるのよ』

「ただちに、奏子叔母さんと母親様連れて✕✕百貨店に来るように」

『無理、行けない』

「いいから文句言わずに来い。でないと、可愛い迷子ちゃんとは再会できないからな」

『うん? どういう……。待って、可愛い迷子って、まさかもえちゃんのこと?』

「あい、もぅたん、でしゅ」

『…………』

「おい、妹様よ。生きてるかよ」

『神様、龍神様、お願い聞いてくださりありがとうございます。って、今すぐそっち行くから。すぐ行くから、待っててください。お願いいたします』


 もえの声を聞いた妹様は、もえが無事に保護されたのに安堵したのか、何やら囁き一緒に捜索していた面々の名を叫んだところでスマホを切りやがった。


「ほなたん?」

「もえ、穂波はもう電話を切っちゃったな。でも、少し移動時間を鑑みてだから、あと二十分もしないでばぁば達が迎えにきてくれるぞ」

「ほんちょ? もぅたん、おうち、きゃえりぇう?」

「ああ。ちゃあんとお家にかえれるから、安心してほだ君と待っていような」

「あい。あいあちょう、ほだくん」


 通話が切れたスマホを訝しげに眺めていたもえに、安心してあげれるように説明したが。

 幼児に分かりやすく説明する難しさを改めて、認識した。

 時間がどれぐらいかだなんて、もえに分からないよな。

 俺も、テンパっているみたいだ。


「良かったね、もえちゃん。本当は迷子になったら動かないで待っている方が、もっと早くお祖母ちゃん達にお迎えきて貰えたんだけど。さっきの不審人物がいたのを目の当たりしたら、逃げた方が安全だったんだね」

「りんりんにょ、にぃに? ほだくんにょ、おちょもだち。なぁくんちょ、いっちょに、あしょんぢゃ、にぃに?」

「そうだぞ。朝霧のじい様がクリスマスイヴに、大きなホテルにお出かけしてパーティーした時に来てくれたにぃにだよ」


 なぎの一時的な退院祝いも兼ねて、篠宮家の皆さんも招いたクリスマスパーティーで従兄弟連中でライダーショウをやろうとして、主役の友也も参加してくれたんだぞ。

 まあ、真雪の悪の女幹部衣装姿に、話題は持っていかれたけどな。

 篠宮さんの子供達と一緒にライダー体操やった事を当然覚えているわな。

 もえの目線にあわせるようにかがんだ友也は、もえの印象ではほだくんのお友達なのか。

 先輩、後輩関係が分かってないせいだとは思うけどな。

 知っている人物が俺だけでないのを理解したもえは、もう身体を震わせてない。

 暫く、友也を含めて怖かったことを思いださせないよう注意しながら会話を楽しんでいると、慌ただしい足音と聞きなれた妹様の声が控え室にまで届いてきた。

 さりげなさを装い、谷仲さんが確認の為に控え室を出ていった。

 で、案内されてきたんだろう。

 勢いよく控え室の扉を豪快に開けて、妹様が飛び込んできた。


「兄貴! もえちゃんは、無事? 無事なんだよね」

「見りゃあ、分かるだろう。怪我1つなく、保護できてんだよ」

「ほえ? え? あの、まさか、そこはかとなく椿伯母さん似の大柄な女性って、女装した兄貴なの?」

「そうだよ。妹様の兄貴様だっての。こちとら、ロケ撮影中にもえが助けを求めてきて、騒動になる前に椿伯母さんが采配して着替える間もなく、控え室に引きこもってたんだよ」

「あー、それは大変申し訳ございませんでした」

「それで、うちの母親様と奏子叔母さんは?」

「一緒に兄貴のとこに行こうとして、椿伯母さんに襟首捕まれてた。私だけ、椿伯母さんに許されて兄貴のとこに行きなさいと言われました」


 老舗料亭の跡取り女将として修行中な妹様は、普段は和装を着こなす物静かな性質だと思われているが。

 素の妹様は、従姉妹の間で一番お転婆というか、

 どこが物静かだと言い触らしたくなるほどせっかちな性格だ。

 琴子が水無瀬家側の親戚に怪我させられた時には、因果応報だと宣い同じ劇薬入手して報復しようとしていた。

 だからか、彼氏ができても素がバレた途端に破局する。

 いや、俺も独り身なんで妹様のこと言えないが。

 どうしてか、従姉妹四人はよく外見詐欺と身内に評価されていたりする。

 一番年長の胡桃は孫世代で結婚が早かったが、嘘が嫌いな性格で真正直に物事をきっぱりと口に出すせいで同性の友達は少ない。

 二人目の穂波は、先の通り。

 三人目の真雪もかなりな毒舌家で苛烈な性格だが、こちらは意外と姉御肌気質ゆえか同性に頼られる。

 まあ、朝霧家直系の孫のブランドを背負っているせいで、逆玉狙いの異性に付きまとわれ身内以外の男性を毛嫌いしている。

 四人目の琴子は、ばあ様から水無瀬家の血筋を継いでいるせいで、幼少期は兄の奏太にしか懐かないでいたな。

 まず、従姉妹達に慣れてから従兄弟達は受け入れられた。

 そういや、うちの母親様がこぼしてたな。

 なぎがもえを優先したり、もえを庇おうとしたのは奏太の癖に似ていたと。

 琴子は記憶にないだろうが、奏太の背には琴子を庇った深い傷痕がある。

 劇薬事件の時も、奏太は庇い一時的に左目の視力が危うかった。

 多分、これも琴子は知らない情報だろう。


「兄貴、何を重い溜め息吐いてるの? もえちゃんを抱っこさせてください」

「あ? ああ、悪い。ほら、もえ。穂波が抱っこしたいってさ」

「あい。ほなたん、だっきょ」


 思案中、もえをしっかり抱きしめていたらしく、穂波が抱っこしたくてできないと不満を言い出した。

 もえも落ち着いてきたら、俺の服を握りしめて離さなかった状態を脱していたので、穂波が抱っこしやすいように身体を支え直した。


「うう。ごめんね、もえちゃん。迷子にさせちゃって。本当にごめんね。でも、無事で良かったよぅ」

「ほなたん、よちよち、よ。ほなたんは、わりゅきゅ、にゃいにょ。もぅたん、しょうくんに、おんもは、めめよ、いわれちゃにょに、おできゃきぇ、しちゃにょ。ぢゃきゃりゃ、もぅたんも、わりゅいきょ、にゃにょ。うーんちょ、おあいきょ?」


 うん?

 聞き捨てならないワードがもえから出ているぞ。

 妹様は気付いてない様子で、もえを抱っこして頬擦りしているがな。

 おんもって、外のことだろ?

 ばあ様の千里眼(先見のことを身内はそう称してます)を継いだ奏太が、外出するなと忠告していたのにかかわらずに外出した結果、もえが迷子になった。

 しかも、訳ありで逃げていた。


「先輩。もえちゃんは外出したら駄目と言われてたってことですよね」

「だな。けれど、うちの家族と叔母さんは連れだした。こりゃあ、椿伯母さんが母親様達の襟首捕まえたのは、理由を把握していたからだろう。おい、妹様よ」

「何、兄貴。私は、今迷子にさせちゃったもえちゃんの無事に安心して、甘やかしたい気分なんですけど」


 友也は気付いたが、何故妹様は気付いてないかなぁ。

 妹様はもえにねだられて、友也が持ってきたバスケットから取り出したジュースを飲ませようとしている。

 ちゃっかり別の椅子に座り、膝に乗せたもえを甘やかす気満々だ。

 俺が妹様に指摘して、お説教しないとならないパターンかよ。


「あのな……。ん? どうした、もえ?」


 妹様の膝上でにこにこして、ジュースを介添えして貰いながら飲んでいたもえの表情と動作が固まった。


「もえちゃん?」


 妹様も気付いて声をかけるも、もえは控え室の扉に視線を固定してだんまり。

 挙げ句、ジュースを妹様に渡して、膝から飛び降りた。

 コンコンと、控え室の扉がノックされて谷仲さんが誰何する前にもえが、


「ママぁ~」


 と叫んで、扉を開けるよう催促する。

 谷仲さんや護衛のスタッフは水無瀬家側の親族だと聞いてるので、水無瀬家の当主や巫女が成す摩訶不思議な事柄に慣れているのだろう。

 友也が控え室を訪れた時とは違い、警戒心というか雰囲気が柔らかいモノになっている。

 谷仲さんも、柔和な表情で扉を開けた。


「失礼しますって、あらびっくり」

「ママぁ~。めんしゃい~、ママぁ~」


 ノックをした人物は、琴子だった。

 もえは扉が開ききる隙間から、扉前にいた琴子の足に抱き付く。

 谷仲さんが素早く後を追い、琴子の背後に回ろうとして静止する。


「ちょっ、女傑様。自分は穂高様の担当であります。本日の、もえ様の外出担当護衛じゃありません」

「あら、そうだった? それはごめんなさいね。だけどね、もえ様を先に室外に出した件の仕置きは、受けろ」


 琴子の背後から伸びてきた女性のアイアンクローによって、谷仲さんの顔面は捕らえられ身動きできなくなったが正解である。


「じょ、女傑。ミシミシいってるから。女傑が本気で力込めたら、自分の顔面潰されるの確定ですから」

「うるさいわね。これでも、半分も本気出してないわよ」

「女傑の半分の本気でも、自分抵抗できないですって」

「あんた、そんな身でよく護衛務まるわね。ああ、でも若作りの童顔だから、穂高様の護衛役にはうってつけの人材な訳ね」

「そうです。って言いますか、女傑様は現在産休中の身では?」

「あのねぇ。次代当主様であられる奏太様の忠告を聞いておきながら、みすみす最重要護衛者たるもえ様を見失った愚弟と愚妹の失態を、長女の私が出向いて汚名返上しなくてどうするのよ。理由を打ち明けたら、快く旦那様とお義母様が行ってきなさいと送り出してくれたわよ」


 谷仲さんと女傑さん?の会話の中身については、スルーしとくか。

 まあ、うん。

 朝霧家は元々水無瀬家の分家だが、かなり血統は薄まっている。

 本家筋の唯一血統を継いでいる奏子叔母さんと奏太と琴子となぎともえの四人は、水無瀬家分家一堂がお仕えできる主人格。

 護衛役のランクに差がついても、孫世代はとうに気にしないと解決済みだしな。

 朝霧グループ直系の後継ぎの篤より、奏太と琴子の安全が重視されるのも、篤本人も納得しているし、当然だと逆に説得された。

 親世代も、我が子に水無瀬家本家筋の血統について耳タコできるほど、言い含めてくる。

 ばあ様は孫世代を誰一人として優劣つけてなく、奏太と琴子が自分の血を引く孫だからといって特別扱いしてなかったけど。

 薄まっているとはいえ、俺達もなんやかんやで水無瀬家の血統を有していて、奏太と琴子はいつか自分達とは違う場に行ってしまう身内だと認識していた。

 しかし、奏太が水無瀬家当主を、琴子が水無瀬家巫女を継いでも、身内には代わりがない。

 当人二人も依然として変わらず、俺達孫世代仲良く縁が繋がっているまま。

 だもんで、護衛スタッフのランク差なんて、こっちも気にすらしないでいたんで、妹様もスルーしとるわ。


「マァマ~」

「はい、もえちゃん。ママにお顔見せてちょうだい」

「あい、ママ。めんしゃい~」


 琴子もスルーしとるわ。

 足に抱き付くもえを邪険扱いしないで、柔らかく離させ身を屈ませ目線をもえにあわせる。

 こっちからだともえの顔は見えないが、多分我慢していた涙を流してるんだろうな。

 琴子がハンドバッグから出したタオルハンカチで、もえの顔を拭いてやっている。

 相変わらず、もえはごめんなさいと謝ってばかりだ。

 もえ、泣いて分からないみたいだが。

 琴子の表情は怒ってないぞ。

 むしろ、もえが迷子になって不安でいたのを心配していた顔つきだぞ。


「もえちゃんは、怪我とか、どこか痛いって思うところはない?」

「……あんよ」

「足? ごめんなさい、穂高従兄さん。椅子に座らせて貰っていい?」

「お、おう。琴子も、女装している俺が誰だか一目瞭然なんだな」

「? ああ、そうね。お祖母様の後を継いで巫女になってからかな。気配とか雰囲気とか、纏うオーラみたいなのの区別がつくようになったからかも」


 控え室の椅子は折り畳みパイプ椅子で、座れる状態になっていたのが二脚だけだったのもあり、俺と妹様が使用していたので琴子が断りを入れてきた。

 俺が立つより気が利く護衛の一人が、折り畳まれていた椅子を広げて座れるようにしてくれた。

 妹様?

 何か、俯いて黙り込んでしまっていた。

 琴子は、椅子を広げてくれた護衛に礼を述べてもえを座らせて、靴と靴下を脱がせる。

 もち、琴子は床に膝をついている体勢だ。

 ここで、自分が汚れるのに躊躇いがないのは、良い母親してるんだな。


「あら、靴づれしちゃったね。従兄さん、応急手当できる救急ボックスとかあるかしら?」


 もえの小さな足の親指辺りが赤くなっていた。

 そういや、かなりの距離を逃げてきた時に、走ったか歩いたかで痛めたんだろうな。

 琴子が聞くまで、足の痛みも我慢させていたとは。

 ほだくん、幼児への配慮失格ですわ。

 生憎と、控え室に救急ボックスはなかったのだが、護衛スタッフさんが応急手当できる装備を所持していた。

 琴子も絆創膏は所持していた。

 本格的手当ては朝霧邸に戻ってからとし、消毒液と塗り薬で対処することに。


「琴子ちゃん。今日は大変申し訳ありませんでした」

「穂波ちゃん。控え室に来るまで迷子については動揺したけど、一番最悪なやらかししたのは武藤の母だったから。椿伯母さんに、大説教されてたわ。兄の忠告も聞いていたのはもえちゃんと母だけだったしね。兄も説教組に参加してたわ。穂波ちゃんが悪いとは思ってないからね」


 もえの手当てが終わるなり、妹様は床に正座して土下座した。

 妹様なりに猛省してたようだ。

 だから、さっきは黙りこんていたのか。

 だが、琴子の説明によると、奏太はばあ様ほど鮮明に千里眼を使いこなせてなく、確率的に五分五分でもえが怖い事件に巻き込まれると忠告したそうだ。

 確率が半分なら、護衛スタッフを増員しとベテラン勢なら対処できると楽観視した奏子叔母さんが妹様の気晴らし提案を、奏太の忠告を軽く見て教えなかった問題点があり、大事になった。

 椿伯母さんの元にも、もえ迷子の連絡はきていて、捜索の手配をしかけた矢先に運良く保護できた流れであった。

 それでも、気にするなら半年先まで予約が埋まっている料亭に身内価格で、便宜と良心価格で招待してねで水に流してくれときた。

 迷惑被ったもえは美味しい食事が食べれるので、迷子の件はもう忘れていい話とかした。

 琴子曰く、食いしん坊なもえの機嫌なおしには、美味しい食事なんだと。

 ただ、なぎはまだ食事制限があるので、完治してからの話しとなった。

 そうして、一頻り谷仲さんのお仕置きが済み、乱雑に放り投げた女傑さんに促され、琴子はもえと共に帰宅していった。

 入れ替わりに、チーフプロデューサーからロケ撮影は中止になったと報告があり、漸く女装から解放された俺。

 後日、もえが遭遇した事件は、やはりVIP優待券を自慢してSNSにあげた某資産家の子息を狙った誘拐案件だったのが判明した。

 が、半端なく護衛スタッフに囲まれたもえに標的が変更され、物量作戦で誘拐犯達が大挙して現れ、護衛スタッフの主任であった沖田さんも捌けず負傷していた。

 もえ専属の護衛だったすぅたん、はぁたんも怪我していた。

 琴子から腹切りしそうな面持ちで謝罪され、実際本気でやるとこだったらしいとメールが届いた。

 怖っ。

 現代で腹切りだとか重いわと返信しといたが、母親様から主人を守れなかったんだから、水無瀬家分家ならやるわよと真顔で言われたのは内緒にしといた。

 後日談、そのニ。

 中止になったロケ撮影の賠償金を、うちの母親様と奏子叔母さんが支払うよう椿伯母さんから、お説教と拳骨交えて承諾させたそうだ。

 しかし、じい様もしれっと交ざり、数千万単位の小切手と金額無記入の小切手がテレビ局に届いた。

 金額無記入の小切手に関して、テレビ局の社長から返却してくれと泣きつかれ、じい様をやり込めることができる人物に、お願いしといた。


「ひぃじぃじ。おきょみゃり、しちゃ、めめよ。めんしゃいよ」


 ばあ様亡き後、じい様の暴走をおさめる人物がいて良かったよ。

 幼児に頼るなって?

 孫に甘いじい様だがな。

 時として、言うこと聞いてくれないことが増えてきてんだよ。

 なんで、ひ孫に頼むしかなくなってきてるんだよ。

 可愛い双子のひ孫が一番頼りがいがあるんだよ。

 俺達孫世代が何かお小言言おうもんなら、倍になってひ孫催促されるんで、当分は琴子ん家の双子でひ孫成分堪能してください。

 お願いします。


 後日談その三。

 篤が婚約したと思ったら、うちの妹様ができ婚しやがりました。

 おかげで、じい様の俺はまだか攻撃が凄くなりやがりました。

 まあ、椿伯母さんとこの大地と海翔も同じくだが。

 それから、母親様達が子供が産まれたら、迷子騒動起こさないよう、これも耳タコなるほど聞かされる羽目に。

 母親様達もトラウマになったぽかった。


 こうして、もえの迷子騒動は一旦終了した。

 まさか、なぎも迷子になるとは、誰も予想しないでいたけどな。

 その話しは、別の語り手が語ってくれることになっている、はず。


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